炎魔術師サリア・イングリス

「うお、熱っ……!?」


 その一角に辿り着いたとき俺はまずそう叫んだ。

 なんだこの熱気!?

 このダンジョンにはいきなり温度を上げてくる要素なんて、ほとんどないはずだが……


『『『ガルゥッ……』』』

「ああ、もう、どれだけ湧くのよ!」


 そんな声が聞こえてくる。

 俺がやってきた場所には、石でできた狼型の魔物が大量にいた。


 ストーンウルフ。


 このダンジョンでも特に厄介な敵で、一定以上のダメージを与えると仲間を呼んでくる。

 呼ぶといってもストーンウルフの出現場所はダンジョンな壁や地面からである。

 ストーンウルフが仲間を呼び続ける限り、仲間はいくらでも増え続ける。

 弱らせたら一気に倒さないと、大量のストーンウルフに取り囲まれる羽目になるのだ。


 そうなった冒険者はほぼ確実に死ぬ。

 冒険者ギルドでも有名な難敵である。


 だが、目の前の人物は一般の冒険者とは少し違っていた。


「雑魚のくせにあたしの前を塞ぐなんていい度胸ね……【フレイムウィップ】!」


 巨大な鞭のような形状の炎の塊が出現する。それが振り回されると、ストーンウルフたちが何体もまとめて吹き飛ばされた。


 とんでもない威力だ。

 勇者パーティには天才魔術師のキャシーがいたが、攻撃力は彼女以上だろう。


 逆巻く炎の中心にいたのは、ややくせのある長い赤髪が特徴的な、一人の少女だった。

 ローブに杖という装備からして魔術師のようだ。

 この熱さはあの少女が炎魔術を乱発していたかららしい。


「はあ、はあ、――っ」


 赤髪の少女が膝をつく。

 魔力の使い過ぎか、あるいは酸欠だろうか。


『ガルァアアアアアアアアアアアアッ!』


 赤髪の少女のさらした隙に、残りのストーンウルフたちが襲い掛かる。


 まずい!

 俺は飛び出した。

 魔剣を発動させて赤髪の少女に前に立ち、ストーンウルフたちを斬り払う。

 何体か逃げ出して仲間を呼ぼうとする。


『ウォオ――』

「させるか! 大人しくしろっ!」

『ギャンッ!』


 仲間呼びをしようとしていたストーンウルフたちも斬り捨て、戦闘は終わった。


「おい、大丈夫か?」

「……誰よ、あんた。助けてほしいなんて、言ってないわ」

「いやそんなこと言ってられる状況じゃなかっただろ……」


 というか普通ここはお礼を言われる場面なんじゃないだろうか。


「どきなさい……あたしは、もっと先に行かないと」


 ドサッ


 赤髪の少女は立ち上がろうとして、力が入らなかったのか失敗し、その場に倒れた。

 気絶している。

 ……これ、放っておけないよなあ。


「仕方ない、背負っていくか」


 さすがにダンジョンの中に放置なんてしたら魔物に食い荒らされること間違いなしなので、俺はぐったりした赤髪の少女をおぶって出口を目指すことにした。





「……ッ」

「あ、起きたか。よかった」

「ここは……?」

「俺の家だ。あんたがダンジョンの中で気絶したから連れてきたんだ。あ、誓って変なことはしてないぞ!」


 ベッドで目覚めた赤髪の少女が変態でも見るような目を向けてきたので慌てて言う。

 赤髪の少女はなぜか俺を睨んできた。


「助けなくていいって言ったじゃない」

「いや、放っておけるわけないだろ。あのままだと死んでたぞ、あんた」

「他人に助けられるくらいなら死んだほうがましよ!」


 吐き捨てるようにそう言われた。

 なにか事情でもあるのか?

 変わった少女だ。

 改めて見るとものすごい美少女だった。特徴的な赤い髪はウェーブがかっていて豪奢に見える。勝ち気な瞳や白い肌、整った目鼻立ちなど非の打ち所がない。


「もう行くわ。これ、手間賃とベッド代」

「いや、いいって」

「なら勝手に置いていくわ」


 取り付く島もないな!

 赤髪の少女は財布から硬貨を出し、ベッドの上に置くとそのまま出て行こうとする。

 と、丁度そのタイミングで。


「ご飯できましたよー」


 エプロン姿のファラが呼びにくる。


 きゅるるるるるる


「……腹、減ってるのか?」

「ち、違っ、これは」

「お客さんのぶんもちゃんとありますよ。よかったら食べていきませんか?」


 赤髪の少女は顔まで真っ赤にしていたが、ファラの言葉に首を横に振る。


「い、いらないわ」

「わかったわかった。それじゃさっさと食卓につくぞ」

「ちょっと!」


 もうなんか面倒くさかったので赤髪の少女の背中を押してテーブルまで連れていく。

 意地を張ってるのが見え見えである。

 メニューは昨日のワイバーン肉入りシチューを使ったグラタン、それにパンとサラダだ。


「美味しい……」


 ぐぬぬ、と唸りながら赤髪の少女が感想を言う。


「そうだろうそうだろう。ファラの料理は世界一だからな」

「に、兄さん。お客さんの前でそのノリはちょっと」


 恥ずかしそうにファラに止められた。


「……仲がいいのね」


 赤髪の少女がどこか眩しそうに俺たちを見ている。


「ところであんたの名前は?」

「はあ……サリア・イングリスよ。サリアでいいわ」


 俺の質問に、諦めたように赤髪の少女は名乗った。

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