十三話―幼なじみの愛が重たすぎる



 アイラやカーマ、リリカに頭を下げてようやく許してもらった後、やっとありつけた食事。そして空腹の腹を満たした後、屋敷の庭のテラスで涼んでいると怜が庭に下りてきた。

 アイラはアタシたちにわざとらしく気を利かせてリリカちゃんの部屋に行ってるし、カーマは食事が終わると興味無いとばかりにさっさと帰っていった。……サラさんは相変わらずアタシと怜の顔を見れば、にやにやしてるし。アタシの味方はここにはいないらしい。


「……ここ、いい?」

「…………うん」


 風呂上りの良い匂いが風に乗ってきてドキッと胸が高鳴る。

 いつもポニーテールにしている怜が髪を下ろして、寝間着のようなラフな恰好。元の世界の怜もお嬢様っぽかったけど、今の世界ではそれが余計強調されてる。

 ジロジロ見るのも気付かれると思って、チラッと反対側の椅子に座った怜の様子を見ようとしたらすぐに目が合って、アタシは逃げるように顔を背けた。

 その後すぐ、カチッと音がして、何かと思えば、テーブルの上に置かれたランプに灯りがともる。月明かりだけだった庭に暖かな灯りがともった。


 ……そういえば風呂入れって言われてたっけ。そろそろ入らなきゃ……と思いながら、何にも喋らず本を開く怜を見る。

 そういえば読書が好きだって言ってたな……とルルカだった時の記憶を探る。アタシも必死になって薬学の本を漁ってたせいか、その知識は自分に戻りつつ今でも体の中に残っていた。


「…………この本、アタシが読もうと思ってたやつ」

「えぇ、サラがあなたにって」

「…………ありがとう」


 ……たぶん、今のアタシにとっては無駄になってしまうかもしれないけど、ルルカが得ようとしていたものをそのまま無視することは出来ない。

 何冊がテーブルの上に置かれた本。その一冊を手に取って、アタシは本を読み始める。

 ……そしてしばらく読んだ後、怜が静かに喋りはじめた。


「……瑠華、元の世界に戻りたい?」

「当たり前でしょ。……怜は?」

「…………前は戻りたいって思ってた。ここにいる瑠華は私の知っている瑠華じゃなかったから。……でも私のことを知らない瑠華が私を好きになってくれた。今でも、もう一人のルカのこと、忘れてないわ。……だから、この世界の中でも、このままでもいいと思ってる」

「ここが別の世界で、今、こうして話してることだって夢かもしれないのに?」

「…………そうよ。……とっても幸せな夢だわ。ここには瑠華がいるもの」

「っ、なに、言って……」


 怜は立ち上がり、反対側に座っていたアタシの前に立つと月明かりが遮られて、見下ろしてくる怜の顔はランプの灯りに照らされて、いつも以上に何かドキッとさせられる。……見つめたら負けだって思ってるのに、アタシは怜の瞳に捕らわれてしまった。


「……お……お風呂、入んなきゃ」


 慌てて立ち上がろうとすると怜の両手がアタシの肩を押さえつける。


「…………瑠華、私に言わなきゃいけないこと、あるでしょ?」

「なっ……なに?」

「本当に元の世界に戻りたいと思っているなら、……ちゃんとお姉ちゃんにお願いしなきゃ、ダメよ?」


 椅子に座ったアタシに覆いかぶさるようにして怜が耳元で囁く。それにゾクッとして身震いしたら、髪を撫でられた。


「っ、怜……近い。離れて」


 アタシがそう言えば、怜はすぐに離れて、一歩後ろに下がった。そして嬉しそうに微笑む。


「…………そう。……瑠華もこのままでいいのなら私は嬉しいわ」

「っ……!っざっけんな。……このままでいいなんて思ってない。……怜が戻りたいって願えば戻れるんだ。……だから、」

「…………だから?」

「どう……すれば、いいんだよ」


 その時、にやっと怜の口元が上がった。



『お姉ちゃんのこと瑠華の恋人にしてくれたら、……元の世界に戻りたいってお願いしてあげる』



「…………は?」


 アタシはその時になって怜に謀られたんだと気付く。

 こいつ……何が何でもアタシのこと落とすつもりかよ。


「……アタシのこと、……まだ諦めてなかったんだ」


 ……これまでの記憶が戻ったアタシは、ルルカだった時のように何にも知らないまま怜のこと好きになるなんて無理だ。その時の記憶もあるせいか、余計……なんていうか、こう、モヤモヤして……うまく言えないけど、くすぐったくてなんて言えばいいのかわからないから気持ち悪い。

 嬉しい?……けど、……今までそういうこと考えたことなかったし、恋愛対象として見ろ、なんて急に言われたって……。


「……諦める?……私そんなこと言ったかしら……?」

「い……言ってないけど。……その、アタシはもうルルカじゃないんだし、記憶だって戻ってる。……怜のことずっと誤解して反抗してたのは謝るけど」

「…………だから、何?」

「……え?」

「私が瑠華を好きな気持ちは、あなたに嫌われた後も、瑠華が私を忘れても変わらなかったわ」

「っ…………」


 …………重っ。重すぎる……。

 アタシは内心冷や汗をかきながら、慎重に言葉を選ぶ。怜ってもしかして地雷女か……?今にしてみれば、多々そんな節があった気がするけど……。


「怜……ちょっと待って。戻りたいけど、その為に怜と付き合うのは違う気がする」

「……いいの。瑠華は気にしないで?……瑠華が私のこと幼なじみとしてじゃなく、本当に好きになってくれるまで頑張るわ。……やっと瑠華がお姉ちゃんのこと見てくれたんだもの」


 だっ……ダメだ。今の怜に正論は通じないっ……。


「じ……自分のこと大事にしてよ。……アタシはその方が嬉しい。だから恋人になんてならなくても……」

「瑠華……そう。……なら私はここにいることを選ぶわ」

「っ……!…………ぐぅ」


 悲しそうに微笑んだ後、怜が背中を向ける。アタシはとっさにその寝間着を掴んでいた。

 ……今のアタシは怜にあんな顔させたくない。


「………………」


 怜はそのままアタシの言葉を待っていた。

 ……こんなの怜の思う壺だってわかってるのに、アタシはそうせざるを得ないようだ。でも、素直に恋人になろう、なんて言えない。


「…………それって、ずっと?」

「いいえ。私たちのこの休みの間だけでいいわ」


 休みの間だけ……?それなら、と思って見上げると、振り返った怜がジッとアタシの言葉を待つ。


「そ、そう。…………で、でも……恋人になるなら、お姉ちゃんとかやめた方がいいんじゃない?」

「……瑠華。私、瑠華が本心で私と付き合いたいって言ってくれるまで、お姉ちゃんでいいの」

「っ、いや……アタシが困る」

「……どうして?」

「…………昔の自分思い出すから」


 怜の後をついて歩いてた自分を思い出して恥ずかしくなる。だけど怜はそれが良いんだって言って利かなかった。



「……もう、十分考える時間はあげたわよね?……じゃあ瑠華、返事を聞かせてくれるかしら」

「……もっとこういうことって悩んでいいと思うんだけど」

「あら、……恋人期間、ちゃんと私の気持ちを恋人にしてくれなかったら、お願いは無しよ?」

「……え?そんなの聞いてない」

「元の世界に戻りたいって、ちゃんと現実の瑠華に会いたいと思わせてくれなきゃ、きっと私の願いは届かないわ」


 ……怜の言葉にその通りだと思った。ただ戻りたいと思うだけじゃ、ダメなのかもしれない。


「……納得してくれた?」

「っ…………少しは」


 悩んでる時間を引き延ばせば、恋人でいる時間は少なくなると思ったけど、そんなの怜にはお見通しのようだった。


「じゃあ、改めて聞くわ。……まぁ、瑠華が悩みたいなら悩んでいいと思うけど」


 この休みは二週間弱。二学期制のあの学校でいう秋休みは、宿題も無いしこれといったイベントもない。……怜が、いやレイチェルが王子様に招かれてるパーティー以外は。……それは確か、最終日の前日だった気がする。


「……諦める?……それとも、お姉ちゃんを瑠華の恋人にしてくれる?」

「っ………………やれば、いいんでしょ」

「……ん~……?何をやるの?ちゃんと言ってくれないとわからないわ」

「っ……だ、だから……怜の、こと」

「……ハッキリ言って?……私のこと恋人にしてくれるなら」


 こういう所、本当にズルい。

 怜はそれしか選ばせないつもりで選択肢を与えて、アタシに選ばせようとする。……後で、自分が選んだわけじゃない、なんて言い訳出来ないように。


「……怜、アタシの恋人にしてあげる、よ」

「……瑠華……ありがとう、嬉しいわ」


 顔を背けながら手を差し出すと、その手に怜の手が重なった。そしてその手を取った怜がアタシをジッと見つめながら指先に唇で触れてくる。

 カーッと顔が熱くなるのを感じて、アタシはすぐそっぽ向いた。


「……ほんと怜って頭良すぎて嫌な奴」

「……それって褒め言葉かしら。……瑠華はいつも私が選んでほしい言葉を選んでくれて嬉しいわ」

「ぐっ…………こんの悪女!!」

「……ふふっ。瑠華の為ならお姉ちゃんは悪魔にだってなれるもの」

「………………」


 その笑顔とは裏腹に、とても重い言葉の一撃。

 本当に怜はそうするやつだ、それは今、ひしひしと感じてる。


「……瑠華、お姉ちゃんのこと好きになってね」


 アタシは抱きしめられて固まった。

 選ぶつもりじゃなかった選択肢を選ばされたアタシが、無事この世界から元の世界に戻れるのか、その戦いは始まったばかりだった。



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