第19話

第8場


美容師を除いた七人が定位置にいる。指サックは外されている。


先生    しかし暇だねぇ。

声楽家   暇ですね。

料理人   まじで暇だな。

学生    暇っすね。

先生    あと何日入院だっけ。

料理人   三日じゃねぇか。

無職    違うって、一日だよ。

会社員   二日だよ。

先生    まだ二日もあるのか。

声楽家   長いですね。

料理人   こんなに暇じゃあ、体がなまるどころじゃなく、暴れたくなるぜ。

会社員   日々働いている者からすると、あまりの贅沢な時間に、罪悪感を覚える

      んだ。

料理人   そうかい。

声楽家   それわかります、毎日歌の勉強ばかりだから、こんな呑気にしていてい

      いのかと思ってしまいます。

学生    そうっすよ、自分なんか、勉強道具持ってきたから、気が楽っすね。

先生    僕も何か持ってくればよかった、マンガも飽きるし。

料理人   本なんか読む気にならねぇし。

無職    おれなんか、たくさんアプリのゲームをダウンロードしてきたからね。

先生    スマホのゲームも、そんなにやる気しないしなぁ。

料理人   あんたなんか、ずっと本読んでるなぁ。

会社員   初めてじゃないんでね。

学生    あの人も準備がいいっすね。

先生    疲れないのかなぁ、ずっと漫画描いているよ。

無職    話しかけても無視するし。

料理人   副作用が解けてから、人が変わったみたいにおれらを眼中に入れねえよ

      な。

学生    わかっていて無視してるのが、ひしひし伝わってきますね。

声楽家   羨ましい集中力ですよ。

無職    でも、あれじゃぁ、体に毒だよ。

料理人   そうだよなぁ、おれらも毒がたまっているから、ちょっと中和するか。

先生    まったく、暇は面倒くさい。

料理人   おい、あの女医さんがきたぞ。

漫画家   えっ。

料理人   てめえの頭の中にな。

漫画家   なっ。

先生    すごいよ、よくそんなに集中できるね。

漫画家   当然ですよ、これが目当てで治験に来ているんですから。

学生    金だけじゃないんっすね。

漫画家   金と同時に集中できる自分の時間も手にはいるのが、治験の利点ですか

      ら。

会社員   なるほど、合理的な考えだ。

声楽家   プロの漫画家なんですか。

漫画家   違いますが、応募する為の作品を描くのに、時間と金が必要だから、こ

      うして治験で金を手に入れながら作品も生み出しているんですよ。

料理人   それは実に素晴らしい考えだ。悪いことじゃねえ。

先生    なかなか、真面目な考えだ。

漫画家   ただ、こんな生活は日本じゃ他の人に言えないから、家族には黙ってい

      ます。

無職    あっ、そうなの、おれは家族に言ってここに来てるけど。

漫画家   ええっ、反対されないんですか。

無職    いや、気をつけて行ってらっしゃい、ってかんじ。

会社員   それはすごいな。

漫画家   とても言えませんよ。

先生    それはそうでしょ。

学生    こんなこと、ぜったい言えないっすよ。

声楽家   海外にいることさえ心配しているのに、余計なことですよ。

料理人   おれは旅行がなげぇから、まあ受け入れてくれるだろうが、わざわざ言

      うことでもねえぇしな。

無職    ちゃんと説明すれば、わかってくれるよ。

先生    理解のある親御さんなんだろう。

会社員   だから、こんな無邪気でいられるんだ。

漫画家   うちはとても無理ですね、ちょっと旅行するって言ってますよ。

学生    それが当然っすよ、こんなモルモット、言わない方がいいに決まってる

      っす。

漫画家   そんなに悪い事とは思っていないんですけど、やっぱり世間体がありま

      すし。

先生    実際に狂う人もいるし。

漫画家   でも、日本であんな人は見たことないですよ、十回近く受けています

      が。

料理人   あらためて聞くと、すげぇ受けてるよな。

無職    おれもそれくらいだよ、日本ではないけど。

会社員   自分も、やはり日本ではないな。

先生    ああ、そう、みんなベテランなんだね、なんとなくわかっていたけど。

漫画家   初めて海外の治験を受けて思ったんですけど、日本と全然違いますね。

声楽家   へえぇ、日本と海外で、そんなに違いがあるんですか。

漫画家   薬の強さもそうですが、まず、参加する人の活きの良さですよ。

料理人   はあぁぁ、そりゃどういうこと。

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