宴会

 獣人族の里では宴の準備が行われていた。

 通りかかったリットに尋ねる。


「リット、サリアたちがどこにいるかわかるか?」

「あ、ユーク様! お二人はあっちで果物の処理をしてくれているのです」

「そうか。ありがとう」


 情報のお礼代わりにもふもふと頭を撫でてみる。


「ふぁあああ……な、撫でるのうますぎなのです」


 とろけたような声を出される。

 いや、普通に撫でてるだけだぞ?


「……あ、そうだ。ずっと気になってたんだけど、獣人ってなんで二種類いるんだ? リットみたいなのと、俺たちに近いのがいるよな」

「単に大人と子供の違いなのですよ。大人になると、人間の姿に近付いていくのです。リットみたいなのは、まだ自分の力を制御できない未熟者なのです」

「なるほど」


 子供が二足歩行の獣で、大人が人間寄りになっているわけだ。

 ユニークな種族だな。


「本当はリットのような子どもは森の外に出てはいけないのです。人間たちによって、たくさんの子どもがさらわれました。ペットだかなんだか知りませんが、見世物にされるのです」

「……そうなのか」

「今回は例外なのです。王蛾なんて復活しなければ、リットが外に助けを求めに行くことなどなかったのです。本当は怖かったのですが……出会ったのがユーク様のような優しい方で、リットはとっても幸運だったのです」


 すりすり、と手に頭を擦り付けてくる。

 癒されるなー、この感じ。

 懐いてもらって嬉しい限りだ。


「それではリットにはまだ仕事があるのですよ!」

「ああ、またな」


 というわけでリットと別れてサリアたちのもとへ。

 果物の皮をむいている一角に向かうと、サリアとルルがいた。


 ……なんかサリアが獣人の子どもたちに取り囲まれている。


「お姉さん、私たちと一緒に料理の手伝いに行こー!」

「はぁ? 違げぇよ、この姉ちゃんは俺たちと決闘ごっこするんだよ!」

「いや、あたしここでやることあるんだけど……」


 げんなりしたサリアの表情が印象的だ。


「ルル、なんでサリアはああなってるんだ?」

「獣人の男の子が女の子をからかっていて、サリアがげんこつでそれを止めた。あとはサリアの指示で仲直りして……気付いたらああなってた」


 けんかの仲裁をしたってことか?

 それでどうして子どもたちから引っ張りだこになるのやら。

 サリアは子どもに好かれるタイプのようだ。


 ルルが俺を見上げる。


「サリアに何か用事?」

「いや、そろそろいったん家に戻ろうと思って。俺の『転移のブレスレット』は行きに使ったから、帰りはサリアのやつを借りないといけない」


 なにしろ俺の『転移のブレスレット』の残数が戻るまでまだ十時間ほどかかるからな。

 一日一回は必ずファラのもとに帰ると決めている。

 宴を用意してくれているリットたちには悪いけど、俺は途中で抜けさせてもらうつもりだ。


「その必要はない」

「どういうことだ?」

「ファラには私が説明して、今日は帰れない可能性があると伝えてある。これが証拠」


 ルルが手紙を渡してくる。

 するとそこにはファラの字で、俺の不在を了承する旨が書かれていた。

 しかも結構強めな文面で。

 まあこの書き方は俺が遠慮しないようにという意味合いだろうが。


 ……えーっと。


「……ルルは俺たちが獣人族の里に滞在するのを予想してたってことか?」

「一応。魔物に襲われているとは思っていなかったけど」

「それ、ルルが今日話すって言ってたことと関係あるのか?」


 ルルは事前に獣人やら、転移の扉やらのことは知っていたらしい。

 しかし滞在することになるとまではわからないはずだ。

 そこには俺が聞かされていないなにかがあると考えられる。


「ある。だから、今日はこっちに残ってほしい」


 ルルが真剣そうに言う。


「わかった。大事な話なら聞いておきたいしな」

「ん、助かる」


 そういうわけで、俺たちは三人揃って獣人の宴に参加することになった。




「諸君! あのおそるべき王蛾によって、我らの里は壊滅の危機にあった! しかしそこに現れた英雄ユーク殿一行によって救われた! 獣人族の誇りにかけて、彼らをもてなせ! 乾杯ッ!」

「「「乾杯!」」」


 リットの祖父だという族長により、宴の開始が宣言された。


 族長の頭頂部からはウサギ耳が垂れていたが、本人がムキムキすぎて耳からすら威圧感を感じる。

 リットも将来はああなるんだろうか?

 なんか複雑だ。

 というかリットって男か女かどっちなんだろうか。


「皆様、よければこれを召し上がってください!」

「こっちの酒も美味いぞ」

「英雄殿、猪肉の脂がのった部分が焼けましたよ!」


 獣人たちが物凄い勢いで料理や酒を持ってきてくれる。

 圧倒されてしまうな。

 獣人は森の中に暮らしていて、食生活もそれに準ずる。

 肉に酒、果物など、素材の味を活かしたワイルドな料理が並んでいる。


 そして――俺は『それ』に出会った。


「う、美味い……!」


 木製のお椀を持ったまま俺は震えた。

 なんだこの暴力的に美味い煮込み料理は!?


 赤みがかった褐色の液体はどろっとしていて、中には肉や芋が入れられている。

 特筆すべきはその空腹を刺激する匂い。

 食べている間もその刺激的な香りがずっと漂い、無限に食欲をかき立てられてしまう。


「これは獣人族に伝わる煮込み料理で、『ケリィー』というものです。このあたりは暑いので食べ物が傷まないように工夫が必要でして、伝統的にスパイスを多く使うんです。そこから発展して、スパイスを複数組み合わせて作り上げたのがこのケリィーです」


 配膳をしていた獣人の若い女性が教えてくれる。


 ケリィー……こんな料理は初めてだ。

 獣人族の里の民族料理、といったところだろう。

 これだけで来た甲斐があったと思う。


「私たちはこれを炊いた米にかけて食べます。試してみますか?」

「ぜひ!」


 米、というのも珍しい作物だ。

 主食だが、パンと違ってもちもちしている。独特な感じだが悪くない。

 お椀に米をよそってもらい、そこにとろりとケリィーをかける。

 口に運ぶ。


 こ、こんなに合うのか……!?


「お口に合いましたか?」

「はい! 最高です」

「そんな、里の恩人様なのに敬語なんて使わないでください。ですが、そう言っていただけて光栄です」


 はにかみながら獣人の女性は言った。

 ちなみにリットのような感じではなく、普通の人に獣耳と尻尾を生やしたほうだ。

 このあたりは暑いからかかなり薄着なので、目のやり場に困る。


「本当に美味しいわね。やみつきになるっていうか……」

「かりゃい」


 サリアは気に入ったようだが、ルルは涙目だった。

 途中で子ども用の蜂蜜入りケリィーに変えてもらってようやく食べられたようだ。

 そっちは気に入ったらしく、おかわりしていた。


 俺はふと配膳をしていた女性に尋ねる。


「このケリィー、少しもらっていっていいか?」

「はい。いくらでもどうぞ」

「ありがとう」


 器に入れてもらったケリィーを受け取り魔法鞄に入れる。

 魔法鞄に入れておけば冷めたり腐ったりしない。

 ファラへのお土産にしよう。


「みなさまー! おじい様を連れてきたのです!」

「英雄殿、挨拶が遅れて申し訳ございません。儂はリットの祖父ミブロ。このたびは我らをお救いくださりありがとうございます」


 リットが族長だという祖父を連れてやってきた。

 族長改めミブロは深々と頭を下げてくる。


「して、ユーク殿は本当に神託の勇者ではないのですかな」

「違いますってば」

「ふうむ……」


 考え込むミブロにルルが告げる。


「そのことについて提案がある」

「なんでしょう、ルル殿」

「この里には、二代目勇者の力を封じた『聖神殿』があるはず。そこにユークを案内してほしい」

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