十七話ー瑠華と怜④



 ……私は彼女しか愛せない。


 そう気付いたのは、彼女を失いそうになったあの日。

 今までも自分のことより気になるのは彼女のこと。……でもこの気持ちが何なのか確かめようにも彼女には嫌われていたから、影ながら見守り様子を見ていることしか出来なかった。

 ……私は……たぶん、自分を慕ってくれる妹のような彼女が好きなのだと思っていた。だからまた甘えてほしくて、嫌がられているのも分かっているのに彼女にうるさくしてしまうんだ、って。


「…………はぁ、疲れた」


 帰りの馬車に乗り込み、両親に別れを告げた後、動き出す馬車の中で、瑠華が隣に座る私に体を預ける。私はそんな瑠華の体を抱き寄せて髪を撫でた。


「……お疲れ様、瑠華。今日はありがとう」


 でも今は違う。

 妹のような瑠華じゃなく、……私は瑠華が好き。

 瑠華の言う通り人前でいい子ちゃんな私と、感情を隠さず嫌なものは嫌と言える瑠華。反発し合っていた私たちが今は心の奥底ではお互いを補い合っている。今はそれをとても感じて嬉しくなる。


「…………まぁ……怜も、おつかれ」

「うん、……ありがとう」


 こんな風に自然に触れあえることが今でも信じられないし、とても幸せだと思う半面、……この幸せな夢から醒めて、……瑠華が何も覚えていなかったら……。私はまた以前のように冷たく突き放す瑠華を受け入れられるのか分からないわ。


「…………ふぁ……着いたら起こして」

「うん、わかったわ」


 そして無意識に私の服を掴む瑠華の手に自分の手を重ねた。



『怜姉、アタシが寝てもどっか行かない?』

『……もちろんよ。瑠華のそばにいるから安心して』

『絶対だよ?……約束して、……もうアタシのそばから離れないって』


 今の瑠華からは想像出来ないのかもしれないけど、小さかった頃の瑠華は寂しがり屋で、眠っている間に一人にされてしまうんじゃないかっていつも私の服を握っていた。……今思えば、私が瑠華に対して他の誰よりも感情を抱くようになったのは瑠華のせいだわ。


「私……悪くなかったわ」

『……えぇ、お嬢様が100%悪かったことなどございません』

「サラ、ありがとう。……ふふっ、今ね?瑠華の子どもの時のことを思い出していたの」

『……幼少期の瑠華様とお嬢様のお話ですか?是非お聞かせてくださいませ』


 そうしてさっき思い出した瑠華との話をサラにすると、彼女は瑠華の寝顔を見つめた後、深く息をついた。


『……尊い……いえ、それはお嬢様は悪くございませんね。むしろその事を忘れてしまっている瑠華様が罪作りなのでは』

「そうよね。……瑠華が私にあんなこと言うから悪いのよ」


 寝顔はあの頃のままなのに、……瑠華の心も外見も変わってしまった。誤解は解けたのかもしれないけれど、瑠華に嫌われ続けたあの日々は、今でも思い出して胸が痛くなる。


「……瑠華、私……」


 もうすぐ屋敷に着く頃、大きく馬車が揺れて瑠華が私の膝の上に倒れた。小さくうめき声を上げる瑠華。落ちないように支えようとすると、その口からだらしなくよだれが垂れる。


「……もぉ、瑠華ったら」

「…………ん、……ふへっ……ライト、くん……」

『………………』


 瑠華は私にも見せない気の抜けた笑顔を浮かべて寝言を呟いた。その瞬間、凍り付いた空気にいち早く気付いたのはもちろんサラ。


『……お、お嬢様?』

「……大丈夫よサラ。……瑠華の推しは殿下ではないもの」


 それにたとえ瑠華の推しが居たとしても、今は私が恋人。比べるような事じゃないわ。私の方が瑠華を愛しているし、寂しい想いなんてもう二度とさせるつもりもないし。


「………………だめ、だってぇ。……す、……き」

「…………私、悪くないと思うわ。そうよね?サラ」

『……はい、その通りにございます。お嬢様』


 私は瑠華の体を起こすと馬車の背もたれにその体を押し付ける。その反動で目を覚ました瑠華が驚いた表情で私を見た。


「…………ふぇっ……?え、なになになに!?」


 私は何も聞かず、瑠華のメイド服に手を掛け、脱がせていく。そしてしばらくわけも分からず固まっていた瑠華がハッとして私の手を掴んだ。


「ちょっ、何、勝手に脱がせてんの?」

「……自分の胸に手を当てて聞いてみて」

「は?……ちょっと、サラさん!!」

『……瑠華様が悪いです』

「はぁあ!?……ちょっ、バカッ!そこまで脱がせていいわけないだろっ!」

「ダメよ。瑠華は私に全て見せるべきだわ」


 こんなに不安な気持ちになるのは……全部瑠華のせいよ。


「やめろ、離せっ!こんなの意味わかんないしっ!!」


+++


『……フリッツ王子殿下のお話をお断りしたと聞いたわ。どういうことなの?レイチェル』

『……とても残念がっていたよ。……君の誕生日に良い返事を貰いたかったそうだ』

「…………私には勿体ないお話ですわ。他にも殿下を支えたいと願う方はございますし、私たちだけで決めるのは……」

『まぁ、なんて優しい子……』

『あぁなんて思慮深い子なんだ。……きっと君に似たんだね』


 ……両親の盲目的な愛に思わずホッと胸を撫で下ろす。殿下にはすぐに結婚したいと思っている方々が立候補するでしょうし……。しばらくこの問題に頭を悩ませなくて済むと思うととても気が楽になった。

 ……今までは断る理由も無かったから、そのまま来てしまったけれど。


『……じゃあ、他に誰も名乗りを上げなければいいんだね』

「………………え?」

『殿下は君を是非に、と言っている。我々としても望まれてレイチェルが殿下の元へと嫁いでくれるのが一番さ』

「………………それは、」

『えぇえぇ、そうね。それなら皆も納得するわ』

「………………」


 ……これは何を言っても無駄ね。私は席を立つと、今日は疲れたので、と部屋を後にする。

 私は扉を閉めた後、何度か大きく深呼吸した。


「……お待たせ」


 そして振り返ると、通路には瑠華とサラが待っていた。


「……どしたの?その顔」

「……瑠華」

「……はぁん?さてはまた親に、……って、こら」


 もう疲れたわ、と言って瑠華に抱き付く。すぐに嫌がるかと思っていたのに、瑠華は何も言わずに私の背中を撫でた。


『お嬢様、帰りの馬車はもう用意してございます』

「……用、済んだんでしょ?……早く帰ろ。アイラとリリカも待ってるし」

「…………うん」


 その言葉にホッとする。私たちの家に帰れば、私はレイチェルのふりをしなくて済むもの。


「それとさ、……怜の誕生日会、明日みんなでやろ?」

「……え?」

『先程瑠華様とお話して、屋敷に戻ってから改めてパーティーをしよう、と。ですからお嬢様はお帰りになりましたら本日は湯浴みをし、明日に備えゆっくりとお休みになってください』

「………………瑠華、……サラもありがとう」


 思わずジワリと込み上げてくる何か。私が目元を拭うと、瑠華に頭をぽんと軽く叩かれる。


「何言ってんの?……内緒で朝早く出てきちゃってさ。リリカもアイラも絶対怒ってるからね」

「……えへっ。……そうだったわね、確かに」

「っ……あーやだやだ。そーゆー時だけ可愛い顔して誤魔化す~」

「……あら、可愛いって思ってくれているの?……嬉しいわ、瑠華」

「っ!!ちょっ、バカッ」

『こほん!……お嬢様、そういったことは馬車の中で』

「……そうだったわね。私としたことが少しガッついてしまったわ」

「はぁ?……いつもがっついてる人が何言ってんだか」


 ついさっきまでの暗い気持ちが二人のおかげですぐに消えていた。


「……ほら、早くしてよ。疲れたし」


 サラが馬車へと向かった後、先を歩き出した瑠華が私に向かって手を差し出す。その手を見つめた後、私は手を重ねた。遠慮がちに指先を握ると、瑠華に強く手を握られて引っ張られる。


「…………今更なに照れてるわけ?こっちが恥ずかしくなるんだけど」

「っ……だって瑠華……私に優しいんだもの」

「…………やっぱ一人で歩いて」

「やだっ」

「やだって子どもかよ」

「…………ねぇ瑠華、私、瑠華が作ったケーキが食べたいわ」

「だから子どもかっ!って。…………まぁ、作れないことないけど」

「ふふっ。……明日が来るのが楽しみだわ」

「誕生日ケーキが待ち遠しいとかやっぱ子どもだったわ~」


 今日、私は両親の思惑からやっと外れることが出来た。自分の誕生日なのに、今日という日が来なければいいのに、とさえ思っていたのに……。今、やっとホッとしてる。そして誕生日を祝ってもらうことがこんなにも嬉しいことだなんて……私、忘れていたわ。


「……瑠華に誕生日をお祝いしてもらうのは何年ぶりかしらね?」

「…………確かに」

「……写真、撮りたかったわ。こんな格好、二度とすること無いと思うし」

「…………そう?別に現実戻ってもハロウィンとかで着ればいいじゃん。あー、あとは学園祭とか。……あー……でも、」


 そう言った後、瑠華は言葉を濁して私を見つめた。


「……?どうしたの?」


 首を傾げると、瑠華が私から目を逸らしてボソッと呟く。


「……みんなに怜のそのドレス姿、見られるの、嫌かも」

「……え……?」

「だってそのドレス、アタシに見せたくて選んだんでしょ?……それに今の怜の綺麗な姿見たら、絶対男子どもがいやらしい目で見ると思うし」

「……瑠華は、いやらしい目で私を見てくれないの?」

「……は、……ぁ?」

「私は……好きな人にそう見られるのは嫌じゃないわ。……それに瑠華のメイド服姿、私が何も思わないって思ってるの?」

「っ…………」

『お嬢様、瑠華様っ!』

「「っ!?」」

『お二人とも、準備が……と、お邪魔してしまいましたでしょうか?』


 サラの声で、私たちはハッとして離れていた。


「大丈夫よ、サラ。……それじゃあ、いきましょうか」

「……ぁー……帰ろ帰ろ。早くお風呂入りたいし」

「「………………」」


 そっと後ろを歩く瑠華を見ると、顔を赤くした瑠華と目が合ってすぐ目を逸らされる。私もきっと同じぐらい顔が赤いのでしょうね。ドキドキと胸が高鳴って息苦しい胸を押さえる。

 ……やっぱり私……瑠華に恋してる。ううん、愛してる。

 今の瑠華と……現実で、ちゃんと向き合いたいって思った。


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