幕間―サラがいない世界



 頭の上で鳴り止まない目覚まし。

 それに手を伸ばし音を止めた後、……大きく息を吸い込んで……やっと目を開ける。

 ……そこは狭い部屋の中。今までなら広いと思っていたのに、狭いと感じてしまうなんて……。シンプルな部屋には必要な物しか置いていなくて、サラが今まで何もない私の部屋を彩っていてくれたことに改めて感謝した。


「…………サラはもういないのね……」


 思えばサラに甘えてばかりだったわ、私……。もうここにはいない彼女のことを考えるなんてダメね。……ここは私の意思で戻ってきた場所なのに。


「……起きない、と……」


 うん、そこまでは覚えている。だけどその後、カレンダーをボーっと見つめたまま、私の意識は遠くなった。


 ピンポーン……

 玄関のチャイムの音が聞こえて、また意識が浮上する。


『……あら!?る、……瑠華ちゃん?』

「えっと……ご無沙汰してます。あの、今日、怜と遊ぶ約束してて……」


 枕元に置いていたスマホに手を伸ばすと、瑠華からの着信履歴とメッセージが通知欄に並んでいた。


『まぁ!……でも怜はまだ起きて来てないわねぇ……あ、そうだ。瑠華ちゃんが起こしてあげてくれないかしら。お茶でも用意するから少しお話でもしましょ?』

「あ……あはは……。それじゃ、お邪魔します」


 玄関から聞こえてきた声。……そしてその後階段を上ってくる音が聞こえてくる。


「……怜ー起きてる?」

「……ぅ……」


 スマホを握りしめたまま、私の意識はまた深い眠りに落ちようとしていた。

 頭の片隅は起きているのに、体が動いてくれない。ボーっとしていると瑠華が部屋の中に入ってくる。


「うっわ……久しぶりに入った。……何か色々変わってる……」


 瑠華が私の部屋に来たのも数年ぶり。私の親と話すのも同じぐらい。……きっとママ、久しぶりに瑠華と話して驚いているんじゃないかしら……。


「…………まだあの写真飾ってるし。どんだけアタシのこと好きなの」


 ベッドの端が瑠華が座った重みでギシッと揺れる。瑠華は机の上に飾ってある昔の瑠華と私の写真を見ているようだった。


「……怜ってこの時からアタシのこと……」


 ボソッと瑠華が呟いた言葉にはきっと続きがある。

 ……言葉にしなかった瑠華の想いが知りたくて私はもう少し寝ているふりをすることにした。目を閉じていると、布団の上で瑠華が動く気配がしてその後、指先が頬に触れる。


「ほんと執念深いやつ。……ねぇまだ寝てんの……?約束しといて遅刻するとかありえないんだけど」

「…………ぅん……」

「……相変わらず綺麗な顔して、ほんとムカつく」

「………………」

「…………怜、起きないと……」

「………………おきないと?」


 目を開けると今にも触れてしまいそうな距離で目が合う。そして目が合った瞬間、瑠華はやっぱり……とため息をついた。


「ちがうの」

「違うって、何が?……寝たふりすんのもいい加減に……」

「寝顔は瑠華の方が可愛いわ」

「なっ!ば……バカなこと言ってないで、早く起きなよ」

「…………?……それに……今日は私の為にオシャレしてくれたのね。嬉しい」


 私を見下ろす瑠華をまじまじと見つめた後、両手を広げて瑠華を抱き寄せる。いつもと違う香りがして、更に私の心を高鳴らせた。


「!……べ、別に怜の為じゃ……」

「……でも、どうせならキスで起こしてほしかったわ」

「っ……バカじゃないの?」


 瑠華の耳元で囁いた後、すぐに押し返されて布団に沈む。そして顔を赤くした後、私に背中を向けてベッドの上に座った。


「この世界のアタシと怜はもう恋人ごっこする必要ないんだからするわけないじゃん。あの時のことはノーカンだからノーカン」

「……やだ」

「……起きたんだったら早く支度してよ。時間無いんだから」

「……瑠華がお姉ちゃんを甘やかしてくれないわ……」


 渋々起き上がると瑠華の耳が赤く染まっているのが見えて、背中から抱きつく。


「ちょっ!……く、くっつくなっ!」

「じゃあ……支度するから、お姉ちゃんに瑠華からご褒美ちょうだい?」

「……は、ぁ?」


 ……瑠華を照れさせてしまえばこっちのもの。真っ赤な耳に、お願い、と言えば瑠華はしょうがないなぁ……と口を尖らせた。


「……じゃあお姉ちゃん着替え手伝……あ、そうだ。今日の服は瑠華が選んで?」

「は?アタシが……怜の?」

「だってサラがいないんだもの。……今日は瑠華とのデートなのよ?洋服だって、メイクだって瑠華好みにしてほしいのに……」

「デ、デートって……っていうか何それ。怜にアタシの好きな服着せたって別に…………いや、それもアリか」


 興味深々で振り返る瑠華が私をまじまじと見つめる。


「クローゼットに服は入ってるから。……メイク道具はそんなに持ってないけど、そっちにあるわ」

「ふ~ん……わかった。クローゼットの中見とくから顔洗ってきて」

「うんっ」


 そしてすぐにベッドから立ち上がった私を見て、瑠華は呆れたため息をつく。私は髪を軽く結った後、部屋を出て一階の洗面台に向かった。


『あら、怜ちゃん起きたのね?急に瑠華ちゃんが来るからびっくりしたわ』

「……瑠華とね?仲直りしたの。これから一緒に出掛けてくる」

『そう。それならまたいつでも遊びに来てって瑠華ちゃんに言っておいてね』

「わかったわ」


 この後、瑠華に近くで見つめられるとなると洗顔も念入りになってしまう。瑠華はこの世界では恋人じゃないって言うけど、……私はそうじゃない。きっかけを作ればまた瑠華だってその気になってくれるはずだわ。


「……お姉ちゃん、瑠華のことになると諦めが悪いんだから」


+++


「……あ、戻ってきた。とりあえずさ、これ着てみて?」


 部屋に戻ると何パターンかの服がベッドの上に用意されていた。

 やっぱり瑠華ってこういったことが好きなのね……。そして瑠華が指を差した服はシックな大人な服。


「……瑠華ってこういう服好きなの?意外ね……もっと派手なのが好きだと思ったのに」

「っ……いいでしょ。アタシには似合わないから着ないだけ。……こーゆーのほんとは好きなの」

「……じゃあ、」

「わっ!バカッ!ここで脱ぐなって!」


 瑠華が隣にいる横で寝間着にしていたTシャツを脱ぐと、顔を真っ赤にして顔を背けた。


「……別に瑠華にだったら見られても平気よ?」

「っ……女同士だからって怜は気、抜きすぎなんだよ」

「瑠華が私のこと意識しすぎなんじゃなくて?」

「なっ……!!って、ぁっ!………………ぅ」


 私の下着姿を見てしまった後、瑠華がぎゅっと目をつぶったのを見て自然と頬が緩んでしまう。


「……お姉ちゃん、瑠華が素直になってくれると嬉しいんだけど」

「っ、どうでもいいから早く服着てよ。……メイクだってあるんだから」

「っ、……もぉ、わかったわ」


 仕方なく着替え終わると、瑠華がメイク道具をテーブルの上に広げる。これなら合法で瑠華の顔をジッと見られるわ、と遠慮することなく見つめていると、瑠華が小さく咳をした。


「……そんなに見られるとやりづらい」

「遠慮なく瑠華の顔が見られるんだもの。私のことは気にしないで」

「っ、気にするなって無理じゃん。……ほらベース塗るから目、閉じてよ」

「……閉じたくない」

「わがまま言うな」

「いやよ。瑠華ったらキスしてくれないんだもの」

「……はぁ?だからもう恋人じゃないってば」

「じゃあ、もう一度恋人になって」

「………………」


 問答無用で私の顔にクリーム塗り始める瑠華。私は有無も言わさず目を閉じさせられる。


「…………聞いてる?瑠華」

「……動くな。手元狂う」

「………………」


 私の顔に触れる手が熱く感じる。目を開けようとする度、瑠華に目を閉じられた。そしてしばらくすると手が離れていく。


「…………よしっ。サラさんには敵わないけど……どうかな」


 もう目を開けていいってお許しが出た後、目を開けると鏡を目の前に出される。そしてその中に映っている私は、瑠華の手で仕上がっていた。


「うん。ありがとう……サラのメイクに似てるわね」

「サラさんのよく見てたし、アレが一番怜に似合うと思ったからさ。……怜も元が良いんだから少しはやればいいのに」

「瑠華がそうしてほしいって言うなら」


 私がそう言うと、瑠華に頬をつままれる。何?って鏡から顔を上げれば、不機嫌そうな瑠華の顔。


「…………ねぇ、前から思ってたけど、その全部アタシに合わせようとすんのやめてよ」


 いつになく真面目な声に反射的に謝ってしまうと、瑠華が慌てて否定した。


「っ、そうじゃなくて!……アタシだって怜のこと知りたい、から……こうして遊びに行くんじゃん」

「……瑠華……?」

「…………ごめん。……ずっと怜のこと見ないフリして。その、これからはさ、もっと怜と……仲良くなりたいと思ってる」


 ……瑠華の気持ちは嬉しいけど、瑠華の仲良くはきっと私とは違うのよね……。


「……それって、友達?幼なじみ?」

「……どっちも?……怜姉って呼ばれたいならそれでもいいけど」


 ……きっと前の私だったらそれだけでも、涙を流して喜んだでしょうね。でも今はそれさえも距離を感じてしまう。


「……恋人じゃ……ないのよね……」

「…………怜?」

「……瑠華、支度手伝ってくれてありがとう。出掛ける前にママと少し話してあげてくれる?」

「……え?あ……うん、わかった」


 首を傾げて瑠華は下へ降りて行った。私もバッグを持って瑠華の後に続くと、楽し気な声がリビングから聞こえてくる。


『また仲良くしてくれてありがとうね』

「えっ!いやいや……仲良くしてもらってるのアタシの方で……昔からおばさんには迷惑かけたし」

『何言ってるのよ!……あの子はああ見えて瑠華ちゃんがいないとダメな子なんだからっ!……瑠華ちゃんと疎遠になった後、一気に元気が無くなって勉強ばかりして部屋にこもるようになって……』

「……そう、ですか……」

『また仲良くしてあげてね?瑠華ちゃん』

「っ…………はい」


 リビングのドア越しにそんな話を聞いてしまった後、どんな顔をしてリビングに入っていいのか分からなくなって、私は玄関から声を掛けた。


「瑠華ー?早く、もう時間無いんでしょ?」

「えっ!?……あ、それじゃお邪魔しました」

『またいつでも遊びに来てね、瑠華ちゃん』


 玄関を開けてリビングから出てくるのを待っていると、慌てた様子で出てきた瑠華は靴を履いた。


「……ほんっとに勝手なやつ」

「だって瑠華がママと楽しそうに話してるんだもの」

「ちょっ!……リリカのことといい、ヤキモチ焼きすぎなんだけど」

「瑠華が恋人になってくれるなら妬かないって約束するわ」

「……交換条件のレベル低すぎる」


 こうして二人で近所を歩くのだって久しぶり。そのまま街に出て映画を見てお昼を食べてショッピングしてゲームセンターに行って……。そしてその後、私は静かな海辺の公園に瑠華を誘った。

 午前中に家を出たはずなのに、あっという間に日が暮れていた。


「……ぐ……もう動けない。足痛い」

「そんな歩きづらそうな靴履くからじゃない」

「こういうのは我慢して履くもんなの!」

「……もぉ、瑠華は強情ね」


 ベンチに座って靴を脱いだ瑠華は痛そうに自分の足を見ていた。私は見かねて持っていたハンカチを公園の水道で濡らして瑠華に渡す。


「……コンビニで絆創膏買ってくるわ」

「っ……ありがと。でもいいよ。もう帰るだけだし。何なら裸足で帰れるし」

「……サラがいたら怒ってるわ」

「またサラさんのこと言ってるし。……怜って寂しがり屋?」

「……サラが私にとって特別なだけよ」


 私の一番の理解者だったからなのかもしれないけど。瑠華と同じぐらいサラは私にとって大切な存在だった。そんな彼女がいない毎日はまだ慣れないわ。


「まぁ……サラさん以上の人なんてどこにもいないだろうけど」

「……うん。……そうね」

「怜にはアタシなんかより、サラさんみたいな人の方が合ってると思う」

「…………瑠華?」


 不安そうな瑠華の瞳が揺れる。私、瑠華にそんな顔させるような態度していたのかしら……。


「…………そうだ。朝のご褒美まだ貰ってないわよね?私、ちゃんと起きて支度したんだもの」

「……はぁ?そんなの全部怜のせいじゃん。なんでアタシがご褒美、」


 私は瑠華が靴を脱いでいて身動きが取れないのを良いことにベンチの隣に座って抱き付く。そして瑠華の顔を覗き込むと、さっきの不安の色は消えていた。


「……瑠華、今日のデート楽しかったわ」


 今日ずっと瑠華と一緒に過ごした。私にとっては初デートだったけど、瑠華はどう思っていたのか知りたくなる。


「デ、デートって……まぁ、楽しかったなら良かったけど」

「……うん、瑠華とこうして街を歩くの、夢だったの」

「…………怜の夢、アタシのことばっかじゃん。……そんな簡単な夢ばっかりじゃなくてもっと楽しいことにしなよ」


 簡単な夢……?そう言われて私は少しだけ悲しくなる。


「……簡単じゃなかったわ。……全然簡単じゃなかった。瑠華が知らないのは当たり前だけど、この夢を叶えるのに何年掛かったと思ってるの……?」


 瑠華をジッと見つめると、ハッとして黙ってしまう。


「ご…………ごめん。アタシ、怜の気持ちなんも考えずに言って……」

「っ、私こそごめんね?瑠華は何も悪くないわ。……もういいの……今はこうして瑠華と居れて幸せよ?」

「………………」


 瑠華の腕に手を絡めてぴったりと寄り添う。静かな公園には遠くで犬の散歩をしている人を見掛けるぐらいだった。


「瑠華……好きよ」

「っ、…………あ、ありがと」

「瑠華は……私のことどう思ってる?」


 瑠華の手を取って指先に口付ける。……本当はその唇にキスしたいけど、瑠華が嫌がるから仕方なく。


「ちょっと、怜……」

「……私、友達や幼なじみじゃ、嫌なの」

「っ……アタシにはわかんない。……怜ならもっと良い奴に出会える。もうアタシに構わなくていいんだし、他のことに目、向けなよ」

「……瑠華以上の存在なんて私には見つけられないわ。他を見るのは、瑠華がいてはじめてそうなるの」

「……またそうやって屁理屈こねる」

「瑠華がいいの、瑠華じゃなきゃ嫌」

「っ………………」


 瑠華が私を見てくれなくなる。……照れてる?恥ずかしがってる?それとも……。


「……怜ってさ、……友達いるの?」

「……友達……と呼べるかはわからないけど、いるわ。クラスの中と予備校に。……それが?」

「うわ、予備校通ってるんだ。……っていうかそれなのにアタシと遊んで大丈夫なの?」

「瑠華との初デートにそういうこと言わないで」

「ぅ……まぁ、友達いるなら良かったけど。……でも……怜の友達気になる。怜とどうやって友達になったの?同じ勉強ヲタクとか?」

「どうやってって……まぁ、みんな勉強は好きなタイプかしら。……お互い分からない所聞いたり出来る関係よ。たまに勉強会もするし」

「……ふぅ~ん……怜と友達になるにはお勉強出来ないとダメってことね」

「……?瑠華は別にそんなこと気にしなくていいのに」


 そう言うと瑠華は嫌そうな顔して私を見る。


「悪かったな、頭悪くて」


 そう言うと私の手を解いて瑠華が立ち上がった。


「ちょっと、瑠華。私の話は終わってないわ」

「……怜、アタシだって怜のお友達になれるから」

「…………?どういう意味?」

「……今度の期末テストであっと言わせてやるし。……よし。そうと決まれば帰るぞ」

「……はぁ?ちょっと瑠華!……って、もぉ……私、ご褒美貰ってないのに」


 ……これならさっきもっと強引にいっておくべきだったわ……はぁ。

 私は仕方なく歩き始めた瑠華の後を追う。


「……瑠華、裸足で歩かないって約束でしょ?」

「痛いんだってば」

「じゃあお姉ちゃんがおんぶしてあげる」

「嫌だ」

「……もぉ、わがままね……じゃあお姫様抱っこにしましょうか」

「……は、ぁ……?」


 ぎこちなく歩く瑠華の腕を肩に回して、膝の裏に腕を回せば軽く持ち上がる。


「……うわぁっ!!」

「瑠華って軽いのね……ふふっ、それに……」


 久々に触れた瑠華の感触に思わず声がもれてしまう。そんな私を見て瑠華はとても嫌そうな顔をしていた。


「ねぇ……前々から思ってたけど、何で怜ってそんなバカ力なの?……鍛えてるようには思えないんだけど」


 そう言って瑠華は私の肩と腕を撫でる。……確かに瑠華を押し倒す度、バカ力って言われてたわね……。


「……いざという時、瑠華を守れるように空手を習ってたの」

「………………は?カラテ……?初耳なんだけど」

「瑠華に話したのははじめてだもの」

「じゃ、……じゃあ、空手の友達とかもいんの?」

「?……そうね……通ってる道場の中にも、ライバルというか友達はいるわね」

「え……嘘……空手はさすがに無理かも……」

「…………?どうしたの?瑠華」

「…………なんでもない。……っていうか離して」

「嫌よ。これは私のご褒美だもの。……ほら瑠華、危ないから私の首に手を回して?」

「っ、ご褒美って…………はぁ。……公園出るまでだから」


 そう言って瑠華は観念したように私の首の後ろに腕を回した。


「……今日の瑠華は私のお姫様ね」

「っ……よくそういう恥ずかしいこと言えるよね……。絶対笑われるわ」


 はぁとため息つく瑠華が視線を落とす。私は視線が逸れたのを良いことに瑠華のおでこに口付けた。


「っ!!……ちょっと、怜っ」

「……だって瑠華の唇にはしちゃダメなんでしょ?……だからおでこで我慢してるんじゃない」

「うぅ~……屁理屈ばっか言いやがって……」


 ゆっくり、……瑠華との触れ合いを確かめながら足を進める。永遠に公園の入口に辿り着かなければ、瑠華とこうしていられるのに……。


「……遅い。重いんだったら下りる」

「っ……だめ。瑠華とずっとこうしてたいからゆっくり歩いてるの」

「……っ、また遊べばいいじゃん」

「嫌よ。……毎日私とこうして一緒にいてくれるのなら考えるけど」

「っ、……それは…………恋人にしてもらえば?」

「そうね。……じゃあ瑠華にしてほしいわ」

「っ、だからアタシは恋人じゃっ、……!」


 顔を上げた瑠華の口を我慢できずに塞いでいた。逃げられないようにお姫様抱っこしていた瑠華をもっと抱き寄せる。私の腕の中から逃げられない瑠華はくぐもった声を上げた後、しばらくして大人しく私の唇を受け入れた。


「っ…………なんで……?アタシ、ちゃんと怜とやり直したかったのに……」

「やり直しって……私と友達になること?」

「そうだよ。……だから今の無し。……友達はこんなキスしないし」

「……今の瑠華、女の子の顔になっててとっても可愛いわ」

「はぁっ!?……バッ、バカじゃないの?……そんな顔してない。っ……女同士のキスなんてノーカンなんだから……」

「……それでもいいわ。私はちゃんと覚えてるし」

「っ………………」


 もう一度キスしようとしたけど、今度は瑠華の手のひらに止められた。


「……はぁ……もういいでしょ?早く公園の入口まで連れてってよ」

「……はいはい。わかったわ。お姫様」

「っ!……お嬢様だったくせに……こっちでは王子様みたいなことして何なの?」

「……だって瑠華の好きなタイプはライト君みたいな王子様でしょ?」

「っ……!何言ってんの……?それもうアプデ前の情報だし」

「…………?今は、違うの?瑠華のタイプ」

「…………だったら何?怜には絶対教えないけど」

「…………ふ~ん……」


 ……もしかしたら、……そう思うと自然と頬が緩んでしまう。

 瑠華はそんな私を見ると、嫌そうな顔をして私の頬をつねった。


「何、その顔」

「……何でもないわ。私、瑠華のタイプになれるよう頑張るわね」

「っ…………そんな必要ないけど……」

「………………」

「……っ、……な、なに?」

「ううん。……ねぇ瑠華、今度の期末テスト私と勝負しない?」

「……はぁ?無理だし。勝てる要素ないじゃん」

「……そうじゃなくて。瑠華が全ての教科平均点以上取れたら私の勝ち、取れなかったら瑠華の勝ちよ」

「何それ。アタシが勝つ要素しかないけど」

「……えぇ、だから私も抵抗させてもらうわ。期末テストまで瑠華の家庭教師になるの」

「…………はぁ!?それ……怜と毎日一緒にいなきゃいけないじゃん」

「えぇそうね。私のご褒美込みね」

「バッカじゃないの?やってらんない」

「……瑠華が勝ったら、友達で我慢する……って言ったら?」


 そう言うと、顔を背けていた瑠華が恐る恐る私を見る。


「…………もうこんな風にちょっかい出さない?」

「…………………………うん」

「返事するまで結構時間あったけど」

「苦渋の決断だもの。……でも私だって黙って瑠華に赤点なんか取らせないわ」

「………………まぁ、いっか。その代わり、勉強中こういうの無しだから」

「……え…………」

「!?……やっぱり下心ありありじゃん……怜が女じゃなかったら絶対ありえないから!」

「私のは下心じゃなく瑠華への愛だから大丈夫よ」

「それが一番信用出来ないんだけど……」

「……じゃあ私との勝負、受けてくれるのかしら」

「……まぁ……勉強、しようと思ってたし」

「……私と友達になる為に?」

「っ!ち、違うし!……アタシだって進路のこと考えることぐらいあるってば!」

「……そういうことにしといてあげるわ。……じゃあ早く帰りましょうか」


 さっきまでの足取りが嘘のように早くなると、瑠華は目を丸くして私を見上げた。


「……怜って……ケンカも強いの……?」

「……瑠華を守る為ならね」

「っ……そういうのやめなよ。勘違いする子いるからね」

「大丈夫よ。私は瑠華しか見てないもの」

「……っ……だから重いんだよっ……」


 公園の入口についた後、瑠華を下ろすと靴を履いて歩き出す。その歩き方がぎこちなくて支えるように腰に手を回すと、瑠華の体がビクッと震えた。


「……そんなに期待しなくても大丈夫よ。これから毎日瑠華と一緒にいられるんだもの。……そんなにがっつかないわ」

「っ……こいつ……ほんとに……」

「ふふっ……サラがいたらきっと私のこと褒めてくれるわね」

「…………だろうね。さすがです、お嬢様って、また生温い目で見てるんだろうな……」


 その場面が容易に浮かんで私と瑠華は笑い合った。

 サラの存在がこうして私たちの間を取り持ってくれるなんて……本人がいたら泣いて喜んでくれるのでしょうね。


「……ウサギ返そうか?お願いしてみたら?またサラさんに会いたいって」

「……瑠華の部屋に行った時にお願いするわ」

「今、サラッとアタシの部屋に入るの前提の話したけど」

「……私たち友達でしょ?何の問題があるのかしら」

「そういう時だけ友達面すんのやめてよね」

「……じゃあ明日から瑠華の部屋で勉強ね。楽しみだわ」

「勝手に話進めてるし…………っ、はぁ……掃除しなきゃ」


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