まだ後日話―終わりを告げる日




「おはよう瑠華」


 耳元でそう聞こえて思わず返事をしそうになった所で目を開ける。

 まだ重いまぶたを上げると目の前に怜の顔があった。……でも直感的に怜じゃない、レイチェルの方だと分かった。あの怜がこんなことしたら、きっと後で私何やってるんだろう……って一人反省会してそうだし。


「……レイチェル」

「……よくわかったわね、瑠華。……でも私も怜よ?」


 一人用のベッドで眠るアタシに寄り添うように横になっている彼女。寝ぐせが立っているアタシの髪を指で撫でては慣らしている。


「……知ってる。……じゃあ……紛らわしいからおじょーって呼ぶ」

「……懐かしいわね。……でも、うん。瑠華がはじめて私に付けてくれたあだ名だもの。とても嬉しいわ」


 そう言われておでこにキスされた後、顔が熱くなるのを感じた。

 感情表現が外国人みたいだなぁ……と思いながら、あの日本製の怜を思い浮かべると少し笑ってしまう。


「今日はお休みでしょ?私とデートして?」

「……えぇ~……今日は家でダラダラするつ……」


 最後まで言い終える前にアタシは布団を剥ぎ取られた。

 もう秋も終わりそうなこの季節、ひんやりとした空気は未だに半袖短パンのアタシにはつらすぎる。


「さむっ!」

「近くでイルミネーションが始まったらしいの」

「……夜でいいじゃん」

「紅葉スポットがあるってSNSでもたくさんの人が見に行っていたわ」

「……えぇ、人混みの中歩くの……?」

「近くで美味しいスイーツのお店が、」

「えー絶対並ぶじゃん」

「………………」

「………………えっと、」


 ちょっとピリッとした空気になったおじょーの目が怖い。思わず視線を逸らすと、ぐいっと腕を引っ張られた。その反動で嫌々ながらもベッドから起き上がる。


「……瑠華はもう一人の私のことが好きで私のことは好きじゃないのね」

「……っ!ちょっ、それは違うっ!……けど、」

「私も怜よ?」

「………………」


 この間あっちの怜にも似たようなこと言われたなぁ……なんて思い出して頭を掻いた。体は一個しかないのに今の怜はどうしてか心が二つある状態だし。まだ体が戻ってから安定しないからって言ってたけど、どうにも性格が似ても似つかないせいで戻るの遅れてるんじゃないの?って思う。それにどっちも譲らなそうだし。


「……あのさ、誤解しないでほしいんだけど。……アタシどっちの世界の怜のことも好きだし、どっちが一番なんて思ってないから」


 アタシがそう言うとおじょーは少し驚いた顔をした後、にこにこと笑顔になる。

何だろう……ちょっと寒気が、と思っていたら急にベッドの上に押し倒された。


「……その言葉……もう一人の私が聞いたらどうすると思う?」

「っ!……えっと……わ、わかんない……」

「……私なら一日掛けて私だけの瑠華にするけど」


 そう言って覆いかぶさってくるおじょーの顔が目の前に。目を閉じて?と囁くように言われアタシは目を閉じた後、唇に与えられた熱とおじょーの気持ちを受け取る。


「……瑠華、デート」

「……ぐ…………はいはい、お姫様」

「瑠華大好き」


 おじょーは嬉しそうにアタシに抱き付いてバタバタした後、頬にキスして離れていった。


「…………ほんと別人なんだけど」


 でも二人の怜に愛されてる感じは悪くない。むしろ良い。二倍愛情受け取ってる感じがして満たされるし、むしろ二人をひとり占めしてる感すらある。

 怜は悩んでるみたいだけど、アタシからすればそれも嬉しい。アタシの為にそんなに悩んでくれてるんだって、そう思うことが出来るから。


「ほら、早く起きて支度して?もう9時よ」

「……はぁ?まだ9時じゃん」


 一階のリビングに降りると、何故かおじょーはうちに服を持ち込んで違う服を着ていた。……あれ?さっきの服は?って聞いたら、それはちょっとしたお出掛け用で、今のワンピースにジャケットを羽織っている姿はデート用なのだそうだ。


「……おじょー大人っぽいね。アタシそれに合う服持ってたかな」

「……私が見てあげるわ。たまには違う人のコーディネートを着るのも楽しいと思うけど」

「…………うん、じゃあ任せる」


 まだ起きたばかりでボーっとしてるアタシはなんも浮かばず、おじょーにそのまま放り投げた。そして冷蔵庫の牛乳をコップに入れて飲んだ後、支度を始める。

 リビングには雑誌が並んでいてたぶん今日行く場所の情報が写真付きで載っていた。……怜ならきっとアタシが渋った時点で諦めて行かないだろうな……。そう思いながら雑誌をめくっていたら、不意にソファーの後ろから身を乗り出したおじょーに肩を抱きしめられた。


「……瑠華」

「……な、」


 名前を呼ばれたから振り返るとすぐ唇を塞がれて黙らされる。何事も無かったかのように離れたおじょーは、リップ取れちゃったかもとテーブルの上に置いてあった鏡に手を伸ばす。


「っ…………」


 ドキドキさせられるこっちの身にもなってほしい、と思いながらおじょーに視線を送ると、どうしたの?と頭を撫でられた。


「…………はぁ。どうしたの?はこっちの台詞なんだけど。……いきなりキスしてこないでよ」

「……どうして?したいと思ってしたらダメなの?」

「っ……だ、だからぁ……」


 言葉が出なくなるアタシに顔を近付けて、アタシの後頭部に手を回すとこつんとおでこ同士がぶつかった。


「……私とするの、いや?」

「…………嫌なわけ……」

「じゃあ我慢して」


 そしてアタシはまた有無を言わさず唇を塞がれた。



+++



 秋空の下、誰もが紅葉する景色に夢中になっている人混みの中を歩く。


「……わぁ……綺麗ね。ね、写真撮って?」

「はいはい。……んじゃ、そっち人少なくて紅葉も綺麗に入りそう」


 スマホを構えておじょーに向けると、そうじゃなくて、と腕をぐいっと引っ張られた。


「ちょっと!撮れないじゃん」


 そう言って抗議するとおじょーはアタシのスマホを取り上げてインカメラにして斜め上に構えた。


「……ほら瑠華も笑って?」

「はいはい」


 紅葉の中のツーショは紅葉よりもうちらの方が目立ってるけど、まぁいいか。その調子で何枚も写真を撮った後、おじょーと一緒にスイーツのお店に向かえば案の定一時間待ちと書かれた紙が貼られていた。そしてどこまで続いているのかわからない人の列……。これほんとに一時間で食べられるのかなぁ……と不安になる。


「……これ、待つの?」

「うんっ。一時間なんて、瑠華とお喋りしてたらあっという間じゃない」

「………………まぁ、いいけど」


 おじょーは色んなことに興味津々だった。

 アレしたい、コレしたいと後から後から話題が出てくる。怜はどっちかっていうと無骨な感じだし考え方男っぽいとこあるし、頑固おやじって感じだけど。おじょーはむしろこっち側に近い感覚だ。ただ面白そうだからってだけで食いつく感じが。

 今日のオシャレな服装も怜ならもっと地味な恰好にすると思うし。……って、あーダメだ。さっきから怜と比較ばっかりしてるアタシって最低だ。


「ねぇねぇ瑠華。このパンケーキとこっちの季節限定だったらどっちがいいかな」

「……それなら二人で頼んで分ければいいじゃん」

「……え?でも瑠華だって食べたいのあるでしょ?」

「いいよ、そんくらい。アタシは別にこれが食べたい!ってやつ無いし」

「……瑠華、好きっ!」

「わっ!急に抱き付かないでよ、危ないなぁ……。そんなことでいちいち好きになるの?頭弱いなぁ」

「……いいの。好きなものを素直に好きと言える方が大事だもの」

「……ふーん」


 何故かチクッと胸が痛くなってアタシは心臓の上を無意識に手で掻いた。

 ……いずれ二人は一人になる……?いやいやいや、でもそうじゃなきゃ……。まとまらない考えが頭をよぎる。ふと顔を上げておじょーを見ると、嬉しそうにメニューの紙を見ていた。


「……ねぇ瑠華、飲み物はどうする?甘味の少ない紅茶がいいかしら」

「ちょっとはしゃぎすぎなんだけど」


 そして子どものようにはしゃぐおじょーとまた何枚も写真を撮りながらパンケーキを食べて一緒に甘い時間を過ごす。待ち時間も長ければ、食べる時間も少し掛かって、店を出る頃にはちょうどいいぐらいに暗くなっていた。


「……美味しかったね」

「うん。っていうか写真多すぎじゃない?アタシのスマホおじょーとの写真でいっぱいなんだけど」

「……えへへ。だって今日は瑠華を私色に染めるんだもん」

「っ……」


 暗くなってきたせいか、おじょーがだんだん積極的になってくる。イルミネーションの近くに行けば、人混みだらけで自然とアタシたちの距離も近くなった。

 くっついてくるから寒いのかと思ったらそうじゃないらしい。手に指を絡ませて握ってくるおじょーの手。アタシは何となく恥ずかしくなって着ていたブルゾンのポケットにそのまま繋いだ手を突っ込んだ。


「……瑠華……?」

「……ねぇ、どっち見に行く?あっちに大きなツリーあるみたいだけど」

「じゃあツリーかな」


 人混みを縫うように歩きながら、離れないようにとおじょーがアタシに腕を絡ませる。身長を高くみせるために厚底ブーツ履いてるアタシは今日はおじょーと視線があまり変わらない。だから自然とおじょーが体を寄せると肩辺りに顔がくる。いつもよりも視線が近い。ドキドキと音を立てる心臓の音まで伝わるんじゃないかって焦った。


「…………綺麗、ね」

「……写真撮る?」

「んー……どうしようかな……」


 あんなにはしゃいでたおじょーの顔が曇る。何だろうって思って見ていたら、アタシの顔も見ずに話し出した。


「……もうこれで最後だって思ったら……笑ってるの、嫌になっちゃった」

「……さい、ご……?え?なにそれ、聞いてないんだけど」

「……だって私の意識があったら二人の迷惑になるでしょ……?だから……今日で最後にしようって……思ったの」

「……急にデートって言ったのって……」

「最後にあなたと一緒にいたいって思ったの。……でも今、すごく嫌……瑠華と離れたくない……」

「……何言ってんの?どうせドッキリとかなんでしょ?……ねぇ、やめてよ、そんなの」


 声に涙がにじむ。震えた声が涙を誘って、アタシまで今にも泣きそうだ。


「……ねぇ、やだ」

「っ……わがまま言わないで?瑠華」

「はぁ?いつもわがまま言ってるのおじょーでしょ?……ずっとわがままでいなよ」

「……るかっ……」


 周りのみんながイルミネーションに目を奪われる中、アタシとおじょーは涙目で抱きしめあっていた。

 あぁ……ダメだ。アタシはおじょーの気持ちも知らずに……。のうのうと二人に愛されてる、なんて思ってあぐらをかいてた自分を殴りたい。きっとどうにかなるだろうなんてアホな考えしてるからアタシはっ……!


「…………おじょー……好きだよ」

「………………」

「……怜の負担になるとかその一つの体じゃ色んな問題があると思うし、軽々しく言っていいものじゃないってわかってるけどさ。……おじょーが言ったじゃん?『好きなものを素直に好きと言える方が大事』って。だから言うけど、アタシはおじょーも怜のことも好きだし、どっちにもいなくなってほしくない」

「……随分わがままで欲張りさんね」

「……誰のせいでそーなったと思ってんの?」

「………………」


 おじょーはまた俯いた後、しばらくして顔を上げイルミネーションツリーを見上げた。


「…………瑠華がそう言ってくれるのは嬉しいけど、でも」

「っ……」


 ……もうどうにもならないの?悔しくなって堪えてた涙がこぼれると、おじょーの指先がアタシの涙をすくった。


「……そんなに別れを悲しまれると、嬉しくなるわ」

「っ、……はぁ……?」

「あっさり、じゃあねって言われると思ってた」

「なっ!?……どれだけ薄情だと思ってんの?まぁ……そう思われても仕方ないけど」


 ぐすっと嗚咽をもらしながら答える。だって自分でも怜やおじょーに対しての態度は今になって思うと酷かったし。そんな二人が自分を好いてくれるのは奇跡的なことなのにどっちも好きだとかほざいてるし。

 もし友達がそんな彼氏がいて悩みを相談されたらそんなクズとはとっとと別れろってアドバイスしてる。


「うぅ……クズでごめんなさい……」

「……えっ、ちょっと瑠華っ」


 慰めてたのに今度はアタシがおじょーに抱きしめられて慰められていた。


「こんなクズ好きになってもらってごめんなさい……」

「……えっ?……えっ?ちょっと、…………もぉ……」



 そしてアタシたちは写真も撮らず家に帰ってきた。途中でコンビニのおでんを買い込んでおじょーと一緒にリビングで食べる。


「……こたつ出そっか。暖房だけじゃ寒いし」

「……こたついいわね!瑠華と一緒にぬくぬくしたいわ」

「確かママがどっかにしまってたはずだから明日にでも出しとく」

「それなら私も一緒にやっていい?こたつってどんなものか興味あるの」

「……うん、いいよ。……じゃあ、約束、だからね」


 ジッとおじょーを見つめる。

 さっきの話がうやむやになって終わってるけど、忘れてないからな、とおじょーに視線を向けた。


「……はぁ、もぉそんな顔しないで?……それと彼女にごめんなさいって伝えておいてくれるかしら」

「……ごめんなさい?」

「今日、あなたと本当に最後だと思ったから、たくさんイチャイチャして写真もたくさん残してしまったわ。……これ彼女が見たら怒るわよ?瑠華覚悟しておいた方がいいと思うわ」


 そういえば……と、朝はあんなにベタベタしてきたのに、今のおじょーは反対側に座ってるし、帰る時も手を繋ぐぐらいでそれなりに距離はあった。


「……朝のアレって……そういことだったの?」

「……ふふっ。……またしてほしそうな顔してる」

「……なっ!?し、……して…………る、かも、しれないけど」

「……素直な子は好きよ?瑠華」


 おじょーはこぼれないように、とおでんを横に置いた後、テーブル越しにアタシの心も唇を奪った。





「………………」

「あ、あの…………怜?」

「………………」

「ちょっと、……ちょっと待って!話聞いて!」


 アタシは数日怜に口を利いてもらえなかった。







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現実で大嫌いだった幼なじみと別の世界で記憶を失くして再会したら、思ってなかった甘い関係になっていました。(仮) かるねさん @ogyuogyu

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