七話―こじらせた恋心
「……瑠華!……私はあなたのことが心配で……!!」
「だからそれが迷惑だって言ってんの!!……あんたと比べられるの、もううんざりなんだよ」
……言い争う二人をそばで見ていた。
喧嘩を止めようとその間に入ろうとしても、アタシの体は動かない。
「……お願いだからっ……私の話を聞いてっ……」
「……もう聞きたくない」
二人のやり取りを聞いているだけで、胸が痛くて、苦しくなる。
……片方は頑なで、もう片方は諦めてる。そんな二人の話が交わることはない。ただ平行に逃げ回ってるだけだった。
(……私は……あなたのことが大切で、心配なだけなのに……)
(何でもっと自分を大事にしないの?……アタシのお守りなんてしなくていいのに)
……二人はいがみ合ったままだけど、
その心に浮かんでいた感情は、さっきまで口にしていた言葉と違う。
どんな顔して言い合ってるのか気になって二人の顔を見ようとしたけど、モヤが掛かっていて見えなかった。
+++
「おはようございまーす。レイチェル様♪」
「アイラちゃんおはよう。今日も元気ね」
「えへへ。朝からレイチェル様に会えましたから♪」
「……ふふっ。私もよ?」
「くっ……!!朝からレイチェル様の笑顔が眩しい尊い……」
ボーっとおじょーに駆け寄っていったアイラを見送った後、足を止めて二人のやり取りを見つめていた。
朝から変な夢を見たのは、きっとおじょーの家に行った時にあんなこと聞いてしまったからだろう。
『……ルカ……好きよ』
『……情緒不安定かしら。……ごめんなさい、ルカといると私……ある人を思い出してしまうの。……その子に私は昔ひどいことをしてしまって、……だからルカを見ていると、私……』
あの言葉がずっと引っ掛かっていた。
アタシはその子の代わりに、おじょーの気持ちを受け止めてるだけ?アタシがその子に似てるから?
おじょーは相変わらず朝の挨拶を欠かさない。アタシとアイラが登校する時間に合わせていつも馬車を門の前で降りていた。黄色い歓声、みんなに愛想振りまいて、……なのにアタシを見ると、おじょーはみんなに見せてる顔とは違う顔を見せる。
いつもアタシの顔色を窺って、……少しだけ手を震わせて。
おじょーに犬のように耳があったなら、いつもくぅ~ん、と鳴いて耳を伏せてる状態だ。
「……お、おはよう、ルカ」
いつもアタシに勇気を振り絞ってそう挨拶してくるおじょーを可愛いと思ってる。……その気持ちが、いつの間にか嫉妬に変わっていたことには気付いてなかったけど。
「…………ルカ?」
「えっ?……あ、……」
反応が薄いアタシを不思議に思ってなのか、顔を近付けてくる。ハッと気付いておじょーの肩を押し返し、アタシは改めて挨拶をした。
「えっと、……おはようレイチェル」
「…………え?」
目を大きく見開いて瞬かせる。そんなおじょーを見て、アタシはしてやったりと笑ってみせた。
「っ、……今の、」
「レイチェル、いつも思ってたけど、顔近すぎなんだけど」
「っ!!…………ぅ……ズルいわ……急に、そんな」
自分でも自惚れてるって思うけど、おじょーはアタシの言葉には常に敏感だ。この間おじょーの家に遊びに行った時、妹のリリカのこと呼び捨てにしたのをずっと羨ましそうにしていたから、今日言おうってあの日の帰りから考えてた。
だからこうして呼び捨てにしたんだけど……アタシの勘は当たってた。思った通り、おじょーはすぐに反応する。
「……どうしたの?顔真っ赤にして」
「っ!!……っ、それは……ルカが、わ、私を急に呼び捨てにするからで……」
顔を赤らめて、おじょーの声はどんどん小さくなっていく。
「あんなにリリカにヤキモチ焼いてたくせに~……ほんとおじょーって可愛いんだから」
「っ……!もぉ……今じゃない時が良かったわ」
「……だめ。今ならレイチェルは私に何も出来ないでしょ?」
みんなの前ではお嬢様を演じる彼女にそう言えば、ぅっ、と小さく言葉を詰まらせた。
そして勝ったとふふんと笑えば、おじょーは赤くした顔を俯かせて、アタシの制服を掴んだ。
「…………もう、……放課後が待ち遠しくなるわ」
「っ……ほら、行きなよ。こっちは視線が痛いんだから」
「……うぅ~……わかったわ」
やっと離れていったおじょーを見送った後、アイラが駆け寄ってくる。アイラも痛いぐらい視線を感じたのか、二人して逃げるように教室へ向かった。
+++
「……最近、レイチェル様が可愛すぎてつらい……」
午前中の授業が終わった後、アタシとアイラは昼ごはん食べながらだべっていた。
「何それ」
「だって……だって!!あの高嶺の花だと思ってたレイチェル様が話すとあんなに可愛い方だと思わなかったんだもん……」
「…………それは分かる」
見た目のオーラとは裏腹に話しやすいおじょー。そのギャップに驚いたのはアタシも同じだった。
「……ねぇ、レイチェル様の私設ファンクラブ作らない?」
「別にうちら友達なんだし、そんなことしなくても……」
「えーだって心配だよ!……次期王妃なんて言われてるけど、まだ王子様と正式に婚約したわけじゃないし、変なやつがレイチェル様に言い寄ったりしたら……!!」
あ、……とアイラの言葉でハッとした。
そういうの興味無いし、おじょーも何も言わなかったから気にしてなかったけど……おじょーがとても有名な貴族のお嬢様だったってこと、アイラの言葉で改めて自覚する。
「……レイチェル様ってみーんなに優しいでしょ?……あんまり嫌がらないし、学校なのを利用してアプローチ掛けてるおぼっちゃんが多いって聞くし。ほんと全員ぶちのめしてやりたい」
「……え……そうなの?」
「……ルルカってほんとそーゆー情報疎いよね」
いっつもなんにも言わないし、楽しそうな話ばっかしてるけど、……ほんとは違うのかな。おじょーはそういうの言わずに溜め込むタイプだってこと分かってるのに、そこまで頭が回らなかった自分に今更気付いて落ち込む。
「……アイラってやっぱすごいわ」
「……え?今更褒めたって何も出ないけど」
「……はぁ……アタシじゃなくてアイラだったら……」
おじょーはもっと弱音を吐けたかもしれないのに。もっと守ってあげられたのかもしれないのに。
「……それすっごく失礼だよ」
「え……?」
「……悔しいけど、私じゃダメなんだよ。……レイチェル様が求めてるのはルルカなんだから」
「………………」
……そういう……もんなのか。
胸にグサッと大きなナイフが刺さる。アタシはアイラの言葉に何も返せなかった。
「……それはそうと、学期間の休みに王子様が主催するパーティーがあるらしいよ」
「……え、あ……そう、なの?……それで?」
「もぉっ!……それ、王子様がそろそろお妃様を決めるから、お妃候補のご令嬢たちが招待されてるって話!」
「……え?もしかしてそれって……」
「今のところお妃様ナンバーワン候補は誰?……って聞くまでもなく、レイチェル様よ」
急に現実を突きつけられたみたいだった。
貴族のお嬢様はアタシと同じ年齢で許婚がいる子なんてたくさんいる。……それなのにおじょーは違うなんて、思っちゃいけなかった。……おじょーだって他の子と同じように……。
ズキズキと胸が痛くなる。……知らなかったとか、そんなこと言ってなかった、なんて言葉じゃ、気持ちを誤魔化せない。
モヤモヤするし、イライラする。アタシ……今、おじょーのこと、取られたくないって思ってるんだ。これじゃリリカにヤキモチ焼いてたおじょーのこと笑えないじゃん。
「でも第一王子のフリッツ殿下はそりゃあもうイケメンだけど。……レイチェル様はああいう人タイプじゃないってわかる」
「……そうなの?」
アタシがそう言うと、アイラに思い切り手刀で頭を叩かれた。
「……あぁ、もういっそのこと私がルルカだったら、レイチェル様を結婚させないように連れ去るのにっ!!」
「は……はぁ!?ちょっ、なんでアタシだったら、なんて……」
「…………それは……。はぁ、そんなの、レイチェル様に聞けば?」
アイラは一気に牛乳を飲んで、席を立ち去った。……意味わかんないし。
+++
そして放課後、アタシはいつものように旧中庭のテラスに向かった。
「……どうしたの?暗い顔して」
読んでいた本から顔を上げて、レイチェルは反対側の席に座ったアタシを見る。その表情からして特に悩んでいるようには見えないけど……。
「……レイチェル」
「っ…………うん」
おじょーはきっと今、アタシにドキドキしてる。上擦った声も、落ち着かない様子も、アタシを見れない目も、……そんなの客観的に見れば、一目瞭然だった。
『……ルカ……好きよ』
あの言葉は、難しく考えないで、もっと単純に受け取っていいんだ、きっと。
おじょーがアタシのこと好きだっていうなら、アタシだってこのおじょーのこと好きな気持ち、押し付けたい。
「…………ルカ?」
「ん…………あのさ、休みの間レイチェルの家に泊まらせてくれない?」
「……え」
「アイラのことも呼んでいいかな?そしたらリリカちゃんとも遊べるし」
「?ちょっと待って、急に何?」
「……いいでしょ?別に。毎日でも来ていいって言ったし、泊ってもいいって言ったよね?」
「それは……だ、だけどっ……!!」
駆け足に話を進めようとすると、おじょーに腕を掴まれた。
「あの……あのね……?私、そう言ったけど……」
「……言ったのはレイチェルでしょ?……それとも、泊まらせたくない理由、あるの?……もしかして、王子様に会う為に準備があるとか?」
アタシがそう言うと、おじょーは顔を強張らせた。
「っ……ルカ……どうしたの?」
「……王子様のパーティーに呼ばれてるんでしょ?」
「……ルカがどうしてそのこと……アイラちゃんね。……それにしても、ルカがそんなに不安そうな顔をするなんて珍しいわね」
おじょーは椅子から立ち上がると、座ってたアタシを抱きしめてくる。アタシをなだめようとする声とか、背中を撫でる手とか、……この良い匂いとか。思わず折れそうになるけど、アタシはぐっと歯を食いしばった。
「……誤魔化すなよ」
「ルカ、心配してくれているの?……大丈夫よ、王族主催のパーティーは貴族同士の顔合わせの意味合いが強くて……」
「レイチェルが王子様の許嫁になったら、口利かないから」
「………………」
顔を上げると、思いつめた顔したおじょーの顔が目に入る。
……やっぱりそうだ。アイラの……言ってた通りだったんだ。
「ねぇ、ルカ……?」
「……アタシのことが好きなら、……そんなの断ってよ」
「………………っ、」
アタシは思わず口にしてしまった言葉を飲み込むように口を押さえた。……でも、もうおじょーの耳には届いてる。
「…………とにかく、おじょーの家にアイラと泊まりに行くから」
アタシは気まずくなって、おじょーの肩を押し返して立ち上がった。
「っ、ちょっと待って、ルカ」
「……ごめん、無理。……終業式明後日だから、じゃ」
「っ…………」
追いかけてくるその手を振り払うと、おじょーがアタシの腕を強く掴んだ。今度は簡単に振り払えなくて、仕方なく振り返ると、もう片方の手に肩を掴まれた。
「……もう、時間が足りなくても、どうでもいいわ」
「…………え?」
「ルカが私に向き合ってくれるなら、……私もそれに応える」
真剣な表情、真剣な瞳。
魅入られるまま、アタシはレイチェルのキスを受け入れていた。
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