十四話ー瑠華と怜①



 ……どうしてボクは、ここにいるの?

 付いていた目はフェルトのはずなのに、目が見える。

 耳だってフェルトを貼ってあるだけなのに、音が聞こえる。

 口なんかテキトーだから喋れないけど、どこかから声が出ている。

 頭の中も体の中も綿だらけなはずなのに、考えられるし、今のボクが何者なのかも理解してる。


 そしてボクの前で、絶望を顔に浮かべた怜が横たわる瑠華の体を抱きしめていた。


 怜に作られたボクは瑠華に贈られ、嫌々ながらも受け取った彼女の枕元にいつも置かれていた。……そしてたまに怜への怒りのはけ口になっていたのを覚えてる。

 ……でもこんな思考も無いし、見ることも喋ることも出来なかった。そんなボクが、今この瞬間、何をすべきなのか理解してる。

 ……二人を仲直りさせたい。そしてあわよくば、ボクを作った怜の想いが瑠華に届きますように……、ボクの中にあったのはそれだけだ。


 それが始まりだった。


 ボクはこの世界に存在している。

 ……現実と離れてしまった二人の夢に巣食って。


 ボクが壊れてなくなればきっと二人は戻れるんだろう。……だけど。

 ……ボクは二人が心配なんだ。


 二人はボクの言葉に流されるまま、瑠華は元の世界に戻る為に怜を説得し、我が主はそれを逆手に取って瑠華との仲を深めようとしている。

 どんな形であっても、二人が関わり合おうとしてる今が、一番喜ばしい。


 ……ボクは君たちの気が済むまで付き合うとするさ。

 手を傷だらけにしてまでボクを作った怜とボクをぶさいくだって言いながらずっとそばに置いてくれた瑠華。二人の為にボクは願う。


『……君たち二人が幸せになれますように』




+++


「…………はぁ?」

「っ!?……び、びっくりした……瑠華ったら、勘が良いのね」


 妙な、腹立たしい夢を見た気がする。

 ……っていうか、今、聞こえた声って……。

 ハッと気づいて部屋の中を見ると、ここはちゃんとアタシにあてられた部屋だ。……なのに、どうして、


「……なんであんたがいるんだよ!」


 アタシは慌てて上半身を起こして布団を手繰り寄せる。だけど平然と怜はベッドの淵に腰掛けて、アタシの顔を覗き込んできた。


「もぉ……おはようが先よ?瑠華。……はい、もう一度。……お姉ちゃんにおはよう、って言える?」

「お……おは……ってそうじゃないだろ!?子ども扱いするわ、勝手に人の部屋入ってきて何なんだよっ!寝顔見るなんてサッイテーっ!」

「……あらどうして?瑠華は化粧なんかしなくたって可愛いのに……うん、やっぱり瑠華はすっぴんも可愛いわ」

「っ……ぅ……や、やめろ……」


 そういう怜の顔、何なんだよ。整いまくりやがって……。

 寝起きの顔なんか見られなくて、枕を怜の顔に押し付けた。だけどその手が枕を掴んでるアタシの手を掴んで、押し返される。


「わっ!……ちょっ、……」


 そしてそのまま怜がアタシをベッドの上に押し倒してきて、覆いかぶさってきた。

 っ……朝から怜の顔なんて見たくない……心臓が高鳴って、自分でも嫌になるぐらいにドキドキしていた。……こんなのきっと不整脈ってやつだし、絶対怜のことなんて意識してない。そう自分に言い聞かせる。


「……ふふっ。顔、真っ赤にしちゃって可愛い」

「うっさい。黙れ」

「……ねぇ瑠華、今日は何の日か覚えてる?」

「は……?……何かあったっけ……」


 あくびを噛み殺しながら答えると、怜はベッドから崩れ落ちそうになる程、落ち込んでいた。いや、実際はアタシの上に覆いかぶさってるもんだから、その体ごと落ちてきて密着してる。


「ひどいわ、瑠華」

「わっ、バカッ!重いっ!くっつくな、暑いっ!」


 ……いや、むしろわざとか?怜はここぞとばかりにアタシに抱き付いていた。


「…………はぁ……瑠華のにおい……クンクン」

「くんくんすんなっ!!……あんたは犬かっ」

「……もぉ、愛しのお姉ちゃんの誕生日を忘れる瑠華なんて知らないっ」


 ぷんっ、と体を起こしてそっぽ向いた怜。……そのあざとさに一瞬言葉を失いながらも、アタシも体を起こす。

 ……言われて、そうだったのか、と思い出していた。最後に祝ったのなんて随分昔のことだから覚えてないけど。


「知らなくて結構。……ってか、愛しの、なんて言ったことないからな」


 そもそもあんな疎遠だったのに覚えてるかよ。……まぁ、あんたは毎年アタシの誕生日になると何か持ってきてたけど。

 ……あのウサギだって、小学生の頃、……確かアタシと怜が仲悪くなった後のことだった。何の約束もしてなかったのに、家の前に怜が立ってて……。


「…………ねぇ、瑠華?」

「っ!…………な、なんだよ」


 ふと昔を思い出してたら、怜がやたらと嬉しそうに顔を覗き込んでて、ハッとして目を逸らした。


「思い出してくれた?……じゃあ、言ってくれるかしら、あの言葉。私、ずっと瑠華に言ってほしかったの」


 …………あの言葉……?何のこと?と聞こうとすればその前に両手で手を掴まれて胸に押し付けられる。


「だから近いって!……バカッ、……わかったから」

「……~~~~っ」


 うずうずしながら、怜が顔を覗いてくるからおでこを押し返す。ベッドの上で、逃げ場を探して後ろに下がれば、怜がすぐ追いかけてきて距離は縮まらず、観念してため息を吐いた。

 あの言葉って…………誕生日だから、祝えってこと?

 怜を見れば、まだうずうずして今か今かとその言葉を待っている。


「……た、誕生日おめでと、怜。…………これでいいの?」


 怜の顔を見てればわかる。それが正解かどうかなんて。


「瑠華……ありがとう。私……ずっとずっと瑠華に誕生日を迎えた朝、一番最初におめでとうって言ってもらうのが夢だったの」


 嬉しそうに微笑む怜の顔を見てたら、心臓が半端ない音を立てて、思わず胸を掴んだ。


「っ……!!……ぅ……」


 ……何でこいつこんな可愛いこと普通に言えるわけ……?今の好きな漫画の主人公の女の子が言ってた、めっちゃキュンとするやつじゃん。こんなの素でやるやつほんとにいたんだ……。


「……?ジーっと私を見て、どうしたの?……ふふっ、お姉ちゃんにドキドキしちゃった?」

「違うっ!……漫画みたいなやつだなって思ってたとこ。……誤解すんなっ」

「…………ふ~ん」


 あいつの口元が笑った気がした。

 こんな時、怜は突拍子もないこと仕掛けてくる。

 例えば、そう、……こんな風にいきなりキスしてくるとか。


「………んんんっ……!!」

「っ……はぁ、……せっかくだし、瑠華の好きなイケメンがたくさん出てくる漫画みたいなことしよっか」


 ……は?と、思考が停止する。


「……は?え?な、……何で、知って?いや、へ、変なこと言うなっ!」

「あら、知らないふりをしてもダメよ?瑠華のことなら何でも知ってるわ。……確か、『君と過ごした三年間』だったかしら」

「……ひぅっ!?」


 ……キスされたことなんて、もうどっかにいってた。怜にあの漫画が好きなことがバレてる方がよっぽど恥ずかしい。

 今も、ライト君がデートの日の朝、勝手に部屋に入ってきてすっぴん見られた女の子が怒った後、キスする所が……って、違う違うっ!!相手はライト君じゃなくて、怜なんだからっ……。


「……あ、あんた……わざと……?」

「……?何のこと?……もしかしてライト君がしてたキスされて、ドキドキしちゃった……?」

「……ん、なぁっ!その名前出すなっ!」


 やっぱわざとだ……。にこにこ微笑む怜を睨むけど、向こうの手のひらの上だ。

 ライト君は『君と過ごした三年間』の王子様キャラであり、アタシの推しだ。漫画の中のあのシュチュエーションと同じように、怜はキスした後、アタシの耳元で囁く。……相手はライト君じゃないのに顔が熱くなってしまった。


「…………ぐぅ」

「ふふっ……瑠華ったら、あんなにとろんとした顔しちゃって、やっぱり女の子なのね」

「だっ、バッ!!わっ、忘れろっ!!」


 怜の腕の中でもがくけど、なかなか外れない。しばらく格闘してたら、怜に腰を抱き寄せられて、妙な声を上げてしまう。そんなアタシを見て、可愛い、なんて言うから、抵抗するのも空しくなって顔が熱いのを隠すように怜の肩におでこを押し当てた。


「…………ほんときらい」

「……ねぇ、さっきのこと忘れてあげるから、私のお願い聞いてくれる?」

「……お願い?……誕生日だから聞けってこと?」

「あっ、その手があったわ。……それでいきましょうか」

「………………それで?……何?」


 はぁ、とため息をついて、アタシは怜の言葉を待った。


「今日一日私に付き合ってほしいの」

「……な、何でアタシが、」

「……ふ~ん……瑠華、帰りたくないんだ?」

「…………!」


 ふふっと不敵に笑う怜をアタシはジト目で睨んだ。


 ……朝から怜に驚いて忘れてた。

 ……そうだ、昨日アタシとこいつは……。


『お姉ちゃんのこと瑠華の恋人にしてくれたら、……元の世界に戻りたいってお願いしてあげる』

『……怜、アタシの恋人にしてあげる、よ』


 ……怜、アタシの恋人にしてあげる、よ、とか何言ってんの、アタシ……。今更ながら顔から火が吹き出しそうだった。場のテンションって怖ぇ……。


「……今日ね、アイギス家の別邸で私の誕生日パーティがあるの」

「は?聞いてないけど」

「……ふふっ、そうね。言わなかったわ。別にこの屋敷で行われるわけじゃないし。……それで、これから準備があって両親が住んでいる別宅の方に行くんだけど……」


 そう言いかけて、怜がじーっとアタシの顔を見る。


「……その、パーティに来いってこと?」

「パーティに、じゃなくて。……今日は私に一日付いてきてほしいの」

「……な?何でアタシが、」


 そこまで言いかけて、今にもキスしそうな距離まで怜の顔が近付いてきた。両手は怜に掴まれて、アタシは言葉を失くす。


「…………ふふっ」


 反射的に目をつぶってしまった後、何もしてこないし、小さく笑い声がして恐る恐る目を開けると、目が合った瞬間、キスされていた。

 何度もキスされてアタシ、感覚おかしくなってる……?嫌じゃない自分がいて、自分で思ってる以上に怜に気が緩みっぱなしだ。


「……このキス……」

「ライト君との仲直りのキスね」

「っ!……近いっ!離れろっ」

「……そうね。瑠華といつまでもいちゃいちゃしていたいけど、私も時間が無いの」

「あっそ。じゃあ、いってら……」


 怜が忙しいならちょうどいい、ともう一度布団の中に逃げ込もうとして、身動きが取れなかった。


「……ちょっと、」

「私、これからパーティーが始まるまで、ずぅーっとお人形にされて綺麗な服を着させられるの……」

「さすがおじょー。……いいじゃん、似合うんだし」

「じゃあ瑠華も一緒に来て?」

「……は?なんで?やだ。……じゃあ、とか意味わかんないし」

「……だって瑠華がいないと私、耐えられないもの」

「は?何言ってんの?今までアタシいなくてもやってたことでしょ……?」

「いーやーなーのー」

「っ…………」


 ちょっと可愛いとか思ってしまった自分を殴りたい。怜はアタシを抱きしめてぐりぐりと頭を押し付けてくる。……っ、くそっ……可愛いっ……。

 つい頭を撫でてしまったら、期待のこもったキラキラした目で見つめられて、アタシはぐっ、と言葉を詰まらせた。


「――ねぇサキ、瑠華がうんと言ってくれないわ」

「……え」


 アタシは咄嗟に怜から飛び跳ねるように距離を取った。そしてその視界の先、部屋の入口にサキさんが立っている。


『お嬢様、瑠華様は嫌がっておりませんので、そのまま連れ去るのがよろしいかと存じます』

「……えぇ、私も同意見よ?ありがとうサラ」

「……は?ちょっと待って、いつから、いつからいた?サキさん」

『ふふっ。わりと最初からお二人のイチャつきは拝見させて頂きました』

「はぁ!?」


 ぽっ、と口で言いながら頬を押さえるサキさん。怜を見れば、サキには全部話してあるわ、と言われてしまった。


「……ぜ……全部?」

「えぇ、瑠華と想いを通じ合ったことも、元の世界のことも」

「くっ…………完全に外堀が埋められてる」

『……お嬢様を甘くみないことです、瑠華様。お嬢様は幼少期より、人心の掌握、策謀を得意とするお方なので』

「っ……おまえほんと怖い奴」

「うふふ。褒め言葉かしら?」

「褒めてないっ!!」


 そして渋々支度をさせられたアタシは怜が乗り込んだ馬車に無理矢理詰め込まれた。


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