第4話 探偵は助言師がする仕事じゃない



 虫や鳥の鳴き声が鳴り響く森の中。

 蔦に足をかけ、頭から倒れ込んでしまった。


「おい! ちょっとまてよ!」


「まってって……イーズ! お前が遅すぎるんだよ! 早く来ないと僕が先についちゃうよぉ〜だ」


「まてぇ〜!」


「まちませぇ〜ん。あっかんべー」


 目の前に走っていく小さな男の子の背中が遠ざかっていく。


 くやしい!


 絡まっている蔦をちぎって再び走り始める。


 無邪気な子供のようなことを考えていて気づいた。

 ここは俺の夢の中だ。

 体だけが夢の続きを見せようと、考えていることとは真逆に動いていく。

 走っても走っても追いつかないこの悔しい気持ち。

 忘れもしないに感じた気持ちだ。

 俺という人間が一歩成長し、その代償としてすべてを受け渡したあの忘れもしない日。


 この回想を見るのはもう何度目だ……。

 数え切れないほど見ている。

 それもこれもすべて俺が俺という人間を忘れさせないために、無意識に見せているんだろう。


 あんなの、忘れるわけがないのに。


 今度は早く走るのはやめて進め、と考えていたらその気持ちと呼吸するように場面が変わった。


「わぁ〜……。これって神秘的っていうのかな?」


 人が数人入れるような池の中心に、空から一点の光が降り注いでいる。


 このときの俺はどうしようもなく子供で、好奇心が尽きなかった。

 だから俺は。


「ん? なにこのレバー?」


 明らかに自然のものとは見えない、池の前にある地面から突起している錆びついたレバーを引いてしまった。


「え?」


「お?」


「…………」


 人体実験のようなカプセルや、人間だとは思えない形の肉片。

 これが夢だというのに周りにあるものが鮮明に見える。

 まだこの頃は幼かったのに、こんな衝撃的なものを見て微動だにしなかったのは我ながら信じられない。


 この先だ。

 この先にあるものが……。


「あら? こんなところに子供なんて久しぶりです」


 瞳の中に星型の模様。

 地面につくほど長い桃色の長髪。

 スラッとした無駄のないスタイル。

 心臓を包み込むような肉声。

 そのすべてが魅力的で。


「はぁはぁ……」


 激しい頭痛と共に目を覚ました。

 あの女に出会って、俺はこんな運だけの人間になった。

 こうやって定期的に自分の過去を思い出すのは別に悪いことだと思わないけど、寝起きが最悪なのが改善されれば最高なものになる。


 俺の助言のことを嘘だと言い張る男。

 その男をどうしようかと考えていたら、いつの間にか3日経っていた。


「いやおいまじか!」


 イーズは自分が部屋の中でゴロゴロしていたという事実をあたかもなかったことのように、神妙な顔立ちで叫んだ。


 ダラダラすると時間が溶けていくのなんてわかってたくせに……クソっ! 

 なんて邪悪なベットなんだ……。

 こんなホテル、今日限りでチェックアウトしてやる。

  

「ありがとうこざいました。またお越しくださいませ」


「何やってんだ俺」

  

 勢いで本当にチェックアウトするなんてどうにかしてる。


 イーズはどうにかしているのは自分のことだったは……と、少し気分が落ち込んだがポジティブに考え、乗り切った。

 次のホテル探しと行きたかったが、イーズが無意識で足を運んでいたのは豆の香ばしい匂いが漂う、馴染みの安心感がある店の中だった。


「イーズさん。もしかしてまた強制退去させられたんですか?」


「いやいや。今回のは自分からチェックアウトしてホテルから出てきたから、決してそういうのじゃないよ」


「でもなんかすごい落ち込んでません?」


「それとこれとは別だよ……」


「そうなんですか。早くホテル見つかるといいですね」


「本当に早く見つけたい」


 これは心の底からの言葉だった。


「あっ、旦那。それなら私、いい場所知ってますよ」


「お? なになに教えて?」


「どんな人でも歓迎するすごいいいホテルなんですけど……。そこに入るためにはちょいと仕事をこなしてもらわないといけないんです」


「ただでさえ疲れてるんだから面倒なやつはしないよ?」


「いえいえ。あなたにとってその仕事は面倒じゃないと思いますよ」


「ふ〜ん」


 住むホテルなんてすぐ見つかりそうにないので、マスターがいうホテルに住むことになった。

 なったのだが、仕事をこなさなければいけない。

 

 ベージュの服装に、前と後ろにつばがある帽子を被り、仕上げに虫眼鏡を持って……。


「ねぇマスター。もしかしてこの格好って俺今から探偵やるんじゃ……」


「そうですよ? 依頼内容はいなくなったペットの捜索です」



「ゔっ……」


 ポタポタ……と、上から水滴が垂れるジメジメとした空気の路地裏に三人の影。

 一人は腹を抱え、一人は拳を握り、一人は目を見開き。


「あなたが私達のことを裏切らなければこんなことにはならなかった。もし、あなたのせいであのことが公に出たらどう責任をとるつもりなんだ」


 拳を握っている女性は、正面でよろけている男に向かって冷たく言い放った。


「し、知らなかったんだ! 俺は別に裏切るつもりなんてなくて……。け、結果的に裏切るようにったのは謝る! だからもう一度、もう一度チャンスをくれ!」


「そんな余裕、あるわけがないだろう。誰のせいでこんなことになってると思うんだ……」


「ひっ!?」


「消えろ。このウジ虫が」


 喉をうならせ振り下ろす拳には、怒りと悲しみと嫌悪感が乗っていた。


「まだまだ終わりは遠い。少し休め。君は昨日から動きっぱなしだろ?」


 心配が言葉に乗っている男性の言葉に女性は返事をすることなく、背中を向け歩き始めた。

 その背中は眩く、それでいて真っ黒に染まっていて……。拭っている血が付いた右手と同じように赤く染まっていた。



「ったく。なんで俺がこんなことしないといけないんだ」


「いいじゃないですかペット探し。気分転換になると思いますよ」


 イーズはエイリアの言葉を聞いて自分が年下の女性にずっと気を使われていることを思い出し、腹を括り探偵をすることにした。


「いやぁ〜まだ日が出ているのに、ここってこんな暗いんですね」


「だな。……少し離れられる?」


「あ、ごめんなさい」

 

 俺はペットの最後の目撃情報である、路地裏にきた。ここは前と後ろがわからなくなりそうなほど暗く、ペットの捜索に時間がかかりそう。

 何故かエイリアちゃんもついてきているが、捜索は人手がいて悪いことはないので帰すのはもったいない。


「名探偵イーズさん! もうペットがいる場所はわかってるんですよね!」


 助言師という仕事のせいで、あらぬ期待をされている。エイリアちゃんの顔は暗くて見えないが、目がキラキラしているのが容易に想像できる。


「そんな簡単に見つからないよ。とりあえず、エイリアちゃんは俺の服に捕まって一緒になって歩いてきて? 迷子になっちゃったら、見つけられる自信ないからちゃんと掴んでね」


「はひっ! イーズさん。頑張ってください!」


 頑張ると言っても、ペットがどんなペットなのかも教えられていないのにどうやって捜索をするのだろうか? 


 歩きながら今更とも言える疑問に気づき、内心焦りが止まらなくなっていたイーズの元に正面から一人の人間の影が近づいてきた。


「エイリア。俺の背中に隠れて」


「はいぃ」


 エイリアは俺が小声で囁いき緊張感が伝わったのか、目をそらし、顔を下に向けながら背中に隠れてくれた。


 向かってくる人影も、俺たちがいることに気づいたのか少しづつ近づいてくる。


「……っ!」


 無言ですれ違った。

 フードを被っていてあまり見えなかったがきれいな女性、というべきなのだろうか。この路地裏にいるような姿ではなかった。

 まさかこの先になにかあるのか?


「エイリア。行くよ」


「はい……」


 目の前に転がっているモノが幻覚だと思いたい。

 エイリアの目を塞ぐ。


「ど、どうしたんですか?」


「見るな」


「…………はい」


 イーズが好奇心で進んだ先にあったのは体がボコボコに穴が空き、血溜まりができている死体だった。


 匂いがおかしくなってきた頃に気づくべきだった。

 これを誰がやったのか、それは容易に想像できる。      

 できるけど、信じられない自分がいる。


「はぁ」


 頭を抱えたくなるようなため息を吐いているイーズのことを見る、一つの人影。


「イーズ。やはりお前が来たか」


 突然名前を言い当てられた。

 顔は見えない。


 だがイーズにはその声は聞き覚えがあった。


「国王様……」

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