(本編Ⅱ:彼女に裏切られ女性不信になった僕は、部下の猛攻撃の前に陥落する)

第9話


 「そう……。

  やっぱりね。」

 

 まぁ、驚くわけはないか。

 最初に気づいたの、砺波さんだもんな。


 「で、所属長としては、

  犯人捜し、するつもり?」

 

 表では静観しようかと。証拠が弱いですからね。

 企画・営業畑と総務部が全面戦争になるのも、

 あまり芳しくありません。

 

 「あら。

  てっきり愛しの彼女のために身を張るかと。」

 

 愛しの彼女ではありませんが、

 可愛い部下のためには身を張りますよ。

 

 ただ、いま突出しても、

 真中さんの立場が強くなるとは思えませんからね。

 

 「ふふ。

  明日香ちゃんが、そう考えてくれるかしら。」

 

 彼女は、強いですよ。

 ……そうならざるをえない環境にいたから、ですが。

 

 「……よく腐らなかったわね、あの子。」

 

 本当に。

 

 「ただね、桑原君。

  頓宮さんと、明日香ちゃんは、立場が違うわ。」

 

 ……というと。

 

 「明日香ちゃんは、貴方の彼女よ。」

 

 ……お戯れを。

 

 「ふふ、そう言って悪いなら、

  貴方に物理的に一番近い未婚の女性ね。

  

  既婚者で固めてる貴方のところ以外では、

  彼女の立場は凄く微妙なのよ?」


 ……どういう意味ですか?

 

 「ここまで言って分からないのは、

  本当に桑原君らしいと思うけれど、まぁいいわ。

  表の業務以外では、

  明日香ちゃんへ引き継げないことがあることは知っておいて。」

 

 ……分かりました。

 

 「……しょうがないわねぇ。

  人事部の既婚者から、

  頓宮さんの代わりを何人か見繕っておいてあげるわ。」


 それは助かります。

 各セクションの内情は引き続き知っておきたいですからね。

 

 「不倫はやめて頂戴ね?」

 

 当たり前です。

 砺波さんも、でしょ?

 真中さんに話してたみたいですけど。

 

 「ふふ。

  貴方がそう思ってなくても、ってことよ。

  彼女、いるんだからね?」

 

 彼女では

 

 「告白、されたんでしょ?」

 

 

 (「……だいすき。」)

 

 

 「……されてはいません。」


 「あはは。

  ほんと、こういうことは正直なのね。」

 

 くっ。

 ……教育係相手はやりにくい……。


*


 「pythonコードでの内製、終わりました。」

 

 ……凄い。

 一か月で、完璧に覚えてきてる。

 

 「……案内教材が良かっただけです。

  社外からでも見られましたし。」


 あぁ。

 地獄ブラック企業にいたから、

 家でも会社関連の勉強をするただ働きのが普通だと思ってるのか。

 なんとも不憫な…。


 「前の職場でも、

  違う言語javaでは触ってはいましたから。」

 

 複数のプログラム言語をこのレベルで触れるって。

 どうして向こうの会社で評価されなかったんだか。

 いや、考えても無駄か。


 確かに、とてつもない拾いものだ。

 他部署に渡したくはないなぁ。

 

 って。

 

 (「七割くらい、かな?」)

 

 ナイロビ支社長になったら、

 他部署云々もありはしないけれども。

 

 アフリカ、かぁ……。

 まぁ、独り身だし、別にいいっちゃいいんだけど。

 

 「……課長?」


 うわ。

 

 「申し分ありません。

  以前お話した通りですが、

  情シスの担当の方と連絡を取って進めて下さい。」


 「はいっ。」


 あはは。返事もいい。笑顔もいい。動きもきびきびしてる。

 既婚者しかいなくても、部署内が明るくなる。

 凄まじい拾いものだ。ほんと、砺波さんの眼は確かだなぁ。


*


 ……ふぅ。

 終わった終わった。

 思ったよりは、早く帰れそうだけど。

 

 ぴこん

 

 <おつかれさまですっ!>

 

 ああ。真中さん。

 蛇がクネクネ動いてる。可愛いのか可愛くないのか。

 

 <2207、左側の奥席、お願いします>

 

 ん?

 どういうことだ?

 なんでまだ、社内にいたんだ??

 

 ……でも。

 なんだかちょっと、懐かしい。

 

*

 

 

 『あ。』

 

 

 ……あはは。

 そりゃあ、そうか。

 

 「お、おつかれさまです。」

 

 「真中さんも。」

 

 ホームでの待ち合わせになるだけだよね。

 同じ駅なんだから。

 

 プラットフォームで待つ人はまばらだ。

 さっきの電車で運んでったばっかりだから。

 

 「……。

  ちょっと、新鮮です。」

 

 ……だね。

 並んで電車を待つなんて、何年ぶりだろうか。

 

 22時4分。

 

 ホームに、発車時間よりも早く、

 始発列車が滑り込んでくる。

 

 「あはは。

  始発って、ほんといいですよね。」

 

 すっきりした紺のスーツ姿でも、

 照明の下で無邪気に喜ぶ真中さんが、眩しく見える。

 8歳違うと、こうも違って見えるのだろうか。

 

 すとん、とポール側に座る。

 その隣に、いつものように、真中さんが陣取る。

 

 ……ん?

 

 「風邪、ですか?」

 

 顔、赤くなってるけど。

 

 「!

  い、いえっ。

  げ、元気ですっ!」

 

 そ、そう。

 なんでそんなに慌ててるんだろ。

 

 それよりも。

 

 「どうして会社におられたんですか?」

 

 「……あ、はい。

  情シスのヘルプで。」

 

 は?

 

 「納期が間に合わない案件があったみたいで、

  ここまでコード書けるなら、って駆り出されました。」


 ……後で裏を取ろう。

 所属長の許可なく他部署の人間を使うとはいい度胸だ。


 っていうか、これもまずいな。

 人事異動のネタ材料になる。

 

 ……あは、は。

 

 これじゃ、彼女の才能に嫉妬する男みたいだ。

 成長を考えて手放すことも視野に入れないと。

 いつも、そうしているように。

 

 「……あの、課長。」

 

 「もう会社の外ですよ?」

 

 「も、申し訳ありませんっ。」

 

 帰宅時間までは会社が拘束してると考えるべきだけど。

 

 「……。」

 

 急に黙っちゃった。

 表情がくるくる変わるなぁ。

 

 ふふ。

 ほんと、可愛い、な。

 仕草も、声も、態度も。

 これは若い男がほっとかないわ。



 (「……だいすき。」)



 ……聞き出すべきか、せざるべきか。

 聞き出して、どうしたいのか。

 こっちは、絶対に、なのに。


 これだけ引く手あまたなわけだし、頓宮さんみたく、

 同世代のいい人を捕まえて貰うべき

 

 「……その、

  ひとし、さん。」

 

 !!

 

 「!

  あ、あの、

  社外だから、い、いいんですよね?」

 

 ふ、ふつう、上の名前じゃないのか?

 

 「……み、みまさんが、

  そのほうが、いいって。」

 

 みま……

 ……砺波さん、か。

 砺波さん、なにしてくれてんの。


 「じ、人事部にも、桑原さん、いるからって。」


 人事部にはいるけど、

 総務部にはいないでしょうがっ。

 

 「……だ。

  だめ、ですか??」

 

 ……ああ、もう。

 下の名前呼ばれて動揺するなんて、

 学生みたいじゃないか。

 下の名前呼ぶなんて、それこそ学生みたいだけど。

 

 (「仁よぉ。」)

 

 ……ぶっ。荻野かよ。

 そういやあいつに借りちゃってたな。

 

 って。

 

 「……一般的には、

  下の名前は、親しい人間関係同士に使うものかと。」

 

 だめだろ、ふつう。

 

 「……。」

 

 しゅん、っとした。

 と思ったら。

 

 「……でも、

  一緒に、寝ましたよね。」

 

 ぇっ。

 

 「手も、繋ぎましたし。

  だから、いいですよね?」

 

 うわ、なに、この子。

 つ、強いな。全然論理的じゃないけど。

 やっぱ営業向きなんじゃないかな。

 

 「お知り合いになって、まだ四か月くらいですから、

  通念からいえば、早いのでは。」

 

 「通念でなければ、いいですよね。

  一緒の部屋で、同じベットに一緒に寝たんですから、

  通念はあてはまりませんよね。」

 

 うわ。ホントに強い。

 なにこれ。目力込めて向かって来られてる。

 ほんとに営業向きだな、この子。

 

 あれ。

 急にしゅん、っとして、下向いちゃった。

 

 「……も、申し訳ありません。

  その、あの、焦っちゃって。」

 

 あせ、る?

 

 「……と、と、盗られるんじゃないかって。

  すぱっと、ぱすっと、ばくっと。」

 

 ……なんのこっちゃ。

 っていうか。

 

 「ちょっと、混んできましたよ?」


 ちょっと、見られてる。

 ちらちら、じろじろ、って。


 「あっ……。」

 

 ……隣で顔、真っ赤にされると、

 それはそれで目立つんだけどなぁ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る