第12話


 「……そこまでされて、

  なにも、しなかったの?」


 ……物事には手順と段階がありますから。

 

 「……はぁ。

  ナイロビ支社長、そろそろ決める時期なんだけど。」

  

 ……ほんとにそれ、嫌な脅しですねぇ……。

 

 「……ま、桑原君はそんなものよね。

  お付き合いする、っていうだけで、

  君にしては未来への偉大な一歩よ。」

 

 月面開発、ちっとも進んでませんが……。

 

 「ふふ。

  ほんとにそれくらい遅いんだもの。

  まぁ、お互い、それくらいのほうがいいかもしれないわ。」

 

 お互い、ですか。

 

 「……あの娘のこと、調べてないの?」

 

 そっち、か。

 

 「多少は。」

 

 「ふふ、手ぬるいわねぇ。

  本当に美人局だったらどうするつもり?」

 

 「砺波さんの手を介してる時点で、

  それはないと思ってました。」

 

 「あら、その信頼に感謝すべきなのかしら。

  私が敵に廻るってことも考えるべきよ?」

 

 さらっと恐ろしいことを言うなぁ。

 

 「そんな人は、いま、ここで話してないでしょう。」

 

 「あはは。どうもありがとう。

  まぁ、貴方にすれば、

  障害というほどの障害ではないと思うけど、

  一応は考えておくべきね。」

 

 「感謝致します。」

 

 「ふふ。

  独身最後の大物、陥落って感じね。

  一か月後の社内報にデカデカと乗りそう。」

  

 「何言ってるんですか。

  付き合いはじめただけでしょう。」


 しかもまだ、表にはできない状態だし。

 

 「それが大事件なのよ。

  ふふふ。」

 

 ……これ、いま、言っちゃうか。

 

 

 「明日香さんに睡眠薬を飲ませたのは、

  砺波さんですか?」

 

 

 「……あら。」

 

 「僕からすると、すべて砺波さんに踊らされた気がするんですよね。

  どんなに明日香さんが優秀でも、書類選考の形式要件で落ちますし、

  職務適正からいって、総務への配属も不自然ですし、

  その上に、ですから。」


 専務から紹介されたのもおかしいんだよな。

 根回しが済んでたとしか思えない。

 

 「さすがね。

  私の教育の賜物かしら。」

 

 あはは。

 否定する気、ゼロじゃん。

 あっさりと罪を認めてる。

 

 「……どういうおつもりで?」

 

 「君の頭の中では、三つくらい考えられてるんでしょ?」

 

 うわ。

 ほんとに教育係、やりにくいなぁ。

 

 会社に縛り付けるため。

 アフリカ統括支社長を避けるため。

 役員に舐められないため。

 

 「まぁ。」

 

 「ふふ。

  もう三つくらいある一次会決着・牽制・あぶり出しわ。

  でも、一番大事なことはね。」

 

 ……。

 ぇ。

 

 は、鼻の頭を。

 

 「君に、幸せになってもらいたいの。

  教育係としてはね。」

 

 ……。

 

 「ふふ。

  ほんとのことよ?」

 

 「……ありがとうございます。」

 

 ……勝てない、なぁ。

 

*


 「お帰りなさいっ!」

 

 あはは。

 曇りひとつない、満面の笑みだ。

 

 「ただいま戻りました。」

 

 「はいっ!

  お風呂、準備できてますっ!」

 

 あはは、きびきびしてる。ありがたいなぁ。

 スマートフォンから自動で風呂を入れられるシステム、

 当分先送りだな。

 

 北口の借家は、まだ、引き払っていない。

 コストを考えれば、そうしても良いが。

 

 まだ、信用は、しきれていない。

 さんではなく、自分を。

 彼女の生涯を、一生の選択肢を、狭めてしまう覚悟を。

 

 それでも。

 

 「……。」

 

 求められれば、応じるくらいに。

 心は、解けている。

 

 ひとと、身体を、あわせても。

 嫌悪感が、吐き気が、起こらない。

 

 ……たとえようがない、安らぎ。

 

 まだ、交際を公にもしていないし、

 身体を、繋げてられてもいない。


 彼女の家も、学歴も、も。

 解決していないことしかないけれど。

 

 「……すぅ……。」

 

 腕の中の、満ち足りた表情を、見ているだけで。

 生命力に満ち満ちた匂いと温もりを、感じられるだけで。

 

 もう少しだけ、生きていて良い気が、する。


 この僥倖を、ほんの一秒でも、伸ばしたい。

 僕に持てる力の、全てを使って。




彼女に裏切られ女性不信になった僕は、

部下の猛攻撃の前に陥落する

 

(本編Ⅲに続く)

 

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