前日単。
その前日。郊外の森の入り口の廃墟の脇の入り口付近開けた場所に、ジャージを着たグルトと、簡素なジーンズとプルオーバーの私服をきたカルナがいた。カルナは青いバッグに色々なものをしきつめてきて、それを魔女グルトに渡した。
「もってきたわよ」
「ありがとう、頼んだ通りかしら?魔法液、杖、シルフィウム、あとで試すわね」
「その必要はない、私がいまためしてみせるわ」
カルナはバッグからそれらをとりだし、魔法液を杖にしたたらせ、簡素な魔法、フレイムを唱えた。すると杖から火がでて、その様子をみてグルトはいった。
「うん、本物ね」
そういって、グルトはバッグをそのままうけとった。
「あなた、本当に希星魔女院の潜入捜査とかじゃないわよね」
「心配などいらない、私はあなたの生贄だもの」
「ふっ、それで、もう用はないでしょ」
そういって魔女グルトがカルナをにらめつけると、カルナは居心地がわるそうに手をぱたぱたとくんだりはなしたりしてこういった。
「見学させてもらうわ、“例の日”まで暇だし」
「ふっ、行き場を失った魔女か、あんたも同じね」
しばらくすると拠点から仮面をつけた3人組がでてきた。起こった仮面、おどけた仮面、泣き顔の仮面の三人組だった。そして、その前にこれまた廃墟からでてきた3人のこれまた奇妙なロボットに似た仮面をつけたものたちが並べられた。こちらは手足をしばられているようだった。そのしばっていた縄をほどき、魔女グルトがいう。
「彼らが今日の“贄”よ、私が授けた風の力で存分にいたぶりなさい」
「……」
仮面の人間たちがにらみ合う、静寂がしばらくながれる。表情のある仮面が互い互いに様子をみていると、グルトがたきつける言葉を放った。
「大丈夫、そいつらは“魔女の手下”よ、あなたたちの手で倒し、あなたたちの魔力をたかめる、あなたたちはこれから兵器になるの、そのための訓練、こいつらは痛めつけてもかまわない、それを承知で“魔女の手下”になったの」
カルナは、横たわっている廃墟の椅子をたて、遠目に様子をみていたが、行われていることと、表情のある仮面たちのおでこの魔術をみてつぶやいた。
「まさか、WIWを……」
その小さな言葉をひろって、広場の中央にいたグルトが答える。
「黙ってみてなさい、あんたは私と対峙するの、ただそれだけでしょ」
見ていると手下たちが、何か呪文を唱えたかと思うと、おでこが光、風をみにまとったかと思うとかろやかにとびあがったり、走ったりして、即座に無表情なロボットの仮面たちを打ち倒してしまった。ロボットの仮面たちは、つったっているだけで、一人に一人あてがわれたサンドバックのように一切抵抗せず、痛みや苦痛すら表現しなかった。そしてたっては打ち倒され、たっては打ち倒される。そんなことを何度も続けているうちに、パトカーのサイレン音がして、カルナは少しそちらのほうをきにしていた。
その後、ものの十分ほどで警察がその廃墟にきた。パトカーが広場に停車する。カルナは頭をかかえたが、関係ないといった様子でそっぽをむいた。ドアをあけ一人のふとった警官がでてきて、周囲をみわたしながら、中央でたたずんでいたグルトに近づきはなしかける。
「こんなところで何をしている」
「今、魔法災害の容疑者を連行しているところです」
「は?そんな話はきいてないぞ、君名前は」
少しおこったように、書類をとりだし、胸をはりあげる警察官。するとグルトはこういった。
「カ・ル・ナ」
そういって、にやりとわらうと、魔女グルトは警官の帽子をとりあげ、瞬時におでこに手を魔法陣を描き、呪文をかけた。次の瞬間目をぱちくりさせて
「ああ、お仕事ごくろう」
太った警察官はそうとだけくちにしてパトカーにもどった。
夕暮れ時、その廃墟にはたくさんのギャラリーができていた。しかし誰もが、スマホなどとりださずまるで取りつかれた用にこの“訓練”を見ていた。そもそもこの場所にはそんな高級品を持つものもいない、ここは“見捨てられた場所”だ。
「なあ、何やってるんだ」
「さあ」
「スマホは禁止といわれたが、とる気にもならない、何のショーをやるってんだ」
観客たちはまるでホームレスのようにぼろぼろの服装をしたものがほとんど。その観客たちの真ん中にたち、魔女グルトは、朝はつけていなかった右足に包帯をぐるぐるまきにした格好で、右手で杖をついていた。
「ここはAG街郊外、あなたたちは魔女の庇護からも外れた、この地区がうまれたのも魔女のせいよ、あなたたちはよく知っているでしょう」
観客たちは静寂をもって、魔女グルトに反応した。
「お前だって、部外者だろう」
「いいえ、私は……希星魔女院の魔女よ」
「!?」
言いたい放題嘘をいうグルトを見ながら、カルナは様子を見ていることしかできなかった。
「AG街郊外、それどころかウィッカ特別区郊外は、魔女の結界の外にある、希星魔女院の言い分では結界はその使用上切れ目ができるという事だけれど、それは嘘、希星魔女院は、魔女は、貧乏人にまで魔力の結界を適応する意味はないと考えた、あなたたち、そのことはよくしっているでしょう」
「知っているが、何なんだ」
ニヤリ、と笑った。
「今あなたたちにそのストレスを吐き出させてあげる、といったら?」
「どういう事だ」
「私はねえ、ある魔女に痛めつけられて、この足を骨折した、その魔女の関係者を、希星魔女院のつくる法よりも恨んでいる、その関係者全員に復讐がしたかった、そのために“希星魔女院”をやめてきたの、何もかも馬鹿らしくなってね」
カルナはグルトを横目に睨んだ。
「ふっ、でもねえ、任務の途中だったの、ここにいる仮面をつけたものは、魔女やその協力者、私が捕まえた魔女たちや協力者をこのままにしておくのもあれだし、痛めつけてから希星魔女院に送ろうとおもって、あなたたちもなにか、いいたいことがあるんじゃない」
「何って、何もねえ、一発なぐらせてくれや」
グルトはまたもや薄気味わるく、ニヤリと笑う。
「いいわよ、好きなようにいたぶって、こいつらは“魔女の中の魔女”異端の中の異端なのだから、ああ、それに“関係者さん”絶対に魔法を使ってはだめよ、そうでなければ“取引は無効”よ、これは必要な“通過儀礼”なの」
次の瞬間、はあはあと息をつき、鼓動を高鳴らせた集団が、恨みつらみをぶつけるように相手をにらめつけ、誰が誰ともわからず仮面の人間むけて走り、もみ合いになった。まるで動物園の猛獣に、新鮮な餌が投げ込まれたように、人々は感情を唐突に露わにした。仮面のものたちに人々がむらがって、とびかかって、のしかかった。
《ヒュッ、ドガッ》
「イィ!!」
仮面の男たちに石をなげつけて、ある男はこういった。
「お前たちのせいで、私たちは普通の生活が送れない、俺は工場で働いていたが、お前たちは魔法をつかって何倍もの仕事をするし、お前たちは、死ぬような危険があっても魔法で機械を壊してなんとかなってしまう、それなのに、それなのに、死ぬような危険な目にあって、実際にしんでも、俺たちは仕事から排除され、便利なあんたたちが雇われる」
なぐりかかった老人はこういった。
「あんたたちが俺の右手を奪った、小さいころ、あるとき喧嘩になったが、魔女は容赦しなかった、たかだか子供の喧嘩だったろうに!!」
はだしの女が、つかみかかってこういった。
「なんで魔法をつかわずに働かないの、なんで人間と同じ日常を生きてないの?そのくせ、犯罪まで犯して楽にいきようとする!!」
そのほか口々に恨みごとをいう人々、郊外はもともと、人間の世界でも貧乏な人間が住む場所。追いやられた人々がしかたなくいた場所、そこに、“魔女”が現れたのだ。人間の世界で優遇されているといわれる魔女が、仮面の男たちはついにねを上げ、魔女グルトを指さしたり、助けをもとめたりした。
仮面の一人「それは、この魔女のせいで!!」
集団 「!?」
グルト「あーあ、何いってんだか」
集団の動きは一瞬とまった。魔女グルトの背後に、仮面の男たちが隠れる。しかし、魔女グルトはまたもや、この狂気をたきつける言葉を放った。
「彼らは嘘つき、魔女やその協力者は、嘘つきなのよ」
集団はまたもや、目をとんがらせて、頭に血を伸ばらせて、仮面たちにつかみかかったり、殴りかかったりした。
「魔女たちめ!!」
「うそつけ、魔女!!」
そうして、その暴動は、一時間ほど続けられた。
暴動がおわったころぼろぼろになった仮面たちと、すっきりして帰っていったギャラリーと静かな廃墟だけがのこった。ぼろぼろの仮面たちに魔女グルトが見下すような表情をみせてつぶやく。
「もういいわよ、先にかえってなさい」
その様子に耐えきれなくなったのか、仮面の男たちの一人がこういった。
「なぜ、なぜこんなことを、こんなことに何の関係が」
「あんたたちに言う必要がある?私はあんたたちの願いをかなえる、恨みを晴らす、これがその“代償”よ、ほら、おでこをだしなさい」
そういって、仮面のおとこたちがでこをさしだすと、グルトは魔法陣を上書きした。すると魔法陣は赤く光りだした。
「ホラ、あんたたちの魔力がこんなにたまってる、“来るべき時”にあんたたちは、兵器になり、あんたたちの恨む人間を“殺す”ことができる、足のつかない魔法でね」
そういうと仮面の男たちは顔を見合わせ、自分たちの手をみつめた、手の中に魔法の力のみなぎるのを感じ、表情の見えないもものわなわなとはねたり踊ったりして、その場からさっていった。
魔女カルナは、その様子をみながら、ギリギリと歯ぎしりをして、グルトがこちらをふりかえり目をやった瞬間、歯ぎしりをやめた。そして、ポケットから菓子パンをとりだすと、むしゃむしゃと食べ始めたのだった。その目線のやり場にこまりあたりを見渡すと、廃墟の脇、車道の電柱の影に何かをみつけた。
「……」
「今みた?その電柱の影、探偵風の男がいたわね、希星魔女院のエージェントか、あんたもおわりね」
「……知ってる」
そういって、魔女カルナはその場所をあとにしようとする。
「どこにいくの?」
グルトがそう尋ねるとカルナは後ろでをふってこういった。
「銭湯、くさいから」
深夜。魔女グルトから、魔女カルナは、牢屋の見張りを頼まれていた。その廃墟の下に古びた地下室がありそこに簡素な牢があり、そこに人がいるから見張れといわれた。魔女グルトは、そこにいる人間がだれであれ見張れといった。
かつかつと地下への階段をおり、そして、明かりをつけた瞬間、カルナは少し動揺した。
「あんたは……」
そこにいたのは、デザの思い人、リサだった。
「助けて!!」
牢屋の格子をつかんで、ゆさぶりながら、その女の子が助けをもとめてきた。
「助けて、あなた人間の味方でしょ、デザ君の護衛だったんでしょ、ここまで落ちぶれたの?」
「……」
「あなたから“ホウキの破片”を盗んだのは謝る、それをかざしていたら、それが反応して、魔女をみつけたの、それも二度も……私はデザ君の助けになればいいと思って」
魔女カルナは何も言わず、まるで人が変わったように、牢屋をじっとみつめるだけだった。牢は二つあり、もう一つの牢には呆然自失といった風体のトールズがいた。
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