二十一話ー瑠華の気持ち
瑠華の……ううん、ルルカのお店の前で、私は息を飲んだ。
「……怜ってうちの店来るの初めてだっけ」
お昼を過ぎた後の瑠華のお店には、closeの看板。私はうん、と頷き、瑠華を見つめる。
「……緊張しすぎなんだけど、ウケる」
「当たり前じゃない。……瑠華のママは知ってるけど、ルルカのお母様と会うのは初めてだし……」
無意識に握っていた瑠華の制服。瑠華は私のその手を見て笑った。
「ねぇ、ご挨拶はどうしたらいいかしら。手土産も何も持ってきてないわ……私、瑠華のお母様に嫌がられないかしら」
「……気、つかいすぎ。そんなの気にすることないし」
「ダメよ。最初が肝心って言うじゃない」
「……何の話してるんだか。別に友達なんだからそんなこと気にしなくたっていいのに」
「……友達……?」
「……なっ、なに?」
私が低い声を出すと、めんどくさそうに瑠華が振り返る。……きっと私の言いたいことなんか分かってるのに、瑠華はそれを見ないフリする。
「ねぇ瑠華」
「っ、なんだよ。…………めんどくさいな」
「もぉっ!!そんな言い方ないでしょ?……待ってよ、瑠華っ」
うんざりとため息をついて、瑠華が店へと入っていく。私は慌ててその後を追った。
「ただいまー」
『……ルルカ!あんたいつまで店の手伝いサボる気だい!?』
瑠華がお店に入るとすぐ声が飛んでくる。そしてお店のカウンターの奥から、ルルカのお母様が顔を出した。
「ごめんって!……あー……、今日は手伝うからさ」
『今日は、じゃないよ。今日から、だろ?』
「ぁー……もぉ、それはわかったから。……それよりレイチェル様連れてきたんだけど」
『……なんだって!?』
瑠華がそう言うと、お母様はお店の入口でやり取りを聞いていた私を見る。私はそれにお辞儀をして返した。
「……ど、どうもはじめまして、お母様。ご挨拶が遅れて申し訳ありません。私、ルルカちゃんととても親しくさせていただいているレイチェル・ウィル・アイギス
と……」
『あらあら、まぁまぁ!あなたがあのレイチェル様かい!?……っとにもぉ!なんで先に言わないんだい、ルルカ!』
「はぁ?今、言う暇無かったじゃん」
『なんでうちのルルカがレイチェル様と仲良くさせていただいているのかわからなかったけど、ほんとに仲良かったのねぇ」
「えぇ、それはもう。親しくさせていただいていますわ、お母様」
『……まぁ……礼儀正しいし綺麗な子だねぇ、レイチェル様は。……はぁ、あんたも少しはお嬢様を見習いな!』
「うっさいな」
「……お店もお忙しいのにルルカちゃんをお借りしていてすみません」
『そんなこといいのよ!どうせ家にいたって遊びに行くか店の手伝いだけだもの。むしろうちの子がレイチェル様と仲良くさせていただいて、調子に乗ってないか心配で心配で……』
「調子乗ってないし」
「ルルカちゃんはうちの妹の遊び相手にもなってもらって、とても助かっていますわ」
『……はぁ!?あんたがかい?』
「……そーなの!」
……聞いてはいたけど、実際こうして目の当たりにすると瑠華とお母様の関係はとても素敵ね。あの瑠華が小さくなってるなんて、可愛すぎるもの。
「何ニヤニヤしてんの?」
「……ふふっ。お母様素敵ね」
『……あら!やっぱりレイチェル様は違うわねぇ。うちの子と付き合ってて大丈夫?こんな子だけど仲良くしてあげてくださいね』
「えぇ、もちろんですわお母様。瑠華……ルルカのことは一生大事にします」
「…………は?それ違う意味に聞こえるんだけど」
『……まぁ!そんなに大事にしなくていいのよ?……いらなくなったらすぐ突き返してくれていいから』
「……もぉ、お母様ったら。でも大丈夫ですわ。私、一生離しませんから。……ね?ルルカ」
同意を求めるように瑠華を見ると、何とも言えないような困った顔をして、ふんっと顔を背けた。
「それより!……何かおやつ作ってよ。何なら手伝うし」
『なんだい、せっかくレイチェル様とお話してるっていうのに。手伝うのは当たり前だよ!さっさと支度してきな』
「へーへー。……怜はこっち来て。多分時間掛かると思うし、アタシの部屋に居てもいい……」
「――行く!」
「食い気味に来たな……まぁ、見たがるのわかってたし、いいけど」
こっち、と言って、瑠華がお店の奥にあった二階へ上がる階段を指さす。私は瑠華が案内する後に続いて階段を上った。
「……落ち着くわね。うちにいるみたい」
「怜の屋敷が広すぎるんだよ」
「……うん。私もずっと思ってた」
奥の部屋へ招かれて入ると、瑠華の香り。いつもの香水の匂いがする。くんくん、と鼻を鳴らすと、瑠華が首を傾げた。
「……言っとくけどアルバムは無いから」
「…………それは戻ってから見せてもらうからいいわ」
部屋の中を見ていると、瑠華はクローゼットを開けて必要なものだけ取ると、テキトーにくつろいでて、とすぐに出て行ってしまった。
……テキトーにって……どうしたらいいのかしら。
瑠華のいなくなった部屋は、メイク道具が小さなテーブルの上に、まるでさっきまで使っていたかのようにたくさん置いてあって、綺麗な勉強机には前にルルカが言っていた通り薬草学の本が並んでいた。確かお父様が詳しかったのよね……。ルルカの為に置いていったお父様の古びたノートが綺麗に並べられていた。それをパラパラとめくると、要点が綺麗にまとめられていてとても読みやすい。
……そういえば、瑠華パパは研究者って聞いたことがあるけど、私も数度しか見たこと無かったわね。瑠華ママもいつも忙しそうだったし。……前に瑠華ママのことを聞いても、忙しいんじゃない?としか返ってこなかった。
……まだ私じゃ瑠華の支えになれないのが悔しい。瑠華の寂しさを埋められるのは私だけだと思ってたのに……瑠華のことを知る度にそれは違うんだって思い知らされる。
座る場所がなくてベッドの上に座ると、さっきよりも瑠華の香りが濃く感じられた。瑠華の香りがするだけでドキドキするけど……。
「……広すぎるベッドより、こっちの方が落ち着くわね……」
ぎしっと揺れるベッドにそのまま横たわる。そして瑠華の香りに包まれていると、いつの間にか私は思考が落ちていた。
+++
「…………怜……いつまで人のベッドで寝てんの?」
「…………ん、……るか」
体を大きく揺すられて目を覚ますと、大好きな瑠華の顔が目の前にあって手を伸ばす。
「ちょっ……寝ぼけてんの?」
「……寝ぼけてないわ……」
「じゃあ、起きてよ。おやつ出来たし」
そう言われれば、甘い香りがして瑠華の顔に触れていた手で抱き寄せると私の上に落ちてきた。
「……こら!危ないだろーがっ」
「……うん、いい匂い……おいしそうね」
至近距離で瑠華と見つめ合う。
「……おいしそうって。……アタシ見て言わないでくれる?」
「あら……私にとっては、瑠華が一番のご馳走だわ」
すりすりと頬を寄せると瑠華はくすぐったそうに身をよじる。私はそのまま瑠華をベッドに押し倒した。
そしていつの間にか上下逆になっていることに驚いた瑠華が私を睨む。
「っ!ちょっと……最初っからこれ狙ってた?」
「……さぁ、どうかしら」
「さっきまで照れて目も合わせられなかったくせに」
呆れた顔をして私を見上げる瑠華。
「っ……言わないで。……だって瑠華が私をドキドキさせるんだもの」
「一生ドキドキしとけっ」
「……そんなに心配しなくても、私はずっと瑠華にドキドキしてるわ」
「ぐっ……」
瑠華は押し黙って、赤くなった顔を背けた。背けた頬にキスを落とした後、私が体を起こして瑠華に手を貸そうとすると、はぁ、と小さくため息が聞こえてくる。
「瑠華……?どうしたの?」
差し出した手を見た後、瑠華は私を見上げた。
「…………あの、さ」
瑠華が遠慮がちに私を見上げるから、何かしら、と思っていると、その手が私の顔に触れた。そして頬をつまんでぐにぐにと顔にイタズラしてくる。
「ふゅか?」
「……ムカつく。いっつも変な時強引なくせして」
「……む……?」
「……ぁー……もぉ」
そう言った後、瑠華が上半身を少しだけ起こして、私にキスした。その感触を楽しむ間もなく離れて、また不貞腐れたようにベッドに寝転がる。
瑠華の珍しいその行動に驚いてその顔を見つめていたら、見るなって手のひらで押し返された。
『今のは…………したかったからしただけ』
学校でそう言った瑠華を思い出して、顔が熱くなる。……そしてあの時、すぐ逃げてしまったことを後悔した。
「…………もっとしていい?」
「っ、…………知らない」
「……じゃあするわ」
「っ…………んんっ」
瑠華がどうしてそういう気分になったのかわからないけど、嬉しくてつい何度も唇を塞ぐと、苦しいって顔を押し返される。
「んっ、………………がっつきすぎ」
「……瑠華だって目の前にサラのご馳走があったら、がっつくでしょ?」
「……例えるなよ」
瑠華は口元を拭いながら、顔を背けた。赤い顔で息を落ち着かせようとしている瑠華を見ているだけで、今まで見ないフリしていた感情が溢れだしそうになって体を離す。
「…………れい?」
「……ん?……何でもない。瑠華が可愛すぎて抑えきれなくなりそうだっただけ」
「………………」
ほんとに?……瑠華の目がそう訴えかけてる気がして、私は不安にさせないようにキスをした。
「…………やっぱり、気になるから聞いていいかしら」
「なに?」
「…………どうしてこんなに許してくれるの?」
いつもの瑠華なら絶対嫌がるのに。……嬉しい気持ちの方が上回るけれど、どういう心境の変化があったのか気になって仕方がない。
「っ…………それは、」
言いにくそうにしている瑠華の態度がおかしくて不思議に思ってると体を起こして私を見た後、すぐに視線を逸らした。
「っ…………しばらく店の手伝いしようと思って……。だからあんまり一緒に居られない、から」
「……そう。気にしなくていいのに。……私は瑠華の時間を縛り付けたりしないわ」
「……ふ~ん……夜、話せなくなるけど?それに昼はランチで忙しいから絶対会えないし」
「…………そうね」
「はぁ?……なにその反応、アタシに会えなくなるのに、いいんだ?」
「……瑠華に会えなくなるのは寂しいけど、家族と過ごすのも大事なことだと思うわ」
「っ…………なにそれ」
瑠華が何を言いたいのかわからないけど、不満そうな表情が可愛くて頬を指でつつく。
「……瑠華はなにが言いたいの?……私にどうしてほしいの?」
「…………それは、……なんつーか……あぁっ……やだな、こーゆーの」
「?瑠華?」
「…………アタシが……ちょっと、寂しい……ってゆーか、……その、」
「………………」
「嬉しそうにニマニマすんなっ。……だから言うのやなんだよ……」
「……じゃあ、瑠華が寂しくならないように、毎日ご飯食べに来ようかしら」
「っ……それはやだ。落ち着かないし」
「……もぉ、わがままね」
瑠華が渋るから、他に何かいい案は無いかと頭を悩ませる。
「……じゃあ、午前中は時間あるのよね?いつでも会いに来て?」
「…………」
……これも気に入らないのかしら。不満そうな表情は直りそうにない。
「……手伝うのは今夜から?」
「…………怜を屋敷に送ったらこっちに戻ってくるつもり」
「そう」
仕方ないと言い聞かせているのに、瑠華がそんな顔すると思わなくて心が揺れる。店を手伝うって決めたのは瑠華なんだし、それを変えることは出来ない。私に出来ることなんて……。
なかなか答えが浮かばなくてしばらく考え込んでいると、瑠華が私に謝った。
「……はぁ、なんかごめん。記憶が戻ってから怜と一緒だったから、ちょっと不安なのかも。店手伝うのはいいんだけど、……ほら、ここだとルルカでいなきゃ……ならないし。はぁ、今なら怜の言ってたこと少しわかるかも。……母さんのことは嫌いじゃないけど」
「…………瑠華」
ぎゅっと瑠華を抱きしめる。苦しいって言われるまで力を込めた。
「……お手伝いが終わったら帰ってくればいいじゃない。どんなに遅くなっても待ってるわ」
「…………怜」
「……瑠華が帰ってきたらお風呂に入れてあげるし、髪も私が乾かしてあげるし、明日の朝は私が起こしてあげる」
「子どもかよっ」
「……私は瑠華に元気になってほしいだけよ」
おでこにキスして抱きしめると、……瑠華の手が私の服をぎゅっと握った。
「……ぁー……やだ、なんでライト君じゃなくて怜なんだよ……。こっちの世界で知らないうちに怜に落とされてるとか理不尽すぎる」
「……それ褒め言葉かしら?……私のこと好きになってくれたの?瑠華」
「っ、知らないし」
「ふふっ……瑠華は理不尽に感じるかもしれないけど、私の努力を否定しないでほしいわ」
……ずっと瑠華と分かり合える日が来るって信じてた。その為に私は……。
「瑠華に好きになってもらうにはどうしたらいいかってずっと悩んできたんだもの」
「………………」
「今、私は奇跡を手にしているような気持ちだわ」
「…………大げさだし、そんなの」
……瑠華はそう言うけど、今だって信じられないもの。だから瑠華を離したくなくなってしまう。
「ねぇ、苦しい。離して」
「いやよ。……瑠華にもっと私の気持ちわかってほしいわ」
「っ……もう十分分かってるってば…………あぁ、もうっ!ウサギのやついつまで閉じ込めとく気なんだよっ」
「……そんなこと言わないで、瑠華」
瑠華は言葉を詰まらせて黙る。……だってこの場所がなかったら瑠華と分かり合えることはなかったんだもの。
「…………そういえば、随分とお母様を待たせてしまっている気がするけど大丈夫かしら」
「……あ。……ほら、離れて」
「ぅ、もぉ…………わかったわ」
ハッとして顔を上げた瑠華が、両手で肩を押してきて離れる。
照れた瑠華の顔を追うように見ていたら、ふんっと顔を背けた。
「……やっぱ帰んないから。……気が向いたら明日顔出すかもしれないけど」
「……そう」
「っ、む……」
「……ほら瑠華、そんな顔していないでおやつ食べましょ?」
「そんな顔って、どんな顔だよ……ふんっ。怜なんか知らないし。サラさんと仲良くやってれば?」
「はいはい、わかったわ。会いに来てくれたら瑠華の話ちゃんと聞いてあげるから」
「ぐっ……」
先にベッドから起き上がった瑠華が部屋の扉を開ける。私はその後に制服を整えてからベッドから立ち上がると、瑠華の後に続いて部屋を出た。
+++
瑠華のお母様とのお話はとても楽しくて、二人で話していると途中から瑠華は一人で拗ねていた。
……いつも強気な瑠華が、どうにもならない不安を私にぶつけてるのだと思うと嬉しくなるけれど、喜んでばかりじゃダメなのよね。
私を送るから、と二人でお店を出た後、早足で歩く瑠華に駆け足で追いついた。
「……瑠華、手伝うって言ったのは自分でしょ?」
「…………そうだけど」
「瑠華なら大丈夫よ」
「っ!……なんだよ、テキトーなこと言ってくれちゃってさ」
「あら。私は瑠華の恋人よ?本気でそう思ってるわ」
「…………こいびと……」
瑠華は確かめるようにその四文字を口にする。
「……まだ瑠華はそう思ってくれないのね。お姉ちゃん悲しいわ」
「知らないし、そんなの」
私が瑠華の顔を覗き込んで視線を合わせると、照れ臭そうに視線を逸らす。
「お姉ちゃんは瑠華なら出来るって信じてるわ。……頑張って」
「………………」
「……私の言う事、信じてくれないの?」
「……アタシが信じてるのは……怜はアタシがどんなバカなことしたって、アタシを嫌わないってことだけだし」
「……瑠華……うん、それで十分よ」
「……はぁ。しょうがない。……やるしかないか」
「よしよし、いい子ね瑠華」
「恥ずかしいから頭なでんな、バカッ」
それからいつものように話しながら街を歩く。
瑠華の機嫌が直ったことにホッとしていると、瑠華がこっちも見ずに小さく呟いた。
「……ありがと」
「いいえ、どういたしまして」
「何そのかしこまった言い方」
「……もぉ、私に当たったってしょうがないでしょう?しょうがない子ね」
「あ……当たってないし」
「……でも拗ねてる瑠華も可愛いわ」
「ぐっ…………」
「照れてる瑠華も可愛いわね」
「……っ!こっち見んなっ」
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