三話―お友達からはじめましょう
週末の朝、アタシはアイラと待ち合わせの場所まで来ていた。
街の中でも賑やかな噴水近く。アイラの家がある通りの方を見ていると、遠目にもわかる美少女がこっちに歩いてくる。アタシに気付いたのか大きく手を振って走ってくる姿を見ると、美少女がただの大型犬に見えて仕方なかった。
「……アイラ!走ると転ぶって」
「え?だいじょー……っぶっ!」
「―うわっ!!」
案の定、街の石畳になった道で躓いたアイラを間一髪受け止めて、その頭に手刀を落とした。
「……はぁ。……会うなり突進してくるなよ、あっぶないな」
「えへへ~……それだけルルカとのデートが嬉しくって仕方なかった、とか?」
「アタシに聞くな」
アタシたちが通う、ガルディア学院は上半期、下半期に分けて期末考査がある。その成績次第では途中で退学させられかねないから、平民クラスの生徒は必死で勉強する。一年目のアタシたちは学校に入ってから最初の期末考査だった。
「はぁー……やっとテストのこと考えなくて済む」
「だよね~。あんなに勉強したって、私たちに役立つことなんてほんの一部でしょ?」
「ほんとそれ。……でもアイラは大変だったね。途中からだったしさ」
「まぁ……私そういうの慣れてるし。パパの仕事の都合で転々としてるから」
他の生徒と相容れなかったアタシはアイラが転入してくるまで一人が多かったけど、彼女と友達になってから勉強以外に学校に行く楽しみを見つけることが出来た。アイラにとってはなんてことない事だろうけど、アタシにとってはとても大きな変化だ。
「……アタシ、アイラが居てくれてすごく感謝してる」
「急に何?告白?……悪いけど、私にはレイチェル様っていう心に決めた人が居るの」
「ふふっ。あっそ。振られちゃった」
「私ってば罪な美少女だわー」
「……はいはい」
そしてアタシたちは昼ごはんがてらカフェに向かう。アイラがテストが終わったらご褒美に絶対食べる!と宣言してた季節限定ケーキセットを食べに。カフェに向かう途中、アイラがどこかで仕入れてきた学校内のゴシップ情報を聞き流しながら、アタシはどうレイチェル様のことを伝えればいいのか悩んでいた。
アイラがおじょーのことを神格化して好きなことは嫌という程知っている。
……どうせなら会わせてあげたいと思うけど、あの旧中庭のテラスはアタシとおじょーの秘密の場所だ。それをいくら友達だからって教えてしまったら、きっと彼女はとても悲しむ気がする。……かといって、あのレイチェル様と仲良くなった事を話さないのも、アイラにひどいことしてる気がするし。
……元はと言えば、おじょーが周りを気にせず話しかけてきたりするから事が大きくなってしまったんだけど。
カフェの中はまだ客もまばらだった。とりあえずアイラのおすすめを頼んで、先に頼んでいたホットミルクに口を付ける。
「あったまる~」
「意外に寒かったよね~外」
「そーいえば、テストお疲れ様~」
「お疲れ」
「……で、何があったの?ルルカ」
「………………」
内心、来たか、と思いながら、正面に座るアイカを見つめ返す。さっきもあのレイチェル様の話題があったのに聞いてこないから不思議に思ってたけど。
「……何のこと?」
分からないふりして聞き返すと、アイラは可愛い顔を膨らませる。
「私の敬愛するレイチェル様のことに決まってるでしょ?!」
「……ぷっ!……ふふっ」
「……はぁ???」
レイチェル様、その単語だけでおじょーのことを思い出して笑ってしまう。……まさかあのおしとやかで完全無欠のお嬢様が実はあんな人懐っこくてちょっと変わったお嬢様だとは思わないだろうな。
「いや、ごめん。アイラは相変わらずだなーと思って」
「レイチェル様はね!平民である私たちにもお優しくて、あんなに麗しいお姿をして……はぁ、お話したらきっととても可愛らしいんでしょうね」
お喋り好きで話が止まらなかったおじょーを思い出し、アタシはまた笑ってしまった。
「…………むぅ。……親友の私にも言えないことなの?」
不機嫌です、って顔に大きく書いてあるアイラの顔にごめんと謝ると、拗ねたように呟いた。アタシはそれにフッと笑って返す。
「親友……?さっき私にはレイチェル様がいるからって振られたんだけど」
「大丈夫、ルルカは私の恋人になれないだけで、私の大切な人には変わりないわ」
「言い方」
思わず吹き出しそうになって堪えた。
そしてそろそろ本題に戻そうと思って、ふぅと息をついた後、アタシは真面目に答える。
「……っていうか、私にも分からないんだ。前にアイラに聞かれた時、アタシあの人と面識無いし話したことないって言ったでしょ?」
「……うん」
「あの後、偶然彼女と会って少し話して、そしたら昨日の朝、門の前で話しかけられた」
「………………それだけ?」
「うん、それだけ」
アイラは複雑そうな顔でアタシを見つめた後、カップを置いて腕を組んだ。
「なるほど……?いやさっぱり分からん」
「ははっ。アタシだってそうだよ……だからアイラにも何て言えばいいのか分からなくて。周りの目もすごかったしさ」
「……んー……でも、ルルカと話してたレイチェル様すっごく嬉しそうだったじゃない?あんなにお顔真っ赤にしちゃってさ~可愛いかよっ」
「っ!そ、……そんなことっ、」
「あるある~っていうかケーキ来た!」
「話変わるの早っ」
頼んだケーキセットがテーブルに運ばれてきて、アタシたちはすぐにケーキに夢中になった。
……確かにおじょーが顔を真っ赤にしてたのは覚えてるけど、それはアタシだってそうだったし。アタシみたいなやつと話し慣れてないとか、きっと他にも理由があって、それは仕方のない反応だったんだと思う。
「……でもルルカって、意外とレイチェル様と相性良さそうよね」
「……へ?」
「ルルカは貴族だからとか、特別扱いしないしさ。レイチェル様みたいにいつも特別扱いされてる人は、ルルカみたいな人が好きなんじゃないかな~って思っただけ」
「ふ~ん……そんなもん?」
「って、ライバルに助言しちゃった。忘れて忘れて~」
……確かにおじょーはそんなタイプかも。さすがアイラ、と思って見ていたら、アタシの視線に気付いてにやにやと笑った。
「……でもルルカがレイチェル様と仲良くなったら、実質私の恋人よね」
「いや、それは違うだろ。どうしてそうなる」
「……今度レイチェル様が話しかけてきたら、私のことも紹介してよ?」
「わかってる。……でもアイラ、友達からね?友達」
「……はぁ~い」
おじょーに紹介したら襲いかかるんじゃないかって少し心配になった。でもアイラの軽口は今に始まったことじゃないし。案外会ったらアイラはちゃんとしてるタイプだから大丈夫だろう。
来週は賑やかになるかも……そう思うと、また学校が楽しみになった。
+++
いつものように店の手伝いを終えた後、明日の学校の準備を終えてベッドに横たわる。
明日おじょーに話しかけられたらアイラを紹介しよう。……話しかけられなかったら、またあのテラスで会った時にでも聞いてみよう。そんなことを考えていたらいつの間にか眠りについていた。
そして週明け、いつものようにアイラと一緒に門をくぐると黄色い歓声が聞こえてくる。そしてさっきからアイラの視線が痛いぐらいに突き刺さってきた。
「……いや、今日も話しかけられるとは限らないし」
そう言って、早々に離れようとすると、またざわざわと辺りが騒がしくなって、まさかと思いながらアタシは振り向いていた。
おじょーと目が合って、相変わらず周りを気にせずアタシに声を掛けてくる。
「……おはよう、ルルカさん」
「……おはよ。……今日は大丈夫なの?」
「ん、大丈夫。……ふふっ、この間はごめんなさいね」
「…………別にいいけど」
他の生徒からしてみれば、明らかに雰囲気の違うアタシたちの会話に興味深々なんだろうけど、見ているだけで近付いてくることはない。
「……?どうしたの?何か言いたいことがありそうね」
「あ……うん、そうなんだ。……友達がどうしてもおじょーと話したいんだって。……嫌じゃなかったら、少しだけ話してくれないかな。……ダメ?」
顔色を窺いながら聞いてみると、おじょーはジッとアタシを顔を見た後、後ろにいるアイラを見る。
「……いいけど、じゃあ私ともお友達になってくれる?」
「……え?あぁ……うん。っていうか、この間ので友達になったと思ってた」
「ふふっ、じゃあこれからはお茶会にも招待するわね?」
お茶会って……貴族たちがマウント取り合うやつだろ……?無理無理無理。
「―え!それは聞いてない」
「……じゃあダメ」
「っ………………」
ダメと言われて、さっきから背中に突き刺さる視線に思わず振り返る。そしてその期待に満ちた目にアタシはため息をつき、おじょーにまた向き直った。
おじょーにとっての友達はお茶会込みって、やっぱり貴族のルールはよくわからない。でもアイラと約束した手前、渋々それに頷くしかなかった。
「……じゃあ、それでいい」
するとおじょーは満足気にアタシの手を両手で包んで微笑んだ。
「ふふっ……今週末楽しみにしているわね」
「さっそくかよっ!」
そしておじょーはアタシの後ろに居たアイラに話しかけていた。いつものお嬢様らしい態度で接するおじょーをまじまじと見ていると、アイラと話し終わった後、手で招かれる。
「……なに?」
「アイラちゃんに私とルカの秘密、話したの?」
「話してない。……おじょーとはたまたま会って話すようになった、としか言ってないよ」
「……そう。じゃあルカ、また放課後に」
耳打ちして離れてくおじょー。そのいい匂いに一瞬気が遠くなりそうだった所を、アイラに背中を叩かれる。
「っ!……痛い痛い痛いっ!!」
あまりの感動に言葉が出ないようだった。だからって想いをアタシの背中にバシバシぶつけるのは間違ってると思うんだが。
「ルルカ~……私もう死んでもいい……」
「……あっそ。じゃあアタシ先に教室行ってるから」
「こらっ!!そこは死ぬなって言うとこでしょー!?」
まだデレデレしてるアイラを置いて、アタシはさっさと教室へと向かう。
何かおじょーのせいで落ち着かない。ドキドキそわそわするこの感じ、アタシは慣れてないせいか、すぐにでも一人になりたかった。
+++
放課後、アタシはまた旧中庭のテラスへ立ち寄る。
「……お待たせ」
「えぇ、ルカ。待っていたわ」
読んでいた本にしおりを挟んで本を閉じる。……そんな普通の仕草でさえ絵になってしまうんだから、やっぱりお嬢様っていうのは平民と違うんだろう。
「……どうしたの?本が気になる?」
「……おじょーは絵になるな~って思っただけ。まぁ本も気になるけど」
「ふふっ、ルカに言われると素直に嬉しいわね。……ルカは本が好きなの?良かったらうちにある本、貸してあげるけど」
「……あ、それなら薬草学の本、貸してくれない?」
「あら、ルカは薬草学について勉強しているのね。……意外だわ」
「意外って……失礼な」
「……じゃあ、明日持ってきてあげる。……他にも気になる本があるなら、週末私の屋敷に来た時に持っていけばいいわ」
「え……いいの!?」
思わず前のめりになって手を握ると、目を大きく瞬かせておじょーは固まった。
「あっ!……ご、ごめん。昔は父さんが勉強教えてくれたんだけど、今はいないからさ。……学校にある本も読んでるんだけど、薬草学についての本って少なくて」
「…………聞いてもいい?ルカのお家のこと」
慌てておじょーから離れた後、腕を引っ張られた。またこの間のようにおじょーの話を聞けばいいと思ってたのに、今日はアタシの番だったようだ。
……別に隠す事でもないし、とおじょーの反対側の椅子に座る。
「勉強は昔貴族だった父さんがよく教えてくれたんだ」
「…………ルカがこの学校に通っているのは」
「そ、父さんの影響。勉強が好きになったのもね。……今はどこにいるかわからないんだけど」
「………………そう。是非お会いしたかったわ」
「そんな気を遣わなくていいよ。うちはボスがいるから大丈夫だし」
「……ボス?」
「母さんのことだよ。……ボスが好きなことすればいいって言ってくれたんだ。……父さんはまたふらっと帰ってくるから放っとけってさ」
「……ふふっ、ここではルカは愛されてるのね。……安心したわ」
「……ここ……?」
……また、まただ。アタシのこと知ってるような言い方。今の言葉は、まるでここじゃない、別の場所があるような言い方だった。
そしておじょーはまた寂しそうな顔をする。
……もう少し話を聞きたかったけど、おじょーはそこから話を変えるように本の話ばかりしていた。……さっきまでの表情を消すかのように笑顔を浮かべて。
……気になる。……だけど、気になるって言ったら、また何かしら交換条件を出されるんだろう。別にそれでもいいんだけど、聞くにはアタシたちにはまだ時間が足りない気がした。
「……おじょー、そろそろ時間」
「……もうこんな時間なのね。そうだわルカ。明日の朝は生徒会の仕事で朝の挨拶は出来ないの。……残念?」
「……アイラは間違いなく、おじょーに会えなくてガッカリするだろうね」
「…………意地悪」
「…………最近おじょーが校門にいたのって、もしかしてアタシのこと待ってた、とか……?」
「……ふふっ。ルカはそう思う?」
拗ねたり、わざとらしく聞いてきたり、さっきまでのお嬢様っぽいおじょーはもういないようだった。
「そーゆー言い方やめなって。……おじょーは素直な方が可愛いよ」
立ち上がりながらポンポンと頭を撫でる。おじょーは驚いたような顔をした後、しゅんとまた耳が垂れた犬みたいに反省していた。
「っ…………ルカ、ごめんなさい」
「……うん。また明日話そ?」
「っ………………」
「……おじょー?」
返事が返ってこない。俯いたおじょーの顔を覗き込むと、顔を上げたと思ったらどんっと衝撃。何かと思ったら、おじょーが座ったままアタシに抱き付いていた。
「……どしたー……?何かあった?」
ぽんぽんと優しく背中を叩く。母さんもよく、子供の頃アタシをこうして落ち着かせてくれたんだ。
背中に掛かる綺麗な髪を撫でていると、胸元でおじょーの声が聞こえる。
「…………もう……、ばしょ……ない、……の?」
「……え?……なに?」
何を言っていたのはハッキリ聞こえなくて、聞き返すとおじょーは寂しそうな顔を上げた。
「……私の居場所……ここに作っていい?」
おじょーはそう言って、アタシの心臓の上に耳を寄せる。
その言葉の意味はよく分からなかったけど、アタシは何か悩んでるなら力になってあげたい、と思って答えていた。
「…………いいけど、……でもあんまり居座るなよ?アタシこう見えて忙しいんだから」
「うん……ルカのこと邪魔しないようにする」
「…………あっそ」
ポンポンと頭を撫でると、おじょーの体から力が抜けていった。
「ルカって……こんなにあたたかかったのね」
「……は?何それ。……人を冷血人間みたいに」
「………………」
それ以上おじょーは何も答えなかった。
しばらく抱きしめた後、おじょーは少し顔を赤くしてアタシから離れていく。
「……明日の朝、会えない分もルカに元気貰ったわ。……ありがとう」
「ん、そう?……じゃあ、頑張りなよ?おじょー」
「……うん、頑張る」
そう嬉しそうに微笑んだおじょー。自分でも頬が緩むのがわかる。
よくわかんないけど……この関係、案外楽しいかも。
今まで接点も無かった彼女と一緒にいることがこんなに居心地良いとは思わなかった。つい最近までお互い気も留めていなかったのに、今はまるで何年も一緒に居たかのような感覚が体にまとわりついていた。
……なんだろう、何か大事なこと忘れてる気がする……。
この不思議な感覚をアタシはまだ言葉にすることが出来なかった。
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