十二話―知らない間に幼なじみに落とされていた件について




 すべてを思い出した後、アタシの頭の中はやけに静かだった。


 ……さっき怜に触れた唇の感触もやけにリアルだったし、怜も、この感情も、この夢の中にいる他のNPCも全員生きているとしか思えない。……だけど、ここはアタシがいた場所とは違うっていうのだけはわかった。

 ……夢、とは言いにくいけど、現実ではない。なら、現実のアタシは今どうしてるんだ?……死んだってことはないだろう。あの階段の高さじゃ運悪く頭を打ったからって、そうそう……。


「……いつまで人形のふりしてんの?」


 もちろんあの現実が途切れた瞬間も覚えてて、……そして今までのここでの生活のことも覚えてる。

 ここでの怜の屋敷に用意されたアタシの部屋。さっき怜の部屋から戻ってきたアタシはベッドに座ると、持ってきたウサギのぬいぐるみをベッドサイドにあった椅子にぽんと置いた。


『……瑠華、ボクはぬいぐるみだよ』

「……普通のぬいぐるみが喋るわけないじゃん」

『確かに』

「……どーでもいいから、何でこうなった?説明して」

『……いや、何と言うかボクにもわからないけど、二人に仲直りしてほしいって思ったボクの願いが通じたんじゃないかな。……瑠華も怜もお互い不器用で自分の気持ちなんて話さないし、……二人とも、とても傷ついてた。……って、話聞いてる?元の世界の我が主!』


 ウサギの言葉を話半分に、アタシは何か装置が付いてないかとぬいぐるみをまさぐっていた。……機械が入ってる感じはしないし、……この声、どこからしてるんだ?


「……ウサギ、あんたアタシと怜が倒れた後、出てきたよな」

『覚えててくれたの?光栄だね……って君は意識が無かったはずだけど』

「……あぁ、あんたと怜が話してるのが聞こえた」

『……ってことは、君……怜の気持ち、知ってたんじゃないか』

「っ……!?知るわけないだろっ!……っていうか、あの時知ったんだから……」

『へぇ~……そうなんだ』


 表情は相変わらずぶっさいくなのに、声の表情でニヤニヤしてるのがわかって思わず殴る。


『こらっ!元我が主!!』

「うるさい。……それ以上余計なこと言ったら、殴る」

『ぐぅ……』


 ウサギはぷるぷる震えた後、うるさすぎる口を黙らせた。

 そして理解出来る程度にかいつまんで話を聞く。



「……ってことは、何?ここでのアタシって、もう一つの可能性の自分ってこと?」

『……どうだった?もう一人の自分の生き方。……怜に愛される瑠華』


 ぞわっと鳥肌が立った。怜の顔見るなり顔を赤くしたり、ずっとあいつのこと考えてる自分なんて…………まだ、納得できない。


「チッ……アタシの知らない間にアタシのこと落としやがって……ムカつく」

『……ふふっ。怜のアプローチに負けたのは、瑠華だよ?』

「おまえがっ……!」


 ウサギのこと殴ろうとして直前で手が止まる。……アタシの意思に反して止まる手に、自分の中の自分がいるんだと分かって大きく息を吐いた。


「…………んなことより、どうすれば元に戻れる」

『君、今戻りたいって思ってる?』

「当たり前だろ?……こんなわけのわからないとこ居られるかよ」

『んー……だったら怜の気持ちがまだここにいたいって思ってるのかも』

「…………はぁ?」

『早く戻りたいって思うなら、怜を説得してみることだね。……運よく君たちはしばらく一緒に暮らすんだし』

「チッ!妙な言い方すんなっ!……別に二人暮らしなわけじゃないんだし。……あーもぉ、めんどくさい。あいつと話さなきゃいけないなんて……」


 さっき話した怜の顔がチラチラ浮かんで、勝手に音を鳴らす心臓に頭にくる。……何であいつにドキドキしてんだよ、このクソ心臓。


『……素直な瑠華が可哀想』


 ギロッと音でもしそうなぐらいに睨めば、ウサギはただの人形に戻った。

 くそっ……今のアタシが今までのルルカのフリなんて出来んのか……?アタシの中にあんな性格、……あったんだと思うと、肌がぞわぞわする。

 記憶の中にある、あいつの瞳に映った自分が気持ち悪すぎて口を押さえた。


+++


「……ルルカ、おかえり~」

『はぁ……あんたたちいつまでお喋りしてたわけ?』

「っ……それは、その。……ねぇ?瑠華」


 部屋を出ると、怜が廊下で待っていた。みんなの所に戻るっていうから、その後を付いていく。……その間顔も見ないし、話もしなかった。


「……ん、……えっと。あの……」


 何て言えばいいんだ、って怜を見れば、怜も同じ顔してアタシを見る。


(おまえが言えよ)

(っ、何て言えば……瑠華と付き合うことになったって言えばいいの?)

(はぁ?!……っざけんなよ)

(っ……瑠華、怖い顔しないで)

(してないっ)


「おやおや~そんなに見つめ合っちゃって~。もう何も言わなくったって分かってるって」

『……まぁ、あんなやり取り見せられたら、ねぇ?』


 アイラとカーマが顔を見合わせる。……そしてにやにやした顔でこっちを見るもんだから思わず舌打ちをしていた。


「ちょっと、瑠華っ!舌打ちはやめなさい」

「っ、うっさいな。気付いてなかっただろ、今」

「私には聞こえたわ」

「……おまえは地獄耳だからな」

「ちょっと」

「……はぁ?なんだよ」


 突っかかってくる怜を見上げて睨み返す。すると一瞬動揺した目をした後、怜はごめんなさい、と呟いた。


「っ………………」

「ちょっと、ちょっと、どうしたの?からかったのは悪かったけどさ……」


 なんだ、何かモヤモヤする。いつもなら何倍にしても文句を返してくるのに。アイラが間に入って、アタシたちを引き離した。


『ルルカお姉ちゃん、怖い顔してる。……お姉様がルルカお姉ちゃんのこと怒らせるようなことしたの?リリカもごめんなさいするから、お姉様を怒らないで?』

「……リリカ……」

「……な、なんでもないよ。ごめん、……ちょっと疲れちゃって」

『……ほっときなさいよ。それよりあなたのメイドに夕食を誘われたんだけど。もうキッチンで準備を始めているわ』

「そう。……じゃあみんなで食事にしましょう?二人もいいわよね?」

「もっちろんです、レイチェル様」

「……うん」


 そして広間を片付けるからと追い出されたアタシたちはアイラに後ろ首を掴まれた。


「……ルルカ、あんたはこっち」

「……悪いけどアタシ、ルルカじゃない」

「…………は?」

「あんたの友達のルルカでもあるけど、アタシは元の世界の瑠華なんだ」

「……わかった!……いや、わかんないけど、とりあえずこっち来て」


 そうしてアタシはアイラの部屋に連れていかれた。答え方がアイラらしいなと思いながら、アタシは座れと言われた椅子に座るしかない。


「……別に信じてくれなくていい。元の世界に戻れば、あんたとはもう会うことないだろうし」

「…………はいはい。わかったから、そうひねくれんのはやめなさいって」

「はぁ?……ひねくれてて悪かったな」


 ふんっとそっぽ向けば、アイラにげんこつされた。


「あんたのことなんてどーでもいいから全部話して。……あんたがレイチェル様にした態度、私許せないし」

「っ……な、なんだよ……」

「ほら、早く話せ!」


 ルルカの記憶の中にあるアイラとは違った。それに驚いてアタシはたださっきあったことをそのまま話した。


+++


「……いったぁ……」


 今の怜の屋敷の庭は、サッカーでも出来そうなぐらい広かった。

 中に居るのは気まずくて表の空気を吸いにくれば、中庭に綺麗に手入れされた花壇が見える。アタシはその花に誘われるようにすぐ花壇の横にあったテラスの椅子に腰掛けた。

 ……それにしても……どうする、この先。

 もしかしたらもしかしたらで、現実のアタシは普通に過ごしてて、アタシはただの幻とか、そんなことないか……?ずっとこのままここに閉じ込められるとか……。

 しばらくそうして考えてたけど、考えはまとまらずに大きくため息をついた。


「……瑠華、ここに居たのね。……って、どうしたの?」

「……怜か。…………アイラに思いっきり殴られた」

「…………ちょっと待ってて」


 頬を押さえてたアタシを見て、怜はまた屋敷の中へ戻っていった。

 ……ったく、正直に話したっていうのに、ルルカを返せ、だなんて言われたって……。今のアタシは元の世界の瑠華が強いんだろう。今の怜だってアタシの知ってる怜が強いように見えるけど、そこはあいつらしいというか、処世術ってやつなんだろう。……アタシにはそんな難しいこと出来ないけど。


「…………お待たせ。こっち向いて?瑠華」

「……はぁ?……つめたっ!……って、近いっ!!」


 名前を呼ばれて振り向いたら、氷の入った袋を押し付けられた。心配そうに顔を覗き込んでくる怜と至近距離で目が合って、思わず仰け反るとそのまま地面に転がって落ちる。


「…………ぐぅ」

「…………ぷっ…………ふふっ」

「わっ……!笑うなっ!!……元はと言えば、怜のせいで殴られたし……それにっ!怜がここにいたいって思ってるから戻れないんだから!」

「……どういうこと?」

「……あのウサギが言ってた。アタシと怜が戻りたいって思わないと無理だって」


 そしてアタシが怜を睨むと、こっちを見て笑ってた。


「っ……何笑ってんだよ」

「…………じゃあ私にお願いしないと無理ね?瑠華」

「…………は……?」


 差し出された手を跳ねのけてジッと見上げていると、怜が屈んでアタシの上半身を起こさせた。


「……悪いけど、今の瑠華じゃ、私、戻りたいと思えないもの」

「…………ちょっと、何それ」

「今までの瑠華なら戻っていいと思ってた。……瑠華は記憶が戻っても大丈夫だって私に言ってくれたから」

「っ…………そんなのアタシが言ったわけじゃない」

「……そう、みたいね。……だから戻りたいと思えない」

「っ、……怜っ!」


 支えてた怜を押しのけると、アタシはまた地面に転がった。そして怜がアタシにかぶさってくる。


「…………また最初からやり直しでもいいわ」


 怜は髪を耳に流した後、その手でアタシの頬を撫でて、指で唇をなぞった。


「まっ……!」

「……だーめ」


 怜に唇を塞がれる瞬間、押し返そうにも体が動かないことに気付く。そしてそのまま怜のこと受け入れていた。


「…………私のこと好きになって、瑠華」

「っ…………!おまえっ……ほんと……何なんだよっ」


 ずっとずっと、物心ついた時からずっとアタシのそばにいた。

 昔はこいつのこと好きだったし、何でも出来るこいつのこと、アタシは自分の姉のように思ってて、自慢に思ってたぐらいだ。……なのに、なのに。



『……なんで怜ちゃん、あの子といるの?あんな子と一緒にいないで、私たちと一緒に遊ぼうよ』

『そーだよ。怜ちゃんと瑠華って子、一緒にいてほしくない』


「…………ぅっ…………」


 まるでずっと心の奥で厳重に押し込めてた小さな瓶の蓋が取れたみたいに、そこから一気に感情が流れ出て、アタシは溢れてくる涙を止められなかった。


「…………え?瑠華……?どうしたの?瑠華っ」

「ばかばかばかっ……!!あんたなんかっ……アタシのそばにいなくていいっ……」

「……嫌よ。……私は瑠華のそばにいたいもの」

「ひぅっ…………」


 ……なんで……?なんで。

 それしか出てこない。涙のせいで、声もうまく出せずに頭を撫でてくる怜の肩に顔を埋めるしかなかった。


『……そうか、瑠華がこじらせてたのは……その過去があったからなんだね』

「……ウサ太郎?」

『……今の記憶、怜に共有するよ』

「……え…………っ、んっ!!」


 びくっと怜が震えた後、しばらくしてこれでもかってぐらいに抱きしめられた。


「…………怜?」


 何が起こったのかわからず、動かなくなった怜の肩を押し返す。


「……そうだったのね……だから、急に私を避けて……」


 起き上がり、アタシたちは向かい合うと、怜にごめんなさいと頭を下げられた。その隣にいつの間にか立っていたウサギがアタシの頭に飛び乗って、おでこに触れてくる。



『……なんで怜ちゃん、あの子といるの?あんな子と一緒にいないで、私たちと一緒に遊ぼうよ』

『そーだよ。怜ちゃんと瑠華って子、一緒にいてほしくない』


 ……!これ、さっきの……。


『……やめて。瑠華のことを悪く言うなら、あなたたちとは一緒にいないわ』

『……は?なんで?』

『瑠華は私の家族も同然なの。……良い所も悪い所も含めて瑠華は瑠華だから。……瑠華と一緒にいたくないなら私ともいなくていいわ』


 ………………なにこれ。


「私……瑠華のこと全然守れてなかった」

「…………守ってほしい、なんて言ってないけど」

「……そう?昔は私に懐いて、お姉ちゃん、お姉ちゃん、って後を付いてきて可愛かったのに」

「むっ、……昔の話出すなよっ!……お姉ちゃんとか、同い年だってのに。バカかよ、アタシ」


 ……ずっと、……ずっと、こんな昔のこと引きずって、アタシは怜に反抗ばっかりしてた。……怜を困らせてれば、あいつらはもうそんなこと言わないって思ったし、怜だってアタシといなくていいって思ったから……。


 グゥゥゥゥゥ~~…………。


「…………ぷっ、ふふっ」

「笑うな。……何か考えることばっかで、頭が疲れたし、お腹空いた」

「……はいはい、わかったわ。……じゃあ、みんなと仲直り出来る?」

「……ちょっと!子ども扱いするなよっ……それぐらい、出来るし」

「本当かしら……一緒にお姉ちゃんもアイラちゃんに謝りに行ってあげようか?」

「バッ……!!!!」


 全身カッと熱くなって、アタシは顔を背けた。ムッとして頬を膨らませていれば、指でつついてくる怜の手を払いのける。


「……仲直りしないとご飯食べれないんだろ?……ご飯の為だし」

「……じゃあ、私は広間で待ってるわね」


 そして、立てる?と、また怜に手を差し出された。

 アタシはそれを払いのけようとして、……少し怜の顔を見つめた後、その手を握った。


「……怜、アタシの記憶が無い間に、アタシのこと落とすってどういうこと?……勝手に好きにさせようとしてさ」

「………………えぇと……」


 ……まぁ、確かに。何も知らないアタシだったら、怜のことすぐ好きになるのもわかる気がするけど……。


「怜って昔からアタシの事になると目の色変わってたし、おかしいと思ってたんだよね」

「……る、瑠華っ……?あのね、お姉ちゃんは下心とかは……たぶん、無かったわ、うん」

「誤魔化し切れてないし、今更お姉ちゃん面したって無駄だから。……ほんとあんたのせいで…………怜の顔見ると、胸が苦しくなる」

「……瑠華……それって、」

「わー!口にするなっ……聞きたくもない」

「…………っ、いいわ。瑠華の初キスも二度目も三度目だって相手は私だもの」

「……なっ……!!バカッ!」


 勝った、とばかりに得意気な笑みを浮かべて、先に広間へと向かった怜を見送った。やけに怜に反応してドキドキする心臓を押さえて、この理不尽なモヤモヤをどうしたものかと考えた。


「……ぁー……もう、ほんとやだ……」


 アイラに謝りに行こう、と廊下を曲がる。

 今更ながら、あんなに怒りや悲しみでこじれた気持ちは、さっきの涙で自分でも驚くぐらいにスッキリしていた。……きっと怜にも言えない、あの時の気持ちがどんどん捻じ曲がっていたんだろう。怜は悪くなかったし、むしろアタシを庇おうとしてたのに……。

 怜にイライラムカムカしてたのがどこかへ行ったら、ただ自分を好きだった怜の気持ちを確認したみたいになって、これからどう接していいのかわかんなくなる。

 ただわかるのは、もう怒りや妬みなんかじゃなくて、怜といると心臓が高鳴るし胸の奥から熱くなる想いがあるってことだけ。

 ……そんなの、落とされたアタシはもう怜に恋するしかないってこと……?


「っ………………無理無理無理……今更恥ずかしすぎる」


 いやいや、そんなことより怜を説得して元の世界に戻る方が大事だし、うん。


 グゥゥゥゥゥ~…………


「……………………謝るか」


 考えることは放棄して。アタシはアイラに許してもらうことしか考えられなくなった。



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