二十二話ー素直な君と素直じゃない君



 ぱちんっ……と音がした後、私は別の場所にいた。

 そしてその場所には見覚えがあった。


 ……確か私、……瑠華が帰ってくるのを待っていてそのまま眠ってしまったんだわ。


『おめでとう、怜。君の勝ちだよ』

「……ウサ太郎?」


 ……この感じ、あの時に似てる……。

 妙な胸騒ぎがして離れようとするけど体が動かない。


『君は自分の力で瑠華を振り向かせたんだ』

「…………そうかしら。……まだ好きとは言われてないわ」

『あんなにラブラブな所見せつけておいて。……また瑠華が怒るよ?我が主』

「っ……相変わらず悪趣味ね」

『……でも、君たちにとってはここからが本番でしょ?』

「……本番?」

『君たちが望んだ世界に戻って…………ふふっ。ここからが楽しいんじゃないか。……こうして君たちと話せなくなるのは寂しいけど、ボクは二人を見ているからね』

「………………」

『……でもボクは意地悪だから。全てを君たちの思い通りにはしてあげないよ』

「…………え?」

『まぁ君たちなら乗り越えられてると信じてるけど』

「ちょっと待って、」

『じゃあまたね、我が主』

「っ、待って!……ウサ太郎……!!」


 ぷつっと一瞬にして電源が落とされた後、全てが一瞬にして消える。

 ……消える直前、目に映ったのは私を睨む、制服姿の瑠華だった。


+++


 ……まだ早い、そう思っていたのに、君たちってばどんどん気持ちを加速していく。

 ボクの手助けなんていらなかったんじゃないかって思うぐらい、今の君たちは心を通わせていた。

 ……誰よりも見たかった二人が今ここに居るけど、……それはこの世界じゃダメなんだ。二人の元の世界に戻りたいって気持ちが、今、ボクの内側からボクを壊さんとする。


『あぁ、わかってるよ……もうボクはいらないんだって』


 本当はもっともっと気持ちを揺さぶってやりたかったのに。それもこれも全てボクを作った怜の為さ。

 不器用な君の力になりたかった。


 ただただ幼い頃の幼なじみとの約束を守ろうとした怜。君は自分の気持ちに気付く暇もなく、ただ逃げていく瑠華を追いかけて、また分かり合えるんだと信じて疑わなかった。……愛情が深すぎるのも問題だね。自分の気持ちに気付いてから瑠華に猛アタックする怜は見ていて面白かったけど。


 ……そして強がりな今のボクの主。

 誰にも弱さを話さず、君は自分が悪者になれば怜が自分から離れると信じて頑なに突き放した。……あぁ、ほんとにバカだよ。ほんとの君は怜のことが大好きだったのに。


『……んー……でも君たちが元に戻っても、ボクは諦めず意地悪するとしよう』


 君たちの絆を深めるために、これが『吊り橋効果』ってやつだろう?


+++


「………………え」


 母さんの店の手伝いが終わった後、怜が寄越してくれた馬車に乗った事までは覚えてる。ルルカの記憶を頼りに手伝ったはいいものの、慣れない仕事で体は悲鳴を上げていた。屋敷に着くまで……と思った時にはもう意識が落ちて眠ってしまったんだろう。

 ……そして肩を揺すられて目が覚めると、目の前には泣きそうな顔した制服姿の怜が立っていた。



『……おいおい、またやってんぞ。伊崎と笠松』

『先生呼んできた方がいいか?』


 近くに居た男子の声が聞こえてハッとする。

 伊崎瑠華、そして笠松怜、……それはアタシたちだ。


「っ、……怜のことはおば様にも先生にも言われているわ。その髪も服装も……メイクだって。瑠華はそんなことする子じゃなかった。ねぇ……一体何があったの?私に教えてくれたら、考える」


「…………なにこれ」


 この光景、これってアタシたちが階段で落ちる前のことだ。

 辺りを見ると、見慣れた学校に教室、廊下……そしてアタシを見る他の生徒の視線。……あぁ、よく覚えてる。

 それに怜のさっきの言葉は忘れようもない。その言葉でアタシの心は冷えたのを覚えてる。……今じゃそんな話聞いても、それで?って感じなのに、あの時のアタシなんでイライラしてたんだろ……。

 怜も怜だ。何そんな必死になってアタシに構うことなかったのに。


「…………戻ってるじゃん」


 戻るとしても落ちた後だと思ってたのに、この時点に戻るとは思わなかった。

 ……っていうか、いきなり戻るとか何?

 アタシが手伝いで忙しかった間に何かあったとか?


「あぁ、もぉ、ほんと意味わかんないな……!」

「…………?」


 もしアタシが戻ってるなら怜だってそうなんだけど……でも目の前の怜はアタシが思ってる怜じゃない。……むしろ今までの頑固な怜のままのように思えた。

 今もアタシを見る目は困惑してるし、アタシの制服を握る手も震えてる。

 ふと廊下で窓のガラスを見ると、今の自分でも不思議に思うぐらい濃い化粧した自分が映っていた。


「…………瑠華?」

「……確かにこのメイク似合ってないわ。……落としてこよ」

「…………え……?」


 窓ガラスに映る自分をまじまじと見つめていたら、さっきまで泣きそうな顔してた怜の顔が驚きに変わっていた。


「……じゃ、アタシメイク落としに行くから。バイバイ」

「……え?……えっ?」

「……っていうか覚えてないの?……絶対忘れないとか言ってたのに、ウケる」

「なっ、何のこと?……瑠華、どうしたの?」


 ケラケラ笑い出すアタシを見て、心配になったのか怜は手のひらをおでこに当ててきた。……どういう理由かわかんないけど、怜にはあの世界の記憶がない。ほんと残念なやつ。……まぁ、アタシはあの世界のことが無かったことになって嬉しいけど。

 じーっと怜の顔を見ていたら、それにビビったのか後ずさりする。さっきまでの勢いどこ行ったんだか。


「……もう怜には落とされないから。んじゃ」

「……落とす?……ほんとに瑠華どうしたの?」


 まだぽかんとしてる怜をほっといてアタシは女子トイレに向かった。……今気付いたらひどい顔してたと我に返る。鞄の中からポーチを取り出してメイク落としで顔を拭いた。


「…………何してるの?」

「うわっ!……何?怜、まだいたの?」

「……まだいたの?って……あの、瑠華、私たちがさっき話してた事覚えてる?」

「はぁ?……あー、また怜が世話焼きおばさん発揮した話?」

「せ!……世話焼きおばさんって……せめてお姉ちゃんにしてよ」

「気にすんのそこ?」


 そしてメイクを落とした後、アタシがメイクを始めようとポーチを開くとまだ後ろに居る怜がトイレの洗面台の鏡越しに話しかけてくる。


「……瑠華、ちょっと貸して?私にやらせてほしいんだけど」

「……え?怜ってメイクとか出来るの?」


 ジト目で怜を見ると、失礼ねってそっぽ向いた。


「……ふぅん……。じゃあ、どっか空き教室行く?ここじゃやりづらいし」


 さっきからトイレに入ってくる女子がジロジロ見てくる。怜もその視線に気付いて、アタシの服を引っ張った。


「で、……出ましょ?……えっとどこに……」

「よくサボってる教室あるからそっち行こ」

「……サボってる教室?ねぇ瑠華、」

「あーもぉ、うっさいこと言うと連れてかないからね」

「っ…………」


 怜は納得いかないって顔のまま黙った。……ほんと面白いやつ。

 そしてアタシは勝手知ったる我が庭に招待する気持ちでほとんど使用されてない資料室の扉を開けた。


「……その鍵どうしたの?」

「さぁ?歴代のサボり魔たちからの贈り物だけど」

「っ……もぉ……」


 怜が入った後、また扉を閉めると、アタシは奥のテーブルの上にポーチを置いた。そして横並びに置いてあった椅子にアタシと怜は向かい合わせに座る。


「今これしか持ってない」

「……十分よ。……瑠華は普段から持ち歩きすぎよ」

「……ふんっ」


 っていうか、怜がメイク出来るなんて初めて知ったんだけど。あっちでも言ってなかったし。……でも手付きは慣れてるように思える。


「……瑠華はメイクしなくても可愛いのに」

「……知ってるし、そんなの」

「………………」

「ねぇ、今の冗談なんだから笑ってくんない?」

「あっ……そ、そうだったのね……」

「……これだから真面目ちゃんは」

「っ、……もぉ、……瑠華は黙ってて」


 怜の手がアタシの顔に触れる。それに思わずドキッとして怜から目を逸らした。

 そして言われた通り黙ってれば、怜の手がササッと動いて仕上げていく。5分もすれば、怜の手が離れていった。


「……いいわ、瑠華」

「……ん」


 そして鏡を覗くと、見慣れた顔になってることに驚いた。……このメイクの仕方、サラさんと同じ……?

 怜を見たら、首を傾げて、気に入らなかった?と聞かれて、首を横にふる。


「……むしろ良すぎて驚いてる」

「ふふっ。ありがと。…………瑠華の為に練習したかいがあったわ」

「…………アタシの為?」


 怜を見ると、色んな角度からアタシの顔を見ていた。その視線がうざったくて顔を背けると、ぶつぶつと文句が聞こえてくる。


「……もぉいいわ。……じゃあ、行きましょうか」

「は?どこへ?……怜との約束なんかあった?」

「瑠華の家に行くって言ったじゃない。……課題手伝ってあげるって言ったでしょ?」

「……あぁ……確かそんなようなこと言ってたような……」

「……やっぱり今日の瑠華変だわ」

「……まぁ、それは認めるけど。怜に言われたくない」


 ムッとして怜を見ると、またおでこに手を当てられた。


「……熱は無いみたいだけど心配だわ」

「はいはい。また世話焼きおば……お姉さんね。……っていうか、課題ここでやってくから怜は帰れば?」

「……え?」


 鞄の中を漁れば、ぐしゃぐしゃに丸まったプリントが出てきて、アタシは苦笑しながらそれを伸ばした。

 ……さすがアタシ、まったくやる気無かったよなぁ……。


「……ここで、やるの?」

「……家でやりたくないし。……って、やば教科書無いじゃん。教室まで戻んなきゃ」

「……持ってるけど」

「………………」


 怜がアタシの前に教科書を差し出す。アタシは教科書と怜を交互に見た。


「……貸して、くれんの?」

「……いいわよ。その代わり私もここにいるけど」

「げっ」


 嫌な顔したのに怜は何故か満足気な顔でアタシを見つめていた。


「……何で嬉しそうな顔してんの?」

「だって瑠華が……ううん、何でもない。分からないことがあったら聞いて?」

「……はいはい…………っていうか、やった?こんな授業」

「それは……教科書だとこのページかしらね」

「……ふぅ~ん…………」


 怜が教えてくれたページを読みながらプリントを埋めていく。……確かにこんな授業聞いたかも、なんて思っていると、にこにこしながらアタシを見てる怜と目が合った。


「………………」

「………………」

「…………コホンッ」

「……瑠華に何があったのかわからないけど、……とても良いことがあったのね」

「……そーかな。……でも誰かさんは忘れてるみたいだけど」

「え?…………ねぇ、それってどういう意味?」

「知らない。っていうか、ここわかんないから教えて」

「っ…………うん、わかった」


 ……あっちの怜だったら、こんな風に二人っきりになった途端ちょっかい出してきそうなのに、今の怜はただにこにことこっち見てるだけ。こんなに違うとアタシが見てた怜って何だったのか不思議に思ってしまう。

 今の怜が本物であの怜はアタシが作り出した幻覚……?いやいやいや、アタシあんな怜全然浮かばなかったし。違う違う。


「……そーいえば怜って部活とかは?」

「……入ってないわ。どうして?」

「いっつもアタシのとこ来るから」

「……っ、それは……その、」

「まぁ、いいけど」

「…………瑠華、やっぱり今日変だわ」

「うっさいな」


 たった数枚のプリントに一時間以上も掛かってやっと終える。


「…………はぁ……終わった~」


 思わずテーブルに突っ伏すと、お疲れ様、と怜に頭を撫でられた。


「やっぱり瑠華はやれば出来る子ね」

「……ふふん、まぁね。……さて帰ろ」

「ダメよ。せっかくだし先生に出してから帰りましょ?」

「……はぁ!?……提出明日で良いって言ってたし」

「……お願い瑠華。……私のお願い聞いてくれたらご褒美あげる」

「……ごほうび……?」

「そうよ」

「ごほうび……」


 ……今の怜が考えるご褒美って何?って思ったら気になって、いつの間にかぐいぐい引っ張られるまま職員室まで来ていた。……その間、廊下を歩くアタシは他の生徒にジロジロと見られたのは言うまでも無い。


『…………どうしたの?伊崎さんに笠松さんも。……って、あら可愛いじゃない。やっぱり伊崎さんはそれぐらいの方が似合うわ』


 先生がアタシの顔をジロジロ見た後、うん、と満足気に頷く。……それさっきも怜にされたし。


「ふふっ……えぇ、私もそう思います。……後は制服だけかしら……」


 そう言ってアタシのスカートの裾を引っ張ろうとする怜の手を叩いた。


『……どういう心境の変化かしら、気になるわぁ』

「…………気分変わっただけだし」

『あら、好きな人でも出来たの?』

「はぁ!?……ちっ、違うから!」

『あらあら、まぁまぁ~』

「それより課題終わったんで!」


 にやにやする先生にプリントを投げつけるようにデスクの上に置くと、怜がアタシの方をジッと見てくる。


「……なに?」

「……好きな人って誰?同じクラス?それとも先輩?……いえ、それとも学校外……?」


 耳元で呪文のように聞こえてくるそれを聞き流す。……っていうか、怜ってやっぱ怜かもしんない。


『……これ、笠松さんが手伝ったんじゃなく、伊崎さん一人で?』

「えぇ。……先生はご存知ですよね?瑠華は手伝いたくても手伝わせてもくれないって」


 怜がそう言うと、先生が改めてアタシを見る。そしてプリントに目を通した。


『…………うん、うん…………本当に伊崎さんが……すごいわ』


 返ってきたプリントは何個か間違ってたみたいだけど、全部丸付けをして戻ってきた。


『……ふふっ。これからの伊崎さんが楽しみね』

「…………それ、どういう意味で?」

『さぁ、どういう意味かしら。……笠松さんもいつもありがとうね。”伊崎さんのことになると笠松さんはいつも熱心になってくれて”助かるわ』

「っ……やめてください、先生」

「いやいやいや、照れないでよ。今、遠回しに”何でこいつ伊崎のことになると顔突っ込んでくんの?”って言われたから」


 そう言うと先生が笑い出す。怜はきょとんとした顔でアタシと先生を見ていた。


『……ふふっ、”随分と伊崎さんは笠松さんに大事にされてるのねぇ~?二人はどんな関係なのかしら~”ってずっと気になっていたから含みを持たせただけよ?』

「……先生……変なこと言わないでくれる?」


 ジト目で先生を睨むと、で、どうなの?と怜に聞いていた。


「……え?えっと……私と瑠華はずっと幼なじみで……」

「そーそー。腐れ縁ってやつだし」

『あら、それだけとは思えないわ。……でも、まぁ、あなたたちが仲良くなってくれて良かったわ。……笠松さんは大丈夫って言っていたけれど、よくあなたたちのこと心配する声は届いていたから』


 ズキッと胸に刺さるそれ。……そうだった。アタシは怜に謝らなきゃいけないことたくさんあるっていうのに……。怜がいつも通りすぎていつも謝るタイミング逃すんだよ。


「……ご心配お掛けしています。でも私は、」

「ごめん、怜。……いつも怜に嫌な思いさせて」

「…………え……?」

「これからは……気を付ける」

『…………あら、伊崎さん今日は熱でもあるの?』

「……瑠華本当にどうしたの?やっぱり保健室に行って熱を計ってもらいましょ?だっておかしいもの」

「ちょっと二人ともその言い方どうかと思う」


 まぁ、確かに別人のように感じても仕方ないと思うけど。そんな違う?……まぁ、違うか。


『ふふっ。……じゃあ、二人とも気を付けて帰ってね。後で笠松さん、先生とお話しましょうね?伊崎さんのことでゆっくりと』

「……?は、はい?」

「なっ!?……先生、怜から話聞き出そうとしないでくれる!?」


 アタシは怜の手を取ると、そのまま職員室を出た。

 あぁ、もぉ……わかってたけど、あの先生面白がってるじゃん。


「……はぁ……ったく、怜もあの先生の話真面目に聞かなくていいのに」

「……そうかしら。いつも瑠華のこと気にしてくれていたわ。私にとっては良い先生よ」

「っ…………もぉ」


 そしてそのまま歩いていると、通りすがりの先生も、知らない生徒までアタシを振り返るからなんだろ、と思って後ろを見て固まる。


「…………わぁっ!」


 ずっと怜の手を引きながら歩いてた。バッと慌てて怜の手を離してごめんと謝る。


「……やっぱり変だわ、瑠華」

「うっさいな。アタシだって反省する時ぐらいあるんだよ」

「………………やっぱり好きな人が出来たの?」


 正直、ドキッとした。怜に言われると……色んなこと思い出すから。でも今の怜に言ったって忘れてるんだからしょうがないし。……自分から思い出して、とは言いたくないし。


「っ、……違う」

「………………」


 それ以上聞かれるのも嫌で歩き出す。そして数メートル歩いた先で振り返ると、怜は顔を伏せてアタシから離れて後を付いてきていた。

 ……あっちの怜の言ってたことが本音なら、今の怜もアタシのこと好きってこと……だよね。まぁ、確かによくよく考えてみればそう考えられないこともないような言動行動が結構あった気がするけど……。

 だとしたら、アタシに好きな人がいるかどうかって、怜にとってはかなり気になることってことか。

 ……でも今、好きな人居るかどうか聞かれたって困るし。


「……ねぇ……ごほーびまだなんだけど」

「……え?」

「アタシ怜のお願い聞いたじゃん」

「…………うん」

「……はぁ……無いならいい。帰る」

「!っ、ちょっと待って。……その、……瑠華、何か食べたいものある?お腹、空いたでしょ?」


 帰ろうとしたアタシの目の前に立ち塞がる怜。そしてもじもじしながら聞いてくる。そんな怜をジト目で見ていると、困った顔してアタシに助けを求める視線を向けてきた。

 はぁ……しょうがないか。怜の本心知ってると、なんか今までの怜を全部許せてしまう。……怜はまるっきりそんなこと覚えてないような顔だけど。


「…………らーめん一択」

「っ……うん、わかったわ」


 途端、嬉しそうに笑う怜に思わずきゅんとしてしまったりして。思わず背中を向けると、どうしたの?と怜に声を掛けられてアタシは逃げるように廊下を歩いた。


「……あー……もぉ……そんな嬉しそうな顔すんな、ばか」

「……瑠華?何か言った?」

「……別に。……今日はニンニクマシマシが良いって言ったの」

「……え……明日大丈夫なの?」

「……そんなに嫌なら近付かなければいいじゃん」

「もぉ……そういう問題じゃ……。じゃ、じゃあ私も、食べ」

「やっぱ食べない!」

「……え?」

「駅前のラーメン屋のしょうゆ」

「…………うんっ」


 ……何か流れで一緒に帰ってるけど、これ明日色んなやつから色んなこと言われそう。あっちの世界でもそうだったけど、怜と一緒に居るのは何かと注目を集めるってこと、今になって気付く。

 さっきからこっち見て話してるやつ何人も居るし……はぁ、めんどくさっ。


「……ねぇ、怜ってさ、ほんと周り気にしないよね。アタシと居たら変な目で見られるのとか気にしないわけ?……みんなに好かれる優等生なんだしさ」


 そう言うと、怜はアタシを真面目な顔して見つめてくる。


「……別にいいじゃない。私は誰かの為じゃなく、自分の為に瑠華と一緒に居るんだから」

「っ…………ふーん」


 ……やっぱ怜は怜だった。

 その言葉、ちょっと嬉しくて思わず頬がにやける。


「それに……そんな誰かの目を気にするぐらいなら、私のこと見てほしい……」

「………………」

「な、……なーんて!ふふっ……だから気にしないで?瑠華。あと、もし何かあったら私に言ってね」

「……ぁー…………うん」


 早口でまくしたてた後、怜は何でもないように振る舞う。

 ……今、本音隠した?……やっぱあの怜は、今の怜の本心なんだろうな。


「……怜って不器用って言われない?」

「……え?……どこが?」

「………………はぁ……ソウデスカ」


 あの怜はすぐベタベタしてきてウザかったけど、今になって話しやすいやつだった、と思い返す。

 今の怜ってアタシが避けた理由も何も知らないんだから仕方ないけど。

 せっかく戻ったら仲直りしようって思ってたのに。……またこじれたらどうしよう。……これはこれでまた前途多難な日々が始まった。



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