魔女の掟


 リサは薄暗い牢に閉じ込められていた。時間感覚がまるでなく、日付もわからない。何日も何十日もたったような、あるいは一瞬のような、ただ時折人がきては、何かしら挑発をしてさっていく。

「ねえ、元気?リサ」

「……」

 今も、檻のそとで魔女の格好をしたグルトが、リサの姿をみて、クックックと不気味に笑いながら、リサの目の前で朝食を食べる。

「元気かしら?リサ、答えないと“アレ”みせるわよ、ハハッ」

薄暗闇で、魔女の体の一部が、腹部がモゴモゴとゆれて、リサの顔の前にさしだされた。

「や、やめて!!お願い」

「仲良くしてくれよ、私の“弟”と」

「お、お願い」

 牢の奥に追いやられ、縮こまるリサ。

「クソ……ク……ソ」

 ふいにリサが小さく声をもらすと、わざとらしくグルトが耳をすましてみせた。

「ん?なんだって?」

「この……クソババアア!!!!ソレをみせるな!!!クソビッチ!!近づくな!」

「!!……ヒュー」

 しばらくの間、グルトは驚いたような表情をみせ、静寂がその場を包んだ。

「あなた、ちょっと顔を見せて」

 そういって格子の間に手をいれ、リサの頬をなでる。リサはその手をはじいたが、なんども魔女はその頬をなでた。

「そう、あなた二つの顔をもっているのね……二つ目の顔は、強情で、強引で、陰気今は二つ目の顔、こわいものなんてないって顔してる」

「触るな!!魔女め!!」

「魔女なんてそこら中にいるのに、聞けばあの少年の祖母だって、魔女と言われていたんじゃない?確か占い師をしていたわね、近所で評判の“魔女”」

「!!……あの人は、何もかも見透かしているようで、確かに私は苦手だったけど“本物”じゃない、“本物”はもっと“性悪で陰気”!!今度の事で確信したわ」

 牢から離れ、うろうろと円を描き歩きながらアゴにてをあてて、グルトは考え事をするような風で、遠い眼をしてリサと会話する。

「ふーん……“性悪で、陰気”ね、確かに言いえて妙かもしれないわね、でも本当にそうなのは私じゃない、希星魔女院や魔女の連中のほうよ、見かけは優しいようにみえても多くの秘密を抱えてる、あなたのように、裏表をもっているわ、そうね……あなたに秘密を教えてやろうかしら?魔女が守る人との“盟約”は、何も言葉通りではないという事を」

 そういって、魔女グルトは腰を折り曲げぐっと上半身と顔だけを檻にちかづけた。リサはそのしぐさにびくりとおびえながらも、言葉の趣旨をのみこもうとした。目が泳いだままで。

「それ、どういう意味?」

「教えてもいいけど、その前に弟にあやまりなさい、私の腹の子に……」

 そういって、腹部の裾をまくりあげ、魔女グルトはリサの前にさしだした。リサはおびえながら顔を抱え、そちらをにらめつける。

「見せるな!!見せるな!!」

 腹部からは鋭い牙がかみ合った大きな口と、まるで木のうろのようなぽっかりとあいた目と鼻とがもりあがったまるで人の顔のような奇妙な腫瘍じみた何かが顔をのぞかせ、ゆっくりとくちもとがもりあがり、さらに口元が徐々に膨れ上がったかと思うと、よだれをたらし、上下にパカリとわれたようにひらくと、こう叫んだ。

「私の姉は、悪い魔女じゃない!!」


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