ファラの呪い

 『転移のブレスレット』を使ってレイザールの自宅に戻る。

 ファラを診てもらうためだ。

 ファラに事情を説明し、診断のために包帯を取ってもらう。


「……っ」


 初めてファラの素顔を見たサリアが息をのんだ。

 ファラの顔には呪いの影響か、黒いあざが浮かび上がっている。それはまるで生き物の内臓のように、どくどくと脈打っているのだ。

 ルルが静かに前に出る。


「触ってもいい?」

「……どうぞ」


 ルルの言葉にファラが頷き目を閉じる。

 ルルはファラの顔に手をそっと当て、なにかを感じ取ろうとしている。

 同行してきた教皇様が説明する。


「ルルはウラノス教の中でもっとも秀でた癒し手だ。どんな薬や神聖魔術士よりも正確に呪いを読み取り、治療することができる」

「そうですか」


 ルルはじっとファラの症状を読み取っている。

 頼む。

 ファラを治してやってくれ。


「……駄目」


 数分後、ルルはそう告げた。

 俺は愕然とした。

 そんな、ルルでもファラの呪いは解けないっていうのか?


「私にはこの呪いを解けない。なんでこんな強力な呪いが存在するのかもわからない……こんなことは初めて」


 そう告げるルルの額は冷や汗でぐっしょりと濡れている。

 普段は無表情なのに、その瞳には怯えの色がわずかに見える。


「そ、そんなこと言わないでくれよ。もう一度見てくれ。ルル、お前はウラノス教の中でも一番神聖魔術が得意なんだろ!?」

「……ごめんなさい」

「俺は謝ってほしいわけじゃ――」

「兄さん、その方を……ルルさんでしたか? 責めないでください。すごく一生懸命に私を治そうとしてくれたのが、私にはわかるんです」


 ファラはそう言って、包帯を顔に巻きなおす。

 それから、なにかをこらえるように続けた。


「でも、すみません。少し一人にしてください」


 俺たちは部屋を出るしかなかった。


「期待させてすまなかった。ルルで駄目となると、うちに所属する神聖魔術士では手に負えないだろう」

「……ごめん、ユーク」

「いや、俺こそごめん。取り乱して……ルルは悪くないから、気にしないでくれ」


 教皇様とルルに頭を下げられて、申し訳なくなる。

 さっきのは俺が八つ当たりをしたようなものなのに。

 サリアが尋ねる。


「それにしても……ファラの呪いって一体なんなの? 普通、教会の優秀な神聖魔術士が解けない呪いなんてないでしょう?」

「……今までこんなことはなかった」


 困惑したようなサリアとルルに、教皇も首を傾げる。


「私もこんなケースは初めてだ。通常、呪いというのは相手から直接かけられるものだ。なにかしらの繋がりがなくては呪いようがない。けれど心当たりはないんだろう?」

「まったくないんです」


 教皇様はこんなことを言った。


「なら……過去かもしれない」

「過去?」

「ファラ自身に相手との面識はなくても、そのご先祖が何かしらの因縁を作ったケースはまれにある」


 ご先祖が因縁を作った、か。

 そんなことが本当にあるのか?

 しかし他になにか思いつくことがあるわけでもない。


「とにかく、呪いについて教会が保管している資料を当たらせる。なにかわかり次第連絡させてもらう」

「ありがとうございます」


 少しでも解呪につながる手がかりがほしい。

 教皇様の申し出がありがたかった。


「父様」

「なんだいルル」

「私、ここに残りたい。ファラの呪いを消し去れなくても、毎日溜まっていくぶんの呪いの浄化くらいはできると思う。……ユークやサリアには助けられたから、恩を返したい」


 ルル……そんなことを思ってくれているのか。

 ルルの申し出は嬉しい。

 けど、教会でのルルの立場を考えたらそれは難しいんじゃないか?

 <神の愛し子>と呼ばれているくらいだし、忙しいだろう。


「……」


 教皇様は少し考える。

 それからこう結論した。


「……わかった。すまないがユーク殿、サリア殿。ルルを頼めるか? もちろん滞在費等はこちらで出させてもらう。それと、できればルルを君たちのパーティに参加させてほしい」


 俺とサリアは顔を見合わせた。


「それは別に構いませんけど……逆にいいんですか? 冒険者は危ない仕事ですよ?」

「だからこそだ。今回の件で思ったが、ルルは自衛のすべを身に着けたほうがいい。ルルの神聖魔術はおそらく君たちの役にも立つだろうから、悪い話ではないと思う」


 悪いどころじゃない。

 神聖魔術は回復・バフがけなどサポートに優れている。

 今の俺とサリアに足りない要素そのものだ。


「あたしはいいわよ」

「サリア……そうだな。それじゃあ、ルル、これからよろしく」

「ん」


 ルルがパーティに加わった。


「さて、では私はそろそろ戻らねば。『転移のブレスレット』で送ってもらえるか?」

「もちろんです」

「……と、その前にサリア殿。ユーク殿の望みはわかったが、サリア殿はどうだ?」

「お金で」

「わかった。三億エルほど進呈しよう」


 今一瞬のうちにおそろしい額が動かなかったか……?


「ありがたくいただきます」

「どぞ」

「うむ。<神の愛し子>のルルは王族やら貴族やらを山ほど救って寄付お気持ちを集めているからな。そのくらいの額どうということはない」


 サリア(※元Sランク最強パーティ所属)は満足げに頷いている。ルルや教皇様も平然としている。

 そうか、この場で庶民は俺だけだった。


 ……なんだか色々と疲れた。

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