第66話 別離(わかれ)
【これまでのあらすじ】
鉄壁の男vahohoとともに、海底トンネルを通ってCrystal Tower地下ドックに到着した和田美咲。
直通エレベーターで到達した部屋では、8つの扉ポータルを巡り武装ドローンがイングレスをプレイしていた。
8つの扉ポータルの内、目的フロアに辿り着く扉は1つという状況で、異なる扉を選択してしまう。
辿り着いたフロアで、新たに身に着けた業(わざ)”ダブル廃人重ね撃ち”を駆使し、扉を開き最初のフロアに戻るのであった。
エレベーターから降りた美咲は、愛用する斜めがけの小型メッセンジャーバッグからスキャナーを取り出し確認する。
「東西南北のポータル名。そして、6台のドローン。
最初の部屋に戻ってきたな」
降りてきた扉を振り返りvahohoが呟く。
「ああ、そしてこの北西の扉が、8台のドローンの部屋に繋がっていた。
ということは、1つ隣の西の扉が、10台のドローンの部屋に繋がっている。
そして、2つ隣の南西の扉が、目的の部屋に繋がっていることになる」
※挿絵
https://kakuyomu.jp/users/dobby_boy/news/16817330648604522931
https://kakuyomu.jp/users/dobby_boy/news/16817330649168035477
vahohoの言葉に美咲は、頷きながら、
「南西の扉をおっさんが、青でキープすることで緑ドローンを引き付けている間に、私がダブル廃人重ね撃ちで青ポータルをすべて中立化して扉を開く」
すでに、2部屋で同じミッションをこなした2人は、造作もなく南西の扉を開く条件を満たした。
ただ、扉が開いた瞬間に美咲がいる場所が、南西の扉から最も遠い北東の扉の前であったこと、そして、ダブル廃人重ね撃ちを会得したことで、走ること無くミッションをクリアしたこと。
この2つの些細な事実が、綻びとして露見することになった。
南西の扉に向かいながら、2台のスキャナーをメッセンジャーバッグに仕舞う美咲にvahohoが叫ぶ。
「おい。あまりゆっくりするな。
扉がいつ閉まるか分からねえぞ」
「え、まぢ!?」
焦った美咲がダッシュで南西の扉に向かう。
一回目のミッションの全力疾走で硬くなった筋肉が、その後走ることなく、クールダウンしなかった事によりこわばったままの状態になっていた。
1歩目で違和感を感じた右足が、3歩進むうちに痙攣し力が入らず、前につんのめった瞬間、閉め忘れたメッセンジャーバッグからスキャナーが一台前上方に放り出された。
放り出された方向に浮遊していた、一台のレジスタンスドローンは右に回避し、衝突を免れた。
だが、自分に向かって飛ばされたスキャナーを、攻撃と判定したレジスタンスドローンは、装備した自動小銃の照準を美咲に合わせる。
銃口を向けられた美咲は、喉の奥が窄まり、それまで意識してこなかった死が真隣に感じられ、視界がスローモーションで流れ始めた。
睨みつける銃口が震えた直後、視界が大きな影に覆われ、硬直した体が強い力で掴まれ振り回される。
光と音と匂いが消えた世界が、どのくらいの時間続いたのか。
自分は、生きているのか死んでいるのか。
視界に光が戻り、最初に目に入ったものは、見覚えのある白い壁であった。
音が戻り、最初に聞こえたものは、聞き覚えのある微かな機械音であった。
「怪我は無いか?」
聞き覚えのあるバリトンボイスが耳に入り、美咲は自分がエレベーターに乗っていることに気付いた。
そして、匂いが戻った。
生臭い、鉄臭い、むせるような強烈な匂いが。
自分が床に座り込み、呆けたように斜め上に視線を固定させていることに気付いた美咲が、視線を下に下げると、vahohoが壁を背に自分に対面して座り込んでいるのが見えた。
さらに視線を下に下げた美咲は、再度体を硬直させる。
vahohoは、大量の赤黒い血だまりの上に座りこみ、青白い顔でこちらを見ていた。
「怪我は無いか?」
出会ってから今まで、聞いたことの無い力のないvahohoの声を耳にし、力が入らず立ち上がれない美咲は、vahohoが背を預ける壁の左側に両手、両足で這い近づいた。
vahohoの背中に手を回し、そこから流れ出る暖かい液体を感じ、それを塞ごうとでもするように、手をあちこちに這いまわらせる。
美咲は、気付いた。
本来美咲の体を貫くはずの無数の銃弾が、vahohoの背中に吸い込まれたことを。
vahohoが銃弾から美咲を守りながら、抱え上げ、エレベーターまで連れてきたことを。
「その様子なら、大丈夫そうだな」
さらに小さな震える声で、vahohoが美咲の目を見ながら話しかける。
「なんで、なんでだよ。。
なんで、私を助けたんだよ。。
おっさんに、私を助ける理由なんかないじゃねえかよ。。」
vahohoの背中を這いまわらせる手の動きを止めることなく、流れる涙を止めることなく、美咲は嗚咽しながらvahohoの耳に口をあてる。
「ふふん。
なんでかな。
おれにも、わからねえ。
ただ、今まで、一人で暗闇の中、人に言えねえ、汚れ仕事を、してきたおれが、はじめて誰かと、一緒に動いた。
一緒に動く、お前が放つ光が、いつの間にか、おれの心の、ささくれを、癒してくれたんだよ。
その光が、消えることが、どうにも、耐えられなかったんだろうさ。
ふふん。おれとしたことが、とんだどじを、踏んじまったよ」
掠れた声で、言葉を、切れ切れにしてどうにか口にするvahoho。
最後のほうは、耳を口にへばり付けなければ、聞こえない音量であった。
美咲は、vahohoの体から抜け出す力、命を少しでも押しとどめようとするように、背中を這いまわらせる手を動かし続ける。
vahohoの口が動くのを見た美咲が、耳を口にへばり付ける。
「おまえは、進むんだ。
いいか、この先で、仮面をかぶった、ドージェというやつに、会うんだ。
そして、奴と協力して、八騎士の企みを、止めて、世界を、すくえ。。」
「おっさん!
分かった。
この先に仲間がいるんだな。
そいつの所に連れてってやる。
この塔には、見たこともないオーパーツが眠ってるんだろ?
おっさんの怪我も治せるはずだ。絶対治せるはずだ!」
美咲は自分に言い聞かせるように、vahohoの耳に口をあてた。
「学校の体育で習ったんだ。
自分よりでかいやつでも楽に運ぶ方法を。
こうやって、」
言いながら、vahohoの前に座り、両腕をクロスさせ体の前で掴み、前かがみになることで背中にvahohoの体を乗せて立ち上がる。
その時、エレベーターの扉が開いた。
「ちょうどエレベーターが止まった。
おっさん。もう少し待ってくれよ」
美咲は、vahohoの巨体を引き摺りながら一歩ずつ、扉に近づき、どうにか扉の手前まで歩いた時、突然背中から巨大な力感を感じた。
振り返ろうとした瞬間、掴んでいた腕が後ろに引かれ、強い力で背中を押され、エレベーターの外に押し出された。
即座に振り返ると、穏やかな笑みを浮かべ、最期の力を出し終え、仰向けに倒れるvahohoの姿を、閉じつつある扉が隠していく。
左足で懸命に地面を蹴って、扉に飛びつこうとするが、手が扉に届く前に扉は硬く閉じられた。
腹ばいで両開きの扉の隙間に両手の爪をこじ入れ、精一杯の力で開こうとする美咲。
床には、指から流れる赤い血と、眼と鼻と口から頬を伝って顎から流れ落ちる液体が混じった薄いピンクの溜りが出来ていた。
全身を震わせ、両手に力を込め嗚咽する美咲。
「なんで、なんでだよ。。
おっさん。。ばほほのおっさん。。なんで。。」
無意味な単語の羅列を念仏のように繰り返す美咲。
「おっさん。。おっさん。。
ばほほのおっさん。。ばほほーーーーー!!」
美咲の絶叫は開かない扉に虚しく吸い込まれた。
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