第20話

漫画家   本当を言うと、みんなうるさいんです、音楽流しながらだからいいけ

      ど、集中を妨げる要因になっているんですよ。

先生    まあ、自分勝手な意見だね。

漫画家   それはわかっているんですけど、みんなあまりに元気なんで。

料理人   こんなところで黙っていられるか、阿呆みてぇに時間があるんだぜ。

漫画家   そう悪い意味じゃないんですよ、日本の治験だと、参加者同士で会話す

      るということが、ほぼないんですよ。

会社員   そうなの。

漫画家   暗黙のルールみたいにみんな黙っていて、それぞれの時間を過ごしてい

      るんですよ、静かに、人の邪魔をせず。

無職    なんで、いろんな人と喋るのが面白いのに。

漫画家   だから驚いているんですよ、この治験で黙っている人なんか、最初から

      いなくて、みんなべらべら喋っているんですから。

料理人   しょうがねぇだろ、暇なんだからよぉ。

学生    そうっすよ、つい口に出ちゃいますよ。

声楽家   不安だし。

会社員   たしかに、もう少し黙っていてもらいたい時もあるけれど。

先生    そう、そんなに違うんだ。

漫画家   もう全然、活力がそもそも違いますよ、日本の治験となると参加者の多

      くが底辺の端っこというか、人生に明確な目的を持たない人らしいぼん

      やりした雰囲気の人ばかりで、まあ、言ってしまえば覇気がないんです

      よ、とは言っても、勉強したり、趣味に時間を費やすことに集中して無

      駄話をしないベテランらしき人ももちろんいますよ。

無職    ふぅん、面白いね。

漫画家   会話こそタブーのようにみんな静かにしているのに、ここなんて、入院

      前の宿からべらべら喋って。

会社員   そうなんだ。

学生    でも、必ずみんな治験で話すってわけじゃないっすよ、自分も一人黙っ

      ている治験もあったっすね。

無職    そうかな、たいていみんなよく喋るけど。

会社員   たしかに、今回はよく喋る人が多い。

料理人   どうなんだよ、日本も海外も同じなんじゃねぇの。

漫画家   いや、違いますね、他の国は知らないけど、怯えというか、満員電車の

      ような人間関係だから、とても話せないですよ。

先生    ああ、東京らしいというか。

漫画家   そんな雰囲気まるでないですからね、ここは。

会社員   治験によって異なるけれど、被験者同士が無言で終わることはまずない

      な。

無職    みんな楽しいって。

声楽家   どうも、メンバーによる感じがします。

学生    そうっすね。

漫画家   採血の仕方や心電図の機械などの違いもありますが、投薬を終えてしま

      えば自分の時間を持てるというのはほとんど同じです。

無職    やっぱり食事も違うんだよね。

漫画家   前も話しましたけど、日本らしい病院食ですよ、総合病院に併設されて

      いる施設らしく、鯖や鮭などの魚に、豆腐ハンバーグや生姜焼きなんか

      で、とにかく味が薄いくらいですね。

無職    いいなぁ、なんか味噌汁が飲みたくなっちゃうよ。

先生    思い出すと、欲しくなるねぇ。

料理人   おめぇ、海外の料理が楽しみでこっち来てるんだろぉ、飽きるのがはえ

      ぇよ。

無職    それは外で食べる食事で、病院食は別なの。

声楽家   食費が浮くから、けっこう嫌いじゃないんですけど。

会社員   そう、決して悪くない。

料理人   味付けがなぁ、カレーは悪くねぇけど、伝統的なこの国の料理と、あの

      どぎついケーキがなぁ。

漫画家   あれは日本の治験と決定的に違いますね、こっちの食事は味がないとい

      っても等しいですが、デザートは不細工なくらい甘さがきついです。

先生    あれは、ほんとごめんだね、謝礼金を引いてもいいから、なくして欲し

      いよ。

無職    いいじゃん、おれが食べているんだから、その分のお金をちょうだい

      よ。

先生    だめ、こっちはあげてるんだ、本来なら支払ってもらうのがやりとり

      だ。

無職    へぇ、なんで。

先生    ものをあげて金まで払うなんて、おかしいだろ、普通はものをあげた

      ら、その代金をもらうんだから。

会社員   ごみ収集は別だけど。

漫画家   そろそろ仕事に戻りますから、みんなで喋るのはいいですけど、とうぶ

      ん話しかけるのはよしてください。

学生    まじで、まじめっすね。

先生    ストイックなことだ。

料理人   まったく、いったい何しにきたのやら。

漫画家   金稼ぎと創作ですよ。

料理人   見習いたいねぇ、おれも暇だから、料理でもできねぇかな。

先生    そりゃいいね、病院の食事担当を代わってもらいなよ。

無職    この人ね、口と顔はまずいけど、料理はうまいんだよ。

料理人   なんだそれ、褒めるのも貶すのも下手くそだな。

会社員   なんだか、料理の味付けが濃そうだ。

学生    一度、食べてみたいっすね。

漫画家   この人の料理はおいしいですよ、味付けなんかとても繊細ですから。

料理人   そりゃそうだろ、料理人っていうれっきとした肩書きがあるんだぜ。百

      人分くらい、難なくこしらえるぞ。

無職    全部が嘘くさいんだけどね、ほんとなんだよ。

先生    なら、退院したら、一度ごちそうしてもらおう。

声楽家   いいですね、ジャガイモばかりで、ろくに肉なんて食べてないですか

      ら。

会社員   それはいい。

料理人   おお、問題ないぜ、じゃあ、出たら、泊まっている宿にみんな来いよ。

漫画家   またぁ、うるさくなるんだから。

料理人   うるせえぇ、おめぇは早く漫画を描きやがれ。

学生    じゃあ、時間もあるので、献立について話合いでもしましょう。


看護師2が部屋に入ってくる。


看護師2  みなさん、安静時間になるので仰向けで待っていてください。

料理人   どうも、忘れた頃にやってくるな、血抜きが。


暗転

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る