<聖者>
……とんでもないことになった。
「みな、よくぞ集まってくれた! それでは<神の愛し子>ルディアノーラを救った英雄を紹介しよう! ユーク・ノルド! サリア・イングリス! この二人に大いなる拍手を!」
ワアアアアアア――――!
聴衆が割れんばかりの大歓声を上げる。
ここは聖都ウルスの大聖堂前広場。
そこで俺とサリアは教皇様の隣に立ち、同じく近くに立つルル奪還の立役者として褒め称えられていた。
お、落ち着かない……!
なんだこの立ち位置。
こんなに目立ったのは人生で初めてだぞ。
ちなみにサリアとルルは平然としている。注目を浴び慣れているのだろうか?
教皇様が俺たちのほうを向く。
「我が娘ルディアノーラは、その神聖魔術の才能により、<神の愛し子>と呼ばれる教会にとって重要な修道女だ。そんな彼女を救ってくれたこと、教皇として、またこの子の父として礼を言う。本当にありがとう」
「も、もったいなきお言葉……」
緊張で胃が痛くなってきた。
「よって君たち二人に<聖者>の称号を授けよう。『紫紺の夜明け』の教祖である男を倒したユーク殿には、代表してその地位を示す
広場全体がどよめいた。
<聖者>。
それはウラノス教にとって多大な貢献をした者のみが与えられる称号だ。
しかも基本的には教会関係者しか持つことがない。
実績が基準となるため、確かレイドたちも与えられていないはずだ。
「<聖者>の称号は、力を持つだけでは与えられない。正しい心を持つ者のみに授けられるものだ。おそるべき敵に果敢に立ち向かい、打ち勝ったユーク殿たちにこそふさわしい」
「うおおおおおおおお!」
「ユーク様万歳! ユーク様万歳! ユーク様万歳!!」
「サリア様万歳! サリア様万歳! サリア様万歳!!」
教皇の言葉にいつまでも広場には歓声が響き続けるのだった。
式典が終わり、俺とサリアは大聖堂の中の執務室にいる。
「改めて、娘を助けてくれてありがとう、二人とも。心から感謝するよ」
教皇様がそんなことを言ってくる。
「いえ、友人として当然のことをしただけです」
「本当にありがとう。ルルたん――ルディアノーラが死んでしまうようなことがあれば、私は後を追ってしまったかもしれない」
「そ、そうですか」
壮絶な家族愛だな。
というかこの人今ルルのことを変な呼び方をしかけていなかったか?
き、気のせいだよな。
「ルルたん。きちんと二人にありがとうは言ったのか?」
「言った。あと子供扱いはいい加減やめて」
「無理だ! 私はルルたんがいなくなるかと気が気じゃなかったんだぞ!? これから二週間毎日一緒にお風呂に入ろうな!」
「近寄らないで」
言ってる! 明らかにルルたんって言ってる!
「教皇様って、ものすごい子煩悩なのね……なんだかイメージが崩れたわ」
「俺もファラがさらわれたらああなるだろうな……」
「ここで共感するのはどうかと思うけど」
大切な家族がさらわれるなんて身が切り裂かれるほどつらいことだ。この反応は妥当だと言わざるを得ない。
「さて――二人とも。まずは事件の顛末について、なにか質問はあるか?」
キリッとした顔で言ってくる教皇様。
そんな顔をされてもさっきまでの様子は忘れませんが。
まあ、話を進めよう。
「レイドたちは……神託の勇者たちはどうなりましたか?」
レイドたちは悪魔との戦いから逃げ出し、この街に戻っているはずだ。
この街にいるなら言いたいことが山ほどある。
「治療院に駆け込み、その後気絶していたそうだ。今は国王様が遣わした騎士たちが彼らを迎えに行っている」
「騎士たちが?」
「彼らは『紫紺の夜明け』に負けた。スキルや才能はあるのにだ。ゆえに、ステータス以外の戦闘面での技術、精神力を身に着けるために特訓をさせる必要がある、と結論された。騎士たちはその指南役だ。今頃彼らは王都にある、騎士団の詰め所へと向かっているだろう」
王都。
そうなると、この聖都ウルスからはすでに出ているかもしれないのか。
どこまでも縁がない。
「それなら伝言をお願いできますか。犠牲にした兵士たちの遺族や、墓前で本人に謝罪するようにと」
「わかった。伝えておこう」
教皇様は頷いた。
「疑うわけじゃないけど、本当にあいつらが神託の勇者なんですか?」
こう尋ねたのはサリアだ。
「それは確かだ。だが、今回の神託には妙な点もある」
「妙な点?」
「神託によってレイド殿が映し出される前、神託の水晶に移ったのは別の人物だった。ぼんやりとした姿だったので、誰かは判別できなかったが。……レイド殿が神託の勇者かどうかははっきりしなかったが、彼は聖剣を使えたので、最初に映った謎の人物については伏せられている」
「……レイドは本来の勇者でなかったかもしれないと?」
「そこまでは言わないが……」
教皇様はなんとも言えない顔で押し黙る。
教会側の最高権力者として、神託が間違っているとは言いにくい。
とはいえ今回のことを思い出せば、レイドたちが勇者にふさわしいとは言い切れない。
さぞかし複雑な心境だろう。
「なんにせよ、彼らについては今後より厳しく見ていくつもりだ。最悪の場合、勇者の肩書は剥奪せねばならないが……そうはならないことを祈っている」
そう言って、教皇様はごほんと咳ばらいをした。
「レイド殿たちについてはそんなところだ。さて、君たち。なにか望みはあるか? 私の力の及ぶ範囲でどんなことでもしよう」
……望みか。
俺の望みは一つだけだ。
「解呪の依頼をさせてください。俺の妹は正体不明の呪いに侵されているんです」
ファラの体をむしばむ呪いを解除すること。
それが俺の願いだ。
解呪は神聖魔術の領分。
そして神聖魔術といえば修道士・修道女だ。
国教であるウラノス教の中には優秀な神聖魔術使いがいくらでもいるはずである。
「いいだろう」
教皇様は頷いた。
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