第13話

 窓に目を向けて思案していると、余分な物のない整頓される必要もない部屋の中に違和を見つけた。細く黒い丸まった物が床に落ちている。ゴキブリかムカデかと思ってぞっとすると、毛虫にも見えた。どうしようかとじっとしつつ、処理するのが面倒だと体を横にしたまま見つめていると、髪留めに使うヘアゴムだと気づいた。さらに凝視すると銀色のボタンもついているらしく、それが昆虫の羽を錯覚させたらしい。なんでこんな物が落ちているのだろうか、昨日はあっただろうか、到着した時は落ちていなかったはず、いや、床は見ていなかったか。視点を変えずに頭に探し、やはり眠っている間に中年女が入ってきたと決めた。その時に落としたに違いない。こんな目立つところに置くなんて、わざとらしい。そう考えながらベッドから立ち、ヘアゴムを見に近づいた。

 黒い輪のボタンは、銀色に十字架の浮く形から昔原宿で流行した銀細工を連想させた。男の持ち物みたいだと思ったが、けばけばしい女性よりも男性らしくさばけたところがあるので、中年女はこのような男っぽいというか、ゴシック好みがあるのだと考えた。一人暮らしの生活感しかなく、同居していないのはこの家にやって来た時から察知していた。自身こそほんのわずかな違いでさえ感づけるそのような生活環境にあるとしても、昨晩に親しい相手の話題の出なかったことが証明している。寂しい女性はよく酒を飲むものだと聞いた話で知っていた。とはいえ男の持ち物かもしれないと、手に取って女は考えを変えてみた。

 この家に住んでいないだけで、愛人か彼氏がこの島の別の場所に住んでいるのかもしれない。どれだけの世帯数があって、どれほどの規模なのか知らなくても、こんな辺境の田舎で別別に住むとは考えられなかった。都会の男女関係ではあるまい、こんな島に何を隠して生活を互いに送るのだ。いや、もしかすると、島の人間らしくない中年女のように、この土地と関わりのない都会の男が住んでいるのかもしれない。十字架と心に誓った清廉な男でもいるというのか、そんなわけがない。窓とレースのカーテンを通した陽光がボタン中央の銀色を反射させているのを見つめながら角度を変えて輝きを動かしていると、外からのかすかな音を耳に聞いていたものの意識に入っていなかった女に、突然目立って視界に物が入り込んできた。

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