第5話 俺には運しかないんだから



 以前、イーズの助言により王国内に裏切り者がいることが発覚した。それは王国貴族や王国に忠誠を誓っている者たちの中で、大混乱が起こるのは必然だった。


 ――お前が裏切り者なんじゃないか?


 お互いがお互いのことを信用できず、仕事が溜まり、王国が腐り始めていた頃。

 それを見兼ね、国王は秘密裏に自らが信用できる者たちを集め、裏切り者と思しい人をあぶり出すことになった。

 最初は一人か二人くらいだろうと思っていた予想はいともたやすく看破され、最終的に裏切り者と思しい人は王国内の過半数の人間となった。

 

 この裏切り者たちを裁くか否か。

 国王はニつの選択の前に立たされた。


 もし前者を選んだのならば、ラキラス王国という国はもう機能しなくなる。元の王国を取り戻すのに少なくとも半年はかかる。

 もし後者を選んだのならば、ラキラス王国という国はいずれ滅ぶことになる。


 いわばこの二択は国を捨てるのか否か、という死の二択だ。


 最終的に国王が選んだのはもちろん前者。

 国王は世界をより良くするために王国の王の座を勝ち取った。

 当たり前の選択というべきなのだろう。

 

 裏切り者の最終リストが完成し、さぁ今から王国を再興しよう! と気合を入れたのもつかの間。

 国王が信用していた人の中からが出た。

 リストが裏切り者へと周り、すべての計画が筒抜けとなったせいで裏切り者を裁くことができなくなってしまったのだ。


「なるほど。話から察するに、俺が見たあの酷い死体は信用していた裏切り者のものか……」


「そうだとも。あいつのことを信用していたんだがな……。と、まぁここまで話さずとも君はすべてお見通しだったようがね」


「わかるわけないでしょう。俺も最近は自分のことで少し忙しかったんです」


「……少なくとも今はそういうことにしてやろう」


 国王のため息にイーズはエイリアのことを喫茶店に帰して良かったと、心のなかで安堵のため息を吐いていた。


「それで、俺に国王様が信用なさってる人たちにしか教えない極秘情報を教えたということはそういうことでいいんですね?」


「あぁ。毎回毎回君に頼っていてみっともないことは重々承知なのだが、助言をくれないか。今回は特別に成功報酬は普段の依頼料の十倍だ」


「喜んでそのご依頼、お引き受けいたします」


「じゃあ……これが今回の資料だ。圧をかけるようで悪いのだが、王国は君にかかってる。よろしくな」


「圧になるってわかってるのならあまりそういうこと言わないでくださいよ……」


 イーズは小言を吐きながら用意されていた椅子に座り、机の上に山積みになっている資料を見ようとした。だが――


「私はこの男のことを信用できない」


 一人の女性の言葉に手が止まった。


 声の主は出入り口を塞ぐように立っている。

 深く被った黒いフード。


 もしやこの女性は路地裏ですれ違った人なのでは?


「レイシア。イーズは俺が信用している助言師なんだ。あまり敵対心を持たないでほしい」


「信用……? あなたが信用していた人の中から裏切り者がでたというのに、その言葉が信用できると思ってるの?」


 女性は話している内容とは程遠く無感情のように喋っているが、空気から怒りが伝わってくる。


「今や俺に信用がないことはよくわかってる」


「私はあなたに従っているのではなくて、私自身の意志であなたについていってるの。あなたがゴミのような男に成り下がったのなら私はここを辞める」


「わかってる。辞めたいのなら辞めてくれ。……だが全く逆のことを言うが俺は君にいてほしい。一緒についてきてほしい。――それに、今イーズのことを信用できる確証を得た」


「……え?」


 国王と女性の会話を盗み聞きしていたイーズの口から思わず声が出た。


「なに、簡単なことなのだが。今、イーズの手のひらにある資料は、裏切り者に知れ渡っているリストとは別のものなんだ。もしイーズが裏切り者だったのなら、なにかしら挙動を起こすはずなのだが、起こさなかった。……これで少しは彼のことを信用できる男だとわかったかな?」


「そ。あなたが成り下がっていないのなら私はそれでいい」


「感謝する」


 あの国王が資料をすり替えてそれを見た様子を観察するなんて、俺より助言師に向いているんじゃないか?


「さてイーズ。まず君のことを疑ってしまったことを謝らせてくれ。すまない」


 イーズは国王が下げた頭を目の前に、動揺を隠しきれなかった。


「いやいや。もし俺があなたの立場だったら俺のことを疑うと思うので、何も間違ったことはしてないですよ。逆に称賛されるべき行動だと思います」


「わかった。君がそういうのならこれ以上は何もしない」


 国王は俺がこういうことを想像していたのか、すごいスムーズに下げた頭を上げて自分の椅子に戻っていった。


「よいしょっと。……それで、どうせ君のことだ。もうこの状況を打破するソレを思いついたのだろ?」


「え、あ、ん?」


 まだ資料の一枚も見てないのになんでそんなこと言い切れるんだよ! とは口が裂けても言えない。


 国王が俺のことを買い被っているのは知っているが、ここまでのは初めてだ。それとも、それくらい内心焦っているというべきか。


 無礼がないように、と出入り口がある扉の方から獲物を見つけた猫のような目つきでレイシアと呼ばれていた女性が見てきているのが伝わってくる。


 ここで期待外れなことを言ったら、それこそもう一度裏切り者だと疑われてしまうかもしれない。

 故に――


「なに、簡単なことだ」


「その簡単というのは君基準のことか? もしそうだとしたら、俺たちからすると難しいことになると思うんだが」


「そんなことはない。……国王様。あなたは重要な、いや大事な部分に気づいていない」


「……なに?」


 あ、言う言葉間違えたかも。

 この言い方をすると国王様が勝手に良いように解釈してくれなくなる。


「王国から裏切り者が出たとき、俺はやっぱりなって思ったよ」


「っ!! あなた、国王のことをバカにしているの?」


 女性から殺気が溢れ出ている。


「そういう意味じゃない」


「国という大きな組織の中では、一人や二人必ず裏切り者がでる、と。そしてその裏切り者の対処が遅れてしまった、と。そう言いたいのだな」


「あ、あぁ」


 よし。

 この調子ならなんとかなる。


「たしかに君の言うとおり、俺は裏切り者が出るとは思わず対策なんてしてこなこなかった。……だが、それと今回の裏切り者への対策と同関係があるんだ? 今更考えても遅いと思うのだが」


 国王の鋭い指摘がイーズに突き刺さる。

 

 こうなればまた少し問題から離れたことを話して……。


「ねぇあなた。私の耳にはさっきからあなたが意味のないことをべちゃくちゃ喋っているように思えるのだけど、なにか意味があるのよね?」


「もちろん」


 そんなのあるわけないじゃん。

 どうする? 

 どうする?

 これ以上時間をかけていたら、路地裏で見た男の死体のように女性から無惨に殺されてしまうかもしれない。

 かといって何も良いことなんて思いつかないし。


「俺には」


 運しかないんだから、悩むことなんてないか。


「どうした?」


「いえ。なんでもないです」


 考えていてたら逆に運が働かないのかもしれない。

 一度さっき聞いた話を頭から切り離そう。


「それで、俺は助言を聞きたいのだが」


「あ〜」


 どんなことでも別のことを考えていたら勝手に運が働いて、物事を解決してしまうのだからつくづく俺って特殊な人間だと思う。

 いやもともと人間じゃなかったか。


「それもこれも全部、昔そうなったからだと思うけど……」

 

 昔の選択が間違っていたとかそういうふうには思わないが、そのせいで本当の俺という人間は小さい頃に死んでしまった。

 生きていく上で大切な何かを失うと、それはもう……。


「はぁ」


 イーズが自らの生き方、そして自分の現状を目の前にしてため息を吐いている中、それを助言だと思い聞いていた国王の瞳には輝きが宿っていた。


「そうか……そうか! 今の今まで気づかなかったが、言われてみれば裏切り者の八割方が前国王と深い関わりのある人ばかりだ」


「ちょっと国王」


「あぁ、わかってる。レイシア、君が前国王に救われて恩があるということは知っている。……だが、裏切り者には皆等しく裁きをくださなければならない」


「はい」


 感情を押し殺した、冷たい返事だった。


「イーズ。どうやらまた君に救われたようだ。おかげでこの危機的状況を打開する策を思いついた」


「それはどういたしまして。あ、成功報酬普段の十倍なの、忘れないでくださいねぇ〜」


「もちろんだとも。俺は恩義のある者には最大の敬意を払うと有名な国王だぞ」


 

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