十一話―目覚めは突然に




 馬車に揺られながら屋敷へと帰る途中、美味しそうなケーキのお店があって馬車を止めさせた。従者には外へ出ることを止められたけど、私は自分で選びたいからと店の中へと入る。

 わっと、私を見る目。それはアイギス家の令嬢だから、だから私を見る。そしてその目に慣れてしまった私は構わずショーケースの中を覗いた。


「……これはルカが好きそうね。……こっちはリリカが好きそうだわ。アイラちゃんは……どんなものが好きかしら……」


 そんなことを考えながらケーキを選ぶのはとても楽しい。お店の店員さんに伝え、箱に入れてもらう。


『…………レイチェル何してんの?従者も連れずに』

「……あら、その声はカーマ。私は見ての通りケーキを買いに来たの。あなたは?」

『……私はお茶しにね。……直々に買っていくなんて親しい間柄の人間かしら?あなたって友達いないと思ってたけど』

「ふふっ……最近ね、お友達が出来たの」


 カーマは私のクラスメイト。みんな私をアイギス家の令嬢としか見ないのに、彼女は違う。他の子たちは彼女のことを怖がるけど、私は物怖じしない彼女のことは好きだった。


『なんだ、あの王子かと思ってたのに違うのね』

「……そうだわ。良かったら、カーマも家に来ない?……一人でお茶していたんでしょう?じゃあ、カーマの好きそうなケーキ私に選ばせてね」

『ちょっと、ちょっと何勝手に話進めてっ……あ!私に選ぶなら、カカオたっぷりのあの高級ケーキにして!』

「…………はぁ……わがままね」

『いきなり誘っておいてよく言うわね』

「まぁ、いいわ。……カーマはどう思っているか知らないけれど、私にとってはお友達だから」

『…………』


 ジッとカーマは私を訝し気な様子で見ていた。おかしい、と言われて、何も無いわよ?と首を傾げる。カーマは疑ったまま私と馬車に乗り、屋敷までの間も何を企んでるの?と何度も質問された。


+++


『おかえりなさませ、お嬢様。……と、これはカーマ・エヴァレンス様、ようこそ起こしくださいました』

「さっきケーキ屋さんに立ち寄ったらカーマに会ってね?せっかくだから誘ったの」

『……訳も分からずレイチェルに連れてこられたわ』

『それはそれは……なんと言いますか、心中お察しいたします』


 玄関で出迎えてくれたサラに挨拶をしていると、屋敷の中から賑やかな声が聞こえてくる。


「サラ、このケーキお願いね。……カーマ、お友達を紹介するわ」


 いつもなら大きすぎる広間のテーブル。その一画に彼女たちは集まりカードゲームをしていた。……確か、トランプっていうのよね。


「……ただいま、みんな楽しそうね」

「おかえり、おじょー」

「レイチェル様~今日も麗し……って、リリカちゃん今、そのカード切らないでっ、鬼畜っ……!」

『お姉様~一緒にトランプやろ~?』


 カーマは彼女たちの様子を見て驚いていた。目を見開いて私を見る。


『……ちょっと、レイチェル……』

「言いたいことは分かるけれど、二人は私の大切なお友達なの。失礼なことは言わないでちょうだい?」

『…………ふんっ。私をその辺の貴族の女と一緒にしないでくれるかしら』

「ふふっ……えぇ、だからあなたを誘ったの」


 広間の入口でカーマと話していると、一緒に遊んでいた三人がこちらを見ていた。カーマを肘でつつくと、私を睨んだ後、前に出る。


『……私はカーマ・エヴァレンス。レイチェルのクラスメイトよ』

『わっ……お姉様の?お人形さんみたい。綺麗なお姉様~』

「ひぃぃぃ、カーマ様まで拝めるなんてっ……!ここは天国?いや地獄?」

「……アタシはルルカ、こっちはアイラです。貴族のお嬢様って苦手だけど、レイチェルの友達なら大丈夫……だと思う。アタシたち貴族じゃないですけど、よろしくお願いします、カーマさん」


 瑠華の挨拶を聞いて、カーマが私を見る。私がそれに微笑んで返すと、はぁ……とため息をついた後、顔を真っ赤にしたアイラちゃんの隣に座った。


『トランプで遊んでるの?私もまぜなさいよ。カードゲームじゃ負け無しなの』

「きゃー!カーマ様カッコイイ!」

『カーマお姉ちゃんカッコイイ』

「……へー……それじゃ、カーマさんのお手並み拝見と行こうかな」

『ふっ、言ってくれるわね。……私、こう見えて勝負事には厳しいから覚悟しなさい。……それと私のことはカーマで良いわ。ルルカ』

「いや、こう見えてって、それ全然見た目通りだけど。わかったよ、カーマ」


 改めてトランプを混ぜた後、カードを切る瑠華。私はケーキとお皿を持ってきてくれたサラの隣で乗せてくれたケーキを運ぶ。


「……これはリリカ、……これはアイラちゃんのケーキね」

『ふふっ。お嬢様がお一人でこのケーキをお買いに?』

「あら、笑わないで。……そこで偶然カーマに会えたんだし、こういった買い物もたまには良いわね。……皆の顔を浮かべながらケーキを選ぶのは楽しかったわ」

『買い物の楽しみとはそういうものです。私も普段、お嬢様が喜ぶものを、と選んでおりますから』

「えぇ、ありがとう。サラ」

『……では、私もケーキを頂きますね。こちらはルルカ様とお嬢様のケーキです』

「えぇ」


 私は瑠華の分のケーキも持って隣に座る。するとゲームに夢中になっていた瑠華が隣に座った私を見た。


「……ありがと。さっきの話聞こえてたけど、アタシたちに選んでくれたの?」

「うん、これルカが好きそうだなって思ったんだけど、どうかしら」


 私がそう言うと、瑠華はトランプで遊ぶ手を止めてケーキを一口頬張った。


「……ん!美味しい……ありがと、これ食べてみたいと思ってたんだ」

「…………っ、そう」


 喜んでくれた瑠華の笑顔が眩しい。私は自分の選んだケーキをフォークで小さく切って口に運んだ。……甘酸っぱい、口に広がる味も、今の気持ちも。


「……レイチェル、こっち向いて?……あーん」

「……え?……ルカ」


 瑠華が食べていたケーキがフォークの上に乗せられていて、私に向けられていた。戸惑っていると、あーん、と口を開いて、と強く言われる。


「……あ、……あー……ん」


 言われるまま口を開くと、瑠華は私の口にそのケーキを食べさせた後、美味しい?と聞いてきた。……正直、緊張して味なんてあまり分からなかったけど、美味しいと頷く。


『あー!!リリカもリリカも!!ルルカお姉ちゃんにあーんしたい!』

「……はいはい、わかったよ。あー…………むぐ、ん!リリカのも美味しいじゃん。……じゃ、今度はアタシのを……」


 嬉しそうに大きな口を開けるリリカ。私はモヤッとして、リリカに向けていた瑠華の手を取った。


「……え?」


 瑠華の手からまたそのケーキを頂く。フォークを咥えながら瑠華を見ると、固まった表情が次第に赤く染まっていった。


『お姉様ズルい!!』

「ひゃあっ!積極的なレイチェル様とか最高なんだけど~ヤキモチ最高かよ」

「……ルカがあーんするのは私だけで良いと思うわ」

「……へ?あっ……そ、……そう、だね」


 上擦った声、視線を彷徨わせて、瑠華は真っ赤な顔をもう片方の手で仰いでいた。


「リリカはアイラちゃんとカーマにあーんして貰いなさい?」

「えー……それはカーマ様にあーんしてもらいたい……いや、されたい」

『カーマお姉ちゃん、あーんして?』

『……あんたたちね……』


 カーマに向かって口を開ける、アイラちゃんとリリカ。カーマは呆れながらも、自分のケーキをフォークで一口大に切った。その様子を見ていると、瑠華に腕をつつかれる。


「……レイチェルのも食べさせてよ」

「……ふふっ、そうだったわね。私だけ貰っていたわ。……じゃあ、はい、……あーん」

「……あー…………ん、美味しい……んだと思うけど、正直味わかんないや」

「ふふっ、私もそう。……ドキドキして、味なんてわからなかったわ」

「むぐ…………えっと、その、さ」

「……ん?どうしたの?ルカ」


 もじもじとテーブルの上で動いていた手に自分の手を重ねると、瑠華は私を見つめたまま固まってしまう。

 ……その反応が、その表情が全てが愛おしい。

 私はにこにこと瑠華の反応を楽しみながらずっと見つめていた。


+++


『……ふふんっ、私の勝ちね』

「くっそ!!……カーマ強すぎる」

「……カーマ様に勝とうなんて私たちには最初から無理だったのよ……」

「バカッ!弱音吐くな、アイラッ!……冷酷非道なカーマにだって何か弱点はあるはずだっ!」

『……言ってくれるわね、下等な人間ごときが……ほーほっほっほ!』


 熱く加熱したカードゲーム。途中で飽きてしまったリリカはソファーに座る私の膝の上で眠っていた。

 こんなに賑やかなのは久しぶりね。最近はお茶会と言っても、招かれることが多かったし、そういった場ではこんな風に過ごせないもの。

 リリカの嬉しそうな寝顔を見ると、とても心が安らいだ。


「……ふぁ~……見て見て、レイチェル様とリリカちゃんの遺伝子が神々しすぎる……」

「……アイラ、やめなよ」

『……顔だけはいいのよねぇ、あのお嬢様』

「あら、性格は?」


 聞こえてきた声に反応すると、カーマは嫌な顔をして顔を逸らした。


「ふふっ……わかる。レイチェルって、変わってるって言われない?」

「い、言われないわっ!……ルカまでそんなこと言うの?」

『あら、ルルカ分かってるじゃない。……私たち気が合いそうね』

「……奇遇だね。アタシもだよ、カーマ」


 二人とも初対面のはずなのに、カードゲームで仲良くなってるなんて……。私を放っておいて話が盛り上げる二人をじーっと見ていると、アイラちゃんが私の前に来る。


「……リリカちゃん私がみてるので、レイチェル様はルルカの所に行っていいですよ?」

「!……アイラちゃん」

「えっと、先に言っておきますけど、私はレイチェル様がフリッツ殿下にお呼ばれしてるパーティーに行くの邪魔したりしないですから」

「……わかってるわ、ありがとう」


 アイラちゃんの言葉に甘えることにして、私がソファーから立ち上がると代わりにリリカを膝枕してくれた。


『……それで、レイチェルってば』

「……もう、私の目の前で私の話をしないでもらえるかしら、カーマ」

「ふふっ、いいじゃん。レイチェルの話すっごく面白いし」

「……面白いって……」


 そんなこと初めて言われたわ。ううん、カーマは前々から私のこと面白がってるふしはあったけど……。


「……やっぱレイチェルって変わってるよ。変な所がまじめっていうかさ」

『そうなのよ。それでこだわるポイントズレてるのよね、このお嬢様』

「わかる。それにおじょーって人の話聞いてるふりして聞かないし」

『そうなのよ!このお嬢様、にこにこしてればいいと思ってるから』

「『わかる~!!』」

「…………こほんっ!」


 瑠華とカーマの声が重なって、ソファーに座ってるアイラちゃんが笑いを堪えているのが目に入ってしまった。二人に聞こえるように咳すると、ニヤニヤとこっちを見てくる。


『……まさかこのお嬢様の本性を知ってる人間が私以外にいるとは思わなかったわ』

「まぁ、アタシたちも最近知ったんだけどね。……それまでは周りのみんなとおんなじ、みんなが憧れるお嬢様としかおじょーのことは認識してなかったし」

「……二人とも本人を目の前にやめてくれるかしら。……それにお嬢様とかおじょーは嫌よ。……そうだわ、いい機会だし、ルカには私のことレイって呼んでほしいの。いいかしら?」

「……え?レイ?……別にいいけど」

「愛称で呼ぶのは親しい間柄なの。……いいでしょ?」

「っ……し、親しい……ね。分かったよ、レイ」


 呼び捨てよりも愛称の方がもっと近しい間柄だもの。それに瑠華にレイって呼ばれると、現実の私の名前を呼ばれているようで嬉しくなる。

 照れる瑠華の隣でにこにこしていると、私たちのやり取りを正面で見ていたカーマがこほんと咳をした。


『……あなたたちって……その、』

「ふふっ……カーマの想像に任せるわ。……カーマの想像の中だと私たち、どんな関係なのかしら、ね?ルカ」

「ちょっ、レイ……やめなよ、カーマがすごい顔してるから」


 瑠華に言われて彼女を見ると、何とも言えない顔をして、一言。


『あんたたちのことなんて一ミリも考えたくないわ』

「……ふふっ、そうは言いながらも気にしてる顔ね、これは」


 瑠華の腕に手を絡ませて体を寄せると、カーマは目を見開いて私たちを交互に見ていた。


『……ルルカ、あんた趣味悪いわね』

「カ、カーマ!……それは……自分でも自覚してるから言わないで」

「……ルカ?……それはどういう意味か説明してくれるわよね?」

「っ!?い、いや……えっと、あの」

「……そう、もういいわ。私のことなんて好きじゃなかったのね」


 少し意地悪しようと私が席を立ち離れようとすると、腕が掴まれる。振り返ると瑠華は顔を赤くさせて真剣な顔で私を見上げた。


「好きだよ、レイ。……ちゃんと好きだって……気付いたから、待って」

「……えっ、……あ、ちょっと、待って」


 ドクンと大きな音を立てる心臓。

 ……出来ればそういうことは二人っきりの時に言ってほしいのに。……でも今の言葉を冗談じゃなく受け止めた瑠華に私は何も言えなくなってしまう。


『……あんたたち、他の部屋でやってくれる?』

「ルルカ!こんなとこで告白してるんじゃないわよっ!!レイチェル様の気持ち考えなさいって!」

「っ!…………あ、ごめん、つい」

「…………ルカ、こっち」


 私は居ても立っても居られず、瑠華の手を引いて広間から連れ出した。

 サラに部屋に居るから、と声を掛けて自分の部屋へと向かう。


「……ごめん、レイ」

「いいわ。……私の言い方が悪かったわ。……ごめんね?私、変わってて」

「……レイが変じゃなかったら、きっとアタシに見向きもしなかったでしょ?……レイが変なやつで良かったって……今は思ってる」

「…………ルカ」


 私の部屋へと入ると、先に奥へと入っていった瑠華を背中から抱きしめていた。瑠華の耳元に顔を埋めて、深く息をすると、くすぐったい、って腕を叩かれる。


「……ごめんなさい。……我慢出来なかったわ」

「っ…………嬉しいけど、……恥ずかしい」

「大丈夫よ。ここには私たちしかいないし」


 そう言いながら私はベッドサイドに置かれたウサ太郎を見ると、いつもはこちらに向いているはずなのに、窓の外を向いていた。


「……ほんとレイって急にグイグイ来るし、……そのくせ臆病で、ほんと訳わかんない」

「…………嫌い?こんな私……」

「っ…………もうそんなこと言わせないでよ、バカッ」


 腕の中で瑠華が振り返る。……そして少し背伸びをして私の唇に瑠華のそれが押し当てられた。


「んっ………………」

「っ、……んんっ」


 押し当てられて、すぐ離れようとした唇を、私はすぐに追いかけて塞いでいた。しばらく口付けをしていると固まっていた瑠華の体から力が抜けていく。しなだれかかる瑠華の体を抱きしめながら、私は唇を離した。


「っ…………はぁ……」

「……どうしたらいいのかしら……ルカが可愛いわ」

「ばか……あんなの反則……」


 ぎゅっと思い切り抱きしめた後、私はベッドの淵に腰かけて、瑠華を膝の上に座らせた。いつも強気な瑠華が私の腕の中で可愛らしい女の子になっている姿は、何とも言えない感情が引き起こされて、今にもオオカミになってしまいそう。……こんな感情を私が抱くなんて思わなかったけど、今なら最近読んでいた人気の恋愛小説の主人公の気持ちがわかる。


「…………ちゃんと言おうって思ってたんだ。……レイのことが好きだって。……だけど、すぐレイは悲しそうな顔するから」

「……だって、ルカに好かれる自信なんて、無いもの」

「そのわりに……結構グイグイ来てたけど」

「……えぇ、だってルカが他の人に奪われたら、それこそどうしたらいいのかわからないわ。……まだ誰も知らないうちに振り向かせるしかないじゃない」

「………………」


 口を開けたまま呆れたように私を見る瑠華。私はそんな瑠華の口を塞いであげた。さっきのキスとは違って、瑠華も私に応えてくれる。


「……ん!っ、……ちょっ、……と」

「……ルカが私のことしか見なくなるまでやめない……」

「!見てるっ!もう嫌っていう程、アタシの頭の中レイだらけだよ。……見てないのはレイでしょ?……王子様のことどーでもいいフリしてさ。……あんな仲良くしてるし。どーせ今日だってほんとは……」

「……ふふっ、ルカ、ヤキモチ焼いてくれているのね……嬉しいわ」

「それに……アタシ、まだ聞いてない。……レイはまだアタシに似た誰かのこと、想ってるんでしょ……?」

「っ…………」


 瑠華をベッドの上に押し倒した後、強い目に見つめられる。思わず言葉に詰まってしまった私を見て、瑠華は小さく息を吐いた。

 言わなきゃ……言わなきゃ、瑠華はきっと納得してくれないし、……ずっと不安にさせてしまう。これは……私の責任なんだから。


「……ルカ、あなたはこの世界が本当の現実の世界じゃない、って言ったら、信じてくれる?」

「…………は?どういう意味?」

「文字通りの意味よ。……そしてその現実の中では、私とあなたは……仲が悪かった」

「…………アタシとレイは……別の世界で会ってたってこと?」

「そう。……私がルカに声を掛けたでしょう?その少し前、私は現実の記憶を取り戻して、居ても立っても居られずルカに声を掛けたの」


 ……あの日のことは忘れられない。……あんな大事なことを忘れて、この世界で暮らしていたことを悔いたもの。……私はもっと近くで、瑠華のことを見守りたかったのに。


「……じゃあ、アタシにもその世界の記憶があるってこと?」

「えぇ。……その記憶が戻れば、私たちは現実に戻れるかもしれない。……でも、記憶を取り戻したら……きっとあなたは私を嫌いになるわ。……私はそれが怖かった」

「………………ははっ。そういうことか」

「!…………」


 声色が変わった瑠華から離れると、ベッドから起き上がった。


「…………そんなの、戻ってみなきゃわかんないじゃん」

「…………え?」

「難しいことよく分かんないし、その世界のアタシがどうだったか知らないけどさ、……今のレイみたいにこの世界の記憶もあるなら、アタシはレイと仲良くなれるって思ってる」

「…………ルカ……。でも、現実のあなたの環境は、今と全く違うの。……今のあなたの方が、とても幸せそうだわ」

「…………それは、夢だから、でしょ?」

「!?」

「…………なんか、わかる。レイの言ってること。……もしかしたら現実の自分のこと思い出してきてるのかも」


 胸を押さえながら、瑠華は言った。私が真実を教えたことで、何か変化が起きているのかもしれない。……ふと、ベッドサイドのウサ太郎を見ると、何も言わないけど、私たちの様子を見ているようだった。


「……それなら、余計、アタシはこの夢を選べない。……アタシはアタシであることを誇りに思ってたから。…………って、あれ?アタシ、今、何でそんなこと……」


 口を押さえた瑠華が戸惑いながら私を見る。私はそんな瑠華を思い切り抱きしめた。


「……瑠華……私はそんなあなたの事が、子供の頃からずっと大好きだったの」

「っ…………バカッ。……ほんとウザいやつだよね、あんた」

「……え」


 聞き覚えのある言葉、ウザい、あんたって言われて、私の中の瑠華と今のルルカが重なった。

「…………離れて」

「……っ!!……ごめっ……ごめんなさい……瑠華、私っ……」

「……ほんとウザいんだけど、あんたの顔」


 瑠華は私の顎を手で掴んだあと、ジッと見つめてくる。その視線に耐えられずに目を逸らしてしまうと、瑠華の指が私の唇をなぞった。


「…………ほんと、怜なの?」

「……うん」


 さっきよりも近付いてくる。吐息がすぐ近くに感じて、私は自然と目を閉じていた。


「…………んっ……」


 唇に感じた感触は、さっき散々口付けた瑠華のそれだった。……だけど、キスの仕方が全然違って、別の人のように感じてしまう。


「っ、……る、瑠華……?」

「………………記憶、戻ったから、今。……あんたのせいで」


 嫌われるって、思ってたのに。……その言葉は私が想像していたよりも、ずっと優しくて胸の鼓動は壊れるぐらいドキドキしていた。


「……ごめん、ね……?私、」

「それ以上言うな。……それ以上喋ると、また口塞ぐから」

「っ、…………それは……塞いでほしいけど」

「……は?」

「なっ、なんでもないっ!……あ、あのみんなのことも覚えてる?その、」

「大丈夫。……ちょっと部屋で頭の中整理してから、みんなの所に戻るから。じゃあ…………っと、その前に」


 部屋を出て行こうとした瑠華が振り返った後、サイドテーブルに座っていたウサ太郎を見て近付いていく。


「こいつ何で怜の部屋にいるの?……ちょっと借りてくから」

「はっ……はい」


 瑠華に掴まれた瞬間、ウサ太郎が怯えていたような気がするけど、きっと大丈夫よね……。

 やっぱり私の知ってる瑠華は……今の瑠華のことも好きなのに、すごくドキドキした。あの瑠華にキスされるなんて…………自分でも驚いてしまうぐらい胸が苦しくて瑠華のことしか考えられなくなった。


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