魔力吸収結晶
「俺はユーク・ノルドだ。俺もユークでいい。こっちは妹のファラ」
「ファラです。よろしくお願いします、サリアさん」
「ユークとファラね。……さっきはその、悪かったわ。色々と」
赤髪の少女改めサリアはそう言って小さく頭を下げてきた。
意外と律儀な性格なのかもしれない。
「別に謝らなくていい、俺が勝手にやったことだし」
「それもそうね。じゃあ今のなしで」
「お、おう……」
「冗談よ」
俺は、ごほん、と咳払いした。
「それより教えてくれ。サリアはどうして一人でダンジョンになんて潜ってるんだ?」
見たところこのサリアは魔術師だ。
魔術師は火力は高いが身体能力が低いので、普通は前衛の壁役と組む。
しかしサリアはたった一人でダンジョン攻略をしていた。
これはおかしなことだ。
俺が聞くと、サリアは急に不機嫌そうな顔になった。
「はっ、決まってるじゃない! パーティなんて所詮他人だからよ。いつ裏切られるかわかったもんじゃないわ!」
「……なにかあったのか?」
「別になにもないわよ!」
やけくそのようにグラタンを食べ進めるサリア。
いや絶対嘘だろ。
気になりはするが、なんだか地雷っぽいので深く詮索するのはやめておくか。
「けど、少なくともここのダンジョン攻略をする間くらいは臨時でも仲間を募ったほうがいい。『レイザールの岩窟迷宮』は炎魔術と相性が悪いんだ」
「むぐっ……」
「あんたが炎魔術師として強いのはなんとなくわかるけど、簡単にはいかないぞ」
ダンジョンには様々な地形があるが、『レイザールの岩窟迷宮』は密閉された地下空間であり、通路も狭い。
炎魔術なんて乱発していたら酸欠待ったなしだ。
サリアは身に覚えがあるのか視線を落とす。
「……それでもやるわ」
「次は死ぬかもしれないとしてもか?」
「あたしは強くならなきゃいけないのよ。不利な場所っていうのはむしろ望むところだわ。それを乗り越えた時、あたしはもっと強くなれるってことでしょ?」
そう言ってサリアは不敵に笑った。
前向きなやつだなー。
「忠告感謝するわ。それと晩ごはんも。こんなに美味しいもの、久しぶりに食べたわ」
そう言ってサリアは席を立ち、荷物を持って部屋を出て行こうとする。
あのぶんだとサリアはまたダンジョンに一人で行きそうだ。
……
「サリア、明日はダンジョンに行く前にギルドに寄っておけよ」
「? まあ、ポーション補充したいし行くとは思うけど」
サリアはなぜそんなことを? という顔をして去っていった。
「ふふ」
「なんで笑ってるんだ、ファラ」
「ギルドに行け、なんて……兄さん、明日サリアさんに『一緒に行こう』って誘うつもりでしょう」
……バレてるし。
「お節介なのはわかってるんだが……やっぱりやめたほうがいいかなあ」
「私はいいと思いますよ。サリアさん、私の料理をすごく美味しそうに食べてくれて嬉しかったです。また来てくれたら私も喜びます」
「……かわいい妹の頼みじゃ仕方ないな」
ファラの言葉に俺はそう答えた。
▽
翌日、俺は朝から冒険者ギルドにやってきていた。
サリアはここに来ると言っていた。
とりあえずパーティを組むよう声をかけてみるつもりだ。
それで断られたらこっそり後をつけよう。ストーカー扱いされるかもしれないが、何もしないで後からサリアの死亡報告なんて聞くよりましだ。
……来ないな。
サリアが来るまで暇だし、昨日拾ったアイテムの鑑定でもしておくか。
「すみません、これの鑑定をお願いしたいんですが」
「あら、ユーク様じゃないですか! 張り切って査定させていただきますね」
ギルドの鑑定窓口で、落とし穴の先にいた巨大ゴーレムから得たドロップアイテムを提出する。
対応してくれたのは見知った美人の女性職員だ。
勇者パーティにいた頃は俺が鑑定持ち込みをさせられていたので、しょっちゅう通ううちに仲良くなってしまった。
「これは――魔力吸収結晶!?」
女性職員が目を見開く。
「なんですか、それ?」
「大気中から魔力を吸い取って溜めこむ超レア素材ですよ! こ、こんなものどこで手に入れたんですか!?」
「えっとですね……」
女性職員の質問に俺は正直に答える。
「なるほど。ならそれはすごい幸運でしたね。落とし穴の先にレア素材を落とすゴーレムがいたなんて。買い取りなら五百万エルでさせていただきますが――」
五百万エル!?
すごい額だ。それだけあればファラの薬をどれだけ買えることか。
「ただ、この魔力吸収結晶には別の使い方もあります」
「別の使い方?」
「はい。この結晶は大気中から魔力を集めます。その性質を利用し、魔道具を長期間動かすためのバッテリーにすることができるんです。そして、『レイザールの岩窟迷宮』で手に入るアイテムと組み合わせることで絶大な効果を発揮します」
どういうことだろうか?
「ダンジョンボスの『メタルサーペント』を倒した際のドロップアイテムを知っていますか?」
「確か転移の指輪ですよね。身に着けていれば、行ったことのある場所にテレポートできるっていう……回数制限があるみたいですが」
転移の指輪は主に緊急脱出装置として使われる。
危なくなったら指輪を使って拠点に転移、という感じだ。
確か十回使ったら魔力が切れて使えなくなってしまうらしいが、それでも十分強力な装備だ。
「その回数制限ですが、魔力吸収結晶と組み合わせればなくせる可能性があるんです」
「そんなことができるんですか!?」
「はい。あの回数制限はそもそも魔力が足りなくなることで起こるものですから」
無制限の転移アイテムか。
本当にそれが実現するならすごいことだ。
それこそ国宝クラスの魔道具じゃないだろうか。
そんなものが手に入れば、俺は遠方のダンジョンに出かけても一瞬でファラの待つ家に帰れることになる。
そうなれば大きく可能性が広がる。
「……あの、どうしてそんなことを俺に教えてくれるんです? そんな貴重なアイテムなら、黙ってたら俺は素直に売ったかもしれないのに」
俺が聞くと、女性職員は口に手を当てて上品に笑った。
「ふふ、ユーク様にはお世話になっていますから。勇者様が横暴な振る舞いをしたとき、いつも止めてくれていたじゃありませんか」
「あー……」
神託の勇者であるレイドは、かなり自分勝手な性格だ。
鑑定額が気に入らなければ職員を暴力で脅そうとする。
そんなときに何度か仲裁したことがあるのだ。
「そういうことなら、ありがたく情報を受け取っておきます」
「はい。ユーク様のためですから、上も納得してくれると思います」
なんだか嬉しい。
レイドにこき使われていた日々が報われたような気がする。
そんなふうに女性職員と話していると。
「なんで断るんだ! この僕が――神託の勇者である僕がパーティに誘ってやってるっていうのに!」
「しつこいわね、だからあたしはパーティなんて組む気ないって言ってるでしょ!?」
男女二人が騒ぎながらギルドに入ってくる。
ってあれ、レイドとサリアじゃないか?
この二人が同時に現れるのは想定外すぎるぞ。
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