第3話 騙し合い



 私は初めて彼の話を聞いたときからどこか納得がいかない点が多かった。


 なぜ要点をかいつまんだ助言をせず、周りの後押しがないといけないのか?

 なぜ知りもしないはずの極秘資料の内容を知っているような口ぶりなのか?

 どの疑問も、彼がという理由で周りは気にもしない

 いくら私のことを貴族へのしあげてくれたとしても、いくら貴族全体に利益をもたらそうとも、あるはずの真実を知らなければ納得などできない。だから調べた。だから私は貴族の中で孤立してしまった。真実を追求するためだ。どう思われようとも何とも思わない。

 国王様も私がやっていることを容認してくれている。

 

 私は元々彼のことは嘘をつき人を、国を騙している邪悪な人間だと思っていたが一度会議が終わったとき接触し、そういう人間ではないことが分かった。


 実際、彼のことを摘発するような決定的なものは持っていない。

 だが一度本気で話してみたい。

 その思いで貴族の特権を使い家を割り出し、彼のことを地下室に呼び出した。


「おい。この前の喫茶店といい、俺をこんなところに呼び出して何がしたいんだ」


「……それは、あなた自身がよく知っているんじゃないのかな?」


 彼は対面の椅子に座り、ジッと私のことを見てきた。

 さすがは何度もはったりの助言で国を救ってきた男。顔に余裕が見える。


 レッジェーリは最初に無駄話をして相手のすきをつくつもりだったが、余裕のある顔を見てそうするのはやめた。


「イーズ。単刀直入で君に聞きたいことがある」


「なんだ」


「君は助言師という仕事をしているが、その助言というのは嘘ではないのか?」


 彼は顔を下に向け数秒沈黙し、大きくため息をついた。


「それはどうしてそう思ったんだ?」


「色々あるが、君がする助言には不自然なものが多くて疑問に思ったからなのが大きな理由かな」


 わざと明確なことを言わず、あたかも裏でなにかつかんでいるような素振りで話す。

 私の勘違いではない限りこれは以前、彼がしていた戦法だ。


 手を握る力が強くなる。 

 奥歯を噛みしめる力が強くなる。


「……ということは、まだ証拠がないんだな。その助言が嘘だというのはまだあんたの憶測でしかないということ、であってるか?」


 イーズの双眸がレッジェーリを貫く。


「さすが嘘を付き続けていただけあって、自分がしていた戦法は通じないか。……君が言った通り、まだこれといった証拠なんてもってない」


 正直すぐ騙せると思っていたが言い当てられるなど、考えもしていなかった。

 いや、もしかしてこれもなのか!?

 さすがにここまで的確に私の考えていた意図を言い当てるなど、そんな豪運の持ち主などいるはずないか。


「はぁ。君はすごいな」


 まだ彼の前だというのに思わず背もたれに体重をかけてしまった。


「すごくなんてないさ。すごいのは、あんたの方だと思うよ。なんせ貴族なのに俺のことを調べてるんだから。どうだ? なんか弱点でも見つかったか?」


「未だ私生活もまともにわからないのに、そんなもの見つかるわけ無いだろう」


「ははっ。もし弱点を見つけたらぜひ俺に教えてほしいな」


 いずれ自分の嘘を暴かれるかもしれないというのに、なぜそんなことを言える。

 なんていう男なんだ。


「あ、でももしそんなことしたら助言師に情報を漏らしてしまったと、逆にあんたが国王様から裁かれるかもしれないな。今のはなかったことにしてくれ」


 イーズは自分の失言に気づき丁寧に腰を折り謝罪したが、レッジェーリの目には謝罪とは真逆の意味に伝わっていた。


 これ以上踏み込んだらこっちが国王様にお前たちのことを売るぞという脅し、か。


 ハッタリだけの男だと思っていたが意外と頭が切れるのだな。


「どちらが先に証拠を見つけ出すのか? という勝負になるわけか。お互いの人生をかけた大勝負……面白そうじゃないか」


「あ……ぁ……んんっ、たしかに面白そうだ」


「あぁそうだ。あなたに言っていなかったのですが実は私、先日あなたの行きつけの喫茶店でとんでもない情報を手に入れてしまったんだ。聞きたいか?」


「そんなもの、必要ない」


 この言葉はハッタリか?


「そうか。それは残念だ。あなたのアレの話なのに……」


「しつこい」


 心は固まっている、ということか。


 レッジェーリはこれ以上話しても、逆に自分の粗が見つけられるだけだと考え立ち上がった。


「呼び出した理由はこれだけだ。じゃあ私は貴族としての仕事が残っているので、お先に失礼する」


「あぁ」


「そうそう。まだ言い忘れていたことがあるんだが、君のその椅子の下にある袋の中身はここに来てくれた君へのプレゼントだ。受け取ってもらえると嬉しい」 


「ありがとう」


 レッジェーリが地上に上がり、静まり返った地下室。

 イーズは泣いていた。


「もゔどゔいゔごどぉおおおお」


 俺が言う助言がハッタリだというのはいずれバレることだと思ってた。

 思ってたから余裕を装うことはできたけども。


「大きな情報ってなんなんだよ!」

 

 喫茶店の話がされるのは予想外だった。

 それも俺自身の話を。

 今、ようやくいつも俺が助言する時泣いていた奴の気持ちがわかる気がする。

 見に覚えがないっていうのが一番怖い。


「はぁはぁ……」


 むりやり息を整えようとしても、理解が追いつかないことがあると余計息が荒くなる。


 十数分経ち、ようやく理解が追いつき落ち着き始めた頃。

 イーズはレッジェーリが最後に言った、プレゼントが気になり椅子の下にあった抱えるほどの大きさの赤い包で覆われたものを膝の上においた。

 

 ストーカーをし、人の弱みを手に入れるような男からのプレゼント。 

 気にならないと言ったら嘘になる。


 どう考えても今先決なのは助言がハッタリだと言い当てたあの男について知るということだ。

 だが、そんなことを考えていたくないイーズは中身チェックという名の現実逃避をしたいため、プレゼントを開けることにした。


「さ〜てさ〜て」


 紐で結ばれていた場所を解き、くるくると回すように外装を取る。

 ぐるぐるぐるぐる……抱えるほど大きかったブレゼントはいつの間にか、手のひらサイズの小さな箱になっていた。


 イーズの中で貴族からもらうプレゼントが小さな箱の中にあると考えただけで、ものすごく高価なものだろうと想像し、胸の高鳴りを抑えきれなかった。


「にゃ〜ん」


「よしよし。白色だったときはビックリしたけど、意外と似合うじゃん。あの貴族センスあるねぇ〜」


 イーズは猫を抱っこし、ベットに寝転んだ。


 貴族からのプレゼントは最近飼い始めた猫もとい、使い魔もとい、相棒もとい、クロの首輪だった。

 俺へのプレゼントじゃなかったから少しがっかりしたけど、いつか買おうと思っていた首輪を、それもセンスのある首輪をくれたのでそれで何とも思わない。


「感謝するべきなのか、警戒するべきなのか。はぁ。もうなにもかも面倒くさい……」

 

 まぶたが重力に負け、少しづつ少しづつ視界が狭まっていく。


 イーズはまだまだ考えるべきことがあるのだが、それは明日の自分がしてくれると楽観的に考え、真っ黒なぬいぐるみのようにもふもふなクロを枕元において眠りについた。

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