第7話


 ……ぅぅん。

 

 「お客さん、お客さん?」

 

 ぇ。

 

 「!」

 

 ね、寝てた。

 タクシーの背もたれで、きっぱり寝てたわ。

 疲れてたってことね……、歳だなぁ。

 

 「駅、近くですけれど、

  こちらからどちらへ?」


 「あ、その……。」

 

 あ。

 真中さん、いたんだった。

  

 う、あ。

 じゅ、熟睡してる……。

 

 「真中さん、

  まな……。」

 

 だめだ……。起こせそうにない。

 北口のほうへ運んでもらっても、家までたどり着けない。

 道案内、できそうにないし。

 

 こっちの家の最寄りのランドマーク、

 全国チェーンの大規模介護施設名を告げると、

 タクシーは大通りを経て、自宅へと向かう。


 徒歩最短距離の畦道通りは一方通行の山で、

 タクシー会社は嫌がるから、大通り経由になる。

 ちょっとメーターがあがるけど仕方ない。

 

 ふう。

 こんなこと、想定してないぞ。

 

 いや。

 これは、出る時に想定すべきだったことかもしれない。

 個人情報だからって、住所、頭に入れないようにしちゃったのが…。

 

 ……まぁ、35にもなって、性欲を抑制できないわけがない。

 空間を分ければ、それで済む話だ。


*

 

 「こちらで、結構です。

  ありがとうございます。」


 家、か。

 ついちゃった、なぁ。

 

 「真中さん、ま……。」

 

 だめ、だ。

 完全に深いところまで落ちてる。

 

 しょうが、ない。

 

 運転手さんに荷物を部屋まであげてもらい、真中さんを背負う。

 ……お姫様だっこなんて、できませんとも。

 

 背中に、丸みを帯びた重みを感じる。

 触れてはいけないものたちが。



 (「貴方のことは、。」)

 

 

 ……冷静に、なれるな。

 こういう使いようも、あるわけ、か。

 

 「態々ありがとうございます。

  お世話になりました。」

 

 「いえいえ、こちらこそ。」

 

 向こうからすれば、お化け客だからなぁ。丁寧にもなるか。

 まぁ、そのおかげで助かったんだけど。

 

 ドアを開けると、

 見慣れた1LDKの部屋が眼に飛び込んでくる。

 こないだ掃除しておいてほんとによかった。


 ……真中さんをベットに寝かせて、

 こっちはフローリングでなんとかするしかないか。

 使ってない備え付けの布団ってあったよな。

 

 とりあえず、真中さんを降ろそう。

 ……起きる気配が、ないんだけど。


 どさっ


 わ、わりと乱雑に落としてしまった。

 腕の力がないからだけど。


 ま、まぁ、ちゃんとベットのマットレスに沈み込んでくれたし、

 結果オーライってことで。


 ……ふぅ。

 

 なんだか、幸せそうに寝てる。

 それならば、まぁ、良いのだけれ

 


 !

 


 う。

 腕を、廻された。

 

 ぇ。

 ち、力が、つ、強い。

 酔っ払いなのに。

 酔っ払いだから?

 

 !?


 どすんっ。


 ひ、引き寄せられた。

 10センチ前で、満面の、笑み。

 

 まずい。

 体温が、匂いが、

 いろいろ、まずい。

 何が、どう

 


 「……すき。」


 

 ぇ


 

 「つかまえ、た……」


 

 つ、つかまった??

 ま、え、うでのちからが

 


 「

  ……やっと、やっと、きてくれた。」


 

 ま、な、……っ

 

 !?

 

 み、耳を、噛まれっ

 に、匂いが

 

 !!


 

 「……だいすき。」



 (「貴方のことは、最初から。」) 

 

 

 ……。

 

 れ、冷静に、な

 

 !?


 

 「だいすき。

  えへへ……、だいすきっ……」



 か、身体が、かんぜんに、ホールドされて……

 

 ……つ、つよい。

 ぜ、ぜんぜん、に、逃げられない。

 よ、酔っぱらっているからなのか。

 それとも、お……

 

 ま、まずい。

 ほんとに、ほんとに、こん

 こ、で、か、下半身に、

 

 

 ぱちっ

 

 ぁ。

 

 「ぇ。」

 

 心臓が、止まった。

 

 「き。

 

  あ。

  

  ぎ

  

  ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 

 ……人生、終わったかも。

  

*


 き、綺麗な、土下座だこと……。

 

 「も、も、申し訳、申し訳、

  申し訳ございませんっ!!!!」

 

 い、いや。

 いや、その……

 なんていって、いいか……。

 

 「ふ、不可抗力ですから。」

 

 こ、こっちが加害者だと

 認識されなかっただけ、よしとすべきであって。

 

 「い、いや。

  お、そ、その、

  ほ、ほんとに、ほんとに……っ。」

 

 「い、いいですから。

  こちらが……その……、

  う、腕の力が、弱かったせいですから……。」

 

 「そ、そういう話では……っ。」

 

 ……ふふ。

 ふふふ。

 

 なんだか、おかしい。

 

 「運動、されてました?」

 

 「……その。

  高校まで、……ば、バレーボールを、少々。」

 

 それで、腕の力が、強いわけ、か……?

 ……。

 

 「も、申し訳ありませんっ!!」

 

 いや、それはもう、いいから。

 そこまでおでこを擦り付けなくていいから。

 立場が逆なら、こっちの命はなかったろうけれど。

 

 「一次会で帰って来て良かったですね。

  このマンション、みなさん帰りが遅いですから。」

 

 「そ、そのような問題ではっ……。」

 

 ふふ。

 なんだか、ほんとに、おかしい。

 

 「お酒は、お強いのですか?」

 

 特に吐いたりもしてないし。

 爆弾処理になるかと待ち構えてたんだけど。

 

 「……弱くはないと思うのですが、その、

  こんな風に、酔い潰れて寝てしまったのは初めてで。」

 

 ……ん?

 ……。

 

 「お疲れだったのでしょうね。

  勤務先が代わって、いろいろあったわけですから。」

 

 「……お恥ずかしい限りです。」

 

 「そんなことはありませんよ。」

 

 さて、と。

 それなら。

 

 「もう夜も遅いですから、

  今日は、よろしければ、こちらにお泊り下さい。」

 

 で、

 外へ出すのは、ちょっと危険だから。

 

 「ぇ。」

 

 「お嫌でしたら、

  タクシーをお呼びしますが。」


 歩いて帰すわけにはいかない。

 それだけは確か。

 

 「……。」

 

 考えてる。

 眼球が、目まぐるしく動いてる。

 

 ん?

 顔が、ぼっと赤くなった。

 正座したまま、もじもじと、床先の溝を弄んでいる。

 

 そりゃまぁ、恥ずかしいか。

 枯れたの男つっても、異性の部屋だもんな。

 

 タクシー会社にお電話しよう。

 アプリで呼ぶよか確実に

 

 ばしっ

 

 「?」

 

 「い、いや、

  その……泊めていただけるのであれば、

  あ、ありがたいの、ですが。」


 ……顔、真っ赤、だ。

 うなじまで、赤くなってる。

 

 「わかりました。

  お着換えを用意しますので、よろしければ、

  シャワーを浴びていらして下さいませ。」

 

 ただの下着とジャージだけど。

 

 「……はぃ。」

 

 俯いて、頬を、紅く染めている。



 (「だいすき。」)



 (「貴方のことは、。」) 



 ……違うの、だろうか。

 

 わからない。

 でも、彼女を見ていると、

 ほんの、少しだけ、泡めくような、を、してしまう。


 そんな期待なんて、

 最初から、しないほうがいいのに。


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