一話ーミステリアスなお嬢様は、




「……ふぁ…………」


 なんか夢を見た気がするけど、目を覚ましたらなんも覚えてなかった。

 ……まぁ、覚えてないぐらいどーでもいいことだったんだろう、とまだ眠気の覚めない頭を起こす。

 今日テストだからって、昨日夜更かししたのが原因なんだろうな。アタシは顔を洗う為に部屋を出た。美味しそうな匂いが充満する廊下を抜け、一階へと降りると、怒鳴るような声で名前を呼ばれた。


「……ルルカ!!やっと起きたのかい!?さっさと朝ごはん食べな!」


 アタシはルルカ・ハーネスト、母さんはマリィ、うちのボスだ。


「母さんおはよ……って、こんなに無理無理無理、まだ起きたばっかりだって!」


 うちの家は街の定食屋。起きてくるなり、母さんはアタシに食べろとまだ開店前の店のカウンターに料理を並べていた。


「いいから食べな!今日テストだって言ってただろ!?」

「っ!げほごほっ…………わ、わかったってばっ」


 背中を思いっきり叩かれて、アタシはカウンターの席に座ると、山盛りの朝ごはんを目の前に覚悟を決めて手を伸ばす。


「……うん、やっぱ美味しいわ、母さんの料理」

「……当たり前なこと言ってんじゃないよ!まったく」

「そうだよね、当たり前のことだった」


 こんなのいつものことなのに、……普段よりも美味しく、嬉しく感じた。



「やばいやばい遅刻するっ!!」


 自慢の金色に輝く髪を丁寧に梳かした後、鏡の前で今日の髪型と付ける髪飾りに頭を悩ませてたら、いつの間にか遅刻ギリギリの時間。薄く化粧して鏡の中を覗き込み、よしっ、と声を掛けて今度は制服チェック。スカートの長さを微調整した後、部屋を出る。


「いってきまーす!!」


 またそんな格好して!!と母さんの声が聞こえたけど、そのまま逃げるように家を飛び出した。全力で走れば間に合う時間。街中を走っていると、学校へと向かう坂道は馬車で渋滞していた。

 しばらく走ってると学校の門が見えてきて、アタシは速度をゆるめて歩く。


 ここはガルディア。海に囲まれた大きな貿易都市。

 王と貴族がこの国を運営し、アタシたち平民はその元で暮らしている。そしてアタシが通ってるこの学校も然り。

 元は貴族が士官する為の教養を学ぶため、婚前の社交場として作られていた。だからアタシたちみたいな平民がこの学校に通うには、それなりに勉強が出来なきゃいけない。……貴族の子たちみたいに小さな頃から家庭教師が付いてるわけでもないアタシたちが学ぶのは相当大変なことだけど、幸いうちは父さんが貴族くずれだったから勉強を教えてもらえた。……今はどっか行っちゃっていないけど。


「おっはよ~!ルルカ」


 道を歩くのは平民の生徒だけ。正直歩く方が馬車より早くても、貴族のご令息やご令嬢たちはどうしても歩きたくはないらしい。そんないつもの朝の様子を横目にしながら歩いていると、同じく平民でこの学校へと通うアイラという唯一の友達が声を掛けてくる。


「……おーアイラ、おはよ」

「なになに?そんな目の下におっきなクマ飼育しちゃって」

「誰かさんと違って、勉強しないとテストで良い点取れないし?」

「またまたぁ~。ルルカは勉強好きなだけでしょ?」

「っ、違うしっ!」


 アイラ・クルヴィス

 アイラは元々この国の出身じゃないけど、商人をしている父親の仕事でこの国に来てこの学校へ通っている編入生。他の貴族たちに目を付けられないように、と平民らしく見た目を大人しくしていられないアタシを奇異の目で見る他の連中と違って、アイラは一番にアタシに友達になって、と声を掛けてきた好奇心旺盛な面白い女の子。

 癖のある赤茶の髪。好奇心旺盛さが良くわかるくりくりとした黄金色の大きな瞳。勉強勉強としか言わない他の連中よりも世界を知ってるし現実を見ている。そんな彼女と一緒にいるのは気楽だった。


「……ルルカ。今日テストイケそう?」

「だいじょぶ、だいじょぶ。イケるっしょ」

「軽いな~」

「今のアタシなら空飛べるかも」

「マジで!?一緒に飛ぼうよ!」


 軽口を返しながら、アタシは眠い目を擦る。

 平民のアタシがこの国で学校に通い続けるにはそれなりに良い成績を取らなきゃならない。通うことが義務の貴族以外の身分の者は勉強したかったら自力で来いってスタンスだ。……たまに優秀な人材だと認められて、特別に通うことを許される子も居るみたいだけど。だからか平民で通う生徒たちは優秀な人間が多い。

 そんな中、アタシもこう見えて必死に食らいついていっている。……せっかく入ったのに、そう易々と追い出されてたまるかっつーの。

 そしてテストの話をしながら学校の門をくぐると、正門の前で一際目立つ生徒の姿を見つけた。


「わっ、レイチェル様だ。朝から眼福眼福♪」


 アイラが足を止めた隣で、アタシもその姿を見つめる。


 レイチェル・ウィル・アイギス

 目の色は涼し気な水色、クリーム色の髪をポニーテールにしてまとめて大きなリボンを付けている。端正な顔立ちで近寄りがたささえ感じる程、お嬢様オーラを放つその人は、貴族の中でも特に突出した家の、まさにお嬢様の中のお嬢様。

 貴族らしからぬ大胆な振る舞いと、端正な顔立ち品行方正な立ち振る舞いから平民にも貴族にも人気があるその人は、この国の次期王妃様だと言われている。この学校に第一王子のフリッツ殿下が通っているし、二人で親し気に話している姿もよく見掛けられているらしい。


「……今日もお綺麗だねぇ~。はぁ……お話してみたいなぁ」

「……そう?……疲れそうだけど」


 アタシには縁遠い世界だと、黄色い歓声を上げる他の生徒達を尻目にさっさと校舎の中へと入る。


「ちょっと……ルルカ!」

「………………ふぅ、」


 教室に入り自分の机につくと、やっとアタシはひと心地着いた。

 こういう時は平民と貴族の教室が一緒じゃないことにホッとする。アタシたちの教室だけやたら校門から遠いとか、昼食のグレードも違うだとか、差別を感じることは多々あるけど、逆にハッキリ分けられてる方が楽だからな。


「もぉっ!ルルカなんで先に行っちゃうの?」

「うっさいなぁ……アイラがまたボケーッと見惚れてるからでしょ?」

「っ、だ、だってぇ~レイチェル様って本当にお綺麗なんだもん」

「…………あっそ」


 いつものようにアイラの話を聞き流して、テスト前に本を開こうとしていると、にやにやした顔でアタシの前の席に後ろ向きになって座った。


「……ね、聞いて?ルルカ。……今日ね?いつものレイチェル様と違ったの」

「……ふ~ん」

「興味持ってよ!」

「……はいはい、なに?」

「レイチェル様と目が合ったの~!!」

「……ふ~ん、……それで?」

「それでって……もぉっ!!」


 ついさっきまでだらしなく頬が緩んでいたのに、今度は頬を膨らませて怒っていた。そんなアイラを笑いながら見ていると、急にジロジロとこっちを見てくる。


「…………なに?」

「ルルカってレイチェル様とお話したことある?」

「はぁ?あるわけないじゃん」

「……だよね~、うん……」


 その後続かない言葉に何かと思ってると、アイラが穴でも開きそうなぐらいにアタシの顔を見ていた。


「なに?」

「私の勘違いじゃなかったら、ルルカのこと、見てたよ?」

「―は?見間違いだよ、それ。だってアタシ面識無いし」

「知ってる。ルルカの友達って私だけだもんね」

「―うっさいな!」


 デコピンして返せば、ちょうどよくチャイムが鳴る。そしてアイラはおでこを手で押さえながら大人しく自分の机に戻っていった。

 あのご令嬢がアタシを見てたって、随分おしとやかじゃない生徒が居るな、とかそういうことだろ?そんな目で見られるのは慣れてるし、アタシは特に気にならなかった。

 それよりテストを無事終わらせて、最近テスト勉強で手伝ってなかった分も店の手伝いしなきゃ……と、アタシの頭の中は切り替わっていた。


+++


「ルルカ~どうだった?」


 テストが終わってホッと一息。教室から出たアタシとアイラは持ってきたおやつをつまみながら放課後喋っていた。食堂というには狭いけど、平民クラスの生徒が普段使ってる場所。他にもチラホラここを使ってる生徒もいる。


「……んー……まぁまぁ?アイラは?」

「えへへ~バッチリ☆ルルカもなんだかんだ言ってもここに通うぐらい頭良いもんね」

「それはアイラもでしょ?」

「ふふんっ♪まぁね」

「少しは謙遜しろっ」


 今日のテスト範囲を見直しながら教科書を開いてると、アイラが真面目だねぇ~と茶化してくる。

 アタシは父さんの影響なのか、勉強が嫌じゃなかった。むしろ父さんと居られる理由が勉強だったせいか、褒めてもらいたくて頑張ってたくらいだ。

 ……今は定食屋の仕事を手伝いながら、のちのち役立つようにと薬学を学んでいる。


「ね~ぇ~ルルカこの後はお店の手伝い?」

「……うん、そう。最近ずっとテスト勉強しててあんまり手伝えなかったし」

「そっか~…………そっかーそうだよね」


 チラチラとアタシに視線を送ってくる可愛いアイラの頭を撫でた。


「……わかってるよ、じゃあ週末ね?……アタシ、もう行くからさ」

「……!ルルカ、絶対だよ?絶対」


 アイラが顔を上げてパァッと笑顔を見せる。

 ゆびきりをせがんでくるアイラの小指にアタシは仕方なく指を絡めた。


「…………ったく」


 何だかんだ愛らしいこの友達を放っておくことは出来ないらしい。席を立ちアイラに手を振って、アタシは校舎を出た。


+++


 アタシたち平民の教室は校舎も違うし、学校の門からもだいぶ離れている。みんな遠回りしても校庭の中を歩くけど、アタシはショートカットする為、ほとんど手入れもしていない鬱蒼とした木々が生えている林のような旧中庭を突っ切っていた。

 ……きっとこんなとこ歩くのアタシだけなんだろうな。この間雨が降った日の足跡がまだ残ってる。

 そしていつものように旧中庭の古びたテラスの前を通り過ぎようとすると、普段人を見掛けないその場所に佇む人がいた。


「…………あれって」


 今朝アイラが騒いでたレイチェル様だ。

 テラスにあるボロボロのテーブルや椅子を眺めているだけなのに、何か物語が始まりそうな雰囲気。ただ立ってるだけだっていうのにあんなに絵になる人もいないだろう。いつもすぐ通り過ぎるのに、アタシはつい足を止めてしまった。……彼女がこっちに気付いてるのも知らずに。


「……ここって、一人になれて良い場所ね」

「…………え」

「……それにあなた以外、誰も通らなそうだし」


 最初自分に話しかけてるなんて分からなかった。だけど見渡しても辺りに誰もいない。


「……それ、アタシに言ってるの?」


 意を決して言葉を返すと、彼女はこちらを振り向いた。


「……あら、逃げないのね」

「……は?」

「………………それともまだ、……気付いてない?」

「…………意味分かんないんだけど」


 はぁ、と小さくため息をつき、彼女はアタシに近付いてくる。それに思わず後ずさり、彼女が近付いてくる分、アタシは離れていた。


「……身体は正直って所ね」

「………………っ!!」


 腕を掴まれた瞬間、ゾクッと背中を嫌な感じがした。思わず顔をしかめると、彼女はすぐにアタシから手を離す。


「…………ふぅ、そんなに嫌わないで?……ルルカさん」

「別に嫌って……!いや、なんで、アタシの名前……」

「……はぁ、やっぱりか……やっぱり、そうだよね。元はと言えば私が悪いんだし」


 ……何か知らないけど落ち込んでる……。

 ぶつぶつと俯いてひとり言を呟く彼女をまじまじと見ていると、顔を上げた瞬間目が合ってしまう。こんなに間近で顔を見る事なんてなかったから、改めてあのレイチェル様の顔の良さに思わずドキッとした。


「…………ねぇ、ルルカさん」

「な……なに?」

「…………ここで会うのは初めてね」

「そう、だね」

「……ふふっ、顔真っ赤だよ?」

「―っ!?」


 彼女に頬をつんとつつかれて、アタシは駆け足でその場から立ち去っていた。

 っ……何だ、何だ、何なんだよっ。顔が赤いのを指摘されて、恥ずかしさから逃げ出していた。顔が熱いし、心臓もうるさい。

 あのみんなの憧れのレイチェル様が、人にちょっかいかけるやつだと思わなかった。いつも涼し気に佇んでるお高い貴族様だと思ってたのに……。

 校門から出ると、やっと落ち着いた。息を整えながら帰路につく。

 せっかくテストが終わってホッとしたのに、悩みの種が増えそうな予感がして思わず首を横に振った。



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