九話―一方的な感情じゃなく




『……私はルカが好きなの。……ルカの気持ちがもし違うのなら、そんなに私の心を揺さぶらないで』


 まだ触れた唇の感触が残ってる。

 アタシのことが好きだって言った、……その言葉もあのキスだって、今は嬉しかった。あんなにめんどくさい奴だと思ってたのに、おじょーに見つめられるだけで、触れられるだけで、心臓がおかしくなる。……まるで自分の体じゃないみたいだ。


「おじょーは……アタシを見てくれてる」


 今まで感じてた、アタシに似た誰かじゃなくて、自分を見てくれてる。別になにも思ってないのに、アタシを見るあのすがるような視線や、顔色窺うような視線が大嫌いだったけど、……何故か今はそれすらも可愛いと思ってしまう。……自覚した感情に何て名前を付けたらいいのか、なんて迷いたくても迷えなかった。


+++


 ……それから終業式の当日の朝まで、おじょーはアタシの前に姿を現さなかった。アイラの話だと、あの王子様が生徒会長してる生徒会の手伝いをしてるんだとか。名前だけで活動にはあまり参加出来てないみたいだけど、今日は学校にも来ているらしい。

 内心避けられたんじゃないんだ、ってほっとしたのと同時に、……あの王子様といるんだと思うと胸がモヤモヤする。今、何してるんだろ、なんて考えたことなかったのに、ふと気付くとレイチェルのことばっかり考えてた。


「………………はぁ……」

「恋煩い?」

「……違う、……って言いたいんだけど、」


 ふぅ、とまた窓の外を見てため息つけば、アイラに大笑いされた。


「……まぁ、せっかくのレイチェル様のお休みを王子様とのパーティーに行かせたくないからって全部邪魔しようっていうんだから、大したもんよ」

「……それ褒めてないだろ」

「当たり前でしょ?……さすがにやりすぎだと私だって思うもの」

「ぐっ…………」

「……でも当のレイチェル様が嫌がってないなら良いんじゃない?……私だって知らなかったし、レイチェル様が今、両親と離れて暮らしてるだなんて」


 ……アイラにはざっくりだけど、屋敷に遊びに行ったことや、レイチェルに想いをぶつけたことも話してる。……それを話しても、アイラはほんとルルカってバカだね、と一言で終わったし、休み中もアタシに付き合ってくれるっていうんだから、アイラも相当だと思う。


「…………それにリリカちゃん?あのレイチェル様を幼くした感じなんでしょ~?会うのが楽しみだわ……ふふふふ……私は初々しい華を愛でますから」

「うん、リリカ構ってほしそうだったからきっと喜ぶよ。……それにサラさんっていうメイドさんも優しくていい人だし」

「えぇえぇ、私は私で楽しんでますから、ルルカはさっさと決めちゃいなさいよ?」

「なっ……!き、……決めるって、何を?」

「ちゃんと考えるって言ったんでしょ?……レイチェル様に好きって言われたら、私だったら即答でOKするのに」

「…………まぁ……それは、その。……あの場ではどうしたらいいのかわかんなかったから……」


 その時、キャーと黄色い歓声が起こる。

 クラスメイトの声が聞こえてきて、どうやら廊下を王子様が歩いているようだった。平民クラスは校舎の中でも一番遠い場所にあるのに、どうやら校舎を見回りながら話をしているらしい。

 廊下を覗くクラスメイトの人混みを窓際の席から眺めていたら、歓声が一段と大きくなって、背の高い王子様は人だかりの中でも顔が良く見えた。


「…………っ!」


 ……そしてその後ろを付いて回るおじょーの姿も。

 一瞬目が合った瞬間、微笑まれて顔が一気に熱くなる。……アタシはそれをボケッと見送ることしか出来なくて、通り過ぎた瞬間、あっと廊下の方に駆け寄ろうとしたけど、クラスメイト達の人混みに阻まれてそれも出来なかった。


「………………レイチェル」

「……あはは。マジウケるんだけど。ルルカ、何その顔」

「……は?その顔って……」


 アイラに言われて窓ガラスを覗けば、そこには顔を真っ赤にしてすごく落ち込んでる自分がいた。


「………………はぁ」

「……ルルカが乙女とか笑っちゃう案件でしかない」

「うっさいな!……アイラだってレイチェル様~って追っかけてた時はそんな顔してただろ?」

「……はいはい。ま、終業式が終わればレイチェル様も解放されるわよ」

「…………うん。……今日は会いたい……かも」

「………………」

「………………え?何?」

「いやぁ~~~~………………恋すると人って変わるのねぇ~……」

「…………ーーなっ!?」


 アタシは何も言えなくなって、ニヤニヤしてこっちを見つめるアイラから顔を背けた。


+++


「……ルカ、来てくれたのね。ごめんなさい、最近生徒会の方で呼ばれていて」


 旧中庭のテラスで、おじょーの姿を見つけた途端、アタシは駆け寄っていた。それに気付いたレイチェルは読んでいた本を閉じて椅子から立ち上がる。


「……別にいいよ。ちょっとは寂しかったけど、……今日教室で廊下歩いてるとこ見たらホッとしたし」

「……寂しがってくれたのね……嬉しいわ」

「っ…………でも王子様と歩いてるからムカついた。……超イケメンじゃん」

「ふふっ。そうね、彼ならいくらでも王妃になりたい女性を選べるわね」

「…………えっ?あ……でも、レイチェルだってそうだから!レイチェルのこと好きなやつどれだけいると思ってんの?……美男美女だって、そんな声ばっか聞こえてきてさ……」

「……そう。……ルカはどう思ったの?」


 気付けば、おじょーがすぐ目の前に立っていた。自分の名前を呼ばれたのに気付いて俯いてた顔を上げれば、その手が伸びて頬に触れてくる。


「…………嫌だって思った。……レイチェルは、……」

「…………私は?」

「っ…………こんなこと思うなんて筋違いだと思うけど、」

「うん?」

「……レイチェルは、……アタシのなのにって思ってた」

「っ………………はぁ……」


 レイチェルはため息をついて、顔を背けた。……どうしたんだろうって、背けられた顔を覗き込むと、顔が赤くて思わず可愛い……と口にしてしまう。


「…………困らせないで」

「……困ってたの?……その顔、喜んでると思ったのに」

「っ…………えへへ。バレちゃった?……だって嬉しいもの」


 照れ臭そうに笑うおじょーは今まで見てきた中で一番可愛かった。


「っ…………」

「……ルカ?どうしたの?急に」


 思わず離れて背中を向けたアタシを心配するおじょー。アタシは顔が熱くてしょうがないし、今は心臓がバクバクして上手く喋れそうにない。ついでにこの間のキスのことまで思い出しまえば、どんどんドツボにハマっていくだけだった。


「~~~~~~っ、無理……」

「ルカ……少しずつでいいから、私のこと、知ってくれると嬉しいわ」

「……少しずつって、……そんなことしてたらおじょーが王子様と結婚しちゃうじゃん」

「…………じゃあルカが私のこと貰ってくれるの?」

「!…………それはっ……!その、」

「ふふっ……意地悪な質問してごめんね?……それより、ルカとアイラちゃん明日は何時ごろ来てくれるのかしら?午前中は用事があって私はいないけど、リリカがお留守番しているの。ルカとアイラちゃんに相手を任せてもいいかしら?」


 ……アタシがすぐに答えられずにいると、おじょーが話を進めてしまった。アタシもすぐに答えを出せる問題じゃないと思い、話を合わせる。


「……ん、10時ぐらいかな。あんまり早いと迷惑かなって思ったけど、リリカが一人になるならもっと早めに行くよ」

「ふふっ、リリカが喜ぶわ。サラには言っておくからよろしくね?ルカ」

「わかった。任せといて。……アイラがリリカに会うのすっごく楽しみにしてたし」

「あら……私、飽きられてしまったかしら」

「は?!……ちょっと、それどういう意……」

「さ、今日はもうこれぐらいにしましょう?……明日からは一緒なんだし」

「!……っ、う、うん……今、はぐらかされた気がするけど」


 照れ臭いし、自分から言い出したことだけど、明日もレイチェルと一緒に居られる約束がすごく嬉しかった。


「……ねぇ、ルカ?」

「……ん?」

「…………ううん、なんでもないわ……」

「またその顔するの?……アタシもちゃんと気持ち伝えるから、……レイチェルも話してよ」

「………………そうね」


 もう自分の中では心は決まってたけど、どこか拭いきれない不安が疼いた。


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