4. インスタライブ

鷹橋たかはしよる]

「みんなさ、ライブやるってなったら来たい?」

 インスタライブでそう呼びかけてみると、一斉にコメントが返ってくる。

〈行きます!!!!!!〉

〈え、ぜったいいく〉

〈やるんですか?!? いつですか!!〉

〈仕事休む~~!〉

 スマホが熱くなり、カクカクとした動きでコメントが流れていく。サーバーがパンクしないか心配になるほどの勢い、とまでは大げさだろうか。僕は嬉しくなって笑ってしまう。

「うははっ、すげぇ、めっちゃコメント」

〈そりゃそう〉

〈よるさん人気自覚してw〉

〈四国きてください!〉

〈たまによるさんの言葉遣い乱れるのめっちゃすこ〉

「いやぁ、ありがとうね。長いこと休んじゃったから、次のアルバムできたらライブやりたいなーって思っててさ。まだ何も決まってないんだけど」

〈アルバム!!!〉

〈小説予約しましたよ〜〉

〈グッズ作ってほしい!缶バッジほしい!〉

「あーっいいね、グッズ作りたいね。何がいい? どういうのが需要ある?」

〈リストバンドほしい!〉

〈ステッカースマホケースに入れたい〉

〈ラババン!〉

〈タオルは必須〉

「おー、なるほどなるほど。うわぁ、いいな。楽しみ」

 画面をスクロールすると、僕一人ではとうてい思いつかないようなアイデアが溢れてくる。ライブに来たい、グッズが欲しいと言ってくれる人はこんなにもいたのか。これならライブハウスでのワンマンライブは、ツアーでやれる。もしかすると、ホールでもいいかもしれない。それなりの利益を上げることもできるだろう。

「よし、じゃあライブはちゃんと固まったら告知します……あぁ、いや、その前にアルバムか」

 はは、と笑いながら僕は傍らに立てかけてあったギターを抱える。適当に爪弾くと、コメントが沸く。いつも、インスタライブは一曲弾き語りをして終わるのだ。

〈おっきた!!〉

〈きたぁぁ〉

〈何歌いますか?〉

〈歯車聞きたい!やさぐれよるさん!!〉

「ふはっ、やさぐれよるさんって。おもしろすぎる……」

〈ツボ?〉

〈やさぐれで笑っちゃうよるさんかわ〉

 次々と届くコメントに追い打ちをかけられるようにしばらく笑ってから、僕は曲を決めた。

「はーっ、笑いすぎたな。……じゃあ今日は、歯車にします。再開一発目だしね」

 深呼吸をし、弾き慣れたイントロを少しゆったりとしたテンポで奏でれば、考えなくても唇が勝手に歌ってくれる。心地よい。自分の世界に包まれるような、守られているような気分。

 音楽は、僕の全てを肯定してくれる存在だった。小さい頃から音楽は何でも聴かせてもらえたし、誕生日プレゼントにはいつだってⅭⅮをねだった。クラスの子がみんなやっていたゲームも、好きなアーティストのライブのためなら諦められた。そんな子どもだったから、友達の話題にはついていけなかったし、子どもとは正直で残酷な生き物で、あからさまに仲間はずれにされるまでに長くはかからなかった。

 中学に入る頃には、音楽を聴き歌詞を読むことのほうが、学校で教え込まれる画一的で退屈な常識より、よっぽど重要に思えていた。作詞や作曲はその頃、小遣いをためて買った安いギターを使って始めた。僕が音楽に籠るのと学校の居場所をなくしていくのは、卵と鶏の議論のように、どちらが先かなどわかりえない。

 中学は二年になるころからは、ほとんど行かなかった。父は黙って見守ってくれたが、母はなんとかして学校に行かせたいようだった。何度も話し合って(当時は話し合いより説教だと思っていたけれど)、勉強の重要性を言い聞かせられた。しかしそんなもの、反抗期の少年に響くはずもない。

 僕を救ったのは、やっぱり音楽だった。父のいとこの息子、僕のはとこにあたる人が、組んでいたバンドでメジャーデビューしたらしい。そのライブチケットを貰ったから行ってみないか、と父は言った。会ったことも曲を聞いたこともない、はとこのライブ。そこまで興味はなかったが、結局行くことにしたのは、どの程度ならデビューできるのか知りたいと思ったからだ。しかし、そんな傲慢な考えは、すぐに打ち崩されることになる。

 すごいライブだった。腹に響くドラムの音、ギターは決して優しさなど持たず、脳を溶かすようなベースに、全てを包み震わすボーカル。初めて聴く曲ばかりなのにこれほど高揚させられるのは、彼らの天性のものなのだろうか。「ミューズ」というグループ名の通り、音楽の神に愛されているとしか思えない。

 メロディも歌詞もたぎる感情も、いつまでも頭の中で鳴り響く。僕もあんなミュージシャンになりたい。バンドをやりたい。

 興奮冷めやらぬまま父に言うと、「いいじゃないか」と笑った。その目には涙が薄く膜を張っていて、心配をかけていたことを、その時初めて痛みとして受け止めた。

「ただし、条件がある」

「え……何」

「高校には行きなさい」

「……行かないならバンドはやらせないって?」

「そこまで言うつもりはないけどね。通信制でもいい。勉強はしておくべきだよ。夢が叶わなくとも身を助けてくれる」

「叶わなかったの?」

 ふと尋ねてみると父は少し驚いたような顔をして、眉を下げて頷いた。

「未練はもうないけどな。だから、お前が音楽で食っていきたいと言うなら応援する」

 それから僕は半年で中学の英語と数学を詰め込み、通信制の高校になんとか合格した。同時にバンド募集サイトでベースとドラムを探す。自分の書いた曲を送り、良いと言ってくれた年上の男女に会った。いかにも、といった派手な髪色と、黒地にスタッズやチェーンを用いた服、ピアス穴だらけの耳。そんな二人と対照に、僕はあまりにも地味だった。少し気後れしてしまう。関係を知らない人からすれば、僕が二人に何か弱みでも握られているように見えたかもしれない。

「……はじめまして。夜です。ギター弾き語りと、作詞作曲やれます」

「あたしはルカ。ベースね」

「俺はドラムのリック。よろしくな」

 全員がサイトのユーザーネームで名乗る。本名は最後まで知らなかった。それでも僕たちはすごく気が合った。好きなバンドもやってみたいサウンドも似ていた。はとこのバンド、ミューズの話をしてみると、二人とも頬を紅潮させた。僕たちはその日のうちにバンドを組むことを決め、活動を始めた。僕が曲を書き、二人とともに改良していく。貸スタジオに引きこもり、一日中練習した。あの三年間で書いた曲は、今でも歌えるし僕の大切な基盤になっている。

 また会いたいな。喉の奥で想いが弾ける。今歌っているこの曲、『歯車ダンス』は、二人に聴いてもらわずに公開した、初めての曲だ。二人は聴いてくれたのだろうか。喧嘩別れのようになってしまったから、連絡などできなかったけれど。名前を「夜」から「よる」にしただけだから、もしかすると気づいてくれているかもしれない。

 アウトロに少しアレンジを入れて終わる。

「みんな、今日もありがとう。またそのうちやるから告知見ててね。それじゃ、おやすみ」

〈おやすみなさい!〉

〈お疲れ様でした〜!〉

〈ありがとうございました!!〉

 流れるコメントをしばらく眺めてから、僕は配信を切った。

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