第6話

 それでも我慢できたのは、念願の自動ピアノの演奏を聴くことができるからと、女は両手を伸ばして声に出すと、中年女は目尻を下げたまま地酒の入った徳利を女に向けて傾け、磁器の杯を満たした。女は器に手をつけ、自動ピアノの演奏はやっぱり素晴らしいんでしょ、と赤く緩ませた顔で問いかけると、中年女は覗き込むように大きく開き、それからすぐに伏し目に戻し、それは本当に素晴らしい演奏で、今回のツアーに選ばれたあなたは誰よりも幸運だから、疲れる船旅も思い出を飾る額縁として必要なものだと口にした。その言葉を聞いて女は初めて中年女の心を知ったような気になり、行きの船の中でもすでに考えられていた帰りの船内に明かりが灯ると、骨だらけになった塩焼きの魚がいまさら美味しく感じられ、素敵な食卓を用意してくれたのだと思い至った。すると中年女は紅潮した顔で目線を合わせずに、自動ピアノ鑑賞ツアーは今回が初めての企画なので、港での出迎えの不手際と夕食の貧しさを漏らした。しかし感情を押し殺しての見せかけなのか喋る中身に対して情感はそれほどこもっていないらしく、女はそこをなんとなく感じながらも気にせず、船上から見えた“ウェルカムウェルカム”と書かれたボードを思い出して尋ねると、中年女はけたたましく笑い出し、やっぱりおかしかった、と茶目っ気のある表情を浮かべて物事をかき消すように手を振り、目立つように作ったらついでかくなってしまったから、船が到着してすぐに畳んでしまったと言った。不自然にいびつな看板だったので、事情の愛らしさを知ると女は一緒になって笑い、でもわかりやすく目立っていた、と一言付け加えた。

 ほぼ空になっていたテーブル上のおかずを見回して中年女は立ち上がると、まだ飲むでしょ、と言いたげに、もうお腹一杯かしら、とても美味しい干物と酒盗があるけど、と言うので、女は即座に返答して、ビールや唐揚げなどを忘れさせた酔いが向くままの味覚の鈍感さと喋り足りなさを欲した。中年女が台所に立つと、目のやり場を得た女は頭がぼんやりして、今ここにいる理由の不可解が汚れた皿に落ちた。仮眠がずいぶん効いていると思った。先ほどまでの黙り込んだ食欲はツアーへの不満による生理的な反応でしかなく、目覚めた体は今はよくわからない酒と料理を喜んで飲み食いし、暗さの見えないきりっとした中年女のなんてことのない陽気も今は好意的に受け入れられるようになっていた。ホテルや旅館の豪華で形式的な夕食も悪くないが、ずいぶん劣った家庭的な距離と扱いは、どこにあるのかわからない謎めいた島の、知った人から聞いた伝説じみた自動ピアノの存在が本物だと裏付けるようだった。

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