第2話 真実と嘘と嘘と真実



 ふと俺は自分が何者なのか考えてしまう。

 適当な事を言ってお金稼ぎしている詐欺師。

 適当は言っているがそのおかげで全て上手くいく強運の持ち主。

 何者なのか考える度、現状を再確認する度、いつも自分のことが嫌いになる。


「あの、どうかされましたか?」


「い、いや。少しぼーっとしていただけだよ。心配かけてごめんね」


 考え込みすぎていたのか、エイリアちゃんに心配されてしまった。

 なぜか俺の返答が気に入らなかったのか、不満そうな顔をしながらおかわりのコーヒーを入れてくれている。


「そういうことにしたいのなら私はなにも言いませんが……。はい、コーヒーどうぞ」


「ありがとう」


 少し頬を膨らませているのがまた愛らしい。


「旦那。相手が子供だとしても正直な感想をお願いします」


 そうだ。料金をタダにしてもらった代わりに一杯目の店主のコーヒーと比較しないといけないんだった。


 イーズは初めて飲むエイリアのコーヒーに胸を躍らせながら、コーヒーカップに口をつけた。


「ゔぇえええん! でんじゅ! ひどい! イーズさんがひどい!」


「大丈夫。私が飲んでもコーヒーではないように感じたから、決して嘘をついているわけではないよ」


「ゔぇええええん! でんじゅもひどい!」


 あの温厚な店主でさえも現実を突きつけてしまうほどの味だった。

 わかりやすく例えるのならば、エイリアちゃんのコーヒーの味は地獄のそこから汲み上げた水で作ったような、絶望的な味だった。


「エイリアちゃん。練習すればきっと美味しいコーヒーを作らるようになる……と思うよ」


「イーズさん。さっき私のコーヒーを飲んだ後お手洗いに直行していたのに、それ本音ですか?」


「あぁ。もちろん」


「なんで目をそらすんですか」


 でも、本当にエイリアは練習すれば美味しい物を作れるはずだ。

 なんたって俺のように運だけじゃないからな。


 イーズは『運』という単語から、先日声をかけてきた男のことが頭に浮かんだ。

 一声かけられ、すぐ去っていったあの男。


「まさか、俺のことを知っているだなんて言わないよな?」


「だ、か、ら! 私は店主のコーヒーの作り方をみて練習してたんです! だからコーヒーがまずかったのは店主のせいです!」


「あの……エイリアちゃんってうちで雇ってるバイトだよね?」


「はいそうですけどなにか?」


「いや、そうだね……。なんというかエイリアちゃんって自由なんだなと思って」


「それって今話していることと関係ありますか?」

 

 俺が考え込んでいるうちに二人が……というか、エイリアちゃんが店主に向かって一方的に理不尽な怒り方をしている。

 仲介に入るべきなのだろうか?

 店主という師匠がいながら、俺が間に入るというのは野暮というものになりそうだ。


 イーズはエイリアが入れたコーヒーを飲み干し、静かに喫茶店を出た。

 はずだった。


「で、えっと……なんでエイリアちゃんがついてきてるのかな?」


「いえ、たまたまなんです。決してイーズさんと一緒にお買い物デートしたいとかそう言うわけではなくて、ただ店主からお使いを頼まれただけですよ。全く。勘違いしないでくださいね?」


 今早口で本当の目的言ってなかった……?


「まぁ深いことを聞くのはいいや。買い物いくのなら丁度いいから一緒に回ろうか」


「はいっ!」


 イーズは隣から少し耳の中に入ってくる鼻歌と、リズミカルな靴の歩く音がうまく混ざり合い、奇怪なメロディーができていたのを一人でに楽しみながら商店街へと足を進めた。


「いやぁ〜まさかイーズさんが小動物が大好きだなんて初めて知りましたよ。意外と可愛い一面もあるんですね?」


「可愛いのはこのクロな」


 イーズは真っ黒なふかふかした衣に包まれた、逆三角形の鼻のさっき買ってきた猫の頭を撫でた。


「にゃ〜ん」


「かぁ〜。気持ちいのか? ここが気持ちいんだろ?」


「にゃん」


「とりゃとりゃとりゃ!」


 傍から見たら猫と無邪気にじゃれてる男に見えるのだが、エイリアの瞳にはそうは映らなかった。 

 もしかしたら地雷を踏んでしまうかもしれない、と覚悟して深呼吸し。


「イーズさん。やっぱり、今日なんか強がってませんか?」


「……なんでそう思った?」


 さっきまで猫と遊んでいた温かい空気と一変して、重い空気がのしかかった。

 

「いえ、その。元気が無いとかそういうわけじゃないんですけど、いつもより少し思い詰めてるように見えて……」


「思い詰めてる、か。まぁそうかもしれないな」


 イーズはエイリアが喫茶店にいるときから気にしてくれていたと思い出し、何故今一緒にいるのか気づき、言葉にならない感謝の気持ちが溢れそうになった。

 

「でもこれはいずれは俺だけで乗り越えないといけない壁なんだと思う。心配してくれてるのはよく伝わったし、本当に感謝してる」


「そうですか。別に大丈夫ならいいんです。大変そうですけど、頑張ってください! 私応援してますから」


「……ありがとう」


 嘘を付くのはよくないことだ。

 それは常識として知っている。

 でも、その嘘のおかげで事が良い方向に進み俺のようになっていたらそれは果たして嘘になるのだろうか? 

 少なくとも嘘を言った本人は『嘘』になるが、それを知らないものからはそれが『真実』となる。

 嘘か真実か。

 嘘を嘘のままでいさせるのは真実を嘘と見破らなければ覆ることはない。


 冷たい冷気が足を覆う。

 真っ暗な部屋の中に一つの灯火が椅子を照らす。


「おい。この前の喫茶店といい、俺をこんなところに呼び出して何がしたいんだ」


「……それは、あなた自身がよく知っているんじゃないのかな?」


 目の前の椅子に座っているのは、見覚えのある胡散臭そうな男だった。

 

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