第7話 偽りの仮面というのはいともたやすく剥がれてしまう



 偽りの仮面というのは誰しもが持っている。

 あの人に見せたくない本性や、こうしていたほうが周りの受けがいいから……と周りに合わせ自分を隠したり。

 人は無意識に内なる自分を隠し、自分にとって都合のいい人間な、周りにとって都合のいい人間を演じてしまう部分がある。

 それが悪いことかと聞かれると即答はできない。

 もちろん悪い面もあるが、良い面もあるのが事実。

 では偽りの仮面は被らないほうがいいのだろうか?

 それもまた即答できない。

 仮面をかぶらなければ、周りから批判されたとき素の自分が周りから受け入れられないとパニックに陥ってしまうかもしれないからだ。

 人がこういうことに気づくのは、人に教えられるか自身がその体験をするかの二択だ。


 故に俺は新聞の一面に書かれた特大記事を見て、飲み込んだパンが喉に詰まりそうになった。

 

『貴族レッジェーリ失脚!! 隠された本性に部下騒然!!』


「んっんっ! なんじゃこりゃ」


 レッジェーリと言ったら俺がペテン師だと疑って、証拠を集めて見せると意気込んでいた貴族だ。

 一度話してみて、あの男は自分が信じたものを突き通すような男だと感じた。

 なので、俺の中で新聞の記事に違和感を覚えた。


「隠された本性、か」

 

 偽りの仮面が剥がれてしまった、というべきなのだろうか。


 あの男はいい奴っぽかったので助けられるのなら俺の運を使って助けたかったが、もう新聞が出回ってしまった以上、可愛そうだなとしか思えない。



 何がいけなかったのかなんて、もう自分で自分のことがわからなくなるほど考えた。

 結局なんで私は貴族の地位を追われたのかわからない。

 普通に仕事をこなしていただけで、別に悪事を働いたわけではないのに意味がわからない。

 もしや国王に裁かないと言われ、その腹いせでイーズの証拠をつかもうと少し夢中になりすぎていたのだろうか?

 

「もうわからない……」

 

 わからないことだらけだ。


 木々の隙間から差し込む太陽が沈んだレッジェーリの顔を照らす。

 一見元貴族とは思えないボロボロの半袖半ズボンが彼の今の心情を表していると言っても過言ではない。


「あんちゃん。この公園の新入りかい?」


 ずっと虚空を見つめているレッジェーリのことを心配した、白いひげを垂らした老人が声をかけた。


「あぁ」


「そうかいそうかい。ここではお主のことを拒むものはいないんじゃ。あまり無理をしないようにな」

 

 右耳から左耳に流していたレッジェーリだが、老人の口から発せられた次の言葉に背筋が伸びた。


「そういえばあるものからお主宛の手紙をもらってるんじゃったわ」

 

「て、手紙……? まさかおじいさん、私がもともとどんな立場にいたのか知っているんですか?」


「いんやいんや。そんなもの知るわけなかろう。まぁ、なんじゃ? この手紙をわしに渡してきた奴は、「知りたいことはすべて手紙に記した」と言っておったぞ」


「っ!!」

 

 そんな意味ありげなセリフを吐くような人間、一人しか思い浮かばない。

 

「ちょっと見せて下さい」

 

 レッジェーリはおじいさんからやや強引に手紙を奪い、中に入っていた紙を開いた。


『まず最初に言わせてくれ。新聞に掲載されてたお前の隠された本性ってなんなんだよ。なんか中二病臭くてあんま隠された……とか書くたくないんだけど』


「なら書くな」


 根拠などなかったが、私の直感がこの手紙の送り主がイーズだと感じた。


『まぁそんなことどうでもいいか。では改めまして……今あんたがこの手紙を見ているということは、公園のボスであるおじいさんから手紙をもらったというわけだ。まず最初にいうべきことがあるんじゃないかね?』


 イーズに指摘されるのは癪だが仕方ない。


「おじいさん。この手紙を私に受け渡してくれて感謝する」


「ふふ。いいってことよ」


『と、感謝したところで話を進めさせてもらう。急にこんなことも言うのが何だが、貴族だった頃のあんたはいつもどんなことを思いながら生活していた?』


 領地のことだったり、周りの貴族のことだったり……そんなことを思っていたが、主にほとんどの時間はこの手紙を人伝いに渡してきた男のことを考えていた気がする。


『どんなときでも諦めない。やっぱりそれが最終的に大切になると、俺は思うんだよな。余裕があったとしても、最後の最後で躓くとそれまで積み上げていたものが意味をなさなくなってしまうしな……』


 先程までの文章とは別のことを書いてあるが、この文は今の私のことを言っているんだろう。足を躓くと落ちるところまで落ちるのは必然だ、と。

 

 認めなくないが今この状況に関していえば、この男が言っている言葉が正しい。


『文章で伝えるのは限界があるのでここまでにさせてもらう。じゃあ続きは俺がいつもいる、あの場所で』


 詳し事は書いてこないだろうと事前に予想できていて手紙の内容はなんとも思っていないのだが、手紙の最後に一致帳前にサインを書いてあるのが腹立たしい。


 こいつは私のことを励まそうとしているのではなくて、私のことを精神的に攻撃しようと言う魂胆なのかと疑うほど巧妙な罠だ。


「クソっ。……おじいさん。この手紙、本当に私に渡しに来てくれてありがとう。おかげで生きる気力が湧いてきたよ」


「ほっほっほっ。そりゃあよかったのぉ〜。……気をつけるんじゃよ」

 

「はい!」


 短い間だったが仲良くなれそうな気さくなおじいさんと別れ、私は何度も張って見たことがある、コーヒーカップの看板が立てかけられている喫茶店に到着した。


 まだ営業時間だというのに、相変わらずのお客0。

 いや一人いる。


「いらっしゃいませ」


 バイトの女の子の声を聞き、お店の中でも一番端っこにある二人用にもかかわらず一席だけ空席だった椅子に座った。


「なんだ。意外と早かったな」


「あなたのゴミ同然の手紙のおかげですよ。さ、あの話の続きしてもらえるんですよね?」


「あぁ、悪い。こっちもこういうのを仕事としてんだわ。もし話をしたいというのならそれ相応のものがないといけないのだが……」


「現金はないがこれでいいか?」


 レッジェーリは自身の腕につけていた、唯一純金でてきていて希少価値が高いネックレスをイーズに受け渡した。

 

「で、何だっけ?」


「手紙の続きの話を」


「あぁ〜……。こんなことを言っちゃ悪いがそれは少し難しい相談になるな」


「どういうことだ?」


 もともと助言など信じていなかっレッジェーリだったが、自分が極限状態に陥っているせいでなのか、まるで助言にすがるようにイーズの言葉を待っていた。


「どうもこうもない。……やはり新たな敵となると、それ相応の覚悟というものがないと足元を救われてしまうからな」


「新たな敵……。まさか私がこうなったのも、そいつのせいだと言いたいのか?」


「以前、王国内では裏切り者が大量にいるということがわかったらしいじゃないか。その中にレッジェーリ、あんたのことを恨むような人がいたんじゃないか?」


「いないと言ったら嘘になるがそれはありえない。裏切り者はすでに国王の手によって裁かれたはずだ……」


「果たして、それは本当なのだろうか?」


 普段のレッジェーリならこんな問いかけ一切信じないが、国王からイーズのことを裁く気がないと聞かされた今は別だった。


「あんたは国王が裏切り者を裁いたとは知っていると思うが、本当にその場面を見たわけではないよな?」


「お前は結局何を言いたい……」


 この男はペテン師。

 ペテン師なんだ。

 この男の言葉を信用なんてしちゃいけないのに……。


「それは」


 イーズの言葉は扉が勢いよく開かれた音によってかき消された。 


「いらっしゃ……い」


「あ〜僕はこの店には興味がなくてね。そこに座ってる二人組にようがあるんだよね」


 赤と金色を貴重とした、見るからに高そうな服を着た男は店の中を物色するように見渡しながら二人のともに歩いていく。


「あいつは……!」


 俺が貴族になる理由になった、少し前に闇金をしたとして裁かれたはずの男。

 今は牢屋にいるはずなのに、なぜこんなところのいるんだ?


「レッジェーリ。ここは俺に任せろ」


「イーズ……」


 言われた通り男が喋りかけてきても沈黙を貫き、あの男に全て任せていたのだが……。


 コンクリートが冷たく、光が壁の穴からしか入り込んでこず、薄暗い空間。

 私とイーズは同じ白と黒のしましまな服をきて、鍵がかけられた鉄格子の檻の中に閉じ込められていた。


「ふっ。計画通りだ」


「いや私たちが牢屋の中に入って何が計画通りなの!?」

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