第10話
電車が、最寄り駅のホームへと、滑り込む。
あれ以来、真中さんは、真っ赤になったまま、俯いていた。
もうちょっと自然に話をしたかったが。
……考えてみると、会社内でも逢ってるから、
話したいことは特にないのかな。
上司とずっといる、というのは、苦痛でしかないから。
プラットフォームを一緒に歩く。
真中さんは、俯いたまま、一言も喋らない。
乗客たちが、我先にとエスカレーターに向かっていく。
少し待って、一番後ろからエスカレーターを登り、
自動改札機を通って、コンコースにたどり着く。
真中さんは北口、こちらは南口。
「今日もおつかれさまでした。
では、また来週。」
貴重な土、日を有意義に過ごして欲しいものだ。
手を振って、南口に向け、歩きはじめる。
……真中さんは、北口に向かったろうか。
せめて、一度くらいは振り返
……って。
「どうか、されました?」
真中さんが、南口側に、寄っている。
券売機を越えて、南口階段の見えるコンコースまで。
「……今日、金曜日です、よね。」
はい。
「明日、土曜日ですよね。」
そうですね?
「……わたし、
ひとしさんの部屋に、泊まりたい、です。」
頬を、顔中を真っ赤にしながら、
決然と、言い放ってきた。
って。
「……ぇ?」
交際関係のない成人の男女が、
おなじ部屋に、泊まる?
「……それは、少々、常識と離れているのでは。」
「……おいや、でしょうか。」
いや。
いやか、いやでないか、ではなくて。
どういうつも……
(「……だいすき。」)
本気、なのか。
絶対に、だめなのに。
「……いや、ではないにしても、
いささか」
「わたし、
もう、27です。」
……見た目、24歳くらいなんだけどね。
化粧剥げてても25くらいに見える。
「自分がいま、何を言ってるかは、
分かってるつもりです。」
反対側のホームから来た数少ない乗客が、
次々に改札を通っていく。
真中さんが、ずっと、こっちを見つめている。
頬を、瞳を赤らめたまま、真っすぐに。清冽に。
家路を急ぐ乗客達の姿が
泡のように消え去り、
コンコースは、再び、二人きりになった。
人工的に降りた、静寂の帳を、破るように。
「……わた、し、
ひとしさんのこと、好き、です。
異性として、です。
錯覚じゃ、ないです。」
あは、は。
先回り、してこられてる。
「……。」
言葉が、出てこない。
断るべきだし、断らないといけない。
でも。
やはり。
ほんの少し、期待を、してしまう。
だめなのに。
絶対に、断るべき、なのに。
「……少し、お話をしましょう。
今宵は、私の家に、ご招待致します。」
「!
はいっ!!」
「そういう意味では、ありませんよ?」
「!?
……そ、それでも、構いません。
こ、断られなかっただけで、十分ですっ。」
ああ。
真っすぐな気持ちが、痛々しいくらい、伝わってくる。
この娘は、どうしてこんなに、強くいられるのだろう。
*
ジャージは、寛容な服だと思う。
急にお泊りを言ってくる部下に対しても、
部屋着として、十分、対応できる。
……冷静に考えると、
いったん北口の部屋に帰してからのほうが良かった?
いや。
そんなことをしたら、私物をしこたま持ち込まれかねない。
軒先を貸して母屋を取られそうだ。
……そもそも、8歳も年上の男性に告白をする、
という心理が、分からない。
逆に、もうちょっと上、
例えば榛沢常務と不倫をしている秘書課の女性陣ならば、
はっきりとお金のためだと割り切っているのだろうが。
……そんなこと言ったら、
そもそも、告白をする、ということ自体、何も分かっていない。
一度もしたことがないし、考えたこともない。
……生まれてから35年、
人を、好きになったことなど、ない。
……いや。
一度だけ。
本当に、一度だけ、ある。
高校生の時。
絶対に、接近してはいけない人に。
あってはいけないことではあるけれども、
万が一、あれが成就していれば、
こんな風に、悩まずに生きていけたのだろうか。
……そうなったら、どうなってしまったろうか。
……考えても、仕方ない。
逆行転生も異世界転生も、現実にできるわけではないから。
後悔。
後悔というなら、この状況は、どうしたことだろう。
女性を、自分の部屋に上げたことなど、
10年どころか……、13年ぶり、か。
……あはは。
凄いな、真中さんは。
突破力が尋常じゃない。
勿体ない、な。
うん。勿体ない。
砺波さんが男だったらよかったのかな。
包容力もあるし。って、そしたら不倫か。
なかなか独身のままで条件がそろってる男性って難しいな。
外見を捨てて旦那さんを取れた頓宮さんは、
正しい判断ができたというこ
がちゃっ
「……お、お風呂、頂きましたっ。」
わざわざ報告しなくてもいいのに。
見えなくても見ちゃうじゃないか。
「着替えはそちらにございます。
またジャージで大変申し訳ありませんが。」
「と、とんでもないことでございますっ!
つ、次は、お泊りセットを持ってきますからっ!」
……次、か。
あは、は。
なんだろうなこの娘、ほんとに強い。
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