第56話 館内放送

 スーツの上着を脱ぎ、シャツの腕をまくった若者たちが、台車にノートパソコン、USBハードディスクを積み込んでいた。


「紙ファイルはどうしますか?」

 一人の引き締まった体つきの若者が、一回り年齢が上と思われる目付きの鋭い男に尋ねた。


「15番の棚に入っているやつは、持っていけ。

 データ化されていないから、その紙にしか情報が無いからな。

 残りは、全てデータ化されているから置いていけ」


 やりとりが終わるや別の中肉中背の若者が、目付きの鋭い男に尋ねる。

「黒崎さん、サーバルームのサーバですが、ブレード※1でない、でかいタワー型※2が2台あり、とても運び出せそうにありません」


 黒崎と呼ばれた目付きの鋭い男は舌打ちをしながら、

「ああ、あったな。確か8年前のデータが入っていてどこにもバックアップが無いはずだ。

 古いのが幸いしてデータ量はそれほどでも無いはずだから、USBにすべて落とせ」


 若者たちは、矢継ぎ早に黒崎に指示を仰ぐ。

 黒崎が、フロアーの作業の差配をしているようだ。


 配下からの質問が途絶えたタイミングで、黒崎は窓際で電話を終えた大男に歩み寄る。

「下の連中はどう言っている?」


 大男は振り返り、黒崎に答えた。

「おう、黒崎さあ。

 どうも、あの館内放送の言うちょった通りらしい。

 エレベーターは人が乗っちょる限り閉まらんで、誰もいなくなると閉まって上に登っちょるようじゃあ。

 つまり、おいたちは一度下に降りたら、二度とここに戻ることはできんようじゃあ」


 黒崎は、渋面を浮かべ、

「そうか、じゃあやはり、ここにしか無いデータはすべて人手で降ろすしかないな。

 ネット経由で移動させようとすると何日かかるか分からんから、結局ハードごとエレベーターで降ろすしかない。

 メインの情報はクラウド化しているが、ここにしか無いデータも残っているからな」


 大男は窓を見下ろし、

「おう、しかし、一体何がおきちょるんじゃあ。

 下を見てみい、雲でなあんも見えん。

 下の連中もタワーの頂上が見えんくらい、高(たこ)うなっとると言うちょる。

 天変地異にも、、」


 大男が話している最中に、二度目の館内放送が始まった。

 一度目は、機械的な音声であったが、今回は感情のある男の声であった。


「クリスタルタワーに残るテナントの皆様。

 この度の事態について、一度説明をさせていただければと存じます。

 希望される方は、20階の第一会議室にお集まりください。

 尚、20階は、現在の階数ではなく、昨日以前皆様のご存じであった頃の階数です」


 黒崎が、大男に、

「どうする、白田さん」


 黒崎を見返し頷いた白田と呼ばれた大男は、フロアー全体を見やり大声で全員に話しかけた。

「今の放送ば聞いたのお。

 一旦、いまん作業は中断じゃあ。

 強制はせんがあ、聞きたいものは20階の第一会議室に行かんせえ。

 おいも行きもす」


 フロアーの全員が、白田、黒崎の後に続き、20階に向かった。



 一時間の後、第一会議室から混乱した若者たちが、口口にお互い答えが出せない疑問を発しながら出てきた。


 黒崎もその中の一人で、隣の白田に、

「白田さん、どう思う。

 あの仮面の男の言葉。

 そもそもあの仮面が胡散臭い。とても、正気とは思えん。荒唐無稽にもほどがある」


「おいも、あん男ん話は到底信じられもさん。

 じゃが、あん男の口ぶり、そして、仮面越しのあの眼。あん男が嘘を言うちょるとも思えん。

 じゃどん」


 怪訝な表情の黒崎。

「?」


「じゃどん、あん男はなんかを隠しちょる。

 協力しろといいつつ、おいたちの何かを疑うちょる。

 それを、はっきりさせたかあ。

 黒崎さあ、おいは、今からあん男に直接をそれを聞きにいきもす。

 一緒に来んかあ」


「ちょうど、俺もあいつに色々聞きたいと思っていたところだ。

 行こうぜ」


 2人は、出る人の流れに逆行し会議室に戻った。




 ※1.ブレード:ブレードサーバ。ブレードと呼ばれる抜き差し可能なサーバを複数搭載可能な筐体内に搭載した形態のサーバコンピュータ。

 省スペースかつ省エネルギーという特長がある。


 ※2.タワー型:机や床などに据え置きするタイプのサーバで、タワー型PCと同様な形をしている。大きさはミニタワーサイズから冷蔵庫大サイズまで様々ある。

 多くはブレードサーバにリプレースされている。

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