五話―はじめてのお家デート
今日という日が待ち遠しく感じたのはこの世界で生きてきた私にとってははじめてのことだった。
好きな人が私の家を訪ねてくる。それがこんなにも嬉しくて、緊張してそわそわと落ち着かないものだとは知らなかった。
「……おじょー。今日はありがとう。これ、母さんが土産にもってけってうるさくてさ」
玄関へ向かうと、珍しそうに辺りをきょろきょろする瑠華がいた。私に気付くと大きく手を振ってくる。私の屋敷に瑠華の姿があるなんて……それだけで嬉しすぎて目頭を押さえてしまった。
「……おじょー?どした?」
「っ……ごめんなさい。ちょっと、嬉しくなっちゃって」
「……え?母さんの土産が?……でも高級なお菓子とかじゃないから、あんま期待すんなよ?」
普段の制服よりもラフな格好、だけど瑠華らしい動きやすい服。いつもと少し違う髪型もとても可愛くて、この世界にスマホが無いことを恨んだ。カメラがあったら連射して撮っている所だわっ……。
「……もちろんルカのお母様からのお土産もとても嬉しいわ、でもね?それ以上にルカがとても可愛らしいものだから、この目と記憶に留めておきたくなってしまったの……」
「っ、な…………ったく、おじょーはいつも大げさなんだから」
腰に手を当てて、照れ臭そうに顔を背ける瑠華。その仕草にまた胸の奥が苦しくなってしまった。瑠華の姿を階段の上からジッと見つめていると、玄関に控えていたサラが見かねて声を掛けてくれる。
『……お嬢様、そろそろご案内した方が』
「!……そっ、そうね。サラ、お願いするわ」
サラの助け船で、私たちはハッとして顔を合わせる。やっと階段を降りると、今度は瑠華に見つめられていた。
「……おじょーも可愛いじゃん。……制服じゃないおじょーって、ほんとおじょーだね」
「っ……!あ、ありがとう……」
「あははっ、照れちゃって」
『ルルカ様にお会いする為にお嬢様は念入りにご準備されておりましたから』
「!……サラッ!」
「……へ~……知ってたけど、おじょーって可愛いとこあるよね」
恥ずかしくなって瑠華と顔を合わせられなくなってしまう。チラッと窺うように瑠華の顔を見ると、目が合った瞬間くすっと笑われてしまった。
「いつまで恥ずかしがってんの?……アタシにもおんなじことしただろーがっ」
……確かに、そうだけど。瑠華の方が可愛すぎるもの。
肘でつつかれて、私は悔しくなって瑠華の腕に手を絡ませた。
「おっ、おいっ」
「……行きましょ?今日は私がエスコートするわね」
「……ったく。おじょーってほんと自由だね」
振り返ったサラが笑っていたけど、私は気にせず瑠華の隣を歩いた。
「……この間渡した本はどう?役に立ったかしら」
「うん!ありがと、……さすがおじょーの家にあるだけあって、学校の図書館にあるものより詳しくてさ。……まだ借りてていいかな?もし平気なら写本させてもらえない……?ダメなら必要な所だけ書き写させてほしいんだけど」
「構わないわ。……ルカの役に立つなら喜んで」
「っ……ありがとう。ほんとに良いやつ……じゃなかった、良いおじょーだな!」
「っ……ふふっ。ありがとう」
瑠華の笑顔が眩しい。その笑顔に魅入ってしまうと、瑠華は顔を赤くして私から目を背けていた。
「っ……ばかっ。あんま見んなよ」
「……いいでしょ?本を貸してあげたんだし」
「……ほんとおじょーって変なやつ。……ね、メイドさんもそう思わない?」
『……ふふっ、お嬢様がこんなにも楽しそうな姿はあまり見ません。昨夜もルルカ様がいらっしゃるのが待ち遠しいご様子で眠れなかったようですし。ルルカ様はお嬢様がとても大切になさっているご友人なのでしょうね』
「……は!?ちょっ、め、メイドさんまでアタシをからかう気!?」
「そうなの、サラ。ルカは私のとても大切な人なの」
「わー!やめろって。…………か、顔が熱い」
『――では、私は下がらせていただきますね』
書斎に着くと、サラが部屋を出て、私と瑠華の二人になる。
書斎の中心のテーブルには、サラが置いてくれた薬草学に関わる書物がまとめてあった。
「……ルカ、そのテーブルの上にある本が薬草学に関わるものよ。……他にも興味あるものがあれば書斎から自由に探して?」
「わぁ……ほんとにいいの?……アタシ、しばらく通っていいかな。下手したら学校より本あるかも」
「……え?」
「あ、ご、ごめん。迷惑だよね……ウソウソ、そんなことしな」
「――迷惑だなんて!……瑠華なら毎日でも構わないわ」
「毎日って……」
瑠華は驚いた顔をした後、テーブルに置かれた本を何冊かめくり、息をつく。
「……でも、これ全部借りるの大変だし、おじょーが良いなら、毎日は無理だけど来てもいい?」
私が頷くと、瑠華はまた照れ臭そうに目を逸らした。
「もちろん。……もうすぐ学校も休みに入ってルカに会えないと思っていた所よ。……良かったらうちに来て?泊まりたければ、部屋も空いているし」
「……!?……で、でも、おじょーの家の人が……」
「いいのよ。うちは両親とも忙しくて、今は仕事の為に別邸の方に居るわ。ここは妹たちと使用人が居て、……後は私だけだしね」
そう言うと、瑠華は真面目な顔をしてこちらを見つめてくる。どうしたの?と首を傾げて聞くと、瑠華は視線をずらし、頬を掻いた。
「……ふ~ん……ならおじょーの休み、アタシが一緒に過ごしてあげるよ」
「……え?」
「おじょーって、結構自分の中に溜め込んでそうだから心配だったんだ」
「…………心配……?」
ドキッとした。瑠華は本の為じゃなくて、私の為に会いに来てくれるってこと……?
よく話すようになって、最近たまに私を心配してくれる時があったけど、瑠華は本当に心配してくれていたのね……。
「……もちろんおじょーが、嫌じゃ……嫌なわけないか。おじょーってばアタシのこと好きだもんね」
「ええ、聞くまでも無いわね」
「っ、少しは冗談で返せよっ」
「……あら、素直になれって言ったのはルカじゃない」
ぐぅ、と言ったきり、瑠華は黙った。そしてテーブルにつき目の前の本を読み始める。わざとらしいその仕草にクスッと笑いがこぼれてしまう。
「……じゃあ、私は隣で本を読ませてもらうわ。お昼過ぎにルカのお母様から頂いたお菓子でお茶をしましょうか」
「任せる。……それよりおじょー何の本読んでるの?」
「最近読んでいる本よ。……ルカは興味無いと思うけど、恋する二人の物語なの」
「……ふ~ん」
「興味あるなら聞かせてあげるわね。……この本の中の主人公はずっと片思いしていた幼なじみがいて……」
「待て待て待て、誰が興味あるって?今、聞き流したろ?」
「あら、そうだった?」
反射的に隣を見た瑠華の顔を覗き込み見つめる。……みるみるうちに顔を赤らめて、ふいっと逸らした瑠華を堪能した後、私は邪魔をしないように本に目を落とす。
……でも、この本の主人公は幼なじみへの恋心を隠したまま、親が決めた婚約者と結婚してしまうのよね。物語の中とはいえ、自分と似た境遇の主人公に勝手に思い入れてしまう。……こんな結末、私だったら……いえ、私も同じ結末を辿るのかしら……。
「…………ふぅ」
隣に瑠華がいるっていうのに、本に集中してしまって、いつの間にかだいぶ時間が過ぎていた。ちょうどいいタイミングで書斎がノックされ、メイドのサラが入ってくる。
『……お嬢様、……あら、ふふっ。そろそろ軽めにお食事を、と思ったのですがどういたしましょう』
ふと隣を見ると、隣で瑠華は本を開いたまま静かに寝息を立てていて、サラと一緒にくすっと笑ってしまう。
「……そうね。……ルカ、起きてルカ」
「……んん……?」
「お腹は空いていないかしら?……サンドイッチは好き?」
「……すき……食べる~……」
『ふふっ、かしこまりました』
サラが部屋から出た後、起きているのかと瑠華の顔を覗き込むと、また眠りについてしまったようだった。頬を指でつついても、規則正しい寝息が聞こえてくるだけ。
「……幸せそうな寝顔……」
私がずっと見たかった顔……。それが目の前にある。
必死に、あなたの為だけを想っていた時よりも、瑠華は私に心を許してくれた。
「……瑠華……好きよ」
眠っているあなたの耳元で呟き、私はおそるおそる瑠華を抱きしめた。
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