第11話

第5場


人差し指に小さな測定器をはめて、美容師と声楽家を除いた六人が変わらない位置にいる。


料理人   まじで腹減ったなぁ。

学生    あんなまずくっても、ないよりましっすね。

先生    不思議だね、こんな、食欲の湧きようのない状態なのに、やっぱりおな

      かはすくんだから。

会社員   たとえベッドにいるだけでも、生きる活動はしてるからな。

無職    まずくっても、何か食べたいよね、まずくっても。

料理人   そうよ、まずくっても。

漫画家   みんな、ほんとですか、食欲なんて全然ないですよ。

先生    やっぱりきてるんだ。

漫画家   ええ、なんか、ちょっとおかしいです。

無職    いつだったか忘れたけど、死にそうになった人がいた時もこんな感じ

      で、なんかはっきりしてたよ。

学生    そうっすね。

会社員   合う合わないがあるにしても、こうも違うから、個人差は不思議だ。

漫画家   みんな、ほんとうに大丈夫なんですか。

料理人   おお、何もねぇなぁ、いつも通り腹が減るのと、つまらねえのと。

先生    採血が多すぎて、腕が痛いくらいかな。

無職    あとは暇で死にそうになるくらいだよね。

学生    でもぉ、あの二人、だいじょうぶっすか。

料理人   いやぁ、まずいだろ、顔色がひでぇ、青かびのチーズみてぇだった。

会社員   相当きつそうだったな。

先生    美容師もだけど、特に、あの、声楽家が倒れそうだったな。

無職    見るからに弱そうだしね。

学生    いやぁ、見た目は関係ないっすよ、前にリタイアした男なんて、鯨みた

      いな体してましたよ、それで、ころっと。

先生    死んだの。

学生    仰向けで泣いて吐いてましたよ。

漫画家   ちょっと、そんな話を聞くと、気分が悪くなりますので。

無職    この人も、あまり強くはなさそうだし。

漫画家   うるさいです。


声楽家が部屋に入ってくる。


声楽家   はあ。

料理人   おい、だいじょうぶかよ。

声楽家   ええ、なんとか。

会社員   やっぱりつらいか。

声楽家   ええ、吐き気が。

無職    まずい食事は食べれそう。

漫画家   とても無理です。

声楽家   がんばれば、なんとか。

先生    美容師はどうした、一緒に吐いたの。

声楽家   隣にこもったまま、ずっと吐いています。

学生    あの人のほうがずいぶん先に便所に行ったのに。

料理人   いいきまりかたしたんだな、かわいそうに。

学生    そうっすね、やっぱり空きっ腹に投薬されるから、がつんとくるんす

      ね。

漫画家   なんか、自分も、ちょっとトイレへ。  

無職    きみもだめなの。

漫画家   はい、だめっぽいです。

声楽家   みなさん、なんともなさそうですね。

料理人   おうよ、腹が減って暇してるくらいだ。

先生    余裕だね。

会社員   いつも通りかな。

漫画家   まったくいつも通りじゃないですよ、なんですかこれ、何度も治験を受

      けてるけど、初めてですよ、こんなの。

先生    日本とは薬の強さが違うのかも。

会社員   こっちでもらう薬は、どれも強いから。

漫画家   ちょっと、トイレへ。

声楽家   吐くものがないので、けっこうきついですよ。

漫画家   ああ、いやだなぁ。


美容師が部屋に入ってくる。


美容師   はあ。

料理人   おお、戻ってきたぞ、だいじょうぶか。

美容師   はい。

無職    顔が死んでるね。

会社員   つらそうだ。

漫画家   自分も、トイレへ行ってきます。

美容師   はい、がんばって。


漫画家が部屋を出ていく。

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