僕の名前は……

「神託の勇者様! うちの店にも来てください! サービスいたします!」

「勇者様、握手していただけませんか?」

「私にも!」

「ああ、いいとも。さあ順番に並びたまえ!」


 ははは、気分がいいなあ!


 ここは聖都ウルス。

 僕、レイド・アークレイを勇者認定したウラノス教の総本山がある街だ。

 僕たち勇者パーティはレイザールの街を一時的に出てこちらに来ていた。


 あの街のダンジョンはどうかしている。

 僕たちが何度挑んでも、全然先に進めないのだ。


 冒険者ギルドにそれを伝えてもろくに対応しない。

 おまけにユークみたいなゴミを褒め称える始末だ。

 どうせ元Sランクパーティのメンバーだったサリアがなんとかしたんだろう。

 そんなこともわからないなんて、無能なギルドだ。

 あんなところ、しばらく寄り付きたくないね。


「さすがレイド様です。大人気ですね」

「そういうセシリアだって負けてないよ」

「この街は私の古巣でもありますから」


 聖女セシリアも、当然ウラノス教の人間だ。

 聖都で気晴らしをしようと言い出したのも彼女だった。


 セシリアの案に従ってよかったな。

 おかげで嫌な気持ちを忘れられた。





「神託の勇者殿! ここに立ち寄っていただけるとは光栄だ。ぜひゆっくりしていってくれ」


 大聖堂に行くと、教皇が笑みを浮かべて歓迎した。

 高級な茶菓子がどんどん運ばれてくる。

 うんうん。僕をもてなすのは当然の義務だよね。

 ん、この紅茶ちょっとぬるいな。


「そこの君、この紅茶もう少しあったかくしておいてくれよ」

「す、すみません」

「僕の好みくらい把握してないのかな? 本当に無能だね」

「きき、気を付けます。お許しください、勇者様」


 修道士が顔を青くして頭を下げまくる。

 あーいいね。人に平伏されるのって気持ちいいな。

 と、なんだか大聖堂前の広場が騒がしくなる。

 そういえばイベントかなんかやってたんだっけ?

 兵士が駆け込んでくる。


「大変です! 広場に賊が現れました!」

「なんだと! ……勇者殿、少々失礼する」


 教皇が立ち上がり、僕たちに礼をすると走り出て行った。

 なんとなく教皇の後を追ってみる。

 ん?

 教皇の顔が青ざめているな。

 話を聞くと、どうやら教皇の娘が賊にさらわれたらしい。


 ふーん。

 どうでもいいな。


 修道女なんていくらでもいる。

 教会にとって大切な聖女セシリアは僕のそばにいるわけだし。


 いや、待てよ? 教皇の娘か。

 教皇がさらわれた娘……ルディアノーラとやらを奪還するため兵士を集める。

 そこに僕は立候補した。

 信徒から喝采が上がり、教皇からは感謝の言葉を述べられる。

 ああ、気持ちいい……!

 そうだ、僕は神託の勇者。

 世界を救う英雄なんだ。

 レイザールのダンジョンでは少しつまずいたが、本来はこういう立ち位置で当然。


 さっさと教皇を助けて教皇から報酬をがっぽりもらおう。


「れ、レイド様。ルディアノーラなんかを救うのはやめてください」


 セシリアが小声でなんか言ってる。

 あー、そういやこいつ教皇の娘が嫌いなんだっけ?

 なんか、お菓子ばっかり食ってるくせに神聖魔術の腕ではどうしても勝てない、みたいな。


 うっとうしいな。

 僕にさからうなよ。


「黙って従えよ」

「ですが……」

「君、戒律を破って僕に抱かれたことをチクられたいの?」

「そ、それだけはやめてください」


 ウラノス教の修道女は男性と関係を持っちゃいけない決まりになっている。

 でも、セシリアはそれをとっくに破っている。

 僕が誘ったら簡単にすぐに乗ってきたのだ。

 それが教会にバレたら聖女をやめさせられるかもしれない。

 セシリアは黙った。


 あ、そうだ。

 教皇から報酬をもらうとき、ついでに修道女も何人か借りよう!

 あいつらみんな処女だから、それを奪ってやる。

 セシリアもそうだったけど、修道女は勇者に抱かれると嬉しくてたまらないらしい。

 なにをやっても「ありがとうございます!」と叫ぶのだ。

 あれ、結構面白かったからまたやりたいな。


 ――けれど僕の野望は叩き潰されることになる。





 ギィンッ


「……は?」

『ふはは、この程度で勇者とは片腹痛いわ』


 なんでだ!?

 なんで僕の聖剣が効かない!?

 転移先にいた悪魔に全力で聖剣を叩きつけたのにノーダメージだった。


 こいつの体、なにかおかしい。

 『レイザールの岩窟迷宮』の敵にだって、聖剣だけは通用したのに。

 全然歯が立たない。


 ドゴッ!


「うっ!」

「勇者様!」


 殴られて吹き飛ばされる。

 こ、殺される。

 こんな化け物に勝てるわけがない。


「キャシー、ウォルド、セシリア、逃げるぞ! 兵士たちは足止めしろ」

「そ、そんな……! ルディアノーラ様がまだ祭壇に!」

「はぁああ!? 僕たち勇者パーティのほうが大事だろうが!」


 兵士がゴチャゴチャ言ってたけど無視しておいてきた。

 大局観ってものがないのか?

 僕がいなくなったらもうすぐ復活するっていう魔王を倒せないんだぞ。

 馬鹿な兵士たちだ。

 あんなやつら、死んでもなんの損失でもない。


 中庭へと飛び降りる。

 するとそこには見たくもなかった黒髪の男がいた。


「レイド……? それにキャシーたちまで!」


 ユーク・ノルド。

 ろくに遠距離魔術も使えないゴミ魔術師だったから追放してやった、あの男だ。

 なんでこいつがここにいる?

 いや、どうでもいい。

 すぐに逃げないとあの悪魔が追ってくる。


 中庭には<火竜の魔女>サリアもいる。

 足止めくらいできるだろ。


 僕たちは転移アイテムで聖都まで逃げ帰った。




 聖都に戻り、治療院に駆け込む。


「もう限界だ……」

「あ、あたしも」


 さっきの悪魔のことを思い出すと体が震える。

 僕たち四人は気絶するように床に倒れた。

 どのくらい寝ただろうか。

 飛び起きる。


 しまった! 一刻も早くこの街から逃げないといけないのに!

 悪魔が追ってきていないだろうか?

 そっと窓を覗くと……なにかおかしい。


「みんな、起きろ!」

「え?」

「なんだ……?」


 全員叩き起こして街に出る。

 大聖堂には多くの人が集まっていた。

 人々はみんな笑顔だった。

 晴れやかな顔で教皇が声を張り上げた。


「みな、よくぞ集まってくれた! それでは<神の愛し子>ルディアノーラを救った英雄を紹介しよう! ユーク・ノルド! サリア・イングリス! この二人に大いなる拍手を!」


 ワアアアアア――――!

 耳が痛くなるほどの拍手が沸き起こる。

 ルディアノーラを助けた?

 ユークとサリアが?

 ということは、二人は……あのおそろしい悪魔を倒したのか?


「……」

「「「レイド!?」」」


 目の前の光景が信じられず、僕は再び意識を失った。

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