二十話ー胸キュンポイント?なにそれ美味しいの?




「……怜が学校に?……いや、なんも聞いてないけど」


 みんなで朝食食べ終わった後、散歩したいって言うからリリカとその辺ぶらぶらして屋敷に戻るとサラさんが玄関で待ち構えていた。

 当の本人はもう馬車で学校に向かったらしい。……あの怜が一人で。


「…………何かあるな」

『……?瑠華様?』

「……えっと、何でもない。それで?」

『あっ、いえ……、私も朝食後お嬢様にそうお聞きしたばかりで。……なので瑠華様なら何かご存知ではないかと思ったのですが……。でもそのご様子だと瑠華様も初耳だったようですね』

「うん」


 ……アタシは昨日の話を思い返していた。


 黒幕ウサギがこんなことした首謀者で、怜とアタシが戻る為にはあいつを満足させなきゃいけない。……っていうか、あれ作った怜も首謀者みたいなものだろ。怜が作った呪い人形のせいで戻れないんだし。

 帰りたいなら”胸キュンポイント上げろ”とか意味わかんないし。そーゆーのは漫画やアニメだから良いっていうのに、うちらでやったって何も楽しくないだろ。


 昨日の夜、庭のテラスで怜とウサギが変なこと企んで手を組んだ後、何を話してたのかまでは知らないけど。みんなで一緒に朝ごはんを食べた時にはいつもと変わらなかった。

 ……いや、少しだけ、みんなからしてみればだいぶ変わっていた。

 いっつもベタベタしてくる怜がまるで人が変わったみたいにアタシに距離を取っていたから。

 ……まぁ、それが普通なんだけど。今までが今まですぎて、アイラなんてレイチェル様お腹痛いのかな……って本気で心配してたし。サラさんはアタシが何かしたんだと思って、ずっと見てくるし……。今だってアタシが何かしたんじゃないか、って視線が痛いぐらいに突き刺さってくる。


「……ほんと何やったってアタシのせいになるんだけど……」


 その行動だって昨日アタシがちょろすぎる、なんて言ったからだと思うと、思わず眉をひそめたくなった。怜の行動がアタシに影響されやすい=ちょろい、なんだってこと、少しは気付けっての。


『……瑠華様』

「……な、何?サラさん」


 ワントーン下がったサラさんの声に思わずビクッとして後ずさる。そしてそれは気のせいなんかじゃなかった。


『お嬢さまは学校へ向かわれました』

「……う、うん。今、聞いたけど……」

『……瑠華様?』


 サラさんの目が、お嬢様と連れ戻してこい、と言っている。この目の圧からは逃げられそうにもない。


「……ぁー……あはは。急に学校行きたくなったかも。……うん、そういえば図書室に借りたい本があった気がする……」


 ほとんど棒読みな台詞なのに、サラさんは目を輝かせた。


『まぁ!……でしたらお嬢様をお見掛けしましたら、ご様子を窺ってみてはくださいませんか?』

「あー……う、うん……見掛けたらね」

『瑠華様とお嬢様は運命で結ばれておりますので、きっと出会えますわ』

「……はいはい…………見つけてこいってことね」


 ……わざとらしすぎる。でもサラさんが喜んでるからいっか、と言いたいこと全て飲み込んで、アタシはうんと頷いた。


『では門の前に馬車を用意しておりますので、お支度が出来ましたら私に声を掛けてくださいね』

「りょーかいです。……ったく、覚えとけよ、あの一人と一匹……」


 ぶつぶつ文句を言いながら、アタシは部屋に戻ると渋々用意されていた制服に腕を通した。


+++


 休み中に学校に行く感じ、好きだけど。

 ……今は早く怜を探し出さないと、後々サラさんが怖くて仕方ない。

 何をしているのかわからないけど、休み中も学校に通ってる生徒がちらほら。図書室に向かうフリして教室が並ぶ廊下を歩いていると、聞き覚えのある声が聞こえて足を止めた。その声は女の子……それも怜に似ていて、アタシはすぐにその教室を覗く。


「……はぁ……。だからその話は断ったはずよ」

『それは君の家も同意しているのかい?』

「っ、それは…………」


 ……王子様?それに怜。

 教室の奥で二人は立ちながら話していた。教室の札には生徒会室の文字。……っていうか、こんな所で密会とか怪しすぎる。

 ……でもアタシが考えてたような展開じゃなかった。少しでもウサギと変な事考えて、なんて疑って悪かったと反省した所で王子様が意を決したように怜の手を取る。


『……君のご両親は乗り気だというのはわかっているよね?……レイチェル、私を愛してほしいとは言わないよ。だけど私は君を愛しているんだ』

「………………」


 ……これプロポーズじゃん。それもガチめの。

 ライト君のイケボが脳内変換されてまるで自分がプロポーズ受けているような気持ちになっていると教室の中で物音がした。


「…………っ!?」

「っ!ちょっと、やめてっ!!」

『っ……彼女に負けていても良い。だけど君の未来も考えてくれ』

「………………」


 ……彼女って、……アタシか?

 ライト君が怜を抱きしめていた。傍から見ればお似合いな二人。漫画やアニメにありがちなそれは見慣れてるっていうのに、胸がモヤモヤする。

 怜は抵抗をやめて王子様の腕の中で大人しくしていた。……あぁやっぱり怜だって王子様が好きなんだよね。あんなイケメン王子様に求婚されたら普通は……。


「……離れてっていってるでしょ!?」

『え……っ、ぐはぁっ!!』

「………………え」


 静かに離れようと背中を向けた後、聞こえてきた声と音に慌てて教室を覗くと、床に王子様が倒れていた。どうして王子様がこうなったか、なんて今は目をつぶってアタシは怜に駆け寄る。


「……な……なにやってんの?」

「……?瑠華?どうしてここに……」


 自分の制服を手で払って服を整えていた怜がアタシを見て驚く。……そして数秒経ってから、きゃっ、とわざとらしい声を上げて怜はアタシに抱き付いてきた。


「っ……瑠華、フリッツに急に抱き付かれたの、私……」

「………………えっと、」


 見てたよ、というのも、見てて何で助けないの?って言われそうな気がして黙る。嫌がってたなんて思ってなかったし……って、アタシも実際そうされたら怜みたいに投げ飛ばしてるかもしれないけど。


「……とりあえず、出ようよ。王子様気を失ってるだけでしょ?」

「うん。……手加減したから多分」

「…………まぁ……見なかったことにしょう」


 抱き付いてきた怜の背中をポンポンと撫でると、やっと離れてくれた。

 朝からやたらアタシに距離を取ってたから、こうしていつもみたいに抱き付いてくるとホッとしてる自分がいて、ハッとする。……ぐ、アタシ感化されてるんじゃないか……?

 そして倒れてる王子様に合掌した後、アタシは怜を連れて生徒会室を出た。

 王子様だって怜の一撃で気を失った、なんて事実知られたくないだろうし。


 ……そしてこの後どうしよう、と何の考えも浮かばないまま廊下を歩く。後ろを付いてくる怜はまだ戸惑っているようで視線は下に下がったままだった。

 ……このまま帰るのもな……、そう思い、アタシは声を掛ける。


「……あ、そうだ。図書室寄っていい?」

「う……うん、いいわよ。……でも、どうして瑠華がいるの?」

「……えっと、……図書室に借りたい本があって……」

「…………本当に?」

「っ……急に怜が学校行ったっていうから、サラさんが心配して教えてくれたんだよ」

「……そう。もう、サラったら……言わなくて良かったのに」


 後ろを付いてくる怜の顔をチラッと見ると、ほんとに嫌そうな顔してた。そんなに王子様とのこと見られたくなかったってこと?……今までだったらそーゆーのも怜はアタシに言ってくれたのに、……なんて思った瞬間、ドクッと胸の奥がモヤモヤして苦しくなった。っ……なにこれ、ヤキモチ?ウザいんだけど、アタシ。


「…………瑠華?」

「っ、なんでもな…………くはないけど、今はいい」

「…………どうしたの?瑠華」


 今日の怜はアタシに微妙に距離を置いている。……今まではそんなの気にならなかったはずなのに、今はそれをもどかしく感じてる自分がいてすごく嫌だ。

 ……アタシ、怜にもっと近くに居てほしいって思ってる……。それすらもウサギの計算通りな気がして言いたくないけど、つい怜の顔を見てしまった。


「…………瑠華がそんな顔するなんて久しぶりね」

「はぁ?……そんな顔って、どんな」

「……瑠華のお迎えを待ってる時、いつになっても来てくれない、瑠華はいらない子なんだってお姉ちゃんに泣きついてた時」

「っ!……またそんな昔の話しないでよっ。恥ずかしいな!」


 スタスタスタと自然と足が早くなる。そしてすぐ先にあった階段を上ろうと一段目に足を掛けた所で、後ろを歩いてた怜に制服を引っ張られた。


「っ、……危ないってば」

「……その前に瑠華、上書きして」

「……は?上書き?」


 うずうずしてたかと思えば、どうしていいのか困ってたアタシに勢い良く抱き付いてくる。階段の一段目に立っていたアタシはいつもと背の高さが違って、怜のこと見下ろせる位置だ。さっき見た光景が目に浮かぶ。怜は王子様の胸元に抱き寄せられていた。


「……難儀なやつ。……あのイケメン王子様よりアタシが良いなんて」


 しばらく抱きしめるのを躊躇った後、アタシは腕を回して怜の頭を抱きしめた。


「そうね。自分でもそう思う。…………だから瑠華に嫌がられるのよね、私」

「っ………………」


 ……怜の奴、そんな風に受け取ってるとは思わなかった。……ちょっと強く言い過ぎた、と思って反省してアタシは怜の前髪に口付ける。


「…………瑠華?今、」

「はぁ?……ちょっとおでこに口付いただけだし」

「…………もぉ、……せっかく制服なんだし、唇が良かった」

「制服なんだし、の意味が分からないけど」

「……ねぇ瑠華……私、さっきフリッツに告白、……されて」

「…………うん」

「フリッツの思ってること、言ってることすべて、……私が瑠華に思ってることと一緒だったの。……でも、好きな人じゃない人に言われるのは……苦しかったわ」


 怜はそう言って、アタシの胸元に頭を押し付ける。そしてそのまま聞いてきた。


「……瑠華も……そう思ってる?好きじゃない、私に言われるのは、苦しいって」

「…………何今更そんなこと気にしてんの?……怜がしつこすぎてそんなこと気にする暇なかったけど」

「……じゃあ私がフリッツだったら、きっと瑠華は素直に気持ちを受け入れているんでしょうね」


 イライラがこもった声。……でも怜に気持ちをぶつけられるのは嫌じゃない、……っていうか、ちょっと嬉しい。そんな怜の文句にアタシは一言一言返す。


「……はぁ?アタシそんな尻軽じゃないし」

「だって瑠華はライト君のこと好きじゃない」

「あの王子様はライト君じゃないし。……それにあの王子様は怜が好きじゃん」

「違うわっ!フリッツが好きなのは私じゃなくてレイチェルで……」

「アタシにとっては怜もレイチェルも同じなんだけど」

「っ!……よーくわかったわ。私に興味無いのね、瑠華は、」

「はぁ……めんどくさいな……」

「めんどくっ……!?」


 必死になって言い返してくる怜。アタシはそんな怜にお望み通り、制服姿でキスして口を塞ぐ。……すると強張った体から力が抜けていった。


「っ、…………んっ、瑠華ズルい」

「知らないし。……制服でキスしたかったんでしょ?良かったじゃん」

「…………瑠華、昨日の話本気にしていたの?」

「……なんで?」

「…………これもウサ太郎が仕組んだことで、……瑠華がキスしてくれたのも、漫画でそういう展開があったから、なんでしょ?……そうじゃなかったら瑠華からキスしてくれるわけないもの」

「手を組んだのそっちでしょ?……アタシは仕方なく巻き込まれてやったんだし。……それに、」

「……それに?」

「今のは…………したかったからしただけ」

「っ………………」


 顔を真っ赤にした怜はアタシから慌てて離れたかと思うと背中を向けた。

 今までされたことなかった反応されてアタシが戸惑う。


「…………怜?ちょっと、」

「っ!だっ、だめっ…………あの、先に行ってて?後から行くから」

「はぁ?……いつ王子様起きるかわかんないんだし、置いていけるわけ……」

「っ、じゃあ私、先に行ってるわね!」

「……え?……って、もう行ってるし、……意味わかんないんだけど」


 階段の下に居た怜は一気に階段を上って走っていってしまった。怜の足音が遠ざかって、ガラガラガラと図書室の扉を開いたのか、その後は音がしない。


「……もしかして照れてんの……?今更?……ウケるんだけど」


 さっきの怜の反応、そうとしか思えないけど、ほんと今更すぎて意味わかんない。何で今なの?


「……まぁ……怜の意味分からなさは今更じゃないか」


 小さくため息をはいた後、アタシは怜に時間を与える為にゆっくり図書室へ向かった。


+++


 久しぶりに入った図書室。ルルカの記憶があまり変わってないと教えてくれる。

 ……そして怜は図書室の奥の席で机に顔を伏せていた。


「……うぅぅぅぅぅ……」


 開きっぱなしだった図書室の扉を閉めながら入ると、アタシは前に気になってた本を探す。……ルルカの時は全く目に入ってなかったけど、……もしかしたらと思いそのジャンルの本棚を眺めると、何故かうちの本棚そっくりの棚にアタシのコレクションが並んでいた。


「……あのウサギ……」


 一瞬目を疑ったけど、あのウサギならやりかねない……。ほんとはこの世界の恋愛ものの本を期待してたっていうのに。……目の前にアタシの好きな本があったら手を伸ばしてしまうのはしょうがない。久しぶりに読みたくなって数冊本を取った。


「……そーいえば新刊出るんだった。……雑誌も買わないとじゃん」


 素知らぬ顔して怜の隣に座る。……そしたら怜が本を読み始めたアタシを見た。


「…………瑠華の本?なんで?」

「あっちにアタシの部屋にあった本棚ごとあったんだよね、何故か」

「…………ふふっ。ウサ太郎の仕業ね」


 やっといつもの怜に戻ったのかと顔を見合わせれば、目が合った瞬間、怜は顔を真っ赤にして固まる。


「…………」

「………………ぅ」

「ぷっ…………あははっ。顔真っ赤だけど」

「っ!……わ、笑わないでっ……もぉ」

「……今更照れるとか意味わかんないし」

「……私も意味わかんないし。……改めて……その、瑠華が少しでも私のことっ…………うぅ、だめ。もう瑠華の顔見てられないっ……」

「……見たくないんだったら漫画でも読んでれば?」

「もぉっ!意地悪っ!…………見たくないわけないでしょ」


 怜は本を手に取ったかと思うと、自分の顔を隠すように当てて隣に座るアタシに体を寄せた。肩に怜の頭の重み、それを自分の頭で押し返せば、また怜の頭が押し付けられた。


「……絶対うちらウサギの思惑通りじゃない?」

「……そういえばそうね」

「そういえば、って。……っていうか何で今日学校来た?王子様に呼び出されたとか?」


 アタシが怜に聞くと、怜は言葉を詰まらせる。


「っ、……その、瑠華の…………が、学校にあるって聞いて……」

「……え?何?」

「瑠華の……最近までのアルバムがあるって聞いて、つい」

「……あのウサギ……。っていうか、そんなの戻ってから見れば?……何で見たいのかわかんないけど」

「……だって私、……瑠華のこと何も知らないんだってウサ太郎と話してて思ったの。そしたらウサ太郎が……」


 ……何か今日のからくりがわかった気がした。


「……ほんと怜ってちょろすぎる。普通考えたらわかるじゃん。アルバムがここにあるわけないし。……これ昨日ウサギが言ってたイベントでしょ?怜も仕掛けられたんだよ。……ウサ太郎の言う通り来てみたら、王子様が居たんでしょ?」

「……うん、…………あ」

「はぁ…………もぉ。怜ってなんでアタシのことになるとそんなアホなの?」

「っ!ひどいわ、瑠華っ!」

「ぁーもぉ、耳元でうるさいなぁ。図書室では静かにって言われなかった?」

「ぅ…………っ、でも、来てくれて嬉しかったわ。瑠華がいなかったら私……」


 腰に手を回してくる怜。アタシはそれをそのままにして漫画に目を落とす。……ほんとは内容なんか全然目に入ってないけど。


「……助けいらなそうだったじゃん」

「!あれは、とっさに……。フリッツの言葉が私と同じ気持ちで驚いて戸惑っているうちに抱きしめられて……」

「……あぁ確かに。アタシが怜にされてることと同じかも。……それで?少しはわかった?アタシの気持ち」

「っ、……もぉ……意地悪……」


 まだ目も合わせられない怜はアタシとおでこ同士を当てた後、視線を落とす。


「ちょっ、近いっ」

「……瑠華……キスしたいわ」

「っ……バカッ。今の話聞いてた?……怜のしてること、あの王子様と一緒だってこと、」

「キスはしてないもの。……ねえ瑠華、してもいい?」


 押し返そうとした手に怜の手が重なって指が絡む。


「っ、そういう問題じゃっ…………って、……なんで聞くの?」

「……前に勝手にするなって言ってたじゃない」

「……ダメって言ったら?」

「それは……するわね」


 言い返す前に怜にキスされていた。

 自分より熱い体温。それが直に伝わってくる。


「んっ…………怜、……って、まだこっち見ないし」

「……恥ずかしいもの」


 まぶたを伏せたままの怜のまつ毛も唇も、少し震えてるのがわかってアタシは押し返すことは出来なかった。だったら離れればいいのに、怜はそれもしない。


「……恥ずかしいって……それキスしたやつが言うセリフ?」

「……したいから、……したの」

「っ…………」


 アタシは怜の肩をゆっくり押し返した後、顔を背ける。

 っ……これが”胸キュンポイント”……。喜んでるウサギが頭に浮かんですごく腹立たしい。


「…………はぁ……」

「……私の気持ち、わかってくれた」

「わかりたくない」


 息を整えた後、怜を見ると、いつもより可愛く見えて思わず目頭を押さえた。

 ぐっ……”恋愛フィルター”まじだった……。いやウサギが変な力でキラキラフィルター付けてるのかも、……うん、そうだって。そうじゃなきゃ……怜だけが特別に見えるわけないし。


「……ねぇ、帰らない?ここにいるとおかしくなりそう」

「……戻った時、思い出すわね、きっと」

「っ……戻ったら図書室なんか行かないし」

「そうかしら……」


 思考を逸らそうとして漫画に視線を落とすけど、全然入ってこない。アタシは諦めて本を閉じた。


「……ねぇ、瑠華……帰りは歩いて帰りましょ?少し街を歩かない?」

「へぇ……怜ってそーゆーの好きなんだ?いいじゃん。買い食いして帰ろ」

「ふふっ、そうね。……でも瑠華お金持ってきた?私、いつも持ち歩いてなくて」

「……は?持ってるに…………あ」


 サラさん待たせるわけにはいかないと思って、全然そんなことまで気が回らなかった。ポケットに入れた手を見せて両手を上げれば、怜はしょうがないわ、と笑ってくれた。


「……じゃあ、うちの店寄ってく?たぶん喜んで作ってくれるし」


 昨日ケーキ作ってる時だって、怜の話聞きたがってたし。実際会って話す方が喜んでくれるはず。でも思わずにやけてしまうアタシとは反対に、怜の顔は強張った。


「えっ!?あっ……ちょっと、まだ心の準備が出来てないわ。その、ちゃんとしたご挨拶はまた改めて……」

「……はぁ?何言ってるの?ほら、行こうよ」

「だ、ダメよ、瑠華っ」


 うちの本棚に本を戻して、逃げ腰の怜の腕を引っ張る。


「……何がダメなの?」

「っ、私まだ瑠華と正式にお付き合いしているわけじゃないから、ご挨拶は正式に付き合った後させてほしいの」

「………………怜ってそれ素でボケてんの?」


 怜ってほんと言ってることとやってることが違いすぎてわかんないやつ。


「ボケてるわけないじゃないっ!」

「はぁ……ほら、またバカなこと言ってないで行くよ?」

「っ、瑠華ひどい……私、本気なのに……」

「……はいはい。寝言は元の世界戻ってから言ってよね」


 そう言うと、文句が返ってくるわけでもなく、急に静かになった怜が気になって振り返ると、やけに反省した顔をしていた。

 そして目が合うと、……ごめんね、と小さく呟いた怜を見て……可愛い、と思ってしまったアタシの頭の中でウサギが笑う。


『……イベント楽しんでくれた?”胸キュンポイント”爆上がりだったよ』


 幻聴でも何でもなく、そんなウサギの声が聞こえた気がした。


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