二十七話ーぬいぐるみの願い




 そしてご飯を食べ終わった後、瑠華はごちそうさま、と両手を合わせ私を見つめる。その視線に気付いて、私はまだ残ったご飯を頬張りながら瑠華を見つめた。


「……食べてる途中でも思ったんだけどさ、」

「……ん?美味しくなかった?」

「美味しかった。……そうじゃなくて、」

「……うん?」

「……怜のことが好き」

「っ!、げほっ」


 むせて胸元を叩くと瑠華がお茶を差し出してくれる。それを受け取り喉に流して静かに息を吐いた。


『……瑠華、君ってムードとか雰囲気考えないタイプなの?』

「……うっさいな。考えたけど他に思いつかなかったんだもん」

「………………ふふっ」


 思わずクスクス笑ってしまうと瑠華が照れ臭そうに目を逸らした後、食器を持って立ち上がる。


「……片付けアタシがやるから。食べ終わったら持ってきて」

「うん、ありがとう瑠華」


 ……今の、何だったんだろう、って思わず思ってしまう程、他愛もない会話に混ぜられた、多分瑠華がいっぱい考えた末の告白。


『……にやけちゃって。ほんとバカップル』

「……もう一人の私、きっと羨ましがってるかも。……自分のことだから分かる。瑠華が例え自分であっても他の人に夢中になっていたら、私だったら瑠華を振り向かせたいって思うもの」

『うーん……この世界の君も重い……』

「……先生にもよく言われる」


 キッチンにいる瑠華を見ると、鼻歌を歌いながら洗い物をしていた。


「……瑠華は記憶があるって言ってたけど、……何故私には記憶が無いの?」

『そんなの決まってるじゃないか。……君に記憶があったままだと面白くないからだよ』

「……瑠華が何故あなたのこと嫌いのかわかったかも」

『ちょっと!そんなボクを作ったのは君なんだけど!……知ってる?子どもは産みの親に似るって』

「う、産んでないし。……あの時、瑠華と仲直りしたくてあなたのこと作ったことは覚えてるけど……」

『……そう。そんな君の想いが、ボクに不思議な力を与えたんだ』

「………………」


 今も夢じゃないかしら……と思っていたけど、その言葉を聞いて納得してしまう。


『……ほら、元我が主は情が深くて重いだろう?ボクに念がこもってもおかしくないさ』

「……それ褒め言葉?……ごちそうさまでした、と」


 私も食事を終えて、食器を持って椅子から立ち上がる。キッチンへ向かうとすぐに瑠華が迎えてくれてそれを受け取った。


「怜はゆっくりしてて。……何か飲むなら冷蔵庫から勝手に出していいし、あったかいのが良いなら電気ポット使って」

「……うん」


 いつもの瑠華と違う瑠華は新鮮で、私はもうちょっと見ていたかったんだけど、邪魔だから座っててって言われてすごすごとリビングへと戻る。そして奥のテーブル、テレビが置かれた場所にあるソファーに座った。


「……ねえ、うさぎさん。向こうの世界での瑠華のこと教えてくれるかな」


 目の前のテーブルにウサギのぬいぐるみを置いて話しかける。


『君にうさぎさんって言われるとむず痒くなるね。……まぁいいよ?君と瑠華がイチャついてる話しかないけど』


 ぬいぐるみの表情は変わらないからどんな顔をして話してるのかわからないけど、声の感じが呆れてるように思えた。


「………………いちゃ……」


 やっぱり自分のこととは思えなくて、瑠華を見る。……もう一人の私と、その……恋人だった瑠華のこと、想像出来なくて胸がモヤモヤした。


『……君は君で色々抱えていたみたいだし、瑠華だってそうだろう?君たちってお互いを補い合うお似合いのカップルだと思うよ?』

「………………そうね。そう、かも」


 瑠華が居なかったら、私……ただ親に言われるまま生きていただろう。

 瑠華の為に、瑠華が居るから。そう思って行動してきたことがたくさんある。それが私に対しての周りからの評価を高くして、瑠華に嫌な思いさせる原因になったんだって今になって気付いたけど。

 幼い頃瑠華に出会って、私の運命は変わった。瑠華がお姉ちゃんって私に懐いてくれたから、私……。


「……私には……まだまだ、これからも、瑠華が必要なの」

『君のそれはただの庇護欲だろう?』

「……っ……そうかも、……そうだったのかも」


 今までの私はきっとそうだった。

 いつでも私は瑠華を守ってるフリをしていたけど、本当は瑠華をこの腕に閉じ込めておきたいだけだったもの。……瑠華を変えようとする様々な環境から瑠華を遠ざけて。


「でも、今は……」

「コーヒー淹れたけど…………って、何?深刻な顔しっ……!?」


 洗い物を終えた瑠華が隣に座る。無意識に瑠華の腰を抱き寄せると、驚いてコーヒーをこぼしそうになっていた。そして恥ずかしそうに私の前に砂糖の入ったポットを置く。


「ちょっと、びっくりしてこぼしちゃったじゃん。……これ使って?」

「……ありがとう、瑠華」


 え?と瑠華が手を止めて私を見る。その手を掴んだら洗い物のせいで冷たくなっていた。そのまま引き寄せて抱きしめると、瑠華の手が私の背中に回る。


「………………怜?」

「私も、……瑠華のこと好きみたい。……恋愛的な意味で」

「っ…………ちょっと、……アタシの告白パクんないでよ」

「私も考えたけど、……それしか浮かばなかったんだもん」

『……はぁ……似た者同士』

「うっさ……!」


 うさぎさんの言葉で文句を言おうと離れようとした瑠華を逃がさないようにギュッと抱きしめた。


「……瑠華、今は私のことだけ考えて?」


 瑠華を見つめて頬擦りすると、黙った後私の肩に頭を押し付ける。


「ねぇ……今度はアタシが怜のこと振り向かせるつもりだったんだけど」

「そんなこと言われても。……瑠華に好きって言われて振り向かない私はどこにも居ないわ。……別の世界の私だってそうだと思うけど?」

「………………たし、かに」


 瑠華が私の胸元に顔を埋めた。でも私はそれを押し返して逆に瑠華の胸元に顔を埋めてみる。瑠華がどうして喜ぶのか分からなかったけど、埋めてみたら心地良さに気付く。顔に当たる感触と聞こえてくる瑠華の心臓の音が、私を落ち着かせてくれた。


「……アタシのじゃ物足んないだろうけど、言ってる意味わかったでしょ?」

「うん。少し分かったかも。……でも私にとっては物足りなくなんてないから。……だって瑠華だもん」

「っ…………ぅ、そう」

「……瑠華がドキドキしてるの良く聞こえるし」

「っ……そりゃ……好きな子と居たら、ドキドキするよ」

「……好きな子……?」

「そう、……だよ」


 言わせないで、と瑠華が私の頬にキスをした。

 その感触に頬を緩ませていると、何嬉しそうな顔してんの?と今度は唇を奪われた。


『………………』


+++


 ……さぁ、返してあげよう。

 これでボクの役目は終わる。

 ボクの創造主である君の願いは叶えたよ?怜。

 君は瑠華に好きだと想われていいんだ。


 もう君を拒んでいた我が主の心は解けた。

 ……次は君が心を解く番だ。


 +++


 ……意識が混ざる感覚がして目が覚める。

 記憶にない景色、記憶にない感情、記憶にない瑠華との日々……。

 瑠華たちが言っていたことってこれなんだ、って漠然と私は感じていた。自分じゃない自分、でも彼女の想いは私と同じだし、今の私だったら瑠華への気持ちも十分理解出来る。

 その思い出一つ一つに瑠華が女の子の顔をして私に身を委ねる姿が見えて、思わず顔が熱くなってしまった。


「…………っ、あれ……?」


 目を覚ますと、そこは見慣れない景色。……あぁ、そうだ私瑠華の家にお邪魔してたんだ、と思い出す。

 そしてリビングのソファーに横になっていた私が体を起こすと、掛けてあった毛布が落ち、その毛布を取ろうとしてふと視線を向けるとテーブルに顔を伏せたまま瑠華が眠っていた。


「瑠華、起き……」


 そう声を掛けようとした時、テーブルの上に置いてあったうさぎさんがボロボロになって置かれていたのに気付く。……綿は出て、今にも体がバラバラになりそうで……。どう考えても、寝ている間にそうなったものじゃない。これは長年使われてボロボロになったような傷みだった。


「…………うさぎ、……さん?」


 ズクッと胸が疼く。……その現実を受け入れられずに戸惑っていると、さっきぼんやりと見た光景がやけにリアルに鮮明になる。パサッと毛布を落としてしまった後、瑠華が声をもらして顔を上げた。


「……あれ?怜起きたの?……宿題見てくれてたのに、……途中で寝ちゃったの覚えてる?」


 あくびをしながら大きな伸びをして瑠華が後ろのソファーに横になっていた私を振り返る。


「……おーい。……まだ寝ぼけてんの?……紅茶とコーヒーどっちがいい?」


 何も答えない私を見て瑠華は笑って立ち上がった。そしてそのままキッチンへと向かおうとする瑠華の手を掴んで引き寄せる。瑠華もボーっとしていたのか、簡単に私の上に落ちてきた。


「っ!……怜?どうしたの?」

「…………瑠華ってば、随分”私に”優しいのね?……妬けちゃうわ」


 ギュッと抱きしめると、耳元で瑠華が、レイ、チェル……?と呟く。その戸惑った声にドキドキして私はもっと強く瑠華を抱きしめた。


「……なん、で……?急に。……怜、は?」

「大丈夫よ?瑠華。……まだ安定しないけど私と彼女の意識が混在しているの。……うさぎさんのおかげかしら。……ほら、見て?」


 私がテーブルの上を指さすと、瑠華が驚いた顔をしていた。


「……ボロボロになっちゃったね」

「…………何の…………こいつ、ほんとに」


 瑠華はうさぎさんの顔を両手で挟んだ後、はぁとため息をついた。


「…………こいつ、後で直せる?」

「うん。やってみる」

「……ありがと」

「眠ってる間に……私、この子の夢を見た気がしたわ」

「……ふぅ~ん。……これで怜の呪いが解けたってことじゃない?」

「呪いって……もぉっ。……自覚してる」


 瑠華への想いが強すぎてこんなことが起きてしまったというなら、それは反省するけど。……でもそれは私たち二人に良い結果を与えてくれた。


「……えっと、今はどっちの怜?」

「……瑠華が好きな方よ」

「…………は?どういう意味?」

「……瑠華が好きなのはどっち?こっちの私?それとももう一人の私?」


 意識を共有するとお互いに向けられていた瑠華の記憶も享受される。同じ自分なのにお互いに嫉妬した感情があって、あぁ……”私”だ、と思った。


「しっ、知らないっ!……怜は、怜でしょ?」

「……ふふっ、意地悪な質問をするわね?もう一人の私は」

「…………一人で二人喋ってる……それもどっちも怜とか意味わかんないし」

「あら、瑠華は二倍嬉しいでしょ?お姉ちゃんが瑠華のこと甘えさせてあげる」

「っ、」

「……瑠華だめ。お付き合いするならもっとちゃんとお互いを理解し合ってから、」

「こういうのあったよね?絵本?悪魔と天使が頭の中に出てくるやつ……」

「「私が天使よね?」」


 頭の中で私ともう一人の私の声が重なった。

 瑠華が何とも言えない顔して頷くのを見て、私たちは満足する。


「……これからあんまり余計なこと言えないじゃん……っていうかあのウサギ、最後にとんでもない置きみやげしてくとかほんとふざけてる。……直ったら絶対文句言ってやるからな」

「……ねぇ瑠華、私ここに住んでもいい?ほぼ一人暮らしみたいなものなんでしょ?」

「……は?自分の家あるでしょ?」

「こっちの怜にはね。……ねぇいいでしょう?向こうでは一緒に暮らしてたじゃない」

「っ……それは」

「瑠華どういうこと……?私の知らない所で浮気……」

「違う違う違うっ!……っていうか浮気になんの?これ……頭痛くなってきた、ちょっと整理させて」


 私と”私”は想いは同じだけど、相容れない。

 お互いの意識の主導権と瑠華を賭けて、私の中で新たな葛藤が始まった。






お読みくださったみなさまありがとうございました。

急に書きたくなってギャルと真面目ちゃんの百合書き始めたのですが、終わりどころがわからなくなる前に了しました。もっと山あり谷ありしたかったのですが……なので急展開続きですみません。

ある程度ストーリー掴んで書き直せたらいいなーと思います。。。

もうちょっとギャルっぽくしたかったな、とか怜と瑠華のエセ姉妹関係書きたかったなとか色々あります……泣

こういう場所で書くと自分の中だけで途中で飽きて終わることがなく書き進められました。みなさまありがとうございました!(^^)/


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