第2話
あ。
食べ物が、ない。
カップ麺すらない。
潤沢なら、外食もありうべしだが、
給料日近いから、お財布も薄めだ。
2~3日のことで、貯金に手をつけるのも、ちょっと憚られる。
まだ、11時ちょっとだ。
窓の外も、いい感じに晴れてる。
せっかくの土曜日。
少しだけ足を伸ばして、駅前のスーパーに行こう。
改装してから、ちょっとだけ品揃えが良くなったから。
着ていたヘロヘロのジャージを脱いで、シャツを替え、
髪を濡らし、髭をしっかり剃って、外出用のジャケットを羽織る。
30歳を越えたら、やらないと変質者扱いだから。
通報されて即死したくはない。
外は、少し暖かいくらい。
走るにはいい季節だ。走るには。
……ジムに行けって話なんだろうけれどもねぇ。
誰に見せるわけでもないからなぁ。
ちょっとだけ迷って、自転車に乗る。
駅前のスーパーの地下に駐輪場ができたから、無料で留められる。
500円以上買い物しないといけなくなったけど。
雑然とした、路肩のない、誰も通らない道を、
自転車で抜けていくのは、ほんのちょっとだけ楽しい。
やわらかい日差しが農業調整区域のブルーベリー畑に差し込んでいる。
地主が変わったから、いずれ住宅地に転用されてしまうと思うけれども。
スーパーは、少しだけ混んでいる。
休みの日だからか、家族連れもちらほらと見える。
男性の一人客が、黒いジャージのまま、
シャツをズボンから出した状態で、カゴを揺らしている。
……あの度胸は、自分には、ない。
500円すべてをカップ麺につぎ込むのは、さすがに味気ない。
棚の中に眠ってるスパイスを使ったカレーあたりが妥当かな。
土日で消費するなら、掃除も楽だし。
一人用に野菜をカットしてくれているコーナーに足を運ぶ。
最初は「高っ!」と思ったけど、
五日間使わずに腐らせてしまうことを考えたら、
トータルでは安くつくのだ。向こうもよく考えている。
ん?
……ん、ん??
「……ぇっ。」
青一色に、縦に白線が入った、中学生のようなスウェット姿。
整えていない、上げただけの髪と、間に合わせのような眼鏡。
基礎化粧だけを施した、ほとんどすっぴんの、
所々にクレーターがほんのり見え隠れする肌。
でも。
(「そのゲーム、なんですか?」)
声が。
仕草が。
同一人物、っぽい。
「……ど、
……どうも。」
……顔、火照ってるな。
こっちも、か。
*
駅前の、チェーン系の喫茶店。
全面喫煙が当たり前になる中で、分煙で粘っている。
こっちは禁煙側だけれども、
ジャージで入れる喫茶店だと、このあたりが限度かな。
30を超えて、これ以上安い全国チェーンなどは、さすがに案内できない。
クレカで決済できるのもポイント。予算枠を超えちゃうけど、まぁ、しかたない。
幸い、禁煙席は空いていた。
広めのボックス席に案内されたので、
窓の奥に案内し、こっちは対角線の通路側に座る。
不思議な感じだ。
普通なら、目線だけで頷くか、
せいぜい会釈するだけで別れる関係。
東京に来て、儀礼的無関心の、外に出るっていうのは。
青の、飾りようがないジャージ姿のすっぴん女性は、
誘ってきたわりに、所在なげに、窓を眺めている。
それはそうだろう。こっちも、ちょっと緊張しちゃう。
この状況で、一番無難な話題は。
「北口のほうですか? お住まいは。」
駅縁しかない。
「?!
ぇ、あ、はい。」
昨日より、少し低めの、抑えた声。
声質で言うと、某感動系深夜アニメの●るこさんのような、
丸みを帯びた中性寄りな感じ。
男性ならば駅からの距離を聞けるけれども、
女性相手だと、妙な下心を持ってると思われかねない。
「こちらに越して、どれくらいでしょう?」
地元民の可能性は、低い。
始発をアテにして越してくる、通勤のためだけの町だから。
「……ええと、三年目です。」
「この町は、慣れましたか。」
「……その、少しは。」
となると、これ、かなぁ。
「北口だと、駅にちょっといったあたりに、
煉瓦屋根のケーキ屋さん、ありますね。」
「あ、はい。
美味しいですよね、あそこ。」
やっぱり食いつく。
この町では、数少ない文化施設だから。
「雑誌取材も来ますからね。
ちょっとお高いですけれど。」
あそこのオーナーシェフが少々パワハラ気味なのは内緒だ。
パティスリーではよくあることだから。
「ですね。
でも、お持たせでも使えますよ。」
お持たせ、か。
それなら。
「お持たせのお勧めはどんなものが?」
「お勧めですか……。」
考えてる。
間に合わせの眼鏡の先の整った瞳が、光った気がする。
「秘書課の子のほうが詳しいと思うんですけれど、
やっぱり、確実なのは〇也の最中です。
●●やの羊羹より、有難がってもらえるので。」
うわ。
銀座の隠れた著名店だ。
これ、マジのやつだわ。
「おっしゃるとおりですね。
でも、入手が難しいでしょう。」
あ。
眼鏡の奥で、笑った。
ちょっと勝気な感じが伝わってくる。
「わたし、お得意さんなんです。
高校生の頃から通ってますから。」
え。
銀座のあそこに??
「あの……、
ご注文をお願いします。」
あ。
ぜんぜん、気づかなかった。
……ずっと立ってたとすると、なんだか申し訳ない。
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