第13話

美容師   違うんです、気をつかわせてすいません。

先生    無神経で悪かったね、こんなところにくる人間だから、みんな神経がお

      かしいんだろう。

料理人   わりぃわりぃ、つい気になって。

会社員   そんな、謝らなくても。

学生    そうっすよ、つらいのはあなたなんっすから。

美容師   違うんです、まだ投薬が始まったばかりなのに、こんなつらいんじゃ、

      もう耐えられなくて。

声楽家   その気持ち、すごいわかります。

料理人   なんだ、もうリタイアか。

先生    話を聞く前に、そんな結論だしちゃだめだって。

学生    そうっすよ、デリカシーがないっすよ。

料理人   馬鹿野郎、料理人には食材と調理以外の繊細さは必要ねぇんだよ。

無職    そうだよ、食べる人間には料理の出来上がり以外は考えちゃいけないん

      だよ。

先生    あんたも余計な口きいちゃいけないって。

会社員   うるさい、ちょっと話を聞こう。

無職    どうせリタイアだよ。

美容師   いや、そんな、注目しなくていいんですけど。

料理人   じゃあぁ、みんな下を向こうぜ、まずい料理を忍んでよ。

先生    まずいはまずいじゃないって、あんたがさっき言ったばかりじゃない

      か。

会社員   うるさい。下向いてちょっと黙って。

美容師   いや、リタイヤです、率直に言って、この状態が明日も続いて、そのあ

      ともあって、もう一度繰り返されると考えると。

声楽家   きついです。

学生    暇なだけでも、けっこう堪えますからね。

無職    まずい料理だけが楽しみで。

先生    採血も多いし。

会社員   時間を持て余しているから、先をつい考えてしまうものだよ。

美容師   まさかこんなにつらいとは考えていませんでした。

料理人   そんなにつれぇんだなぁ。

会社員   顔色が全部物語っているよ。

美容師   もう、とても耐えられないので。

先生    始まったばかりとはいえ、やめたらもったいないな。

学生    あの、いなくなったネガティブな人とは、違いますからね。

料理人   あれは消えて当然だ、一緒にいるおれらに悪影響だ。

声楽家   自分も、どうしようか。

会社員   耐性もつくから、やめると決めるのはまだ早い。

無職    そうだね、死にそうになりながら、何とか終えた人もいたから。

学生    終えるって、なんか死んだみたいっすね。

美容師   そうですか。


看護師二人が部屋に入ってくる。


看護師1  みなさぁぁん、採血になります。

先生    またか、もう八度目だよ。

料理人   血管がすでに悲鳴をあげてんのによぉ。

美容師   あのぉ。

看護師1  はい。

美容師   もう治験を終えたいんですが。

看護師1  気分が優れませんか。

美容師   はい、もう耐えられないくらい。

看護師1  副作用がわりと強い薬ですから、出る人には強く出るんです。大丈夫で

      すか。

美容師   あまり大丈夫じゃありません。

看護師1  わかりました。今から採血が始まりますので、終えてから話をうかがい

      ます。おつらいでしょうが、よろしいですか。

美容師   ええ、はい、お願いします。


暗転

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