第7話

 ツアーの企画そのものを中年女が立てたのだろうと考えた。大きな組織が背後にいるようなサービスはわずかも感じられず、出迎えも、宿も、食事もすべて中年女が世話をしており、一体どういう理由で発案して実行しているのか不思議になった。エプロンを外さずにいる中年女は背中を見せて台所に立ち、その姿を眺めていると女は急に憐れに思えただけでなく、皮膚に覆われていない生身の肉が透ける感じがして、接近したからこそのどぎつさに視界は一瞬ありありとぼやけた。この島の人間だろうか、そうは思えないスタイリッシュな物腰と人当たりの良さだけでなく、方言や訛りを隠すわけでもない標準の言葉遣いと礼儀が表にあり、男の色に染まらない寂しげに堅い、誰かを頼れない自意識の芯があるようだった。

 中年女は炙ったイカと臭く浸かったタコをテーブルに持ってきて、これが酒に合うのよ、自慢気に出して放るように腰を下ろした。ちょっと演歌の世界でしょ、と言いながら酒を足した徳利を差し出すと、女は杯を前に受けた。ビールは飲むけど、こういう風に飲みに行く人はいなかった、女が口にすれば、日本酒は若い子に人気ないし、おやじ臭いからね、手酌でつぶやいた。女は、島の出身かと中年女に訊いてみた。考える間もなく、もちろん違うとおかしそうに否定してから、出身は東京だと答えたので、女は間髪を入れずに、どうしてこの島にいるのか問いかけて、住んでいるのではなく、もしかしたら今回のツアーの為に派遣されたのかも、と思ってもいないことを付け加えると、中年女は間を空けて目を逸らしてから、女の目玉を確かめるように見つめて、移住した、自動ピアノに魅せられて、と言葉にした。

 中年女の芝居じみた仕草に嘘と本音の両方をまざまざと見た。間違いのない真実が口にされたらしく、女の欲しがる物そのものとして目つきと発言は本音を隠しながら漏らされ、吸血鬼の食欲が誤魔化されずに舌を動かした。かすかに跳ねた喜びを繋ごうと顔を明るく女が口を開こうとすると、本人と他人を納得させるようでありながら、同時に馬鹿にするかのように苦笑しつつ、自動ピアノの存在を再び明言した。すると、あなたもわかるでしょ、と見上げるように目を細めて、中年女は徳利を持って前に差し、空になっていない杯に溢れ出さない程度に継ぎ足しながら、一人でここまで来たのだからもうわかっているだろうけど、と繋ぎ、優越を隠した慎ましさを目の前のテーブルに置いた。女は明らかに血が上昇するのを感じた。良い事とも悪い事とも区別のつかない興奮に引き上げられたように、言葉を媒介とした自動ピアノの見たことのない初めての出会いに結びつき、第一音から始まった荘厳で完璧な機能の設計図を具現する物のない音の世界に瞬間として響いた。

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