二十五話ー幸福のおっぱい(そういう?話ではありません)
……ふと思い出す、彼女のこと。
それは本物だったのか、……それともアタシの気持ちを変える為にウサギが仕組んだことだったのか、……後は一番考えたくない答えだけど、アタシが作り出した彼女だったのか。
「あー……もう、全然分からん」
アタシは枕元に置いていた昔の怜から貰ったウサギのぬいぐるみとにらめっこ。……だけど、あんなに憎らしかったウサギは喋らない。
怜は全然覚えてないし落ち着いたら説明するって言っといたけど、正直何をどう説明すればいいんだって話だ。……でもアタシに起こった事はちゃんと記憶に残ってる。
『……瑠華、好きよ』
まだあの甘ったるい声が耳に残ってる。
なんならあの唇の感触だって。
……ふと自分の唇をなぞってた指。ハッと気づいて指を離した。
「……ほんときもいなアタシ……」
もう怜とはそーゆー関係じゃないんだから、幼なじみとして友達として見なきゃいけないのに、……ふとあのアタシを見る熱のこもった瞳を思い出すと顔が熱くなる。
たまに今の怜のアタシを見る目が、あっちの怜と重なる時、勝手にドキドキして胸が苦しくなって……。
「……なんだよ、忘れないって……またこっちで話そって言ったくせに」
今の怜だって怜に変わりない。……だけど、あの怜とは違う。
……正直、少し寂しいって思ってる。
今の怜に、あの時の怜に戻ってほしいなんて言えないけど、今のアタシがあるのはあの怜のおかげでもあるから……少しは、会いたいかも、なんて思ったり。
「…………ぐっ」
自分で考えてて恥ずかしい。
あの怜にあったらどうなるか分かっててアタシは……。ベッドの上にうつぶせになって枕に顔を押し付けるように埋める。だらっと力を抜けば、すぐに眠気が襲ってきた。
「…………ばか……怜のせい、……だ」
+++
『……瑠華……随分と疲れていたのね』
「………………ん」
甘ったるい声が聞こえて、アタシは目を覚ました。
急にふわっと体が浮いて、いい匂いに包まれる。……あれ?この匂い……。重かったまぶたを開けると、柔らかいものに包まれていた。
『……ふふっ。……無防備な瑠華可愛いわ』
「…………はぁ……寝込み襲うの、やめてくんない?」
『っ!?』
すりすりと顔を寄せていた怜の顔を手で押し返せば、固まったまま視線だけアタシを見る。
『っ……起きていたの?』
「起きたの、今。…………っていうか、怜か」
これ、夢……?でも夢にしては感触もにおいもやけにリアル……。これ本物……?と怜を見ると、嬉しそうにまた顔を寄せてきた。
『……私だけど……。私以外に瑠華にこんなことする人が居たら教えて?とってもひどい目に遭わせるから』
「こわっ。……って、今、朝?夜?」
見渡すとここは怜の屋敷の中にあるアタシに用意された部屋。なのに何で怜が居るかとかはもう気にもしないけど、何故かアタシはまたこの世界に戻っていた。
たぶんベッドに寝かされてたんだろうけど、今は怜に上半身抱き起されて抱きしめられてる。
『夜よ。……瑠華は馬車の中で眠ってしまったの。私、瑠華が戻ってくるのずっと待ってたのに……』
……これってあの日の続き……?なるほど。
アタシが母さんの店手伝った日の夜か。……くったくたでやっと馬車に乗ったかと思えば、いきなり現実戻っててびっくりしたし、怜はアタシのこと覚えてないし。
「……待ってたとか信じられない」
『……どうして?』
「……ふんっ……忘れるくせにさ……」
『…………瑠華?疲れちゃった?』
怜がアタシを抱きしめる。……その感触にまた戻ってきたんだってホッとしてる自分が居て恥ずかしくなった。
でも今はそんな気恥ずかしさなんかどーでもいい。今欲しかったのはこれなんだから。
「…………怜、抱きしめてて」
『……?…………うん、疲れたのね……よしよし』
「………………ばか」
『……ん?』
「…………なんでもない」
……何でアタシのこと忘れるんだよ……。
いつもならウザいと思ってたのに、怜に抱きしめられてホッとしてるなんて……。怜の肩に頭をグリグリと押し付ける。そして怜を見つめた。
『っ、…………どうしたの?今日の瑠華、……とっても可愛いわね』
「うっさい。可愛いとかいいから。…………あのさ、……だきしめて、いい?」
思えばいつも怜からだし。……それに今日はこれぐらいじゃ足んない。
『……瑠華ならいつでも大歓迎よ?』
アタシに両手を広げて微笑む怜。アタシはそんな怜から視線を逸らしつつも、ベッドの上に座ったまま正面から抱き付いた。
寝間着の瑠華からはお風呂上がりのいい匂い。アタシは怜の腰に手を回して、誘われるように胸に顔を埋めていた。
『……よしよし』
「…………ん…………ぅん?」
『っ、……る……瑠華?』
アタシの鼻息が荒くなったのに気付いたのか、怜が戸惑ったような声を上げる。
「……怜ってさ……おっきいよね」
『……え?……えっと、胸のこと……?』
今まで何とも思ってなかったけど……何?この怜のおっぱい、最高なんだけど。この弾力、アタシの顔を挟む何とも言えない心地良さ。……ダメになる人間やめたくなるクッションじゃん。
「そう。おっきいおっぱいさいきょう……」
『………………』
「……疲れ取れるっていうか、なんかぜんぶどーでもよくなる……」
ふかふかな感触が顔を包む。アタシよりもだいぶ大きい同性からしても羨ましいぐらいの胸。なかなか堪能出来ないであろうその感触に顔を押し付けて夢中になっていると、こほん、と咳が真上から聞こえて思わず思考が停止した。
…………え?今、アタシ、何、してた?途中から心の声、口にしてた気がするけど……。
ハッとして顔を上げると、真顔でアタシを見つめる怜と目が合う。
「………………」
『………………』
「………………えっと、ちがっ……」
サーッと素に戻る感覚。今更違うって言ったって、何が違う?って思われるだけなんだけど。むしろどう言い訳しろっていうのか。
「……くない。……ごめん、無理」
……アタシは諦めて自分の気持ちに正直になることにした。だってここに居るのは現実の怜じゃないんだし。……うん、きっと大丈夫。
さっきよりも強く抱きしめて顔を胸に押し付けると、怜がアタシの頭を抱えるようにして抱きしめ返した。
『…………瑠華は私より、私の胸が好きなのね……』
ため息混じりのアタシに呆れたような声が頭の上から聞こえてくる。
「……怜のおっぱい最高」
…………否定できない。だってこれ安心するんだもん。
『ぅっ…………私の体が目当てだったなんて悲しいわ』
「言い方。……まぁ、今はそれ認めるけど」
もっと、と顔をすりすりすると、さすがに怜が顔を押し返してきた。
『…………それなら私にも瑠華の体好きにさせて?』
「絶対変なことするからダメ」
『……当たり前じゃな……あら?今瑠華がしてることは変なことじゃないの?』
「これは違う。……これはぬいぐるみ抱きしめるのと同じ感覚だし」
『……ふ~ん……ぬいぐるみはこんなことしないけど』
いいって言ってないのに、怜の手があやしく動き出す。思わず手を叩いて文句を言おうと顔を上げると、待っていたとばかりに怜と目が合った。
「っ、んんっ!!」
瞬間口を塞がれて、逃げられないように両手で顔を押さえつけられる。アタシは抵抗する間もなく怜に押し倒されていた。
『っ……ねぇ……瑠華は私の胸で満足したでしょうけど、私にも瑠華に触れさせて?』
「やだっ、満足してなっ、……って、だめ……っ、言ってんのにっ……っ……」
『っ、…………瑠華ばっかりずるい』
怜とのキスは体が熱くなって頭がボーっとする。その甘い声を聞いてると、胸が苦しくなって怜と触れてる場所全部が熱い。どうせ抵抗したって無駄だって分からせられてるけど、抵抗すると怜は嬉しそうな顔してアタシの口を塞いでくる。っ、……ほんと怜って変態すぎる。……そんな怜のおっぱいに夢中なアタシも怜のこと言えないけど。
『…………そんなに可愛い顔しないで?抑えきれなくなるわ』
息を切らせて怜の顔を睨むと、アタシの顔を見た後、頬を擦り寄せてきた。……でもアタシは怜の顔よりもそっちの方がいいのに……と、視線を胸に落とす。
『…………瑠華?……聞いてる?』
「聞いてない。…………それより、もういいでしょ?」
『えっ?……きゃっ』
「……早く、おっぱい貸して」
怜はアタシが押し倒すとは思ってなかったのか、案外簡単にアタシと怜の場所は入れ替わった。今度はアタシが怜を押し倒して、思う存分胸に顔を埋める。
「……はぁー……ごくらくごくらく」
『っ、う…………おっぱいに負けるなんて……ひどいわ瑠華』
ベッドの上で大の字になって力尽きた怜が悲しそうに呟く。
「何とでも言って」
『……いいもん。……瑠華が赤ちゃんだって分かったわ、私』
「……違うし。……おっぱい”も”好きなだけだし」
『………………?』
『よろしいですか?お嬢様、瑠華さ………あら、お取込み中のところ申し訳ございません』
ノックの音に応える間もなくサラさんが部屋に入ってきて、アタシは固まった。
『……構わないわ、サラ。でもごめんなさい。……今、瑠華が甘えていて手が離せないの』
「あ……甘えてないからっ!……って、他にこの状況説明する言葉が浮かばないけど」
『いえいえ瑠華様がお嬢様に甘えたくなるお気持ちも分かりますので、どうぞごゆるりとお嬢様のおっぱいを堪能してくださいませ』
「……っ!?……サラさん、もしかして見て……」
『お嬢様はこのままこちらでお休みになられますよね?明日の朝はこちらに伺います』
『えぇ、わかったわ。おやすみなさい、サラ』
『おやすみなさいませ。お嬢様、瑠華様もお風邪を召されませんように』
「は、はい…………お、おやすみ……」
そしてバタンと扉は閉められた。
「……サラさん全然アタシたちのこと気にしてなかったんだけど」
……っていうか、絶対見てたでしょ。だってアタシ見てニヤニヤしてたもん。
『サラは優秀なメイドだもの』
「……そういう問題?」
『……それよりもういいの?……それなら、』
「ダメ。……もうちょっと」
起き上がろうとした怜の肩を押してまたベッドに押し付ける。
『………………はぁ……あまり瑠華を疲れさせたらダメね』
「……そーだよ。…………アタシを悩ませる怜が悪い……」
『……どういう意味?』
「っ………………言いたくない」
アタシは怜の胸にまた顔を埋めて目を閉じた。
温かい怜の体温、落ち着くにおいを肺一杯吸い込んで静かに息を吐く。するといつの間にか意識は遠退いていった。
+++
……目を覚ますと、アタシの見慣れた部屋だった。
あの幸せな感触は……?と思っていると、ウサギのぬいぐるみが顔の下にあって、思わず顔をしかめる。
「……よだれだらけなんだけど」
……洗濯しよ。っていうか、アタシついに夢にまで見る程、あの怜に会いたいってこと……?自分でも重症だと思う。……そんな気持ちが自分の奥底にあるなんて、今はあんまり信じたくない。……でも、
ピピピピッ……ピピピピッ
アラームを掛けておいた目覚ましの音が鳴る。……アタシ目覚ましより早く起きてんじゃん……。頭を掻きながらそれを止めると、まだあの夢の余韻が残る中、アタシはベッドから起き上がった。
「…………はぁ……おっぱい……」
……最高だった。実はこのウサギの感触だった、なんて思うと残念だけど。
あの感触を思い出すと、どうしても深いため息がもれた。
……あれから現実の怜の記憶に変化は無し。
変わったことといえば、怜とお昼ご飯一緒に食べるようになったことぐらい。
「…………ねぇ、聞いてる?瑠華」
「…………ふぁ?なに?」
校舎の中庭の片隅。みんながいる所だとジロジロ見られるからこうして目に付かなそうな場所で一緒に食べている。……怜は別にどこでもいいって言うけど、アタシがやなんだもん。
「っ、……もぉ、やっぱり聞いてなかった」
おべんとも食べ終わって昼休み終わるまでダラダラしてると、お弁当箱片付けてた怜に顔を覗き込まれた。ちょうどあくびした所で慌てて口を手で隠す。
「ごめんごめん。……誰かさんのせいで余計な悩みが多くてさ」
「……?何かあったの?……私で良ければ相談乗るけど」
「………………」
いや、怜のせいだし。っていうか、ほんと思い出さないとか何なの?と少し睨んでも、怜はにこにことアタシを見るだけ。
「………………?何か付いてる?」
「付いてるは付いて…………いや、なんでもない」
……思わず怜の胸に目が行ってしまったのは今朝見た夢のせい。
思わずアタシは両手で顔を隠した。……ほんっとバカ。アタシのバカ。
……っていうかアタシいつからおっぱい好きになった?今までそんな自覚無かったし、絶対今朝の夢のせいじゃん。
「……瑠華?」
「……ほっといて。今、反省してる所だから」
「……?変な瑠華ね。……ねぇ果物食べる?バナナ持ってきたの……はいあーん」
「……あー……」
フォークで刺した一口大に切ったバナナを向けられて反射的に口を開けていた。さっきまで顔を隠してたアタシと目が合って、怜が笑う。
「っ、むぐ……なに?笑って」
「……素直な瑠華可愛いんだもん」
「ごほっ、……今、そういう言葉やめて。消化しきれないから」
「……そんなにお腹いっぱいになっちゃったの?……明日少し減らす?」
「それはダメ。……むしろおかずもっといっぱいでいいし」
「ふふっ……うん、わかった」
……あっちの怜とはだいぶ違うけど、……今の怜とのこの時間も心地良い。
お腹いっぱいになると最近の寝不足もあって、うとうとしてしまうと怜がアタシに肩を寄せて座り直した。怜の手がこっち、とアタシを抱き寄せる。
「…………ん?」
「肩、貸してあげる。……時間が来たら起こしてあげるね?」
怜からいい匂いがする。肩に頭を置いて視線をずらせばそこには……。あぁダメだ。あの夢のせいで目が勝手に……。
「…………怜っておっぱいちゃんだよね。うらやま……」
「………………」
冷たい視線を向けてくるから、なに?って返せば、ぐいっと頭が強く押し返されて怜は両手で自分の胸を隠した。
「…………瑠華、ふざけないで」
「ふざけてないし。……ほんとのことじゃん」
……っていうか、胸のこといじられるの恥ずかしいとか意外。女同士でよくある……うーん、怜の場合無いか。みんな思ってても怜の前では言わなそうだし。
「はぁ……もぉ、心配するんじゃなかった」
「……心配?」
「……だって最近の瑠華ボーっとしてるし。……前だったらすぐ反抗して私に言い返してきたのに、……ほら、制服だってすぐ直すようになっちゃったし……」
メイクが濃い、マニキュアやめろ、スカート短い、髪染めろ、課題やれ……その他エトセトラ。今では言われるのもウザいから先に多少周りに合わせるようにして直した。……だって今まで怜にひどいこと言ったのアタシだし、少しは直さなきゃって思うじゃん。
「……はぁ?それの何がいけないわけ?」
普通喜ぶことでしょ?それなのに、目の前の怜は不満気。
「っ……だって私のすること無くなっちゃったんだもん……」
「ぷっ…………なにそれ」
……っていうか、怜にはもっとやることあると思うんだけど……。ほんとアタシのことばっかだし、……アタシに注意するのが怜の生きがいって。相変わらず怜ってアタシのこと好きすぎる。
「……瑠華?……にやにやしてるけど、何考えてたの?」
「にやにやしてないからっ!……怜の悩みはその程度なんだなって思っただけ」
「そうね……瑠華のせいで悩み、無くなっちゃった……。あんなに私を避けてた瑠華がこんなに優しくなっちゃうんだもん」
そしてまた、はい、あーん、とバナナを向けてくるからアタシは口を開いてそれを食べた。
「もご。……優しくないし。……ってか、またそーいうこと言って地味にメンタル削ってくんのやめてくんない……?性格悪っ」
「……ふふっ、そうよ、私、性格悪いの。……でもいいの。瑠華が罪悪感でこうして付き合ってくれてるんだとしても、……それでも嬉しいもの」
「………………はぁ?」
……またそーゆーこと言う。いや、そう思わせるようなことしてたアタシが悪いんだけど。
「……瑠華?どうしたの?急に黙っ……怒っ……てる?」
「……どうしたの?じゃないし。ほんとそーゆー考え方やめなよ」
さすがに頭にキて、にこにこしながらそう話す怜に顔を近付けて睨んだ。最初は驚いて目を丸くしていた怜がアタシを見つめながら視線を彷徨わす。
あんまりキョロキョロ目が動くもんだから、ガシッと両手で顔を押さえつけると怜はアタシを見つめたまま固まった。
「……る、……瑠華、分かったから。……分かったから、」
「……ちょっと、こっち見なよ。何でこっち見ないの?」
「っ…………は、恥ずかしい、から……」
「……はぁ?恥ずかしい?」
アタシにあんなことしといて……と口から出そうになった所で、ハッとして言葉を止める。よく見れば怜が顔を真っ赤にして目をつぶっていた。
今にもキスしてしまいそうな程、近い距離。……だけど今の怜はそんな気起こすはずもなく。……ぐっ、なんで……。あっちの怜だったら構わずキスしてくるでしょ?
「……アタシのこと……好きなんじゃないの……?」
「…………え」
……もしかしてキスしたら思い出す?いや、でも違かったらその後どーすんの……?ジッと見つめてたら、そのうち涙目になった怜がアタシを見上げた。
「…………っ、……なんでもない」
……やば。今アタシ、怜に何しようとしてた……?
「はぁっ…………ほんと調子狂うな。……ほら、もう離れたし」
「うっ……うん」
少し間を空けて隣に座り直す。すると怜が胸に手を当てて息を吐いた。
「…………ふぅ。ビックリした……。あまりドキドキさせないで?瑠華」
「………………はいはい」
あの記憶が無かったら怜と仲直りなんてしなかった。誤解したままでいるより何十倍もいい。……なのに、それとは別のこのモヤモヤする感情をアタシに植え付けたくせに自分は忘れてるとか、ほんとマジでありえないんだけど。
「あのさ、……別に罪悪感とかで怜と一緒におべんと食べてるわけじゃないから」
「……瑠華」
「美味しいし、デザートの果物まで付いてるし、単純に怜に胃袋掴まれてるだけだから」
「……そっか。ふふっ、いつも頑張ってるかいあったわ。明日は何がいい?」
「……別に。アタシは怜の卵焼き入ってれば十分だし。っていうかさすがにおべんと代払うわ」
毎日作ってきてもらうの当たり前みたいになってるし。そしてポケットから財布を取り出しながら隣に座る怜を見ると、やたらアタシの顔見てて驚いた。
「ちょっ、なに?近い」
「……っ……さっき瑠華だって同じことしてたじゃない。……ふ~ん、瑠華は卵焼きが好きなのね」
「そっ……そうだけど。それより毎月のおべんと代払わせてほしいんだけど。ママからお昼代貰ってるし」
アタシは怜が口を開く前にお札を押し付けた。
「瑠華」
「……これからもよろしく、って意味で」
「っ………………うん、それなら」
怜がちゃんと受け取ったのを見て落ち着く。
「……じゃあ、これからはもっと美味しいお弁当にしなくちゃね」
「今のままで十分だけど。……うちのママ忙しくてあんまり手料理って食べないから、正直怜のおべんと何でも美味しいし」
「…………ねぇ瑠華、夕飯作りに行っちゃだめ?」
「それはダメって言ったでしょ?……怜の時間無くなるし、アタシだって一人の時間欲しいし。……怜ってやり出したら体調悪くたってずっとやろうとするから絶対だめ」
「…………しゅん。……わかった」
見るからに落ち込む怜。……っていうか、昼のお弁当も夜のご飯まで作ってたら、それはもうアタシの嫁みたいじゃん。怜の手作り弁当ってだけで、かなり羨ましがられてるっていうのに……本人自覚無いから困る。
「……怜ってなんでそんなに何かしたがるの?……居るだけでいいのに」
「……え、……だって……私と居るだけじゃ、瑠華、何も楽しくないでしょ?」
「…………ぐ……怜ってほんと……」
「…………?」
……怜の自己肯定感低くしたやつ誰だ、……って、アタシか。
今更ながらに自分のしてきた事、すごく反省した。……アタシのせいで怜の人生めちゃくちゃになってる気がする……。
「……はぁ…………アタシ、もっと怜に言わなくちゃダメだったのかも」
「……ん?何を?」
仲直りしてから怜が何にも言わないのをいいことにそのまま過ごそうとして……。ほんとは話さなきゃダメだったのに。
怜はいまだに何が起きたのか分からないまま、アタシに付き合ってくれてるんだから。アタシはまだ怜から離れた理由だって話してない。……怜が不安になるのも当たり前だった。
「ごめん。アタシが今更言えたことじゃないけどさ……。怜はそのまんまでいいから。……正直ズレてる怜とどう接していいのか分かんなくなる時あるけど、それが怜なんだし。……だから無理したり我慢してアタシに合わせる必要ないし、アタシもしてほしくない」
「…………瑠華」
「こうして一緒にいるだけで別にいいし。楽しいとかより怜は空気って感じだから気にしないでよ。いつでも楽しくなきゃダメとかアタシが疲れる」
そう言うと怜は納得したのか、嬉しそうにアタシに腕を絡ませてきた。
「……ほんとは瑠華とこうしてたかったの」
「……いっつも離れてたくせに。我慢しすぎ」
「瑠華に触れてると安心するの。……私の方がお姉ちゃんなのにおかしいでしょ?」
「……いやそもそもお姉ちゃんじゃないでしょ、怜は。なんならアタシの方が生まれたの早いんだって、何度言わせんの」
「……ふふっ。……ねぇ瑠華、私との会話めんどくさいでしょ?」
「うん」
「でも瑠華が我慢しなくていいって言ったんだからしょうがないよね?」
「…………好きに、すれば?」
呆れ顔で怜を見るけど、怜が嬉しそうにアタシを見つめるからドキドキしてそれ以上言葉が出なくなる。……今思ったけど、こんなにくっつかれてたら、心臓ドキドキしてんのバレるじゃん。
「……ねぇやっぱりご飯作りに行っていい?……我慢しなくていいんでしょ?」
「はぁ?……ぐ、平日はダメ。休みの日とかならたまにだったらいいけど」
「……じゃあ私、毎日瑠華に会えるのね?……嬉しい」
「だからたまにだって…………あ、そうだ。そんなにアタシに何かしたいなら、手軽に出来て簡単にアタシを喜ばせられることあるんだけど」
そう言うと、怜は目を輝かせてアタシを見た。
怜はしたくてしてるって言うんだろうけど、正直アタシが申し訳ない気持ちになる。……それよりもアタシがしてほしいことしてもらう方が、お互いwinwinな関係築けると思うし。
そう怜に説明すると、それもそうね、と頷いた。
「それで、なに?私に出来ることなら……」
「……おっぱい貸して」
「………………えっと」
「いや、何、その目。……知らないの?おっぱいの癒し効果」
「知るわけっ…………って、誰にそんなこと教わったの……?」
「……ちょっ、何で怒ってんの?っていうか、誰に教わったとかじゃなく……」
もう言ってしまえば怖いことない。あからさまに視線を怜の顔から胸に向けると、両手で隠されてしまった。
「制服のブレザーはごわごわして痛いから体操服か、もしくはYシャツ一枚でよろしく。私服だったらTシャツがマスト」
「っ、しないからっ!何考えてるの?瑠華っ!そんな子に育てた覚えないわっ」
「……そもそも怜に育てられた覚えないし」
ぽかぽかとアタシを叩いてくる怜。……もちろん全然痛くないんだけど。
アタシは隙を見て怜の両手を掴むとそのまま顔を胸に押し付けた。
「……っ!?!」
「……やっぱこのブレザーいらないんだけど」
「っ、瑠華っ!……脱がさないでっ」
怜の声を無視してぷちぷちとブレザーのボタンを外してシャツの上からその胸に顔を埋める。すると夢にまで見た、あの感触に包まれた。
「さいこう……このおっぱい」
思いっきり顔を埋めて息を吸い込むと怜の体が震える。そしてその感触を確かめてるうちに動かなくなった怜を見ると、アタシが夢のこと思い出して恥ずかしがってた時のように両手で顔を隠していた。……耳真っ赤だし。
「……あぁ……だめ、……だめだめだめ。……瑠華が悪い子になっちゃう……」
「……アタシのこと喜ばせたかったんでしょ?」
逃げ腰になる怜を抱き寄せると、ビクッと体が強張る。そして恐る恐るアタシを見た。
「そう……だけど」
「怜はここにいるだけでいいよ。……それだけでアタシが喜ぶってわかった?」
「瑠華……」
いつもだったら照れ臭くて言えない言葉でも、こうして怜のおっぱいに包まれてると恥ずかしくもない。……だってもっと恥ずかしいことしてるんだから、そうだろう。
「っ……ちょっと意味が違う気がするけど、言いたいことはわかる。……でも、」
「ん、じゃあアタシが怜のおっぱい育ててあげる。……これお昼休みだけじゃ足んないかも」
「っ、もぉっ!ばかっ!」
「あー……痛みも感じない……回復効果高いなこのおっぱい……」
「もうダメ!……瑠華がもっとダメになっちゃう」
それから怜を見掛ける度、アタシの視線から逃げるようになった。……あんなに追い掛け回してた笠松が伊崎を避けるようになった、それはそれで噂になって先生や美穂たちに散々理由を聞かれまくったのだった。
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