二話―仲良くなりたいお嬢様




 次の日の朝、いつも通りに登校する。

 いつも通りアイラと合流して門をくぐると、黄色い歓声を浴びる彼女がいた。

 昨日いきなり話しかけてきた、よくわかんないお嬢様。


「わっ!今日もレイチェル様に会えるなんて~♪」


 昨日のことアイラに話していいのか迷った挙句、まだ話すことは出来ていない。どう話したって、アイラにからかわれるネタを自分から提供する羽目になるからだ。


「……先行ってるから」

「うん……――わっ、待って待って待って!!」

「……はぁ?」


 いつもみたいにアイラを置いて教室に向かおうとすると、制服を思いっきり後ろに引っ張られる。何事かと振り返ると、彼女がこっちに向かって歩いてきていた。……そしてその視線は何故かアタシを捉えてる。

 ざわざわと周りが騒がしい、アタシはその場を去ろうにも、その視線から逃げることが出来ず、足を止めてしまった。


「おはよう、ルルカさん。……昨日は結局あなたに逃げられてしまったわね」

「……は?何言って……」

「昨日は眠れたかしら。……あら、目の下のクマがひどいわね。もしかして私のことで悩ませてしまったかしら?」


 頬を、いや目の下を指先で撫でられて、アタシはまた顔が熱くなるのを感じた。……確かにこのお嬢様のこと考えてて寝つきは悪かったけど、急にこんなに親し気にされたらアタシだってどう反応していいのかわからない。逃げたっていうけど、それは普通の反応だろ。


「あ……アタシには何を言ってるのかさっぱり。からかわないでよ」


 彼女の距離感はまるでアタシのこと知ってるみたいだった。だけど、アタシにその覚えは無い。違和感を覚えながらも、蛇に睨まれた蛙のように動けなくなってしまう。彼女はアタシの言葉を待っているようだけど、この状況で何を話せばいいっていうんだ。さっきから、どうしてレイチェル様が平民と(それもアタシと)話してるんだ?と周りの視線が痛い程突き刺さる。


「っ……!」

「……え?」


 さり気無く、アタシの顔に触れてた彼女の手を引き離そうとして握ると、いつも微笑みを浮かべるその顔に異変が起きる。

 ボッと、まるで昨日のアタシみたいに顔が赤くなって、表情がおかしなことになってる。そして俯いた彼女はアタシじゃなくその手を見てた。


「ごっ、ごめん。勝手に触って」


 もしかしてお嬢様って勝手に触れたらダメなのか?と手を引っ込めようとしたら、今度はその手を両手で包まれてしまった。


「……だっ……大丈夫」

「全然大丈夫って顔してないけど」


 俯いてしまったレイチェル様の顔を覗いておでこに手を当てる。するとアタシと目が合った瞬間、彼女は崩れ落ちるようにしてアタシに寄り掛かった。


「っ……、カが……私に、触れっ…………っ、話し、……むり」

「へ?…………誰か!手、貸してよ!……彼女、苦しそうなんだけど」


 ぶつぶつと声が聞こえた後、無理って言われて、アタシは周りに助けを呼んだ。すると周りで見てたお嬢様連中がわらわらとやってきてレイチェル様を引き剥がしていく。

 ……その時、やたらと睨まれたけど、正直こっちがなんで?って感じなんだからやめてほしい。


「――ちょっとちょっとちょっと!!!」


 しばらくぽかん、とその様子を見送っていたら、アイラにバンバン背中を叩かれた。聞かれることなんて分かってるけど、今は何にも聞かないでほしい。


「っ……知らないっ!アタシは知らないからっ!」


 さっきから色んな子に睨まれてるし。分からないことだらけのアタシは何か言うことも出来ずアイラを連れてそのまま逃げるように教室へ向かった。



 そして一限目の授業が終わった後、様子を見に行ったアイラが戻ってくる。


「……レイチェル様大丈夫だったみたい」

「……そ」

「ねぇ」

「ごめん。今、アタシが言えることないし」

「………………」


 こういうとこ、アイラは良く分かってる。納得いかないって顔してても、何も聞かずムスッとした顔を向けてくるアイラを頭を撫でた。


「……はぁ。まぁ、いいけど。でも明日の約束忘れないでね?ルルカ」

「……分かってるよ。アイラとのデート忘れるわけないでしょ?」

「ふへへ」


 デレッとした顔を浮かべて、アイラは髪を撫でているアタシの手に頭を擦り寄せてくる。その時は頭を悩ませてた問題から目を背けることが出来た。

 ……ほんとあのお嬢様何考えてるんだか。朝の一件のせいで、アタシは別の理由でも周りから奇異の目を向けられるようになってしまった。今度会ったら絶対文句言ってやる。

 ……それにあっちはアタシのこと知ってる態度だった。……彼女はアタシの何を知ってるんだ?考えたくもないのに、アタシの頭の中は彼女のことでいっぱいになった。


+++


「……!ちょっと、大丈夫なの!?」


 いつものように学校から出る際、旧中庭を突っ切ろうとしてテラスに昨日と同じ後ろ姿を見つける。朝のこともあって思わず駆け寄ると、彼女はアタシの声に驚いて振り返った。


「!……ルルカ、さん……今朝はごめんなさい」

「いや……別にいいけど。……でも急に声掛けられたからアタシも友達もびっくりしたよ」

「…………そう、よね。急に私から話しかけたら、ダメよね」


 しゅん、と音が聞こえてきそうなぐらい、彼女に耳が生えていたら目に見えるように耳は垂れていただろう。それぐらい反省しました、と言った言葉がよく似合う。


「……ぷっ、ふふっ」

「…………え?」

「あのレイチェル様が目に見えて落ち込んでるもんだからついっ、ごめんっ」

「!……ちょっと!……これでもあなたに話しかけるまでずっと緊張で手が震えてたんだからっ」

「…………ねぇ、ほんと意味分かんないんだけど。何がしたいの?おじょーは」

「えっと、……おじょーって、私のこと?」

「他に誰が居るの?……アタシ、みんなみたいにレイチェル様って呼ぶのくすぐったいし、呼びたくないから」


 ……それに彼女の様子を見ていると、どうしてもみんなが崇めているようなレイチェル様とは思えないし。


「……おじょー……ふふっ、可愛いわね、その呼び方。……それにあなたが私に付けてくれたあだ名なら喜んで」

「っ…………そ。まぁ、おじょーもアタシのこと好きに呼べばいいし」

「……え?いいの?」

「呼び方なんて好きにすれば?……まぁ、今朝みたいに人前では言わないでもらえると助かるけど」


 そう言うと、おじょーは意を決したようにアタシに近付いてくる。その鼻息の荒さに笑いそうになっていると、おじょーは両手でアタシの手を包んだ。


「ルカって呼ばせてほしいの」

「……ルカ?……あぁ、いいよ」


 ルルカって呼び捨てにするとかじゃないんだ……と、少し変わってるおじょーの呼び方も気になってまたくすっと笑ってしまうと睨まれる。


「……ルカ?」

「……なんだよ、おじょー」

「……ふふっ、何でもないわ」

「変なおじょー」

「……それより理由よね?私が何をしたいのか、……ルカに話しかける理由は、仲良くなりたいからよ」


 ……思ったより、普通だった。


「……どうしたの?変な顔して」

「え?あ…………いや、普通すぎてどうリアクションしていいのか分かんなかった。……ていうか、それアタシじゃなくてもよくない?」


 当然の疑問をおじょーに投げ掛けると、おじょーはブンブンと頭を横に振る。


「良くないわ。ルカが良いの」

「っ…………ふ~ん?」


 みんなが憧れるレイチェル様にそう言われるのは悪くないけど、何で今更?って接点が何も思いつかない。今まですれ違ったって何も無かったのに。


「……気になる?……ルカじゃないとダメな理由」


 まるで心の中を覗かれているようにそう聞かれて、アタシは思わず頷いていた。


「……じゃあ、ここに座って?」


 え?とボロボロなテラスのテーブルを見ると、いつの間にか綺麗になっていた。テラスの周りは相変わらずボロボロだけど。


「……あのテーブルじゃ落ち着いて話も出来ないでしょう?新しい物と交換して貰ったの。……でも全てを変えてしまったら他の生徒に気付かれるかもしれないから……いい?これは私とルカだけの秘密よ?」


 そう言っておじょーはアタシの手を取ると、約束ね?と小指を絡めた。


+++


「……ふふっ、それでね?屋敷のメイドさんたちが……」


 ……アタシはずっと何の話をされてるんだ……?確かアタシじゃないとダメな理由を話すって言ってなかったっけ……。かれこれ数十分、おじょーはこれまでの自分の話をしていた。まぁ、貴族のお嬢様の話なんて興味無いし聞く機会も無かったけど、聞いているとうちらじゃありえない話がたくさんあって面白くないこともない。


「……で、お父様は私のことに甘いのだけど、妹が……」

「っていうか、待て待て。アタシもうそろそろ帰らなきゃなんだけど」

「あら、何が用事が?」

「貴族のおじょーと一緒にすんなよ。うちの店の手伝いだよ。……ったく、教えるって言ったきり、全然関係ない話ばっかじゃん。騙された~」

「……もぉっ。違うわ?あなたに私のことを知ってもらいたいからよ。……でもそっか、今のルカは『海猫亭』の看板娘だものね」

「…………今の?っていうか、アタシの家のことまで知ってるの?」

「あ、何で私がルカのこと知ってるのか、気になる?……もっと私の話を聞いてくれたら教えてあげるけど」

「……ふんっ。またそーやって今みたいに関係ない話ばっかするんだろ?」

「…………えへへ、バレた?」

「やっぱな~。……つか、話聞いてほしかっただけじゃん、おじょー」

「…………うん、……そうかもね」


 ……時折寂しそうな顔するのは一体何なんだ……?

 そしてその顔を見ると、アタシまで胸が苦しくなる。

 アタシは椅子から立ち上がると、反対側に座ってたおじょーの頭に手を置いた。


「……ルカ?」

「……その……えっと、また話聞いてやるからさ、あんま無理するなよ?」

「…………っ、……うん」


 照れ臭くておじょーの顔なんて見れなかったけど、嬉しそうな返事が返ってきて安心した。


「じゃあな、おじょー」

「……えぇ、また……来週までルカに会えないのが寂しいけど」

「………………」


 明日アイラと遊ぶけど……と思わず口にしそうになって、どうしようかと迷う。


「……ルカは優しいのね。……私のことは気にしないで?」

「…………わかった」

 おじょーがそう言うんだからそうしよう。またここに来ればおじょーと話せるんだし、アタシはまたね、とそこで別れた。


「…………もっと早く素直になれば良かった」


 ボソッと聞こえた声に振り向くけど、そこにはアタシに笑顔を向けて手を振るおじょーの姿があるだけだった。



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