第10話

 女は目を覚ますと、外は晴れていた。窓から光は広く射し込んでいて、レースのカーテンは淡さを彩っていた。二日酔いの開始にうってつけの朝だと、心身のだるさに感じながら携帯電話を開いて確認すると、朝でも昼でもない時間だった。健康で清清しい空気感は休日特有の色合いを持ち、島にやって来た事は振り返ることなく判明していたが、初めての場所で迎える新鮮な午前の時間帯は昨晩の終わりを不鮮明に教えてくれるのみだった。ありがちなことにいつどのように眠ったのか覚えておらず、熟睡よりも夢と現の狭間でなんらかの映像を見ていたような気はするものの、あまりの部屋の明るさはどれも嘘をついているようだった。さっぱりしない気分はやけに懐かしくあって、最近はこんな状態で目覚めることはなく、誰かと酒を飲み交わす事の少なさもあるが、自制することなく酔いに任せて飲む気分がほぼなかったと気づかされた。

 瞬間にピアニストが思い出された。あの晩の次の朝は比べることのできない重苦しい気分だった。今日という一日の機嫌を決定づけるような爽快な今の天気であっても、あの時は何も心を左右させたり、救ったり、慰めてくれることはできず、外が明るかろうが暗かろうが心は、二十四時間も経っていない過去の体験にすがりついていて、夢だろうと現実だろうと果てしない情操の高ぶりは収まりきらず、幸福だった分だけ絶望が二日酔いに取り残されていたのだが、それでも、思い出すと至福はまざまざと甦ってきた。その情感はただちに風化へと向かい、今も二日酔いを焚き木に当時の熱情を燃やしておびき寄せようとしても、この部屋は幻影を消滅させるほど光が強く、宵越しの酒の効果を下降に向かわせるのをとどめてしまい、こうして得体の知れない島の宿に来る理由の発端を探させてくれない。言葉にしない情と頭の働きで感じていると、涙が先に出て泣けてきた。何度繰り返したことか、女性特有の誤魔化しの反応はすぐに逃げ出す為の生理作用で濁し、明晰に調べて突き詰めたくもあるのに、わかっていながらわからない気分にさせる。別に泣きたいわけじゃないのに、勝手に涙が出てくるから泣いてしまう。光に思い出が触れてここまで来た実感を強くするらしく、日日の仕事の疲れの残滓がいまだに体を蝕んでいるのか、それともここまで来る過程によって精神の疲労が溜まっているのか、残る酔いに透視されるように体中は感じている。朝ではないが、休日らしい朝の目覚めに近くて、遠い余韻がまぜこぜにされている。

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