第12話

 体裁と親しみがちぐはぐしているように思えた。ゲストが起きるのを待たずに出かけるとは。たしかに午前午後とも宿に引きこもる事を承諾したとはいえ、宿主が朝から出かけるのは不平等だろう。そう思いつつも気兼ねする必要もなくなってだるさがより身にしみた。それにしてもまたダンボールか、と思って書き置きを裏返すと、太いマジックの黒い線が斜めに走っていた。女は鴉のような描線の濃さに一瞬驚き、船が到着する前の港で観た光景が頭に浮かんだ。これはもしかしたら“ウェルカムウェルカム”と大きく書かれたダンボールではないかと思った。晴れた部屋の中で濁ったボール紙がやけにどす黒く汚い物に見えたので、床に放ると、すぐに目的を失ったゴミとしてやたら目につく物になった。こんな紙を使うなんて嫌がらせでしかない。同姓だからこその気遣いと感性が中年女にないことに腹が立ち、生理的な嫌気が膨らんできた。仮にも金を払った客を迎えているのに、ダンボールに書き置きを残すとは、いったいどんな神経を持っているのか。本人は何の気もなくたまたま近くにあった紙を使っただけかもしれないが、仮にも心を持って迎えた紙を再利用するなんて、使い捨てもいいところではないか。そんな物への扱いそのものが女自身にも向けられているようで、役割を終えてしまえばどんな風に使ってもかまわない、その場限りの気持ちさえあれば後はどうだって良いという意味にも伝わってきた。

 休日だからこそ許される感傷と倦怠は運搬に適した軽く便利な材料によって不気味に濁されると、中年女がいない事を理由にもう一度ベッドに寝そべった。中年女は書き置きを残していながら、本当は家のどこかにいるのではないか。そう考えてすぐにそんなことはないだろうと思い直し、昨晩ああやって酒を飲んだから、遅く起きる自分を置いて外へ出たのだと女はまた思った。最初から酒を飲ませるつもりだったとはいえ、もしかしたら一緒にモーニングをとって外へ連れて行ってくれたかもしれない。早く起きたほうが良かったかもしれない、そう考えて寝返りを打ち、窓へ目を向けると、失っていた昨晩の光景がふと思い出された。中年女はブルーのカーテンをたしか閉めていた。海風とはいえ夜は寒くなるから窓を閉めると言って、カーテンも動かしたのだ。シャワーを浴びただろうか。髪の毛のべたつきですぐに判断がついて、どうしてブルーのカーテンは開かれて、レースのカーテンだけになっているのか疑問に思った。無意識に自分が開けたのだろうか。わからないが、眠っている間に中年女が侵入したのだと予想をつけた。気持ち悪い、人が眠っている間に勝手に。しかし昨晩の記憶を他に思い出せないので、もしかしたら部屋に入る事を自分が承諾したのかもしれない。そんなわけがないと思った。互いに酔っぱらっている時にそんな取り決めをするわけがない、男でもないのに。

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