十五話ー瑠華と怜②
「なっ……なんでアタシがこんな格好……」
瑠華は顔を赤らめながら、さっきサラに着替えさせてもらったメイド服を見下ろす。化粧も髪型もサラが全て施したのだけど、薄い化粧髪をサイドでアップしたいつもと違う髪型。いつもの瑠華も可愛いと思っていたけど…………。
「……ちょっと、ジッと見てないで何か言いなよ」
「……瑠華があまりにも可愛すぎて言葉を失ってたわ……」
「なっ…………い、言い過ぎ」
『いえ、とても可愛らしいです、瑠華様』
「っ…………まぁ?アタシ、メイド服とか絶対似合うと思ってたし」
そしてサラの声で気を良くしたのか、瑠華は何パターンもポーズを決めて見せてくれる。何でこの世界にスマホが無いのかしらっ……。私は仕方なく記憶と網膜に焼き付けるしかない。
ここは城下にあるアイギス家の別の屋敷。
両親は登城するのに便利なこちらの家にもう何年も住んでいる。私とリリカは学校へ通うのに便利だから、と言い訳して本邸に住んでいるけど、本当は両親と住みたくないだけ。
お茶会や夜会、貴族として他の家と交流することを勧められるのは私にとっては苦痛だった。だから私たちは勉学に忙しくしているふりをして、この別邸で行われるお茶会にだけ顔を出していた。
……それでも自分の誕生日だけは避けられない。最初から最後まで、ずっと挨拶をして回るのなんて……本当に苦痛だわ。
「………………はぁ」
あてがわれたこの部屋を出れば、私はレイチェル・ウィル・アイギスとしてずっと振る舞わなければならない。それがこの世界の私だから。
「…………怜」
ドレッサーの前でため息をつくと、私の後ろに立っていたメイド姿の瑠華に名前を呼ばれた。心配そうに私を見る瑠華と鏡越しに目が合う。
「……どうしたの?……お姉ちゃんのことが心配?」
「っ…………別に。ただ……誕生日なんだし、あんたもわがままぐらい言ったら?きょ、……今日ぐらいは、何言われても目をつぶって聞いてあげるからさ」
「……瑠華……」
照れ臭そうに瑠華は目を逸らした。
わがまま言っていい、か……。何年ぶりかの瑠華と一緒に過ごす誕生日。私の誕生日なんてどうでもいいと思われてるかと思ったけど…………。
「……じゃあ、瑠華にいっぱい甘えさせて」
「……は?……お姉ちゃんじゃなかったの?」
「今日は……お姉ちゃんはお休みなの」
私は振り返り、後ろに立っていた瑠華の腰に抱き付いた。すると頭の上から、しょうがないなぁ……という声が聞こえてきて、頭を撫でられる。
「……ちょっとサキさん、そのいかにも空気読んでます的に去ってくのやめてくれる?」
『お嬢様と瑠華様の時間、何人たりとも邪魔はさせません!ではっ』
「……あ……意気込みだけ言って出てったよ……あの人もキャラ強いわー」
「……瑠華、今日フリッツ殿下が私を祝いにくるわ」
「っ!え、……あんたフリッツ殿下のパーティだけじゃなかったの?」
「……だってほら、……私、非公式だけどフリッツ殿下の婚約者も同然だもの」
私がそう言うと、瑠華が頭を軽く叩いた。
「……はぁ……ルルカのアタシには言わないつもりだったな」
「……ルルカのことも好きだけど、私……」
ぎゅっと瑠華のメイド服を掴んで、顔を押し付けた。
「…………ま、いいんじゃない?婚約者ぐらい。……むしろ余計な虫寄ってこなくて済むだろうし。それにあんたがこの世界で暮らしたいならそうすれば?……アタシは現実に戻らせてもらうけど」
「っ……私の気持ち、知ってるくせに……」
顔を上げると、瑠華が真顔で私を見下ろしていた。瑠華の手を取って私の頬に押し付けると、その指が頬をつまんでくる。
「……ねぇ、瑠華……このシュチュエーション『君と過ごした三年間』の中にあったかしら?……私はライト君じゃなくて、いつも女の子の隣に寄り添っている幼なじみの優君が好きなの」
「……何それ。……あからさまに自分重ねてるじゃん」
「……うん。だって優君……瑠華みたいなんだもの」
「っ………………はぁ」
瑠華はため息をついた後、私を見つめる。私は思い浮かべていた場面の台詞を口にした。
『……私、怖いの……正直に自分の気持ちを話してみんなに嫌われるのが……』
私がその台詞を口にすると、瑠華は私を見つめたまま答える。
『……バーカッ。……おまえには……』
その後に続く言葉は、『俺がいるだろ?』
瑠華はそこまで言って言葉を止めた後、言葉を続ける。
『……怜には、アタシがいるでしょ……?』
そして瑠華の唇が落ちてくる。思わず甘い吐息がもれてしまって、私は顔も体も熱くなった。
「んっ…………あの場面、……キスシーンは無かったはずだけど」
「……うっさいな」
「やっぱり幼なじみの優君は最高だったわ」
「はぁ?……そこは瑠華が最高、でしょ」
キスした後、瑠華は照れ臭そうにすぐ離れた後、今度はムッとして私の頬をつまんで伸ばした。
「……むぅ……瑠華が最高なのはいつもに決まってるじゃない」
「っ……そ、……それならいいけど」
今までならそんな見え透いた褒め言葉にだって鬱陶しそうな顔してたのに、今は素直に喜んで得意気な瑠華が可愛くて仕方ない。
「……ま、だから気楽にやりなよ。……怜は人前でいい子ちゃんぶるの得意だろ?」
「……うん、得意」
「だったらその本領発揮しとけばいーじゃん。あっちに戻ったらこんな生活出来ないんだぞ?今のうちに楽しんどけって」
「……ふふっ。……そうね、そうかも」
瑠華の言葉で気持ちがすごく軽くなる。
やっぱり私は瑠華が好き……。瑠華を好きになって良かったって心の奥から思った。
「……瑠華、今日頑張るから、……お願い、私に頑張れる力、ちょうだい?」
瑠華を見つめながら私は目を閉じる。
するとしょうがないなぁ、って声が聞こえた後、瑠華は優しく私にキスしてくれた。
『……おまえには……アタシが付いてるから安心しろ』
「……優君……ありがとう。好きっ」
「わっ、こらっ……どさくさに紛れてキスしようとすんなって!」
「……むー……いいじゃない、一回も二回も同じなんだし。それに瑠華だってノリノリだったわ」
「ぐっ……怜が節操なさ過ぎなの!……てかキスすることに抵抗無くなってきた自分が怖いわ~」
顔を手のひらで扇ぎながら背中を向ける瑠華。
私は椅子から立ち上がり瑠華を抱きしめる。
「……ちょっと、」
「……瑠華、私が何をしたとしても、私の気持ちの中にあるのは瑠華だけよ」
「っ…………そんなの嫌っていう程わかってるよ」
「ふふっ……そう。……ずっと瑠華に片想いしていたかいがあったわ」
私の気持ちを素直に受け入れてくれる。……今の瑠華が私の中で一番好きな瑠華だった。
耳を真っ赤にした瑠華が振り返る、……メイド姿をした瑠華にいつも以上に胸が高鳴った。
「……私のメイドさん……可愛すぎるわね」
「っ、それはサラさんにお礼言ってよ……」
「えぇ、そうするわ」
結局サラに声を掛けられるまで、私と瑠華は甘すぎる時間を過ごした。
+++
「お父様、お母様、ご無沙汰しております」
部屋を出ると、私はレイチェル・ウィル・アイギスとして振る舞った。
まずは両親がいる広間へと向かう。
『……おや今日は随分と我が娘ながらとても美しいよ、レイチェル』
『本当ね、レイチェル。女性らしさが上がったというのかしら……見ない間に何かあったの?』
それは……間違いなく瑠華のせいだと思ったけれど、私は言葉を飲み込んだ。
「……ありがとうございます。でもいやですわ、お父様もお母様も。私は勉学に忙しい身ですのに。……それよりパーティに参加される方々について把握しておきたいのですが」
『あぁ、そうだったね。では話をしながらお茶でもしよう』
父が控えていた執事に声を掛けると、私の前に誕生日パーティへの参加者の名前が書かれた名簿が置かれる。私はすぐにそれに目を落とした。……パーティが始まる前までに全ての名前と家について覚えておかなければ迷惑が掛かってしまうわ。
会った事のない方や、最近爵位を授けられた方については両親二人に聞き、情報を頭に入れていく。
『……そうそう、今日はフリッツ殿下もあなたのお祝いにいらしてくれるわ。ねぇ、どうかしら。この機に正式に殿下と婚約を交わしてしまうというのは』
『それはいい!……国王も是非にと言ってくれているんだ。どうだい?レイチェル』
話を逸らした、と思っていたけど、そうはいかないようだった。そういった話をされるのが嫌で、別の話を振ったのに……。チラッとサラと一緒に後ろに控えている瑠華を見ると、大きなあくびを何とか噛みしめている所だった。
思わずふふっと笑ってしまうと、両親が私を変な顔で見つめている。
「っ、……えっと、何の話だったかしら。ごめんなさい、今日の誕生日のことで皆さんにどう挨拶をすればいいのかとその事ばかり考えていて……」
『……おやおや、本当にレイチェルは真面目な子だね』
『もぉ、この真面目さはあなたに似たのね』
……ホッと息をつく。そしてその後は他愛もない会話をし、二人は準備があるからと広間を出て行った。
『……お嬢様、お疲れ様でございます』
「ありがとう、サラ」
「…………あの親、怜の親にそっくり」
「……うん」
私の幸せを願う所も、娘の結婚を私以上に夢見る所も。
「……それで?……あんたは何でそんな暗い顔してんの?フリッツ殿下ってあのライト君に似たイケメン王子でしょ?……いーなぁ~私もあんなイケメン王子と恋してみたいわ」
『あら、ライト君という方は、フリッツ殿下に似ていらっしゃるのですか?』
「あ、そっか。サラさんは漫画見たことないもんね。そうそう、二次元王子様が三次元化されると、あのフリッツ王子になるのよ」
『に……じげんが、さん…………えっと、よくわかりませんが、わかりました』
「あははっ……!サラさん無理しなくていいってば。まぁ、そっくりっていうかそのまんまって感じ?」
……瑠華みたいに気楽に考えられたら、と思うけど、私はどうしても出来ない。
「……瑠華がレイチェルだったら良かったのに」
「……ふ~ん?なになに?マリッジブルーってやつ?」
「っ!……もぉ……からかわないで」
瑠華はどうせ元の世界に戻ればここの世界のことなんて関係なくなると思っているんでしょうけど。……もしそうならなかった時の事を私は考えてしまう。
『お嬢様、そろそろお支度をはじめませんと』
「……そうね。サラに任せるわ。……私は参加者の名簿をチェックしないと……」
「っ…………なんだよ」
向けられるレイチェル・ウィル・アイギスへの期待。
私はそれから目を逸らすように、瑠華も周りも全てをシャットダウンして名簿が書かれた紙だけを見ていた。
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