六話―知らない誰かの面影
「……ルカ……好きよ」
遠くでぼんやりと聞こえた声。
目を覚ますと、おじょーに抱きしめられていた。
驚いたまま、どうしたらいいのかと固まっていると、おじょーに頭を撫でられる。
「…………寝たふりしているなんて、悪い子ね?」
「っ!!べっ、別に寝たふりなんて……」
「ふふっ。……ルカの寝顔が可愛らしくてつい」
急に抱きしめてごめんなさい、と謝られてアタシは、う、うん……としか返せなかった。
「……どうしたの?」
「え!?……あ、別に……」
……なんだよ。何でそんな何でもないって顔してんの……?アタシばっかドキドキしてて何かムカつく。
好きって……今、聞こえたけど、なに?って聞き返せたらいいのに、不意打ちすぎてそんなこと聞ける余裕はなかった。
ここ一週間、おじょーに友達になって、と言われてからも、放課後旧中庭のテラスで毎日のように会っていた。
貸してくれた本を読んだり、おじょーは一方的に最近の自分のこと話してたり、相変わらずな関係だったけど、居心地は悪くない。
……たまに見せる辛そうな顔とか、帰ろうとするアタシを引き止める手とか、色々気になることは多々あるけど、おじょーになぜか必要とされているのはわかって、その手を振り払うことは出来なかった。
……アイラに、人と付き合うの嫌じゃなかった?って言われて、なんにも言い返せなかった。よく話すのはアイラと後は定食屋に来るお客さんぐらいだったのに、こうして毎日のようにおじょーと過ごしてるなんて、自分でも信じられない。
……それぐらいおじょーはアタシの中に突然現れて居座ってる存在だった。
「……サラがサンドイッチを用意してくれているわ。……せっかくだし、私の部屋で食べる?」
「……うん」
今日こうしておじょーの家を訪ねるのも最初は嫌々だったけど、実際訪ねてみれば家は大きいけど、いかつい人はいないし迎えてくれたメイドさんも優しいし、……なんか思ってたのと違った。
話を聞いてると、おじょーの家でもお茶会はしてるらしいけど、それは親が家にいる時だけらしい。お嬢様っぽく振る舞ってるおじょーを見るのはくすぐったい気持ちになるけど、たまにはそんな彼女を見たいと思ってる自分もいた。
「…………あれ?」
案内されるままさっきの部屋を出て、別の部屋に向かうとそこはおじょーの部屋だった。
部屋に足を踏み入れた途端、いつもおじょーからしてる良い匂いがして、さっき抱きしめられていたのを思い出してしまう。ついカッと顔が熱くなって足を止めた。
「……あれ?食堂じゃなかったんだっけ……」
「……さっき私の部屋でいい?って聞いたら、頷いてたじゃない」
「そう、……だった?」
やば、考え事してて聞いてなかった。
「……ルカが嫌なら別の部屋にしましょうか」
「え?あ、いいよ別に。……っていうか、そんな顔しないでよ。おじょーの話聞いてなかっただけだし」
むぎゅっとほっぺたつまんで、アタシはおじょーよりも先に部屋の奥へと入った。
ぐるっと見回すと、アタシの部屋なんかよりずっと女の子らしい部屋にドキドキしてしまう。……アイラの部屋にも入ったことあったけど、あの子は物が少ないタイプだったし。
「…………ん?このウサギの人形……おじょーの趣味?」
「え?あ……えっと、そう、なの。かっ……可愛くないかしら……」
おじょーの部屋に少し不釣り合いな人形だと思った。妙に気になってそれを手に取ると、少し慌てた様子で近付いてくる。
「……別に。……このぶさいくなのが可愛いんじゃないの?」
「っ…………そう、なの?」
「……これ、おじょーのでしょ?……何でそんなにびっくりしてるの?」
「…………ふふっ、そうよね」
「変なの」
しばらく眺めた後、おじょーに押し付けるように人形を返したら、今にも泣きそうな顔で笑われてしまった。
「……おじょーってさ、じょう、ちょふあん?ていってやつ?」
おじょーは腕を組んで少し考えた後、アタシの言葉を言い直した。
「……情緒不安定かしら。……ごめんなさい、ルカといると私……ある人を思い出してしまうの。……その子に私は昔ひどいことをしてしまって、……だからルカを見ていると、私……」
「……だからアタシを見ると、悲しそうな顔するの?」
スッと思わず出てしまった言葉に、思わず口を手で塞ぐけど、もう口から出てしまった言葉は戻せない。
「っ……ごめん。……ずっとおじょーの様子が気になってたんだ」
「…………ルカ」
「さっきアタシを抱きしめてたのも、……そう?」
「………………」
……だからか、と。何故か妙に納得してるアタシがいる。
それと同時に胸の奥がチクッと痛んだ。
「…………気になる?」
「……そんなこと気にしない……って言いたいけど、気になる」
「そうよね……」
「……でも別に今すぐ聞きたいわけじゃないから。おじょーが言いたくなったら言えばいいよ」
「…………うん」
そして言いにくそうにおじょーが人形を抱きしめたままベッドに座ると、扉がノックされた。
メイドのサラさんの声がして、アタシは黙ってしまったおじょーの代わりにドアを開ける。
『サンドイッチをお持ちしました』
「ありがと、サラさん」
『……お嬢様?』
「……あっ、……ありがとう、サラ。窓際のテーブルにお願い」
サラさんはサンドイッチをテーブルの上に置いた後、部屋の中でお茶の用意を始めた。
「……あ、おじょー?母さんが作ってくれたおやつも一緒に食べない?」
『あら、ではすぐにお持ちいたしますね』
そしてすぐに取りに行ってしまったサラさんを見送った後、また二人っきりになってしまって、どうしようかとそわそわしてたらおじょーに呼ばれた。
「………………ルカ」
「……ん?……少し落ち着いた?」
「………………」
無言で頭を振るおじょー。ベッドに座ってる隣に座れば、そのまま体が横に倒れ込んでくる。膝の上に倒れてきたおじょーの髪に触れると、良い匂いがしてアタシは静かに息を吸い込んだ。
「……そういえばおじょーっていつも髪縛ってるけど、下ろさないの?絶対可愛いのに」
アタシがそう言うと、手が伸びてきておじょーはポニーテールを解いた。サラサラとアタシの手を流れていく。綺麗なクリーム色の髪。顔を上から覗き込むと、またしゅんとしたおじょーの顔があって、どうしたらいいものかと頭を悩ませてくる。
「……やっぱ可愛い」
「…………ルカの方が可愛いわ」
「っ、……ありがと。でもおじょーに言われるのはやっぱ照れる」
「………………」
まっすぐに見つめてくるおじょーから目を離せなくなる。何を言ったらいいのかわからなくて数秒そうしていたら、サラさんが部屋に入ってきた。
「……わっ!」
『ルルカ様、私のことはお気になさらずに。……お嬢様?ご用意出来ましたが、いかがなさいますか?』
「……ルカ、お腹空いたわよね?食べましょう?」
「……え?あ……う、うん」
何も無かったように、おじょーは体を起こした後、アタシに手を差し出した。髪を下ろしたおじょーはとても綺麗だったけど、まだどこかボーっとしてて違う人を見ているようだった。
『お嬢様が髪を下ろしていらっしゃるなんて、珍しいですね』
「……ルカが可愛いって言ってくれたの」
『あら』
「っ、い……言ったけどさ」
椅子に座るように促されて、アタシが座った後、おじょーは反対側の席についた。
「……とても美味しそうね、ルカのお母様が作ってくださったお菓子」
『ワッフルですね。ルルカ様のお母様は有名な菓子職人でしょうか?』
「母さんは職人じゃないけど、作る料理はなんでも美味しいよ。……良かったらサラさんも一緒に食べてよ」
『ありがとうございます。……ですが私、お二人の邪魔ではありません?』
「……ちょっとサラさんっ!」
「大丈夫よ。ルカはいつでも私との時間は大切にしてくれるもの」
「……は?いっ、意味わかんないんだけどっ」
椅子を持ってきたサラさんがアタシとおじょーの間に座る。そしてにやにやしながらアタシとおじょーの顔を交互に見ていた。
「今日はありがとう。本、ちゃんと返すから」
あの後、書斎に戻ったアタシたちは特に会話することもなく、お互い本を読んで没頭していた。……でもあの本の量を消化するには時間が足りなすぎる。気になった本を借りた後、また来週遊びに来る約束をした。
「私はルカと会う口実が出来て嬉しいわ。遠慮なく遊びに来て」
おじょーが言っていたように、この屋敷には最小限の人しかいないみたいだ。すれ違う人もなく玄関まで向かうと、おじょーに似た可愛い子が奥の部屋から覗いていた。目が合うと、隠れてたその子が出てくる。
「……あの子がおじょーの妹?」
「えぇ。……リリカ、ご挨拶なさい?」
『はーい。……リリカ・ウィル・アイギスです。ルルカ様、お土産のワッフル私もいただいてもいい?』
アタシの前までくると、リリカは丁寧なお辞儀をしてくれた。
「うん、もちろんだよ。リリカ」
目線を合わせて少し屈むと、まるでおじょーをそのまま幼くした可愛い顔が笑顔になる。
「…………ルカ、近いわ」
この妹ちゃんもおじょーに似て話好きみたいで、話を聞いてあげていたら、間に割り込んできたおじょーがアタシとリリカを引き離す。ぽかんとその様子を二人で見ていたら、サラさんが吹き出すように笑っていた。
『……お嬢様、ヤキモチはそれぐらいにしてください』
「っ、サラ!……だってルカったら私にはそんなに近付いたりしないのにリリカには……っ。それにリリカのことは呼び捨てにするのね?私のことは……おじょーなのに」
『えへへ。ルルカ様、お姉様よりリリカのこと好き?』
「……うぇえっ!?」
「………………」
リリカちゃんがアタシの腕に抱き付く。……それを見ておじょーは見たこともない顔でアタシを恨めしそうに見ていた。
もっとお話したいと駄々をこねるリリカとバイバイした後、サラさんから渡された手土産を持って家に帰る。
店は忙しくなる前、帰るとすぐに母さんが手伝って、と声を掛けてきた。
夜になれば賑やかになる店の中。いつもの騒がしさの中にいると、さっきまでお嬢様のお屋敷にいたことが夢のように思えた。
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